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義理チョコキングと頑張り屋さん ~隣の姉妹にご飯を食べさせたら、半同棲生活が始まった~  作者: バランスやじろべー
第二章前編 二人の関係と親友達

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第51話 れっちゃん

「……残念です」


 肩を少しだけ落としながら、桜季がぽつりと呟く。

 棚を一通り見て回ったが、それらしいワッペンは見当たらなかった。

 店員にも確認してみたが、どうやらこの店舗では取り扱っていないらしい。

 先程まで楽しそうにしていた分、その落差が分かりやすい。


「まあ、こういうのは店によって偏りあるからな」


「そう、ですね……」


 視線を落としたまま、小さく頷く桜季。

 加えて、直前の期待からの絶望だ。

 本人としてもしょうがないとは分かっているのだろうが、残念に思う気持ちは理解出来る。

 ここまで素直に残念そうな顔をされると、流石に放ってはおけない。


「……だったらさ、いっそのこと刺繍してみるか?」


 蓮の言葉に悲しそうに伏せていた桜季の顔が上がる。


「刺繍、ですか?」


「ああ。ワッペンが売ってなかったのは残念だけどさ、刺繍なら自分の好きな様に作れるだろ?」


「そんなことが出来るのですか?」


 思いがけないであろう提案に、目を輝かせて蓮の顔を見上げてくる。


「ああ。簡単なのならな」


 蓮はそう言って、売り場の一角を指差す。

 そこには刺繍糸や裁縫道具が並んでいた。


「最初から凝ったのは難しいけど、ワンポイントくらいなら練習すればいけると思うぞ」


 桜季は自分の手元を見つめる。

 先ほど購入したエプロンの紙袋を抱えたまま、ほんの少しだけ考えるように。


「自分で作るんですよね? わたしにも出来るでしょうか……?」


「難しい所はおれがやるよ。桜季は簡単な所だけやってみてくれ。まあ上手く出来るかは分からないけど、世界に一つだけのオリジナルだ」


「……はいっ」


 小さく頷くその表情は、さっきまでの落ち込みとは違っていた。

 不安と、それ以上の期待が混じっている。


「やってみたい、です」


 顔を上げてはっきりとそう言う。

 その目は先程までと同じようにまっすぐで。


「なら決まりだな。色々と見ていくか」


「はいっ」


 沈んだ様子が嘘のように、明るい声で頷いた。

 桜季は売り場に並ぶ刺繍糸を手に取り、色を見比べ始める。


「ウサギなら、やっぱり白……でしょうか。でも少しクリーム色の方が――」


 ぶつぶつと呟きながら真剣に悩んでいる。

 その横顔を眺めながら、蓮はクスリと笑みを浮かべた。


(さっきはあんなに落ち込んでたのにな)


 一喜一憂する桜季の表情。

 それを見ているのがなんだか楽しい。


「それでは蓮さん。購入するのはこれでいいでしょうか?」


「ああ。道具はおれの部屋にあるからそれだけでいい」


「ありがとうございます。それでは買ってきますね」


 そう言って桜季は楽しそうに、選んだ糸をレジへと持って行った。



 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その他、食材などを買い込んでアパートへと帰宅。

 購入した物を片付けた後で、桜季は慎重に、かつ嬉しそうに紙袋からエプロンを取り出した。

 これから行う刺繍が楽しみで仕方がない。

 帰宅中もどの様なデザインにするかで頭がいっぱいだった。

 新品の生地はまだ張りがあって、触れると少しだけ硬い。


「それじゃあ、まずは下書きからだな」


 裁縫道具を取って来た蓮に、桜季は小さく頷く。


「はい。よろしくお願いします」


「よし。それじゃあまずエプロンを見せてくれ」


 ソファーテーブルにエプロンを広げる。

 シワが寄らないように丁寧に手で伸ばしてから、改めてその中央へと視線を落とす。


「どの辺りに入れたい?」


「えっと……この辺りです」


 胸元の少し下を指差す。

 柄がない為どこに入れてもいいのだが、やはり胸元に入れるのが一番だろう。


「ああ、その位置ならバランスもいいな」


 そう言いながら、隣に座った蓮が確認する。

 自然な動きのはずなのに、距離が一気に近くなる。


「じゃあ、まずは軽く形を取る。いきなり細かく描こうとしなくていいからな」


「はい」


 渡されたチャコペンを手に取り、桜季はゆっくりと息を吐いた。

 描くのはウサギ。

 ただのウサギではなく、誕生日に蓮がプレゼントしてくれたぬいぐるみをモチーフすることに決めた。


(大丈夫……落ち着いて……)


 そう自分に言い聞かせながら、エプロンにペン先を当てる。

 だが――


「……あっ」


 最初の一線が、思ったよりも歪む。


「ご、ごめんなさい……」


「いや、そのくらいなら全然問題ないって」


 すぐ横から落ち着いた声が返ってくる。


「これはあくまでも下書きだからな。修正なんていくらでも出来る」


「あっ、はい……。もう一度やってみます」


 今度は先程よりもゆっくりと線を引く。

 ぎこちないながらも、少しずつ形になっていく。


「……こんな感じで大丈夫でしょうか?」


「ん……。ああ、いいんじゃないか。っていうか、これ……」


 描き上げたイラストを見てきょとんとする蓮。

 蓮にも自分が作ったぬいぐるみだというのが分かったのだろう。


「はい。れっちゃんです」


「……れっちゃん?」


「あっ…………」


 慌てて口を押えたが後の祭り。

 既に蓮には聞かれた後だ。


「そ、その…………」


 恥ずかしさで蓮の顔がまともに見れない。

 穴があったら入りたいとはまさにこのことだろう。


「れ、蓮さんから頂いたぬいぐるみの……名前、です…………」


「あ、ああ……」


「その……蓮さんの名前かられっちゃんと…………」


「そ、そうか……」


「は、はい……」


 言葉が続かない。

 チラリと蓮の方を見上げて見ると、蓮も顔を赤くしていた。


(うぅ………)


 エプロンの上にある小さなれっちゃん。

 それを見ながら、桜季は小さく呻いてしまった。

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