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義理チョコキングと頑張り屋さん ~心優しい二人が寄り添っていく、幸せに包まれた半同棲生活~  作者: バランスやじろべー
第一章後編 共に過ごす日々

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第41話 二人の秘密②

 桜季がリビングを去った後、蓮は琴乃に頼んで二人の部屋へと入れてもらった。

 とはいえ、先程の様子ではまだ落ち着いていないだろう。

 そう考えて、ホットミルクを作り、扉をノックする。

 少し話すと扉が開き、桜季が姿を現した。


「す、すみません、蓮さん。どうぞ座って下さい」


 蓮が桜季の勧めに従って椅子に腰を下ろすと、桜季も部屋の扉を閉めて椅子に座る。

 お互いにホットミルクに口を付け一息ついたところで、桜季が口を開いた。


「その、すみませんでした」


 落ち着いたのか、深々と頭を下げる。


「いや、いいって。おれの方こそ悪かったな」


「い、いえ! 先程も言いましたが、蓮さんが悪いなんてことはありません! 悪いのは全てわたしの方です……!」


 蓮も頭を下げると、慌てて桜季が立ち上がる。

 顔を上げて見上げると、桜季は顔を赤くして視線をさまよわせた後、再び椅子に座り直した。


「す、すみません、取り乱してしまって……。で、ですが蓮さんは悪くありません。それだけは誤解しないで下さい」


 真剣な眼差しでこちらを見てくる。

 その瞳は、やはり黒ではなく黄色だった。


「その、気付いてしまいましたよね?」


「ああ。今もそうだからな」


「今も……? あっ!」


 コンタクトを外したままのことに気付いていなかったのか、蓮の言葉に慌てる桜季。

 しかし、一度深呼吸をして、冷静な顔で蓮を見る。


「瞳、黄色いんだな」


 ごまかさずに確信を突いた問いかけ。

 一瞬桜季が硬直するが、やがて諦めたように苦笑して首を縦に振った。


「はい。普段は黒のカラーコンタクトでごまかしていますが」


「そうか」


「……………………………………………………………………………………」


「……………………………………………………………………………………」


 会話が止まってしまう。

 一度ホットミルクを飲もうとコップに手を伸ばすと、桜季がゆっくりと口を開いた。


「その、気持ち、悪いです、よね…………?」


「え?」


 どこか達観したように呟く桜季の言葉に、蓮は思わず驚いてしまう。

 慌てて否定しようとするが、それより先に桜季が口を開いた。


「蓮さん。お話を聞いていただけますか?」


 真剣な目が蓮を捉える。

 先程の反応から考えても、これから話す内容が、桜季にとって大きな事であることは間違いない。

 そして、どのような内容であれそれを受け止めたいと思う。

 その想いを込めて、蓮はゆっくりと頷く。


「ああ、分かった」


「ありがとうございます」


 そして桜季はアンバーの瞳で蓮を見据えたまま、ゆっくりと続けた。


「わたし……、琴乃や今の母とは血が繋がっていないんです…………」


「――――」


 言葉を失った。

 しかし、心のどこかではその可能性を考えていた。

 その瞳の色が、もし遺伝なのだとしたら――

 そんな蓮の考えを見透かしていたように、桜季は苦笑した。


「……分かっていましたか?」


「分かってはいなかったよ。だけど、瞳の色とさっきの反応を考えれば、可能性としてはそれもあるな、とは」


「そうですか…………」


「この前、ビーフシチューを食べた時に『昔に母が作ってくれたオムライスとビーフシチューに似てて』って言ったのはそう言うことか」


「はい。今の母ではなく、実の母が作ってくれた物を思い出しました」


 一度息を吐き、瞳を細める桜季。

 蓮は何も言わずに桜季を見つめ、先を促す。


「わたしの実の父は海外での活動の多い仕事で、外国で母と出会いました。その後母は他界し、四年程前に、夫を亡くした今の義母と再婚したんです。琴乃はその時の連れ子なんです」


 視線を蓮から外して下を向き、過去の記憶を掘り起こすように桜季が続ける。


「なので……」


 一拍の間。

 桜季は、そっと目元に手を伸ばす。


「この瞳の色は、母からの遺伝なんです……」


 自嘲気味に、ほんの少しだけ笑う。


「琴乃や母とは違う色で……、見た目からして『違う』って分かってしまうのが、どうしても気になってしまって……」


「なあ」


 蓮はそこで桜季の目を見据えて口を開く。 


「さっきさ、おれに気持ち悪いか聞いただろ?」


「え? は、はい…………」


 少し怯えるような表情で蓮を見る桜季。

 しかし蓮は柔らかく笑い、桜季の言葉を否定する。


「誤解するなよ。気持ち悪いなんて、思ってないぞ」


「え? い、いや、だって、わたしの瞳、その、黒じゃ、ないんですよ……?」


「いや、それは分かってるけどさ。別に黄色、アンバーだって、気持ち悪いって事は無いだろ? むしろ――」


 桜季の言葉を、蓮は首を横に振って否定する。

 確かに日本人離れした色ではある。

 とはいえそれが気持ち悪いということには直結しない。


「蓮さん……?」


「むしろ、綺麗だって、そう思った」


「え…………?」


 桜季の顔が驚きに染まる。

 信じられない、と言った表情で蓮を見上げてくる。


「そ、そんな……、う、嘘、ですよ、ね…………?」


「嘘じゃないって。確かに驚いたけどな」


「だ、だって……! みんな、わたしの目を見て、気持ち悪いとか、妖怪みたいとか……、それで…………! だから、わたしはコンタクトで…………」


「うん。確かにさ、そう思う奴だっているかもしれない。でも、おれは本当に……綺麗だって、そう思った」


 桜季が驚いて目を見開く。

 何かを言おうと口を開き、しかし言葉が続かないのか口を閉ざす。

 おそらく今よりもずっと小さい頃、小学生や中学生の頃にそうからかわれたのだろう。

 子供が自分達とは違う特徴を持つ相手を無神経にからかうことは珍しくない。


「桜季はさ、自分の瞳の色が嫌いなのか?」


「き、嫌いだなんて、そんなことありません! これは、わたしのお母さんの…………」


「じゃあ、やっぱり気持ち悪いなんてことはないだろ」


「蓮さん…………。でも、わたしは…………」


「桜季」


 そう言って蓮は右腕をそっと前に出す。

 不思議そうな視線を向けてくる桜季の目の前で、蓮はゆっくりとアームスリーブを外していく。


「えっ……!?」


 桜季が目を丸くして息を呑む。

 蓮の右腕にある『色の違いがはっきりとした』火傷の痕を見て。


「これはさ」


 蓮は自分の腕を軽く見てから、桜季に視線を戻す。


「昔、おれの家族と凜の家族でバーベキューしてたんだ」


 淡々とした口調で続ける。


「ねーさんと義理のにーさんも混じってさ。で、その時に地震が起きて。凜とねーさんが火の方に頭から突っ込んでいきそうになった」


 一瞬だけ間を置く。

 地震自体は大したものではなかった。

 しかしそのタイミングがこれ以上ないくらいに良くなかった。


「危ないって思って、慌てて半ば突き飛ばすような形でおれが火に突っ込んだ」


 それだけ言って、肩をすくめた。

 桜季が息を呑むのが分かる。


「で、こうなった。まあ、後悔はしてないけどな」


 そう、はっきりと告げる。

 あの時は凜と旭の代わりに燃え盛る火の方へと思い切り突っ込んでしまった。

 すぐに水を掛けられ病院に行った為、後遺症はなかったが。


「今は当時より大分目立たなくなってるんだけどな。でも、当時は酷かったんだ」


 当時は即手術が必要なほどに酷い火傷だったし、包帯が取れた後もまだらのような模様が目立っていた。


「右手に火傷の痕が残ったのも、別に大した問題じゃなかったんだ。むしろ、誇らしかったよ。大切な二人を守ることが出来た証みたいなものだから。だから、最初はアームスリーブなんてしてなかった。でも、色々と言われたんだよ」


 曰く、『気持ち悪い』とか『モンスターみたい』とか。


「おれが火傷したことについて、凜もねーさんも一切責任はない。ただ、巡り合わせが悪かっただけ。でもさ、この火傷に対して二人共結構責任感じてたんだ。二人のせいじゃないのに」


 悪いのは地震の起きたタイミング。

 運が悪かっただけ。

 だが、当然ながら凜も旭も蓮の火傷に対して、ひどく責任を感じていた。


「で、だ。学校でおれが例え冗談でもなんか言われる度に凜は怒ったし、申し訳ないって謝って来た。だから、アームスリーブで隠してたんだ」


「……………………」


 戸惑いを浮かべる桜季に、蓮は優しく笑って続ける。


「さっきも言った通り、おれにとってこの右手の火傷の痕は、大切な人を守ることが出来た証なんだ。誰に何を言われようとも、それは絶対に揺るがない」


「蓮、さん…………」


「桜季。確かにそう言う人だっている。だから、隠すことだって理解出来る。でも、みんながみんな、そう思ってるわけじゃない」


 蓮は一度言葉を止めて桜季を見据える。


「もう一度言うぞ、少なくともおれは桜季の瞳は綺麗だって、そう思った」


「……………………ッ!!」


 桜季の瞳が驚きに染まる。

 まるで予想していなかった言葉を聞いたように。


「なあ、桜季が実の母親のことを大切に想っているのは分かる。でも、今の母親や琴乃のことだって、ちゃんと大切に想ってるんだろ?」


「は、はい! もちろんです! 今の母と再婚した父はその後、再び海外を拠点としています。その為今はわたしと琴乃、そして母の三人で暮らしています。とはいっても母も琴乃も優しくて、そこに関してはとても幸せなんです」


「うん」


 それは蓮にもなんとなく分かる。

 何回か顔を合わせ話をした桜季の母はとても優しそうであったし、琴乃に至っては完全にお姉ちゃん子だ。

 桜季が小さく微笑んだ。

 だがその表情はどこか曇っているようにも感じる。

 桜季はカップを両手で包み込むように持ち、視線を落としたまま続ける。


「でも、優しいから、だからこそ……なんです」


「え……?」


「わたし、本当に……琴乃の姉として、ちゃんといられているのか、自信がなくて……」


 ぽつりと落ちる言葉。


「血が繋がっていないこと自体はもう受け入れているつもりです。母も琴乃も、本当に大切な家族ですし……」


「なら……」


 そう蓮が言いかけるが、桜季は首を横に振って一度言葉を切る。

 ゆっくりと息を吸い、そして吐き出す。


「でも、ふとした時に思ってしまうんです。わたしは……『本当の姉』ではないから、どこかで距離があるんじゃないかって」


 握るカップに、わずかに力がこもる。


「琴乃はあんなに慕ってくれているのに、わたしはそれにちゃんと応えられているのか……。あの子にとって、ちゃんと『姉』でいられているのか……」


 言葉が、少しずつ弱くなっていく。

 視線は上がらないまま。


「…………あのな」


 少し呆れたように、そして少し怒ったように蓮は桜季を軽く睨む。

 その視線を受けて、桜季は少し驚いたように目を見開いた。


「蓮さん……?」


「あんまり妹を舐めるな」


 落ち着いた声で、しかし強い意味を込めてはっきりと桜季に告げる。


「え…………?」


「琴乃が桜季のことをどれだけ大切に想っているか、ちゃんと理解しろ」


 まだ付き合いは浅いものの、琴乃が桜季のことを大切に想っていることは充分すぎるほどに理解出来る。

 でなければ、あんなにも真剣に姉への誕生日ケーキを選んだりはしない。


 バンッ


 瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれ、そこから琴乃が飛び込んで来た。


「こ、琴乃……!?」


 突然の乱入に桜季が慌てて立ち上がる。

 しかし琴乃はそんなことはお構いなしに、桜季を睨んだままずかずかと桜季の下へと向かう。


「お兄さんの言う通りだよ! お姉、さっきから何言ってんの!?」


 蓮も初めて聞く、本当に怒った琴乃の声。

 しかし、そこに強い意志が、桜季に対する強い想いが響いている。


「『本当の姉じゃない』とか『ちゃんと応えられているのか分からない』とかさ!」


 真っ直ぐに桜季を見上げる。


「あたしはさ、お姉のこと、本当のお姉ちゃんだって思ってるよ!」


「――ッ!」


 迷いのない琴乃の声。

 それを聞いた桜季が、ビクリと体を震わせる。


「血がどうとか、そんなこと関係ない! あたしにとってお姉は立派なお姉ちゃんなの! 出会った日からずっと、あたしの自慢のお姉ちゃんなんだから!」


「琴乃…………」


 桜季の声はかすれていた。

 それ以上の言葉が続かないのか、ただその場に立ち尽くしている。

 肩が小さく震えている。


「桜季」


「蓮さん……」


 そっと声を掛けると、桜季はこちらを向く。

 戸惑ったような桜季に、蓮は先ほど言いかけた言葉を口にする。


「さっき言っただろ? 桜季の瞳を見た時、本当に綺麗に思ったって」


「は、はい……」


 驚きと恥ずかしさ、それが入り混じった顔で蓮を見る。

 そんな桜季に、蓮は正直に告げる。


「桜季の瞳を見た時、マーガレットみたいだなって、そう思った」


「マーガレット……」


 白い花びらに、真ん中が黄色の花。

 桜季の目を見て最初に思いついたのが、マーガレットだった。


「あ、確かに! お兄さんの言う通り、お姉の目、マーガレットっぽい!」


「そんな風に……思ってくれたんですか……?」


 どこか震えるような桜季の声。

 信じられないというような響き。

 蓮は小さく頷く。


「ああ。見た目が似てるってのもそうだけど、マーガレットの持つ意味的にもな」


「意味、ですか?」


 戸惑うように首をかしげる桜季。

 その様子に、蓮は軽く笑って続ける。


「ああ。マーガレットの花言葉は『誠実』だ。それにさ、若草物語って知ってるか?」


「若草物語……。はい、読んだことがあります」


 アメリカの作家ルイーザ・メイ・オルコットによる十九世紀後半のアメリカを舞台に、マーチ家の四人姉妹を描いた物語。

 そこに登場する人物の一人は


「メグ――本名、マーガレット・マーチ。とても妹想いの長女で、しっかり者でお姉さん気質。母親が家を空けた時は、母の代わりとして妹を守ろうと決意する。だからさ、そう言ったところも含めて桜季にピッタリだなって」


「蓮さん…………。そんな風に…………」


 桜季の目に涙が浮かんでいく。

 その涙の向こう側で、黄色い瞳が揺れ動く。


「だからさ、その瞳は桜季に似合ってる、おれは本気でそう思ってるよ」


「ありがとう……ございます…………」


「うん! お兄さんの言う通りだよ! あたしもお姉の目、好き!」


 目に溜まった涙が決壊し、桜季の頬を静かに伝った。

 慌てて拭おうとする桜季だが、次から次へと溢れてきて止まらない。

 ふと視線が合う。

 少しだけ照れたように、しかしどこか安心したように微笑む桜季。

 その瞳はやはり、よく似合っていると思えた。

 やがて桜季は、ゆっくりと顔を上げる。


「……あの、蓮さん」


「ん?」


「その……コンタクト、蓮さんといる時は……付けなくてもいいですか?」


 不安と期待が入り混じったような視線。

 それを受けて、蓮は迷いなく頷いた。


「ああ。そっちの方が似合ってる」


「……はい」


 その笑顔を見て、蓮は小さく息をつく。


(……本当に、綺麗だな)


 そう笑う桜季の笑顔、そして瞳は、これまでの中でも最高に輝いていた。

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