第38話 両親に伝えよう
洗い物を終えた蓮と桜季はリビングへと戻り一息つく。
「そうだ、デザートあるけど食べるか?」
「え……?」
「デザート!?」
二人の返事より早く、怜は冷蔵庫からデザートを取り出した。
買い物から戻った後、桜季が自室で準備を整えている間に簡単に作った物だ。
「うわっ、なにこれ!」
カップに入ったデザート、チョコレートムースを見て琴乃が目を輝かせる。
表面には艶があり、照明の光を反射して輝いている。
「さっき作って冷やしておいたやつ」
「え、すご……!」
「美味しそう……」
桜季も思わず覗き込む。
「これ、蓮さんの手作りですよね?」
「ああ。と言っても簡単に作ったやつだから、そこまで期待されるのも困るけど」
謙遜を入れて答える怜。
とはいえ簡単に作ったのは事実だし、それこそエクラ・デュ・マタンで売られている商品と比較すれば雲泥の差だ。
もっともちゃんとそれなりに美味しいとは思うが。
お茶を用意して、三人で手を合わせる。
「いただきます」
「「いただきます」」
琴乃はすぐにスプーンを手に取り、大きめに掬って口へと運ぶ。
「んー! 美味しい!」
目をきらきらと輝かせ、嬉しさを押さえきれないまま頬を緩める。
「琴乃の言う通り、とても美味しいです」
桜季もムースを食べて美味しそうに呟いた。
目を見開いたあと、すぐにとろけるように細められる。
二口、三口と食べながら口元に控えめな弧が浮かぶ。
そんな二人の反応に蓮も胸を撫で下ろす。
謙遜無しで簡単に作った物だったのだが、二人の口に合ってくれたようで何よりだ。
蓮も二人と同じくムースを掬って一口。
甘さ控えめなチョコレートとムースの軽い食感が口の中にゆっくりと広がっていく。
「お兄さん凄い! こんなの簡単に作っちゃうなんて!」
「そっか。ありがとな」
「本当に凄い……ですよ」
琴乃の言葉が途中で詰まる。
蓮としても昨日から気になっていたことだが、琴乃が自分に対する口調は敬語とカジュアルな常体が混じっている。
「無理に敬語は使わなくていいぞ」
優しく笑いながら蓮がそう言うと、琴乃は少しだけ困ったように笑った。
「いや、でも……、年上だし……」
少しだけ遠慮がちに言葉を選ぶ琴乃。
その様子を見て、蓮は肩の力を抜いたように答える。
「気にしなくていいって。普段通りでいい」
「え、ほんと?」
「ああ。その方が話しやすいしな」
確かに初対面の後輩や年下にタメ口で話されるのは蓮としても少し思うところがあるが、このように仲の良い相手であれば特に構わない。
蓮の提案に琴乃の表情がぱっと明るくなる。
「で、ですが蓮さん……」
慌てて琴乃の横から桜季が口を開く。
「気にするなって。今言った通り、おれはむしろそっちの方が話しやすいからな」
「す、すみません……」
申し訳なさそうに頭を下げる桜季。
とはいえ蓮としても今言った通り、特に問題は感じていないのだが。
「じゃあ遠慮なくいくね! お兄さん、これマジで美味しいよ!」
「あはは、ありがと」
くすりと小さく笑う蓮。
やはり琴乃はこのように天真爛漫な方が合っている。
「あ、ありがとうございます、蓮さん」
「だから構わないって。なんなら桜季もそうするか?」
「えっ!? い、いえ、わたしはこのままで……」
慌てて首を横に振る琴乃。
まあ蓮としても桜季が頷くとは思っていなかったのだが。
「このレシピも後で教えるよ。簡単に出来るから、機会があったら練習して見るといい」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる桜季。
そして三人でゆっくりとチョコレートムースを完食した。
✿
チョコレートムースの食器を洗い終わり、三人は再びリビングの椅子に座る。
「さて。前に言ったようにルールを決めたいんだけど」
「はい」
「うん」
これから共に食事を作り食べる以上、決めなければならないことがいくつか存在する。
主に蓮と桜季でその辺りを詰めていく。
登校や学校での関係についてはすぐに決まった。
少し揉めたのはお金について。
光熱費の負担は蓮が全額負担、これは料理を作るのが怜の部屋である以上は避けられない。
その代わりに材料費は桜季の側が多く出すということに決まったのだが、当初桜季はほぼ全額を支払うと提案してきた。
理由としては、光熱費だけでなく蓮に料理を教えてもらうという手間を考えたお礼として。
とはいえ蓮としてもそれは流石に受け入れられない。
その辺りの調整で少し揉めたのだが、最終的には双方が納得した形に落ち着いた。
「じゃあそう言うことで」
「はい。決まりですね」
ひと通り話し合いがまとまり、桜季がほっとしたように息をつく。
その様子を見ながら、蓮はふと一つ思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ」
「どうかしましたか?」
桜季がきょとんとした顔を向けてくる。
そんな桜季に、蓮は重要なことを一つ伝える。
「一応、お母さんには話しておいた方がいいと思う」
一瞬、リビングの空気が静かになる。
とはいえ、蓮としてはこれはちゃんと話をするべきことだと思っている。
「その……こうしてこっちで料理することとかさ。知らないままってのも良くないだろ」
少しだけ言葉を選びながら続けた。
「入院中で大変な時だし、余計な心配かけたくないのは分かるけど……。後から知る方が不安になると思うしな」
桜季は一度視線を落とす。
「……そう、ですね」
小さく頷く桜季。
「確かに、きちんとお伝えしておいた方がいいと思います」
少しだけ考えるような間を置いてから、顔を上げる。
「……一応聞いておくけど、反対されたりとか怒られたりとかの可能性は?」
何しろ同世代の一人暮らしの男の部屋で料理を作り、一緒に食べるのだ。
気にする人は気にするだろう。
「そう、ですね……。正直分かりませんが、日曜日にお見舞いに行く予定なので、その時にお話ししてみます」
「ああ、それがいいと思う。おれも一緒に行くよ」
こういうことは本人としてもちゃんと自分の口から説明した方がいいだろう。
とはいえ蓮は二人の母とは何度か面識もあるし、そんなに悪い印象は与えていないとは思っている。
もっともそれがこの話題により一気に変わる可能性も否定できないが。
「んー、お母さんなら安心すると思うけどね。前に褒めてたし」
話を聞くと、隣に住んでいる男子高校生(蓮)についての話題はこれまでに何度か出たらしい(桜季は蓮のことだとは知らなかったし、琴乃も蓮の名前までは知らなかったのだが)。
「……そうだね」
琴乃の言葉に、桜季は少しだけ柔らかく笑った。
それから、改めて蓮の方を見る。
「蓮さん、ありがとうございます」
「ん?」
「そこまで気が回っていませんでした」
真面目に頭を下げる桜季。
蓮は少しだけ困ったように頭をかく。
「いや、そこまで大したことじゃないって。ただの確認みたいなもんだし」
「それでも、です。正直わたしには考えつきませんでした」
きっぱりとした声。
その真っ直ぐな視線に、蓮はわずかに視線を逸らす。
「……とりあえず、認めてくれるといいな」
「はい」
次回投稿は月曜日を予定しています




