第46話 エピローグ①
病院を出てしばらく歩いたところで、琴乃がふと思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。あたしこのあとちょっと用事あるんだった」
「え? そうなの?」
予想外の言葉に、桜季と蓮は立ち止まって首を傾げる。
「うん。だからここで別れるね。お姉とお兄さんはそのまま帰っていいよ。お昼は適当に食べるからさー」
一方琴乃はニヤニヤとしながら言葉を続けた。
その目はどこか企んでいるようにも見える。
(……絶対わざとだよね)
桜季はそう思ったが、口には出さない。
「じゃあねー。お姉、お兄さん!」
「ああ、さよなら」
「遅くなるんなら連絡してね」
ひらひらと手を振りながら去っていく琴乃を見送り、蓮と顔を合わせて再び歩き出した。
いつもと同じはずなのに、なぜか距離感が気になる。
蓮が隣にいるだけなのに妙に意識してしまう。
(さっきの、あれのせいだよね……)
交際の挨拶、という言葉が頭に浮かぶたびに頬が熱くなる。
そのまましばらく歩いていると、少し先から賑やかな声が聞こえてきた。
「……あれ?」
「ん?」
視線を向けると、広場に人が集まっている。
キッチンカーが何台も出店しており、昼時ということもあってか列が出来ている。
そしてその奥には、テントやシートが張られており、テーブルの上に様々な物が置かれている。
色とりどりの布や小物などが並び、とても活気がある。
「フリーマーケット、か?」
「みたいですね」
「まあゴールデンウィークだから、こう言った催し物も増えるんだろうな」
少し様子を見ようと、広場の方へと足を向ける。
様子を伺うと売り物別に区分けされており、ハンドメイドの手芸品が中心のエリアもある。
「家庭科部的には、ちょっと気になるな」
「はい。見ていきますか?」
「いいのか?」
「ええ。わたしも興味ありますし」
桜季も小さく頷き、蓮と共に中へ。
「というか、少しお腹空いてきたな。いい香りもして来たし」
「そうですね。お昼ですし」
蓮の言う通り、食欲を刺激する様々な香りが鼻へと届く。
時刻はもうすぐ十二時になるところ。
普段であれば昼食の時間だ。
そして目の前にはおあつらえ向きにキッチンカー。
定番のホットドッグやたこ焼き、唐揚げ、他にもチュロスやアイスなどが並んでいる。
「琴乃もお昼ご飯は別で食べるとのことでしたし、わたし達はここで食べて行きますか?」
「そうだな。色々と種類あるし。桜季は何か食べたいのってあるか?」
「わたしですか? えっと……」
そう言ってキッチンカーへと目を走らせると、ホットサンドを見つけた。
「ホットサンドか?」
「あ、えっと、はい。蓮さんはどうですか?」
「いいんじゃないか? 種類も多そうだし」
看板には定番であろうハムチーズやBLTと言った種類から、カボチャサラダやフルーツサンドと言ったような種類もある。
ついでにサイドメニューで唐揚げもやっているようだ。
「それじゃあホットサンドにするか」
「はい」
二人でホットサンドの列に並び、注文する。
桜季はハムと三種のチーズのサンド、それにアイスティー。
蓮はパストラミとピクルスのサンドに唐揚げ、そしてアイスコーヒーを頼んだ。
しばらくして出来上がった商品を受け取り、近くのテーブルへ。
運の良いことにちょうど他の客が席を立ったところで、すぐに座ることが出来た。
「「いただきます」」
手を合わせてからサンドにかぶりつく。
パンの表面はカリカリで、中の具材は熱々。
一口齧った瞬間、中から溢れんばかりのチーズが飛び出して来て驚いてしまった。
加えてハムの塩気もちょうどいい。
「美味しいです」
「だな。こういうの、外で食べると余計に美味しく感じないか?」
「あ、それ分かります。なんだか特別って感じで」
二人であはは、と笑い合う。
こんなちょっとした非日常のことがなんだかとても楽しい。
そう言って頷き合ったところで蓮が横に置いていた唐揚げの紙箱を手に取り、爪楊枝で一つ口に運んだ。
香ばしい香りが桜季まで届く。
「それ、美味しいですか?」
美味しそうに頬を緩める蓮に、桜季は興味深そうに少し身を乗り出し尋ねてみる。
「ああ、普通にうまいぞ。せっかくだし、一つ食べてみるか?」
そう言って、蓮は爪楊枝に刺した唐揚げを一つ、桜季の方へと差し出した。
「え……?」
一瞬、思考が止まる。
(こ、これって……。で、でも断るのもそれはそれで失礼って言うか……。そ、そうだよね! 誕生日の時、わたしが蓮さんにやったんだし!)
誕生日を祝ってくれたあの日、蓮にケーキを食べさせたことを思い出す。
そして一瞬迷ってからゆっくりと唐揚げに口を寄せる。
「そ、それでは……いただきます」
桜季はそのまま、差し出された唐揚げをぱくりと食べた。
「……美味しいです」
ほんのりと頬を緩めながらそう言う。
中に肉汁が閉じ込められており、肉にも衣にもしっかりと味が付いている。
惜しむらくは食べさせてもらった緊張により、充分に味わえなかった。
「…………」
「蓮さん?」
蓮から言葉が返ってこないことに疑問を抱き、桜季は顔を上げて蓮を見る。
すると蓮はどこか戸惑ったような表情でこちらを見ていた。
「あの……?」
「いや、その……」
少しだけ視線を逸らしながら、言いにくそうに続ける蓮。
「爪楊枝、渡すつもりだったんだけど……」
「…………え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
けれど意味を理解した途端――
「――ッ!?」
一気に顔が熱くなる。
それはつまり、あーんで食べさせてもらうと思ったのは自分だけで――
(か、勘違い……!?)
普通に考えればそうだろう。
桜季と蓮は単なる先輩後輩であり友人。
それを勘違いにより、差し出された唐揚げに――
「ご、ごめんなさいっ……!」
思わず慌てて頭を下げてしまう。
「いや、謝るほどじゃないって……! おれも悪かったし」
蓮の方もどこか落ち着かない様子で、軽く頭をかく。
しばらくの間、妙な沈黙が落ちる。
(どうしよう……どうしよう……!)
桜季は手元のアイスティーを慌てて口に運び、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。
けれど、顔の熱は一向に引いてくれない。
そんな様子を見て、蓮もまた小さく咳払いを一つ。
「……ま、まあ、美味しかったならいいか」
「は、はい……とても、美味しかったです……」
どこかぎこちないままの会話。
だが、先程までとはまた違う意味で、胸の鼓動が落ち着かなくなっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先程の光景を脳内に思い浮かべる蓮。
そして同時に、じわりと頬に熱が上がってくるのを感じた。
本来は爪楊枝ごと渡すつもりだった、ただそれだけのつもりだったのに。
けれど今、目の前で起きたのは――
(食べさせたんだ、よな……?)
本来ならば、爪楊枝ごと唐揚げを渡すつもりだった。
それが、方法が悪かった為、桜季に勘違いさせてしまった。
そう、まるで恋人がやるように。
だがそう思う一方で、桜季が自然にそれを受け入れたことが頭に残る。
嫌がる様子もなく、むしろ少しだけ緊張したような顔で、けれどきちんと食べて。
そしてそれは蓮にとっても――
(嫌じゃ、ないんだよな。もちろん嫌だなんて思うわけはないんだけど)
むろん桜季がそのまま食べたことを嫌だとは思わないのだが。
(むしろ、それだけ信頼関係が築けてるって言うか……。いや、でも信頼、か……?)
信頼関係は築けているとは思う。
しかし、むしろ今のは――
桜季の行動に対する自分の気持ち。
それに折り合いがつかないまま、蓮はそのまま食事を続けた。




