第55話 訪れた親友達②
少し前――
蓮と遊ぶ為にアパートを訪れた凜。
手には昼食の食材がたっぷりと入ったエコバックが握られている。
(久しぶりだなー)
前回ここを訪れたのは春休み。
その時からもう一か月以上が経過している。
そんな久しぶりの空気を感じながら扉を開けエントランスへと入ると、一人の女子がそこにいた。
凜が入って来たことに反応したのか振り返る。
その顔を見て、凜は少し驚いてしまう。
「あれ、せんぱい……?」
こちらを向いた女子、美鈴が首を傾けた。
「白川? こんなとこで何してんだ?」
「えっと、今日はサッキーと遊ぶ予定でさ。迎えに来た!」
驚いたのも束の間、いつものテンションで答える美鈴。
さらりと返された言葉に、凜は一瞬だけ思考を巡らせる。
サッキー――つまり桜季。
「いやー、サッキーのとこ来るの初めてなんだ! って、そういえばせんぱいは何でここに?」
「ああ、オレは蓮に用事があってな」
そう答えた瞬間、凜の頭の中で事実が結びつく。
「……え?」
美鈴も同じように固まってしまう。
数秒の沈黙。
お互いに今の情報を頭の中で整理する。
「ちょっと待って……。光井せんぱいもここに住んでるってこと?」
「ああ。このアパートの406号室」
「え、マジで? サッキー405号室だよ?」
美鈴の目が一気に見開かれる。
「……白川、まさかとは思うけど」
「うん、アタシも同じこと考えてる」
視線が交差する。
「一応確認するけど、サッキーって渡利のことだよな?」
「うん」
「で、その渡利がこのアパートに住んでる」
「そうそう。で、光井せんぱいもここに住んでるってことだよね?」
「ああ。しかも部屋番考えれば隣同士」
「…………」
「…………」
二人で状況を整理する。
それを理解して再び沈黙。
そして、ほぼ同時に。
「あの二人、お隣さんかよ!」
「いやいやいや、ちょっと待ってよそれ!」
美鈴が一歩前に出る。
テンションが一段階跳ね上がったのがはっきりと分かる。
「いやいやいやいや、それおかしくない!?」
「おかしくはないけどおかしいなあ!」
別に桜季の家族がここに住んでいるのはおかしくはない。
しかし、その隣が蓮とすれば、それはそれで疑問が湧く。
「ねね、せんぱい」
美鈴が声を潜めて囁いてくる。
「なんだ?」
「これ、本人達、知らない可能性ってある?」
「いや、それは流石に低いだろ。ゼロじゃねえけど」
「だよね」
美鈴はふと顎に手を当てて考え込む。
その目は、面白いものを見つけた時のそれだった。
とはいえ凜にもその気持ちはよく理解出来る。
美鈴が更に一歩近づく。
「せんぱいせんぱい。協力しない?」
「オッケー。なんとなく分かった」
具体的に言われなくとも、美鈴が何を考えているのかは理解出来る。
加えて、凜としても蓮に色々と話を聞いておきたい。
「確認するか」
「うん。エントランスはそれぞれ連絡してさ、玄関でちょっと強引に鉢合わせてみない?」
「異議なし」
二人で軽く拳を合わせる。
偶然知ってしまった親友の秘密、それをぜひとも確認しておきたい。
もし蓮と桜季がお互いに隣人だということを知らなかったとしても、二人がそれを知ることになるのはマイナスではないだろう。
「それじゃあアタシサッキーに連絡するね」
「おう。それ終わったら蓮に話すわ」
そう言って、それぞれの相手にエントランスに到着したことを伝えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ってわけ」
凜と美鈴がここに来るに至った理由についての説明。
それを聞いて、蓮と桜季はガクリと項垂れてしまう。
ちなみに凜の持って来た食材は既に冷蔵庫の中だ。
「ちなみに今の反応見ると、二人共お互いのこと知ってたみたいだよな」
「うんうん。まさかお互いに知り合いだったなんてねー」
納得し合う凜と美鈴。
蓮と桜季は少しばかり置いてきぼりをくらってしまう。
「じゃあさ、最近サッキーのお昼ご飯が学食とか購買から、手作り弁当に変わったのもそれ?」
「う、うん……」
以前、偶然出会ったように、桜季は学食や購買で昼食を購入していたのだが、蓮と共に料理をするようになってからは蓮と同じ弁当食となっている。
蓮の昼食は以前から弁当であり、ついでに桜季の分も作っている為だ。
「そっかー。せんぱいに教わって作ってるって言ってたけど、直接教わってたんだね」
「う、うん……。ごめんね、黙ってて」
「いやいや、別に怒ってるわけじゃないって。むしろ納得だ」
桜季が申し訳なさそうに頭を下げると、美鈴は慌てて首を横に振る。
その様子を見て、蓮は桜季に問いかける。
「なあ、渡利」
「え?」
「この二人には、大まかな事、話してもいいんじゃないか?」
蓮にとって凜は信用出来る親友で、決して人の秘密を言いふらすような真似はしない。
美鈴に関してもこれまでのやり取りを考えれば、信用出来る類の人間だろう。
であれば、変に隠したりするよりも、いっそのこと全て伝えた方がいい。
それが分かったのか、桜季も少し考えてからコクリと頷く。
「はい。わたしもそう思います」
桜季の肯定を受けて、蓮は目の前の二人へと向き直る。
「実は――」
そして、蓮と桜季はこれまでのことついて話し始めた。
「わたしの母が少し前に入院してしまったってことは前に言ったと思うけど」
「うんうん。それでサッキーの妹のお弁当作りを教えてもらったんだよね?」
「うん。それで、この前わたしの誕生日だったんだけど、その時偶然アパートで蓮さんと会ったんだ」
「そう。その時にお互いにお隣さんだって気が付いた」
「へえ……」
「なるほどなあ」
美鈴と凜は少し驚いたように目を瞬かせる。
とはいえ楽しそうにニコニコとしているのは変わらないのだが。
「その時、ちょうど夕食の時間だったんだけど、わたしの妹が頼んでくれたデリバリーが急に来れなくなって、それを聞いた蓮さんが夕食に誘ってくれて……」
「えっ、マジで!?」
桜季が言い終える前に美鈴が大きく身を乗り出す。
目を輝かせて迫ってくるその勢いに若干桜季が引いてしまう。
しかし美鈴は気にせずに桜季に顔を近づけていく。
「ってことは、またせんぱいの料理食べたんだ! 美味しかった!? 何食べたの!?」
「え、えっと、オムライスとビーフシチューを……」
「オムライスにビーフシチュー!? うわっ、いいなあ!」
羨ましそうにうんうんと頷く美鈴。
そんな美鈴を横から凜が制止する。
「一旦ストップ、話が逸れる」
「あ、ごめん。それで、それからどうしたの?」
美鈴が一度席に座り直すと桜季が胸を撫でた。
「その時にわたしと妹の食生活の話になって、心配した蓮さんがお料理を教えてくれるって言ってくれたんだ」
「ああ」
桜季の説明に蓮は頷く。
さすがに中高生が数か月もコンビニ弁当や出来合いの総菜で過ごすのは良くない。
いや、別に中高生でなくともあまり良くはないのだが。
「で、桜季に料理を教えてる」
「なるほどねー」
美鈴が腕を組んで大きく頷く。
「でもサッキーのお弁当、全部せんぱい製ってことだよね?」
「一応、そうなるな」
「いいなー!」
大袈裟なリアクションで美鈴が羨
その横で、桜季が小さく肩をすくめる。
「とはいえ、別におれはやる気のない相手に無理に教えたりはしないからな。桜季がやる気があるって言うから手助けしてるだけだ」
そもそもやる気のない相手に無理に教えようとは思わないし、一方的に世話をしてあげる義理もない。
そんな中、凜がふっと息を吐く。
「まあ、事情は分かった」
そう言ってから、ちらりと蓮を見る。
「しっかしそんなことになってたとはなあ」
「まあ、な。言えなくて悪い」
「謝んなって。お前だけの問題じゃないんだから、むしろ軽々しく言えないのは分かってるって」
笑いながらうんうんと頷く凜。
その反応に蓮は肩の力が抜ける。
こういったところ、蓮としては本当にありがたい親友だ。
その隣では、美鈴が顎に手を当ててにやにやとした笑みを隠そうともしていない。
「ね、ね、それでさそれでさ!」
再びぐいっと身を乗り出して、蓮と桜季の顔を交互に覗き込み
「二人って付き合ってるの?」
そう口にした。




