第44話 二人の保護者③
夏帆の口から旭と知り合った経緯が語られる。
渡利一家が引っ越して来た時に、隣室である蓮の部屋にも引っ越しの挨拶に来た。
その時に対応したのが、丁度部屋にいた旭であったとのこと(蓮も話は聞いていた)。
挨拶の際に旭がエクラ・デュ・マタンのことを軽く話し、夏帆もそれで店のことを知り訪れるようになった。
そして先日夏帆が怪我をした件について。
旭が歩いていたところ丁度突風が吹いて、側を歩いていた家族連れの内、子供が車道へと押されてしまった。
慌てて旭がその子を捕まえて車道に飛び出ないようにしたところ、今度は旭が走って来た自転車に轢かれそうになった。
それを慌てて助けたのが夏帆とのことだが、その際に運悪く骨折してしまった。
幸いなことに治療費の方は子供の両親が全額持つと言ってくれたらしいが。
話をまとめるとそう言うことらしい。
つまるところ、夏帆の怪我には旭が多少なりとも関わっているということだ。
であれば見舞いに訪れたのも納得がいく。
「むしろ蓮、あなたが何でここにいるの?」
逆に旭に質問される。
確かに旭の言う通り、隣人でしかない夏帆の見舞いに来るのは不自然だろう。
しかしこれは逆に考えればいい機会かもしれない。
今の蓮と桜季、琴乃の三人の関係は、いずれは現状で蓮の保護者である旭にも伝えるべきだと考えていた。
桜季の方を向くと、桜季も無言で頷いてくれる。
そして蓮は旭へと振り返り、先程夏帆に話した内容を話し始めた。
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「――――という経緯なんだ」
「ああ、そういうことだったの」
一通り説明を終えると、旭は納得がいったというように深く頷く。
「あの、ねーさん」
「ええ、構わないわよ」
こちらも拍子抜けするくらいあっさりと許可が出た。
驚く蓮に、旭はくすりと笑って続きを話す。
「実はね、それは私の方でも気になっていたの。夏帆さんが入院したことによって、高校生と中学生の娘さんが二人で暮らすことになるのだから」
穏やかな声音でそう言って、旭は桜季と琴乃の方へと視線を向ける。
その目は優しく、どこか安心させるように。
「食事のこととか生活のこととか。誰か頼れる人が近くにいればいいのに、とは思っていたの」
「……」
思わず言葉を失う蓮。
てっきり何か言われるかと思っていたが、旭の反応は拍子抜けするほど穏やかだった。
「だから、そこに蓮が関わってるなら、むしろ安心ね」
「え……?」
思わず聞き返してしまう。
だが旭は小さく笑って続けた。
「蓮のことは充分すぎるほど信頼しているし」
「ねーさん……」
ただ、当たり前のように受け入れてくるその態度に、胸の奥の緊張がふっとほどけていく。
そんなやり取りを見て、夏帆がくすりと笑った。
「ふふっ。やっぱり仲がいいのね」
「ええ。自慢の弟ですから」
「う…………」
照れる蓮をよそに、旭はさらりと言い切る。
だがその横顔はどこか楽しそうで、からかっているわけではないことが分かる。
そして、旭は改めて桜季と琴乃へと向き直った。
「改めて。蓮の姉の御厨旭です。この前、事故の当日に顔を合わせたけれど、ちゃんと挨拶出来なかったわね」
「い、いえ……! 渡利桜季です」
「琴乃です」
二人が揃って頭を下げると、旭は柔らかく微笑んだ。
「蓮が迷惑をかけてないかしら?」
「い、いえ! むしろ凄く助けてもらってます……!」
「うん! お兄さん、料理めっちゃ上手いし!」
「そう。なら良かった」
安心したように旭が頷く。
その様子に蓮は小さく息を吐いた。
どうやら本当に問題はなさそうだ。
「それと、蓮」
「ん?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
旭はほんの少しだけ真面目な表情になり、しかし柔らかな優しさは崩さないまま言葉を続けた。
「頼られているなら、ちゃんと応えなさい。中途半端はダメよ」
「……分かってる」
短く返すと旭は満足そうに頷いた。
「それができるなら、私は何も言わないわ」
蓮は改めて桜季と琴乃の方を見る。
二人ともどこか安心したような表情を浮かべていた。
そんな空気の中、不意に桜季がはっとしたように顔を上げた。
「あ、あの……!」
少し慌てた様子でケースを大事に抱えて立ち上がる。
「お母さん、その……これ……」
蓋を開けると、ほんのり甘い香りがふわりと広がった。
中には焼き色のついたクッキーが綺麗に並べられている。
「わたしと琴乃で作ったの。差し入れにと思って……」
「お姉、朝からめっちゃ頑張ってたんだよ!」
横から琴乃が元気よく補足する。
「にんじんのクッキーと、チョコのやつ! 味見したけど美味しかった!」
少し恥ずかしそうに頬を染める桜季。
そのやり取りを見て、夏帆は二人にふっ、と微笑む。
「まあ……。二人で作ったの?」
「うん……。蓮さんに教えていただきながら……」
控えめにそう言って、ちらりとこちらを見る。
その視線に、蓮は小さく頷いて夏帆を見る。
「そう。じゃあ、ぜひいただかないとね」
夏帆は嬉しそうに微笑みながら、一枚手に取る。
そしてゆっくりと口に運んだ。
「……うん、美味しい」
「……!」
その一言で、桜季の肩が小さく震えた。
「本当ですか……?」
「ええ、本当に。優しい味で、とても美味しいわ」
「やったー!」
琴乃が嬉しそうに声を上げる。
桜季もまた、ほっとしたように胸に手を当てていた。
「ちゃんと、お母さんに食べてもらえてよかったね」
「うん……」
小さく頷く桜季。
その横顔はどこか誇らしげで、そして少しだけ自信を持てたようにも見えた。
「旭さんも、よかったらどうぞ」
そう言って桜季がケースを差し出す。
「あら、いいの?」
「はい……!」
旭は一枚手に取り、軽く眺めてから口に運ぶ。
「……ほんとね。美味しい」
「でしょ!?」
琴乃が得意げに胸を張る。
✿
病室の中に、柔らかな空気が広がる。
その中心にいるのはどこか照れながらも嬉しそうに笑う桜季と、無邪気に喜ぶ琴乃。
そしてその様子を見ながら、蓮は静かに思う。
――ちゃんと、繋がっている。
血の繋がりなんて関係なく、確かにここにあるものがある。
そのことを、改めて実感していた。




