第3話 家庭科部へのお誘い
蓮と桜季、美鈴は目的地の物理準備室へと向かいながら雑談を繰り広げる。
「ふーん。そーなんだ。あ、じゃあさじゃあさ――」
「ああ、それは――」
話の内容はこの修峰学園についてが大部分を占めている。
基本的には美鈴が質問しそれに蓮が答えるという形で、そこに時々桜季が口を挟む。
出会ってからまだ十分と経っていないのに、美鈴の方はずいぶんと距離を詰めてくるのが上手い。
そんな感じで話しながら歩いて行くと、目的地である物理準備室へと到着する。
それを見た美鈴がぐっと顔を近づけて来る。
「せんぱい、ここだよね!?」
「ここだな」
「とうちゃーく! ありがとね、せんぱい!」
「ありがとうございました。とても助かりました」
美鈴と桜季が対照的にお礼を言ってくれる。
鍵の開いている扉を開けて中へと入り、持って来た荷物を適当に片付ける。
日頃から鍛えている蓮としては大した問題ではなかったのだが、後輩二人は腕を軽く揉んだりぶらぶらさせたりと、少し疲れているようだ。
「ふー、重かったー! せんぱいが持ってくれて助かったよ、ホント」
美鈴の言う通り、この箱は一つでもそこそこ重さがある。
これを女子に二つずつ運ばせるとは、教師も何を考えているのか。
「本当に助かりました。道案内に加えて荷物まで持っていただいて。先輩、ありがとうございました」
桜季も同じように重ねてお礼を言ってくれる。
確かに嬉しいのだが、とはいえそのお礼の言葉を貰うのは少々気が引ける。
「いや、荷物持ちについてはお礼を言われる筋合いはない。おれが持ったのは白川の分だけだからな」
「あ…………」
それを聞いた桜季が驚いたような顔をして口に手を当てる。
事実上はそうだとしても建前としては蓮が手伝ったのは美鈴の方だけだ。
「え、えっと……」
「ちょっとせんぱい。サッキーが困ってるよー」
すると美鈴が桜季をフォローするように声を掛ける。
まあ確かに桜季の立場になって考えてみれば、事実上は荷物を持ってもらったのにここでお礼を言わないのはそれこそ礼に反するだろう。
「あ……悪い」
「い、いえ、光井先輩が謝ることでは……。えっと、それじゃあ先輩。美鈴がわたしの荷物を持つのを手伝ってくれたのは、先輩が美鈴の荷物を持ってくれたからです。だからありがとうございます」
つまりは間接的に助けてくれたことについてのお礼ということか。
それであれば理屈も通る。
そして三人はクスリと笑い合った。
「さーて、それじゃあ帰ろっか!」
「帰り道は分かるか?」
大きく伸びをしながら準備室を出る美鈴に蓮が問いかける。
出会ってからここまでの道のりはそこそこ面倒だった。
故に二人の教室や昇降口までの道のりに問題はないか確認したのだが、二人は首を縦に振る。
「はい。後は帰るだけですし、昇降口の場所なら大体は分かります」
「うん。さすがにそれは大丈夫だって」
笑顔で言う二人を見て、まあ確かにそれもそうだろうと納得する。
ということでこれにて蓮はお役御免ということだ。
「あー、でも疲れたなあ。サッキー、どっかで甘い物でも食べてかない?」
「うん。賛成」
この後の予定を離す出す二人に蓮も心の中でゆっくりと頷く。
確かに疲れた時に食べる甘い物は格別だろう。
蓮としても、この後に甘い物を食べる予定なので楽しみだ。
「それじゃあな、二人共」
「はい。失礼します」
「じゃあね、せんぱい……あっ、ちょっと待って!」
「ん?」
「え?」
美鈴の声に蓮と桜季が驚いて声の方を見る。
すると美鈴はニコニコと笑いながら蓮に近づいて
「ねえせんぱい。せんぱいも一緒に行かない?」
「いや、さすがにそれは遠慮するよ。二人で楽しんできてくれ」
さすがにこの二人にいきなり混ざってお茶する勇気はない。
それにまだ出会って数分の蓮が混ざるよりも、気心の知れた友人同士の方が遥かに楽しめるだろう。
「そっかあ。お礼に何かご馳走したかったんだけどなあ」
「いや、そういったのは気にしないでいいぞ」
蓮がやったことといえば、道案内と少しばかり荷物を持っただけ。
それだけのことに言葉以外のお礼は必要ないだろう。
「うーん……。でもそれじゃあ……」
ピピピ
美鈴がそう言いかけたところで蓮のスマホが音を鳴らす。
出てもいいか視線だけで確認すると、二人共無言で頷いてくれた。
ポケットからスマホを取り出し画面を確認すると、そこには親友の名前が表示されていた。
通話ボタンを押してスマホを耳に当てる。
「もしもし?」
『あ、やっと繋がった。レン、今日の事、忘れてないよな?』
「そりゃあ忘れるわけないだろうが」
電話口から聞こえてきた親友の声に即座に返答する。
この日の為にここ数日しっかりと準備してきたのだ。
『そっかそっか。あ、そうだ。部長からの伝言伝えるぞ。『遅れたんだから新入部員ちゃんと捕まえてきなさい』だってよ』
「は!?」
聞こえてきた内容に思わず大声を上げてしまう。
驚く桜季と美鈴に『悪い』と片手で謝り現時刻を確認するが、やはり予定の時刻にはまだ到達していない。
「いや、遅れてねえだろ! なんだそれ!」
『いや、オレに言われたって。文句は部長に言ってくれって。まあとにかくそういうことだから、早く来いよ、レン」
「…………」
言いたい事だけ言われて通話が切れる。
いや、もちろんこの親友が悪いのではなく悪いのは部長だということは蓮にも分かる。
「せんぱい? どうかしたの?」
通話の切れたスマホを眺めて固まってしまった蓮に美鈴が声を掛けてくる。
桜季の方も心配そうな瞳でこちらを見上げている。
「あ、いや…………」
別に大したことじゃない、そう言いかけたところで二人を見て少し固まる。
そう言えばこの二人は先程何と言っていたのか。
『あー、でも疲れたなあ。サッキー、どっかで甘い物でも食べてかない?』
『うん。賛成』
言葉通りに捉えるのなら、つまりこの後は二人はで甘い物を食べにファーストフードやカフェにでも行くのだろう。
(……………………それもアリか)
二人が甘い物を食べることが出来て、蓮本人も助かって、かつ無理のない範囲でお礼をしてもらうことができる一石三鳥の考えが頭に思い浮かぶ。
もっとも二人が反対すればそれまでなのだが。
「せんぱい?」
「大丈夫ですか?」
黙り込んでしまった怜に、再度二人が問いかけて来くる。
そんな二人に蓮はスマホをポケットへと仕舞いつつ、たった今思いついた内容を口にする。
「二人共、ちょっと聞きたいんだが」
「え?」
「は、はい」
そう問いかけると、二人がポカンとした表情で返事を返してくる。
そんな二人に、蓮は一応誤解の内容に断っておく。
「先に言っとくけど、今から言うのは決してナンパじゃないからな」
「え? どゆこと?」
「…………?」
蓮の言葉に二人とも不思議そうに首を傾げる。
「今日これから時間あるか?」
「え? いや、アタシはあるけど」
「はい。わたしも大丈夫です」
「そうか。それなら悪いんだけど、先ほどのお礼ということで、ちょっと二人とも付き合ってもらえないか? あ、もちろん断ってくれても全然かまわないんだけど」
その言葉に二人は顔を見合わせる。
そしてアイコンタクトを交わして再び蓮の方を向いて
「うん。いーよ」
「はい。わたしもです」
そう肯定の返事を返してくれた。
二人の反応に蓮は安堵して胸を撫で下ろす。
これで先程の無茶振りはどうにかなりそうだ。
「それで? せんぱいはどこに付き合って欲しいの?」
「甘い物をタダで食べられる場所だな」
そう、甘い物を食べに行こうと話していた二人にとってもそこまで悪い話ではないだろう。
そんな蓮の言葉に後輩二人は頭に疑問符を浮かべる。
「え?」
「どういうことですか?」
「まあ、着けば分かる」
そう言って蓮は当初の目的地へと足を向ける。
その後ろを後輩二人は不思議そうに首を傾げながら着いて来た。
✿
「さて、到着だ」
少し歩いて目的地の前に到着した所で足を止める。
壁一枚を隔てた中からは、楽しそうな女子達の声が響いている。
「えっと、ここが目的地ですか?」
目の前の部屋のプレートに書かれている文字に目を向けた桜季が意外そうに問いかけてくる。
それもそのはず、プレートに書かれている文字は『家庭科室』だ。
二人にとっては完全に予想外の目的地だろう。
「ああ。今日は新入生の為の体験入部の日だからな。ほら」
そう言って怜は家庭科室外の壁に貼られているチラシを指差す。
そこには『料理未経験者でも簡単に作れるマドレーヌの作り方、教えます。ぜひとも家庭科部へ』という見出しが大きな文字で本日の日付と共に記載されていた。
今年度の新入生を対象とした、部員募集のお知らせである。
チラシの下の方にも『新入生に限らず誰でも歓迎!』『彼氏やお世話になっている相手に感謝を込めて』『もちろん男子も参加OK』と様々な謳い文句が記載されている。
ちなみにこれはここだけではなく、修峰学園生が主に使う建物である教養棟の各部活の掲示スペースにも貼られている。
「ってことは、せんぱいって家庭科部ってこと?」
「ああ。まあ色々とあって入部したというか入部させられたというか……」
昨年の入学後、親友とどの部活に入ろうかと話していた時に、知り合いから半分泣き落としのような形で頼まれたので入部することになったのを思い出す。
まあ、高校ではそこまで部活に力を入れようと思っていたわけでもないので、結果的にそれでも構わなかったのだが。
「さっき電話で部長から誰か勧誘してきてくれと言われたんだ。ってなわけでこれに参加してほしくてな。簡単に作れるマドレーヌ作り体験。出来た物はその場で食べても持ち帰っても可。あ、もちろん嫌なら断ってくれてかまわないぞ」
その説明に二人はチラシを眺める。
そして蓮の方に向き直って
「えっと、アタシ料理とかってあんま経験ないけど大丈夫?」
「わたしもです。家庭科の授業くらいしか経験ありません」
少しばかり不安そうにそう返事を返してくる。
だがそんな二人に怜は笑顔を浮かべて答える。
「いや、それは別に問題ない。書かれている通り、料理未経験者にも簡単に作ることができるからな。それにこれに参加したからと言って絶対に入部しなければいけないってわけでもないし」
実際に今回使うレシピはそれこそ小学生でも出来るであろう簡単な物だ。
「ふーん、そうなんだ……」
蓮の説明に美鈴と桜季は少し考えこむ。
そしてパッと顔を上げて、笑顔で答えた。
「うん。アタシはやってみたいかな!」
「はい。ご迷惑でなければわたしも参加してみたいです」
二人共肯定の返事を返してくれる。
「そっか。ありがとな」
「ううん、気にしないでって。ちょっと面白そうだと思ったし、それにせんぱいにはさっき世話になったしさ!」
「はい。わたしも興味はありますので」
蓮が気にしないようにか二人共そう言ってくれる。
もちろん本心も混ざっているだろうが、それでもこういった所は有難い。
「そう言ってくれると嬉しいよ。それじゃあ入るか」
「うん! あ、新入生に対する体験入部ってことは、もしかしてアタシの友達もいるかな?」
「まあ可能性はあるだろ」
一年生を対象に(上級生もだが)している以上、知り合いのいる可能性は充分にあるだろう。
そう言いながら蓮は家庭科室の扉を開けて中に入っていった。




