第56話 訪れた親友達③
「二人って付き合ってるの?」
美鈴の口から出た思いがけない質問に、桜季は頭の中が真っ白になってしまう。
(え……? そ、それってわたしと蓮さんが……?)
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
そして理解した瞬間、顔に一気に熱が集まる。
「え、あ、その……わ、わたしと蓮さんは…………」
慌てて否定しようとするが、言葉が上手く繋がらない。
自分でも分かるくらいに動揺してしまっている。
「いや、付き合ってないぞ」
そんな中、隣の蓮はいつも通りの落ち着いた声で、あっさりと否定した。
「ただの、隣同士の先輩後輩だ」
簡潔で、無駄のない説明。
(……あ)
その声を聞いた瞬間、少しだけ冷静さが戻る。
(そ、そうだよね……)
別に特別な関係ではない。
料理を教えてもらっているだけ。
一緒に食事をしているだけ。
それだけのはずなのに――
「ふーん?」
美鈴がじっと二人を見比べる。
そして桜季の方へと視線を向けて
「ほんとに?」
明らかに疑っている声。
「ほ、ほ、本当だって……!」
「ほら、桜季をからかうのもその辺にしとけって」
隣の蓮からフォローが入る。
しかし美鈴はまだ疑わし気な目で見つめてくる。
「いやいや、だってさ、二人共名前で呼び合ってるし」
「「ッ!?」」
美鈴の指摘に背筋に冷や汗が流れる。
蓮の部屋ということもあり、普段の癖で先程からお互いに名前で呼んでしまっていた。
チラリと横を見ると、蓮も失敗したというように顔が引きつっている。
しまった、と思ってももう遅い。
「ねね、それでそれで、どうなの?」
「え、えっと、それは……」
「流れでそう呼び合うことになっただけだ」
「そ、そうだよ……」
蓮の言葉に慌てて頷く。
だが、自分で言っていてもどこか苦しい言い訳だという自覚はあった。
(な、なんでこんなに焦ってるの……)
ただの事実を説明しているだけのはずなのに、心臓の音がやけにうるさい。
「へえー、流れでねえ」
美鈴がにやにやと笑う。
完全に面白がっている顔だ。
「まあでも、距離近いのは事実だよな」
横で凜が笑いながら口を開く。
「とはいえ、蓮の反応から付き合ってはないっぽいな」
「ふーん……そっか」
凜の言葉に美鈴が一旦引く。
蓮と付き合いの長い凜がそう言うのであれば、美鈴も信じられたのだろう。
「……ねえサッキー。サッキーにとって、せんぱいはどんな人なの?」
「え…………?」
美鈴の質問に固まってしまう。
どんな人、と言われても一言で答えられることではない。
「っ、そ、それは……」
チラリと隣の蓮を見る。
頬が熱を持っていくのが分かる。
「……えっと、その…………とても、大切な人です」
ようやく絞り出した言葉。
それは小さく、それでいてはっきりとしたものだった。
「――へえ」
美鈴の口元がゆっくりと緩む。
それはこれまでとは違って、安心したような柔らかな笑みだった。
「そっかそっか」
美鈴が満足げに頷き席を立つ。
そして桜季の隣に来てよしよし、と頭を撫でてきた。
一方で凜は――
「……なるほどな」
どこか納得したように呟いた。
そして、今度は蓮の方を見る。
「で、お前は?」
「は?」
「どうなんだよ」
「どうって……」
今度は蓮が詰まる番だった。
美鈴も桜季を抱きしめながら蓮へと視線を向ける。
美鈴に抱きしめられた桜季も、蓮の答えに耳を傾ける。
(蓮さんは、わたしのことをどう思って……)
聞きたい、けれど聞くのが怖い。
そして、蓮はゆっくりと口を開いた。
「周りの人を大切にする頑張り屋さん、かな」
「え…………」
蓮の言葉に胸が揺れる。
膝の上で握られている手に、自然に力がこもる。
「誰かの為に頑張れる。出来ないことも、出来るように頑張れる」
「蓮さん……」
顔が熱い。
自分の顔を見ることはできないが、綻んでいることは間違いない。
恥ずかしさから、蓮を見ていた視線を逸らす。
「だからさ、おれも手伝おうって思ったんだ」
「……そんな風に…………」
嬉しい。
理由は分からないが、今の自分がそれをとても嬉しく思っていることだけは間違いがない。
「そっかそっか。なるほどねー」
「今はそんな感じか」
とりあえず納得する二人。
しかし桜季の胸の内は、今の蓮の言葉でいっぱいだ。
(周りの人を大切にする……頑張り屋さん……)
自分では当たり前だと思っていたことを、そんな風に言われるなんて思ってもいなかった。
それを、蓮がちゃんと見てくれていたことが嬉しい。
気付けば口元が緩んでいた。
「にひひっ、サッキー顔緩んでる!」
「えっ……あっ……そ、そんなことないから!」
美鈴に指摘されて、慌てて表情を引き締める。
真っ赤になっているであろう顔で、何とか表情を引き締める。
「いやー、いいねいいね。青春って感じ」
「茶化すなっての」
軽くたしなめる蓮の声。
桜季はそっと視線を横へと向ける。
さっきまでと変わらないはずの横顔。
なのに、どうしてか少しだけ違って見えた。
胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かない。
嬉しいのにくすぐったくて、どこか気恥ずかしくて。
「まあ、とりあえず事情は分かったしさ」
美鈴がぱん、と手を叩き皆を見回す。
「せっかく集まったんだし、今日はこのまま遊ぼうよ!」
「オレも賛成。二人はどうだ?」
美鈴と凜の提案に、桜季と蓮は視線を交わす。
「おれもかまわないぞ」
「わたしもです」
少しだけ落ち着いた心で、そう答える。
(……蓮さん)
ちらりともう一度だけ隣を見る。
どこかいつもより少しだけ意識してしまっていた。




