第29話 一緒に夕食を②
三人分のグラスにルイボスティーを注ぎ、蓮はエプロンを脱いで席へと座った。
目の前の渡利姉妹は料理に目を輝かせており、作った人間としても嬉しく思う。
同時に、口に合うかな、とわずかな緊張を胸に手を合わせる。
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
「いっただっきまーす!」
挨拶と共にスプーンを手に取りオムライスへ。
バターライス、卵、ビーフシチューのルーの三位一体を、ゆっくりとスプーンで掬い口へ。
瞬間、口の中に濃厚な旨味が広がった。
(ん……! 美味しい。良く出来てる)
特にビーフシチューは、昨日から力を入れたデミグラスソースの味が絶妙だ。
久しぶりに食べる大好物であり、手間暇をかけた甲斐があった。
ふと対面の二人へと視線を移すと、二人もオムライスを口へと運んでいる。
一口食べれた二人の表情が、期待から満足そうな笑顔へと変わった。
「美味しい! お兄さん、これ、とっても美味しい!」
「そうか。良かったよ」
一口食べて嬉しそうに感想を述べる琴乃に、蓮はひとまず胸を撫で下ろす。
そしてもう一人、本日の主役である桜季の方は――
「はい。琴乃の言う通り、お世辞抜きでとても美味しいです」
こちらも琴乃に負けず劣らず嬉しそうな先の様子に、蓮は良かったと頷いた。
これまで桜季は何度か蓮の作る菓子を食べている。
しかし料理の方は以前作った弁当の味見のみ。
口に合うか心配ではあったのだが、それは杞憂に終わったようだ。
「口に合ってくれたようで良かったよ。どんどん食べてくれ」
「うん! お兄さん、ありがとーっ!」
そう言って次々とオムライスを口へと運ぶ琴乃。
一方で桜季は二口目を口にすると、美味しそうにしながらも、どこか不思議そうな表情を浮かべた。
「あれ、どうした? やっぱり口に合わなかったか?」
「……え? い、いえ、そんなことはありません! とても美味しいです!」
蓮の視線を受けて慌てて桜季が首を横に振る。
「そうか。それなら良いんだけど……」
「す、すみません。ですが、美味しいのは本当です。ちょっと考え込んでしまったのは、昔お母さんが作ってくれたオムライスとビーフシチューに似てて……」
「え?」
桜季の言葉に蓮は少し考えこむ。
ということは最近は作ってくれなくなったということだろうか。
「昔はって、今は作ってくれないのか?」
「え……?」
蓮がそう言ったとたん、桜季は慌てたように口をつぐんだ。
隣の琴乃も食べる手を止めて、焦った目で姉を見ていた。
「まあ、確かにオムライスの方はともかく、このビーフシチューは色々と手間がかかってるから、すぐに作れるようなものではないか」
何しろデミグラスソースは昨日一日かけて仕込んだのだ。
一社会人である桜季の母が、そう簡単に作れるようなものではない。
「そ、そうですね……」
「うんうん。あ、お兄さん、このサラダも美味しいね!」
「本当か? それも自家製ドレッシングなんだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琴乃と話す蓮を横目に、桜季は胸を撫で下ろす。
(…………だ、大丈夫だよね?)
いきなりの蓮の指摘に慌ててしまった。
普段は気を付けていたのだが、蓮の作り出す優しい空気にふと気が抜けてしまい、言わなくてもいいことまで口走ってしまった。
一度深呼吸をし心を落ち着け、再び料理を口へと運ぶ。
(本当に美味しい……)
夏帆が入院してから食べることの出来なかった温かく美味しい料理。
琴乃の為に料理に挑戦しようと考えたものの、料理経験が皆無と言っても過言ではない自分がまともな物を作れるとは思えず断念してきた。
その間、食事はずっとコンビニやスーパーの弁当、ファーストフードや冷凍食品。
久しぶりに食べる出来立ての手料理。
ふわとろの卵、バターライス、そこへ絡むビーフシチュー。
(ご飯って、こんなに美味しい物だったんだ)
一口一口に感動してしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(まあ、くみちゃんせんせーが体調崩したのは残念だけど、これはこれで……)
美味しそうに食べる二人を見ながら、蓮は満足そうに料理を口に運ぶ。
一人暮らしの蓮がこうして自室で食事をする際は、基本的に一人きりだ。
食事というのはその味自体もそうなのだが、雰囲気によっても感じる美味しさが大きく違ってくる。
いくら美味しい料理を作っても、一人で食事を食べる寂しさはぬぐえない。
迷惑を掛けられることが多いとはいえ、たまに久美子(それに凜)と食べる食事は、蓮にとってかなりの楽しみだ。
その為、久美子と共に食べる予定だった今日の夕食は力を入れて用意していたのだが、それがいきなりのアクシデントで一人で食べる羽目になってしまった。
しかしこうして桜季と琴乃の二人と楽しく食べることに繋がった。
むろん久美子の体調が悪くなったことを喜ぶわけではないのだが、とはいえ今はこうして楽しい夕食の時間を過ごすことが出来ている。
(そう言った意味では妹ちゃんにも感謝だな)
目の前で美味しそうにビーフシチューを口に運ぶ琴乃を眺めながら、蓮はそんなことを思う。
多少仲良くなったとはいえ桜季の性格なら蓮に迷惑をかけると思い、夕食の誘いに頷くのに抵抗があってもおかしくはない。
こうして桜季がこの部屋にいるのは琴乃の存在があったからだろう。
「あれ、お兄さん、どうかした?」
そんなことを思って琴乃を見ていると、蓮の視線に気づいたのか不思議そうな表情を向けてくる。
「いや、美味しく食べてくれて嬉しいなって」
「うん! だって本当に美味しいし!」
琴乃が嬉しそうにニヤッと笑う。
「ん……っ! このお肉、とっても柔らかくて……」
上品に口を隠しながら桜季が呟く。
「うん! このお肉、とっても美味しい! オムライスと一緒に食べるとまた……!」
そう言って食べていると、すぐに皿の上が空になってしまった。
「おかわりはどうだ?」
「えっ? いいんですか!?」
「ちょ、ちょっと琴乃……!」
すぐに反応した琴乃を嗜めるような桜季。
しかし蓮は笑って首を横に振る。
「別に気にしないで良いぞ。おれももっと食べる予定だったしな」
「で、ですけど……」
「遠慮するなって。この場で遠慮される方が、逆に嫌だからな。そんなわけで、三人分作るぞ」
「えっ……?」
既に桜季の皿の上も、蓮や琴乃と同じように空になっている。
「ほらー、お姉ももっと食べたいんじゃん!」
隣の琴乃がニヤニヤとしながら肘でちょいちょいと桜季を突く。
桜季は自分の皿に目を向けると、恥ずかしそうに俯いた。
「それじゃあちょっと待っててくれ」
「は、はい……」
「うん! お兄さん、ありがとーっ!」
一度キッチンへと戻り、エプロンを着用してオムライスを作る。
といってもバターライスは予め多めに作ってあったので、新たに作るのは卵だけ。
すぐに三人分のオムライスが完成する。
「はい、お待たせ」
「ありがとーっ! ――うん、やっぱ美味しいっ!」
「はい。お店で食べるより美味しいです」
桜季は恥ずかしそうに視線を逸らし、頬を赤らめながらも小さく頷く。
「うん、お姉の言う通り! お兄さん、このオムライス、絶対お店出せますよ!」
琴乃は目を輝かせ、嬉しそうにスプーンを止めない。
蓮は少し照れたように笑い、胸の奥で満足感がじんわりと広がる。
こうして喜んでもらえる瞬間、それが何よりの報酬だ。
二人の笑顔を見ながら蓮はスプーンを手に再びオムライスを口に運ぶ。
目の前で食べる二人の満足そうな表情は、料理の味以上に心を温めてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桜季は蓮の作る料理を舌鼓を打ちながら食べていく。
オムライスもビーフシチューも、そしてサラダも。
食卓の上に並ぶ全ての料理がとても美味しく手が止まらない。
正直、高級料理店で出て来たと言っても信じられるほどの味だ。
「お兄さんの彼女になる人とか絶対幸せだよねー」
琴乃の言葉に桜季は一瞬ドキリとする。
確かに、こんなに料理も上手で、優しくて――誰だって幸せになれるだろう。
ふと、目の前の蓮の横に、まだ見ぬ誰かの姿をぼんやりと思い浮かべてしまう。
ズキリ
(…………あれ?)
胸に、何かが刺さったような奇妙な感覚。
「あはは、残念だけど、それはまだまだ先かな」
軽く笑って首を横に振る蓮。
「えー? お兄さんって絶対モテそうなのに」
「そんなことないって。義理チョコキングって呼ばれてるくらいだぞ」
「あはは、なにそれー!」
桜季は二人の会話を聞きながら、思わず胸を撫で下ろした。
蓮に彼女がいない、その事実を再確認して、なぜか安心してしまう。
蓮が冷蔵庫へルイボスティーを取りに席を立つと、琴乃が耳を寄せて来た。
「だってさ、お姉。お兄さん、彼女いないって」
「そ、それは知ってるって! 前に部活で話してたし……。っていうか、それがどうしたの……!?」
「えー? べーつーにー?」
含みの有るような琴乃の顔。
やましいことなど無いのだが、つい目を逸らしてしまう。
(でも、そうなんだ……。先輩、やっぱり彼女さん、いないんだ……)




