第50話 エプロンの購入
ゴールデンウィーク後半。
中日は登校する必要があったのだが、後半に関しては正真正銘、修峰学園は休みとなる。
そしてその連休初日、蓮と桜季は近場のショッピングモールを訪れていた。
「蓮さん、今日はよろしくお願いします」
「ああ。さっそく回ってみるか」
「はいっ」
楽しそうに答える桜季。
本日の目的は桜季の日用品の買い物。
引っ越して来てからまだ日が浅く、かつ両親も今はいない為に、今の生活に足りない物をまとめて買いに来た。
正直、ショッピングモール、もしくはホームセンターと百円ショップがあれば、生活に必要な物の大半は手に入ると蓮は考えている。
「それではまず何から買いましょうか?」
「食器とかは後回しだな。割れたら困るしかさばるし」
「では、まずは小物からですね」
「ああ。それじゃあ――」
そして、二人でショッピングモール内を回り始めた。
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「後は、そうだな。エプロンも買っておくか?」
「あっ、そうですね。確かに欲しいです」
先日から桜季に料理を教えているのだが、その際に桜季は蓮のエプロンを使っている。
今後のことを考えれば、自分用のエプロンを持った方がいいだろう。
桜季は小さく頷き、視線を売り場の一角へと向ける。
カラフルなものからシンプルなものまで、様々なエプロンが並んでいた。
「たくさんありますね」
「ああ。まあ、気に入ったのでいいと思うぞ」
「エプロンって、種類とかあるんですか?」
不思議そうに首を傾げる桜季に、蓮は少しだけ考えてから口を開く。
「まあ、あるな。簡単に言うと形とか用途の違いだ」
「形や用途、ですか?」
「ああ。今並んでるのだと……、その首に掛けるタイプは胸当てタイプ」
そう言って、目の前にあった一枚を軽く指で示す。
首や肩にかけて胸から膝までを覆うタイプで、一番オーソドックスな物だろう。
「首や肩紐で支えるから安定してるし上から下までしっかり守れる。料理するならこれが一番無難だな」
「なるほど……」
桜季は手に取って、軽く広げてみる。
「首に掛けるのや肩に掛けるタイプって分かれてるけど、別に長時間使うんじゃなければそんなに気にしないでいいと思う」
「はい」
売り場に掛けられている一着一着を流し見していく。
「それと、腰だけに巻くタイプもあるけど――」
隣の売り場を指差す。
「動きやすいけど、上は守れないから簡単な作業向きだな」
「確かに、油とか跳ねたら危なそうですね」
「そういうこと。だから選択肢としては外れるかな」
料理を作るという観点から考えれば、やはり胸当てタイプの方がいいだろう。
「あと、割烹着みたいに袖まであるやつもあるけど」
「そこまで必要ないとは思いますけど……」
「まあな。家で使うなら、まずはいらない」
一通り説明を終えると、桜季は真剣な顔で一着一着を見比べる。
生地を触ったり体に当てたり、頷いたり眉を寄せたり。
そんな桜季の様子が微笑ましい。
本人は至って真剣なのだろうが。
「蓮さんはどれがいいと思いますか?」
「そうだな……、正直、胸当てタイプなら何でもいいと思う。桜季の好きなやつを選ぶのが一番だろ」
「えっと、はい。それじゃあ……」
再び商品を手に取り悩み始める。
色や形は似ているようで、細かく見れば違いは多い。
落ち着いた色のもの、少し可愛らしいデザインのもの。
ポケットの位置や紐の太さ。
それら一つ一つを確かめるように、桜季はじっと見つめていた。
(……真面目だな)
思わずそんな感想が蓮の頭に浮かんでくる。
料理の時もそうだが、桜季は一つのことに対して真剣に向き合う。
だからこそ上達も早いのだろう。
少しの後、桜季は一枚のエプロンを手に取った。
「これ、とかどうでしょうか」
差し出されたのは、深い緑色をしたシンプルなエプロンだった。
「ああ、いいと思うぞ」
そう答えると、桜季は少しだけ安心したように表情を緩めた。
「本当ですか?」
「色も落ち着いてるし、汚れも目立ちにくい。長く使うならそのくらいがちょうどいいだろ」
「そうですね。ありがとうございます。少し地味かと思ったのですが……」
「そうだな……」
桜季のエプロンを見て少し考えこむ。
エプロン自体が単色で、特に模様もない。
機能だけなら充分なのかもしれないが、桜季としては少し思うところがあるのだろう。
「……だったらさ、何かワッペンでも取り付けてみるか?」
「ワッペン、ですか?」
エプロンを抱えたままきょとんとした顔で桜季が問い返してくる。
「ああ。絵でも文字でも、好きなのをさ」
「そのようなことが出来るのですか?」
蓮の言葉が予想外、というように聞き返す桜季。
「ああ。そういうのは結構あるんだよ。エプロンに限らず服とか小物とかに取り付ける、文字とか動物とかのワッペン」
「そうなのですね。少し調べてみます」
そう言ってスマホを起動する桜季。
少しして、その顔に微笑が浮かぶ。
「はい。それはいい考えかもしれません」
チラリと見えた桜季のスマホには、ウサギのワッペンが写っていた。
出会った初日にウサギのビーズ人形を選んだことといい、やはり桜季はウサギが好きなのだろう。
そう考えれば、誕生日にウサギのぬいぐるみをプレゼントしたのはツイていたかもしれない。
「あ、すみません。お待たせしてしまって」
「いや、気にしないでいいって。ウサギ、好きなのか?」
「はいっ! ウサギさん、可愛いです。特にあの大きな耳が。ふわふわっとした毛や丸いフォルムなんかも……。先輩はどうなのですか?」
「おれも好きだな。ご飯食べてるとことか可愛い」
「あ、そうですよね! ニンジンを齧っているのなんて最高です!」
ずいっと桜季の距離が近づく。
ウサギ好きという同行の士が目の前にいる為か興奮気味だ。
「だから蓮さんに頂いたあのぬいぐるみ、とっても嬉しかったです」
「そうか。気に入ってくれて良かったよ」
「はいっ! ありがとうございました」
そう言って頭を下げる桜季に、蓮は軽く手を振る。
「そんな大げさなもんじゃないって」
「いえ、とても大事なものですから」
真っ直ぐにそう言い切られて、思わず言葉に詰まる。
(……ほんと、こういうとこだよな)
妙に素直で、真面目で。
だからこそ、放っておけない危うさもあるのだが。
「とりあえず、そのエプロンでいいんだよな?」
「あ、はい。これにします」
桜季は改めて手に持っていたエプロンを見つめ、しっかりと頷いた。
その表情は、どこか嬉しそうな色が浮かんでいる。
「じゃあ会計行くか」
「はいっ」
レジへと向かい、エプロンを購入。
袋に入れられたそれを受け取ると、桜季は大事そうに抱えた。
「それじゃあ次はワッペンか?」
「はい。せっかくなら、自分のものだって分かるようにしたくて。でもよろしいのですか?」
「ああ。どうせ時間はあるしな」
本日は休日なので、時間はたっぷりとある。
用件が一つ二つ増えたところで何の問題もない。
そう言うと、桜季の表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。では、ご一緒していただけますか?」
「提案した時からそのつもりだって」
「はいっ」
少しだけ照れたように笑う桜季。
その様子にクスリと笑って蓮は歩き出した。
案内板を確認しながら、手芸用品の売り場がある方向へと向かう。
休日のモールは人も多く、賑やかな空気に満ちている。
その中を、隣同士で歩く。
時折、人波を避けるように距離が近づいて、また離れて。
(……なんだか、落ち着かないな)
理由は分からない。
けれど、隣にいる桜季の存在を強く意識してしまっている。
「蓮さん、あっちみたいです」
「ああ、ほんとだな」
指差された先には、『手芸・クラフト』と書かれた看板。
ウサギのワッペンが気になるのか、桜季の足取りが少し速まる。
その背中を追いながら、蓮は小さく息をついた。
(……まあ、悪くないか)
そう思いながら、次の売り場へと足を踏み入れた。




