第45話 二人の保護者④
「蓮さん。桜季の事、本当にありがとうございます。つい先日までお菓子作りなんてしたことの無かったこの子が、こんな美味しい物を作れるようになるなんて」
「それについては私よりも桜季……さんの努力を誉めて下さい。家庭科部に入部する時も『母と妹に美味しい物を作って驚かせたい』と言っていました。その本人の努力の結果が今です」
「蓮さん……」
蓮の言葉に桜季の胸が暖かくなる。
何をするにしても蓮の助けが必要なのに、それでもその努力を褒めてくれる。
(ありがとうございます……)
嬉しさがこみ上げてきて、思わず顔が緩みそうになる。
蓮にバレないように、慌てて視線を落とした。
「それに私の方も助かっていますから。一人で作るよりも二人の方が効率が良いですし」
「ありがとうございます。蓮さんのような方がお隣で本当に良かった」
和やかな空気の中、夏帆がふと思い出したようにくすりと笑った。
「それにしても……」
視線が桜季と蓮の間を行き来する。
「桜季から話があるって言われた時、てっきり交際の挨拶かと思ってしまったわ」
「えっ!?」
夏帆の言葉にクッキーを手にした桜季がびくりと震えた後、固まってしまう。
蓮も驚いて言葉が出てこないようだ。
「お、お母さん……!?」
みるみるうちに桜季の顔が赤くなっていく。
蓮の方も先程までの落ち着いた様子とは打って変わって動揺している。
「だって、同年代の男の人を連れてきて『大事な話がある』なんて言われたら、ね?」
楽しそうに微笑む夏帆。
隣では琴乃がニヤニヤと笑っている。
「ちょ、ちょっとお母さん……!」
慌てて否定しようとするが、言葉が上手く出てこない。
夏帆はそんな桜季から視線を蓮へと移す。
「でも残念ね。蓮さんのような方が相手だったら、私は何も反対しないのだけどね」
「えっと……恐縮です……」
恥ずかしさに顔を赤くした蓮がなんとか答える。
「お母さん……!」
「ふふ、ごめんなさいね。少しからかいすぎたかしら」
「もう……!」
抗議の声を上げるが、どこか力が入らない。
横を見ると、琴乃が先ほどと同様にニヤニヤとしていた。
「えー、でもお姉、さっきから顔真っ赤」
「こ、琴乃……!」
反論したいがどう言っても無理だろう。
よって真っ赤になった顔を蓮から隠すように背けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方で蓮の方もどう反応して良いか分からない。
そんな蓮に、旭が柔らかく笑いながら
「ふふっ。私もね、今日ここに来たら蓮が居たのを見て、そうなのかなって思ったの」
蓮は恥ずかしそうに姉の方を向く。
「あなたは友達は多いようだけど、凜君以外の相手とはそこまで距離を詰めていないでしょう?」
「まあ、それはね」
旭の言う通り、学内に友人は多い。
しかし凜に関してはその中でも群を抜いて距離が近い。
蓮が一人暮らししているアパートの部屋番まで知っている生徒は学内では凜(と桜季)だけだ。
とはいえ別におかしなことでもないだろう。
真に信用、信頼できる相手というのはなかなか見つかるものではない。
凜以外を遠ざけているのではなく、凜が例外的に距離が近いだけだ。
「だからね、あなたが自分の部屋に凜君以外の人を入れて、一緒に夕食を作っているのを知った時は驚いたのよ」
「……あんま驚いている様には見えなかったけどね」
先程自分と桜季の話を伝えた時に、旭はいつも通りの様子に思えたのだが。
これが年の功というやつだろうか。
旭は真剣な表情で桜季を真っ直ぐに見据える。
「桜季さん。蓮のことをお願いします」
そう言って旭は桜季に頭を下げた。
「い、いえ……! むしろわたし達がお世話になりっぱなしというか……」
逆に恐縮したように慌てて首を横に振る桜季。
そんな桜季に、旭はやはり優しく笑いかける。
「ふふっ。そんなことはないわ。以前蓮があなたのことを話していたの。部活に新しい後輩が入って来たけど、とても真面目だしすぐに上達すると思うって言ってたわ」
「そうなんですか?」
「ええ。それに蓮はプライベートでは少し抜けている所があるから。そのような時に桜季さんのような人が側にいてくれると安心できるの」
「…………はい。その、わたしが引き受けます、というのもおこがましいですが…………でも、出来る限りは力になれればと思います。……今は、わたしが一方的に頼っていますが」
「ええ、お願いね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一連のやり取りを見ていた琴乃はくすりと笑う。
(お姉、なんだったら彼氏ですって紹介しちゃえばいいのに)
正直、この姉が彼氏を作るのであれば、目の前の男性のような人がいい。
優しくて落ち着いていて、相手のことをきちんと考えてくれる人。
桜季の方も蓮のことは好いているだろうし。
それが今は恋愛なのか尊敬なのかは置いておいて。
(それに、こんな人がお義兄さんになってくれればあたしも嬉しいし)
桜季と二人姉妹ということだけあって、男兄弟が欲しいと思ったことは何度かある。
とはいえ、もちろんガサツだったり乱暴だったりする相手は嫌だが、蓮はそういうタイプとは正反対。
まさに理想の兄が具現化したような感じの人だ。
「…………そう言えばお兄さん」
「ん?」
桜季と見つめ合っていた蓮が琴乃の方へと顔を向ける。
桜季も不思議そうに視線を向けて来た。
そんな先の方を琴乃は一瞬だけ見てニヤリと笑う。
「お兄さんがお姉にあげたぬいぐるみ、お姉、昨日抱いて寝てましたよ」
「えっ?」
「こ、琴乃ッ!?」
顔を真っ赤にした桜季が慌てて立ち上がる。
「名前まで付けて、ぎゅって抱きしめて可愛がって」
「そ、そんなの言わなくてもいいから!」
蓮の方も顔が真っ赤になっている。
「そ、そうか……。ま、まあ大切にしてくれてるのなら、おれも嬉しいよ……」
「は、はい……」
お互いに顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
(まあ、脈はあるんだよね、二人共……)
そんな二人をニヤニヤと見つめながら、琴乃は自分の考えが現実になってくれるようにと小さく願った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
面会時間が終了し、挨拶をして病室を後にする。
そんな中、桜季の頭の中には先ほどのやり取りが強く残っている。
隣を歩く蓮を横目でチラリと見てしまう。
(蓮さんと…………)
正直、蓮のことは魅力的な男性だとは思っている。
何度も自分を助けてくれた、とても優しい男性。
しかし、だからと言って付き合いたいとかそう言うことに結びつくわけではない。
そもそも初恋すらしていないのだし、恋という存在についても良く分かっていない。
とはいえ――
『交際の挨拶かと思ってしまったわ』
夏帆にそう言われた時、驚きと同時に自分の胸にそれ以外の感覚が走った。
もし、蓮と交際することになったら。
今まで以上に優しくしてくれるのだろう。
そして、自分も蓮の横で、蓮を支える存在になりたい。
一瞬そんな想像をしてしまう。
(わたしは、蓮さんのこと、どう思ってるんだろう……)
更に顔の熱が増す。
視線を逸らした先で、ふと蓮と目が合った。
瞬間、即座に目を逸らす。
「桜季? どうかしたのか?」
「い、いえ、なんでもありません。帰りましょうか」
「ああ、そうだな」
そう言って歩き出す蓮をちらりと横目で見る。
少なくとも表面上、蓮はいつもと変わらない。
意識しているのは自分だけ。
(……だよね。少なくとも、蓮さんがわたしに対してそう思ってくれているわけはないだろうし……)
これまで自分は蓮の優しさに甘えるだけだった。
そんな蓮に、まだ自分はお返しの一つも出来ていない。
(うん。わたしの気持ちは焦って考える事じゃない)
一度胸に手を当てて心を落ち着ける。
そう、今はそれよりも、まず自分が成長することが必要だ。
この気持ちについて考えるのは、この先ゆっくりでいいだろう。
(お付き合いするとかそういうのは横に置いておいて、まずは蓮さんに並び立てるようにならないと!)
そう決意を胸にして、琴乃を含めた三人で病院を後にした。
すみません、第43話がことさらに短かった理由ですが、体調不良によるものです。
本来であれば、43,44話の後書きで触れておくべきでしたが書き忘れてしまい、申し訳ありませんでした。(現在、体調の方は戻っております)




