第34話 一緒に夕食の買い物を
放課後、蓮は近所のスーパーを訪れていた。
もちろん目的は桜季と夕食の買い物をする為。
桜季には休み時間にスーパーで待ち合せる旨のメッセージを送っている。
しばらくすると、桜季が姿を現した。
桜季の方もこちらに気付き、足早にこちらへとやって来る。
「蓮さん。すみません、お待たせしました」
少し走った為か、軽く息が上がっている。
「待ってないから大丈夫だって」
桜季が落ち着くのを待って、二人でスーパーの中へ。
カートに買い物籠を載せて、店内を見て回る。
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「――そうですか。蓮さんの方でもそのようなことが」
「ああ。桜季の方もか」
「ええ」
カートを押しながら、話題は朝の事へ。
蓮だけではなく桜季も友人に付き合っているのではないか、と問われたらしい。
蓮は思わず天を(と言ってもスーパーの天井だが)仰いでしまい、隣では桜季も頭を抱えている。
「確かにな。もっとよく考えて行動するべきだった」
「はい。わたしもすっかり気付きませんでした」
朝食を一緒に食べた後、目的地は一緒なので二人揃って登校することにしたのだが、まさか周囲からそのような反応をされるとは思わなかった。
その為、当初は放課後も一緒にスーパーへと向かう予定でいたのだが、学外での待ち合わせに変更することにした。
「明日からは登校する時間をずらすか」
「そうですね。その方が安全だと思います」
「ああ。下手な勘繰りされて余計な事言うのも怖いし」
「そうですね。今のわたし達の状況は、あまり大っぴらにするべきではないですから」
蓮の部屋で共に食事を食べているということがバレたら、それこそ一大事だ。
それこそ今朝のクラスでの出来事以上に大騒ぎになるだろう。
それだけならまだしも、どんな尾ひれの付いた噂が流れるのか想像もできない。
蓮も桜季もやましい所は全く無いのだが、下手をすれば不純異性交遊を疑われかねない。
「学校の方でもこれまで通りってことで。ただ、意識して不自然になるのは避けたいけどな」
「そうですね」
蓮の言葉に桜季がゆっくりと頷く。
しかし少し寂しそうな顔で小さく続けた。
「……ですが、それはそれで少し寂しいですね」
「まあ、な。ま、学内でも徐々に仲良くなっていく感じにすればいいと思う。幸い、現段階ではまあ話す方だしな」
「はい」
そう答える桜季の声は、やはり寂しそうな響きを含んでいた。
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「さて、それじゃあメニューだけど、嫌いな物とかはないってことでいいんだよな?」
「はい。辛すぎたりするのは苦手ですが、特段嫌いな食材はありません」
「ん、分かった。それじゃあ作りやすかったり応用の効きやすいメニューにしよう」
「お願いします」
蓮としてはある程度レパートリーは広いと思っている。
普通の家庭料理に加え、レシピを調べればそれ以上の物も作ることができる。
とはいえこれからは桜季の練習を兼ねてということで、調理の難易度は落とすべきだろう。
「ということで、今日の練習は肉じゃがにするか」
「肉じゃが、ですか?」
「ああ。他にも簡単なのを用意するけど、今日はそれに絞って練習してみよう」
「はい。分かりました」
蓮の提案に、桜季は少し緊張した様子で頷いた。
やはり初めてということで、ドキドキという所があるのだろう。
「肉じゃがですと、具材は豚肉、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモあたりでしょうか?」
「ああ。その日の気分で白滝を入れたりもするな。まあ、シンプルだ」
野菜コーナーで、桜季は並んでいるジャガイモを一袋手に取った。
「ジャガイモ、これが大きそうですね」
「あ、ちょっとストップ」
籠に入れようとした桜季に、蓮は待ったをかけてジャガイモの袋を受け取る。
そして袋の外から外見や硬さを確認する。
すると隣から桜季が不思議そうな顔で尋ねて来た。
「蓮さん、何を確認しているのですか?」
「まずは外観だな。傷とかが無いか。それとちょっと指で押してみるんだ」
「押すんですか?」
「ああ。古くなると柔らかくなってくるから、そこの確認だ」
「なるほど。初めて知りました」
やはり買い物の経験も少ないのだろう。
蓮の説明を興味深そうに聞く桜季。
説明を終えると、ジャガイモの袋を手に取り、教えられたとおりに外観を確認。
次に指で軽く押してみて首を捻る。
「……すみません、良く分かりません」
「ほら、これなんか分かりやすい。軽く押してみな」
そう言って見切り品コーナーにあるジャガイモを桜季へと手渡す。
おそるおそるそれを指で押して、桜季はあっ、と驚いて蓮を見る。
「確かに少し柔らかいですね」
「だろ? まあ多少古くても問題はないんだけど、でもやっぱり新しいのを選びたいからな」
「はい。ためになります」
そんな感じで各種野菜を選び、次は精肉コーナーへ。
「お肉は何を選ぶのですか?」
「正直大抵のはなんでも合う。牛でも豚でも鶏でも。とはいえ鶏胸肉やひき肉やササミなんかはやめた方が良いな。当然だけどステーキ肉なんかも。まあ今日は豚肉にしておくか。ちょうど豚コマが安売りしてるし」
本日のお買い得コーナーを指差す蓮。
そこには大量の豚コマ肉のパックが並んでいた。
「こういうのを逃さないと食費ってかなり抑えられるからな」
「なるほど。料理は調理だけではなく買い物から始まってるんですね」
「そう。まあ、素材の良し悪しなんかは経験がものを言う部分も多分にあるから、今すぐは難しいけどな」
そう言いながら蓮は豚コマ肉を厳選して籠へと入れた。
「なんだか少し楽しいですね」
ふと、隣を歩く桜季が小さく笑った。
「買い物が?」
「はい。今まであまりこういうことをしたことがありませんでしたので」
そう言いながら、桜季は周囲の棚を興味深そうに見渡している。
蓮としてみればいつものスーパーに変わりは無いのだが、桜季はまるで初めて来た場所を探検している子供ように興味津々だ。
「こうして蓮さんと一緒に夕食を作るようなことが無ければ体験できなかったですね」
笑顔で言う桜季に、蓮は一瞬ドキリとしてしまう。
慌てて頭を振って、蓮は買い物へと意識を戻した。
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「よし、肉じゃがの材料はだいたい揃ったな」
「もう大丈夫ですか?」
「ああ。それじゃあ会計するか」
籠の中身と万一の為のスマホメモを見比べ、買い忘れがないことを確認してレジへと向かった。
夕方ということもあり、少々列ができている。
「この時間は少し込むのですね」
行列に並んだまま小さく周囲を見ながら桜季が呟く。
「ま、夕食前だからな。みんな同じこと考える」
「ですが、わたし達くらいの年代のお客さんはやはりいませんね」
「そりゃあなあ」
レジに並んでいるのは主婦と思われる中年女性が主だ。
そもそも蓮のように、高校生で夕食の買い物をする方が珍しいだろう。
そうこうしている内に順番が回ってくる。
会計を済ませると、サッカー台へと移動。
蓮は鞄からエコバッグを取り出し中を広げた。
「それじゃあ詰めていくか」
「あ、手伝いますね」
そう言って桜季は豆腐を手に取ってバッグへと入れようとする。
「桜季、ちょっと待った」
「え?」
「柔らかいのは後だ。潰れる」
「あっ……。なるほど……」
ジャガイモやニンジンを袋の底に入れる蓮に、桜季は納得したように頷く。
そして最後に軽い物を詰めて完了。
「こういうのも大事な事ですね」
「まあな。これも慣れだ」
そう言いながら蓮はエコバッグを持ち上げた。
「それじゃあ帰るか」
「あ、わたしが持ちます」
「大丈夫だって。そんなに重くないしな」
「ですが……」
「いいから」
そもそも蓮は同年代の男子に比べても力があるし、この程度の重量は全く問題ない。
加えて一緒に歩く女子に荷物を持たせるというのも外面が悪い。
「ありがとうございます」
蓮がバッグを渡さないという意思を見せると、桜季は少し申し訳なさそうにしながらも頭を下げた。
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外へと出ると、空は徐々に暗くなっていた。
「もうこんな時間なんですね」
「ま、買い物してたからな」
もっとも蓮一人の買い物であればもっと手っ取り早く終わらせることも出来た。
だが桜季への教育という観点からいつもよりも時間を掛けて買い物をしたことが原因だ。
とはいえ蓮としてもそれを苦に思うわけでもない。
そのまま二人並んで歩き出す。
しばらく歩いたところで、桜季がふと口を開いた。
「少し、不思議ですね」
「何がだ?」
「こうして学校の帰り道に、夕食の食材を買って帰るって」
エコバックへと視線を向けた後、蓮の方を向き少し照れたように笑う。
「今日は蓮さんと色々と初めての体験ができました」
「…………」
桜季の『初めての体験』という言葉に蓮は一瞬言葉に詰まる。
そんな蓮に、桜季は自分の言った言葉に気付かずに続ける。
「ですが、楽しいです。これも蓮さんが教えてくれたおかげですね」
「……そうか。それなら良かった」
かなり気恥しく、蓮は視線を逸らしてそう答える。
正直、今先の顔を真っ直ぐに見ることができない。
「蓮さん? どうかしたのですか?」
そんな蓮の葛藤を知らず、桜季は不思議そうに蓮を見上げて尋ねてくる。
とはいえ正直に答えるわけにもいかず、蓮は小さく呟いた。
「いや、なんでもない」
「え? ですが……」
「まあ、とにかく今日は肉じゃがの練習だな」
少し強引に話題を逸らす。
横目で見るとまだ桜季は不思議そうな表情で見上げたまま『頑張ります』と答えた。
蓮が桜季の顔を見ることができたのは、それから五分以上経っての事だった。




