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義理チョコキングと頑張り屋さん ~隣の姉妹にご飯を食べさせたら、半同棲生活が始まった~  作者: バランスやじろべー
第一章前編 家庭科部へようこそ

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第28話 一緒に夕食を

 蓮の部屋のリビング、そこに通された桜季。

 初めて入る同年代の異性の部屋に緊張し、心臓の鼓動がいつもよりも速まってしまう。


(…………ここが先輩のお部屋なんだ)


 視線は自然と室内を見回してしまう。

 世間一般的に想像される男子、それも一人暮らしの男子とは大違い。

 物は片付けられ、清掃もきちんとされているように見える。

 もっとも普段の蓮の姿から、自堕落な生活をしているとは思ってもいなかったのだが。


「いやー、でもまさかだよねえ。隣の人がお姉の先輩だったなんて」


 隣に腰掛けた琴乃が足を揺らしながら楽しそうに言う。

 こちらは自分とは違い、特に緊張などはないようだ。

 正直、そのメンタルが少し羨ましい。


「う、うん……。そうだね……」


「それに夕食もご馳走してくれるとか。この前のお弁当も美味しかったし楽しみだなー!」


 嬉しそうな琴乃の言葉に桜季も心の中で同意する。

 もちろん蓮の作る夕食の味の心配は一切していない。

 普段のお菓子作りや先日のローストビーフをはじめとする料理。

 それらから想像するに、おそらく夕食の方も味は期待出来るだろう。


(……美味しいのは、分かってるんだけど)


 問題は――


(本当に、先輩にはお世話になりっぱなしで……)


 先程のやり取りを思い出しながら、自分の無力感に小さくため息を吐いた。



 ✿



 少し前――


「それなら、おれの部屋で食べるか?」


「え……?」


 予想外の蓮の提案に、桜季は間の抜けた声を出してしまった。

 琴乃の注文した料理がトラブルによりキャンセル。

 無論、この蓮に限ってそれをいいことに色々と要求するといった行為はしないだろう。

 出会ってからまだ間もないが、目の前の先輩が誠実な人物であるということはとても良く分かっている。

 それに料理についても味は全く心配していない。

 まず間違いなく、コンビニの弁当よりも美味しいものが出てくるだろう。

 ただ、そこまで甘えてしまっても良いのか。

 ただでさえ先日、蓮には迷惑を掛けてしまっている。

 料理を教わる際に、自分の失態から火傷をさせてしまいそうになった。

 かなり熱かったはずだが、それでも全く怒ったりしなかった。

 そんな優しさに甘えるばかりでいいのだろうか。


「先輩のお気持ちは、とてもありがたいんです。でも……これ以上ご迷惑をおかけするのは……」


 そう言って断ろうとした瞬間、蓮はほんの少しだけ困ったように笑った。


「迷惑だったら、そもそも言わないって」


「で、ですが……」


「それにさ」


 そう言って蓮はスマホを取り出し、そこに文字を打ち出した。

 琴乃の目に入らない様、自分にだけ見せてくれたその画面には


『このままだと妹さんが責任感じちゃうだろ?』


 と書かれていた。

 デリバリーが届かなかったのは間違いなく琴乃のせいではないのだが、とはいえ琴乃の性格を考えれば間違いなく蓮の言う通り。

 現に今も沈んだ表情をしている。

 すると蓮はあっ、と何かに気付いたような表情をした。


「いや、まあ確かに出会ってまだ間もない異性のとこで食べるってのは躊躇するか」


「い、いえ、そんなことはありません!」


 慌てて首を横に振って蓮の言葉を否定する。

 確かに他の男子だったらそう言った理由で否定しただろう。

 しかし蓮に対して、これまで優しく接してくれた蓮に対してそのようなことを思うわけがない。


「え、えっと……、そ、それでは光井先輩、申し訳ありませんが、お言葉に甘えてよろしいでしょうか……?」



 ✿



 リビングで待っていると、洗面所で手を洗い終えた蓮が現れた。


「お待たせ。ある程度仕込みは終わってるから、すぐに出来る。とりあえずテレビでも観ながら待っていてくれ」


「あ、は、はい」


「うん。お兄さんありがとー!」


 楽しそうな琴乃の横で、桜季はふと正面に目を向けた。

 椅子の上に乗っている物。

 よく見るとそれはそこそこ大きなウサギのぬいぐるみだった。


「ウサギ……?」


「あ、ホントだ!」


 琴乃もそれに気付いたのか、席を立ってウサギのぬいぐるみを確認する。

 随分と可愛らしいぬいぐるみだが、正直蓮の部屋にこういった物が置かれているのは予想外だ。


「お兄さん、これどうしたんですか?」


「ん? ああ、それか。この前作ったんだよ」


「ええっ!? お兄さんがこれを!?」


「本当ですか?」


 桜季も驚いて、キッチンで作業している蓮に聞き返す。

 蓮は手を止めずにゆっくりと頷いた。


「ああ。部活では裁縫の方もやるからな。とは言ってもおれも裁縫はそこまで得意ってわけじゃないから、とりあえず作ってみたんだよ」


(……これで、得意じゃないの…………?)


 驚きながら目の前のぬいぐるみを見る。

 正直、初見ではどこかで買ってきた物だと思ってしまった。

 それほどまでに、このぬいぐるみの出来は市販品と比べても遜色がない。

 加えて、とても可愛らしい。

 ふわふわの白い毛並みをしたウサギのぬいぐるみ。

 顔には黒くつぶらな瞳がキラリと光り、ピンク色の小さな鼻が愛らしく揺れている。

 耳は柔らかくてしなやかに立ち上がり、少し傾いた姿がまるでこちらを見上げているよう。

 手には好物と思われるニンジンが持たれている。


「あ、そうだ。二人共、食べられない物とかって無いよな?」


「え……? あ、はい。大丈夫です」


 蓮の言葉に慌てて意識をそちらへと向ける。


「あたしも大丈夫ですよー」


「そっか」


 そう言って蓮は真剣な、そして楽しげな顔で調理に戻った。

 その蓮の調理する姿を、無意識に目で追ってしまう。


「ん? どうかしたのか?」


「あ、い、いえ……。その、何を作っているのかな、と……」


「ああ。メインはビーフシチューだ」


「ビーフシチュー!?」


 蓮の言葉に、隣の琴乃が目を輝かせた。

 キラキラとした眼差しを蓮へと向け、キッチンを覗き込む。


「ああ。苦手じゃないか?」


「全然! むしろあたしもお姉も大好きです! だよね、お姉!?」


「え? は、はい」


「後はサラダとオムライスだ」


「えっ!?」


 蓮の言葉に桜季の口からつい驚きが出てしまう。

 慌てて口を塞ぐが、蓮がキッチンの中からこちらに受かって不思議そうな目を向けていた。


「どうかしたのか? もしかして苦手だったのか?」


「あ、い、いえ、違います……」


 慌ててブンブンと首を横に振る。

 苦手なんてことはない、むしろ――


「お姉、その組み合わせがすっごく好きなんですよ! オムライスのビーフシチューがけ!」


「は、はい……」


 琴乃の説明に恥ずかしそうに頷く。

 一方で蓮はキッチンでうんうんと頷いていた。


「あ、で、でもケチャップをかけるタイプも好きですよ」


 慌てて一言訂正をする。

 しかし蓮はゆっくりと笑って口を開く。


「それなら良かった。おれもオムライスのビーフシチューがけは好きなんだ。だからオムライスとビーフシチューの両方作る時はチキンライスじゃなくバターライスにしてる。あ、チキンライスの方が良いんならそっちでも大丈夫だぞ」


「い、いえ。わたしもビーフシチューと一緒に食べる時は昔からバターライスだったので」


「そうか。妹ちゃんもそれで良いか?」


「うん! お願いしまーす」


 嬉しそうに答える琴乃に蓮は笑って料理を再開する。

 じきにビーフシチューの香りに交ざって、バターライスの美味しそうな香りが鼻へと届いた。


「うわあ、美味しそうな香り!」


「ありがとう。もうすぐ出来るからな。あ、そうだ。二人共、オムライスの卵はどのタイプが良いんだ? 薄焼きで包むとか、ふわとろのタイプとか」


「えっと……」


「お姉はふわとろが好きなんです!」


 桜季が答えるより早く、琴乃が横で顔を輝かせながら答えた。


「分かった。それじゃあそっちで」


 蓮は手早く卵の準備を行い、フライパンへと落とす。

 じゅわっ、と小気味のいい音がリビングまで響いた。


(わ……)


 思わず桜季の喉が小さく鳴ってしまう。


「すご……」


 側にいるわけではないので蓮の動きを全て見ることは出来ないが、それでもよどみなく動いているのが見て分かる。

 少しすると、蓮は動きを止めてこちらを向いた。


「良し、完成だ」


「えっ、お兄さんもう出来たの!?」


 琴乃がソファから身を乗り出す。


「後は仕上げな。卵は最後だから」


 そう言いながらも、蓮の動きは淀みない。

 バターライスの載った皿がリビングへと運ばれる。

 再びリビングへと戻り、卵の載ったフライパンを持って来て、バターライスの上へ。

 ふわり、そんな音がしそうなほど優しく載せられた卵は黄金色に輝いていた。


「わぁぁ……!」


 今度は琴乃が素直に歓声を上げた。

 桜季も思わず立ち上がりかけて、はっとする。

 行儀が悪いと分かっていながらも、視線が釘付けになってしまう。


(……これが……先輩の……)


 これまで見てきたのはお菓子作りやお弁当。

 けれど、こうして『食事』を作る姿を見るのは初めてだった。

 卵の表面にナイフが入れられる。

 とろっ――

 割れた瞬間、半熟の内側がゆっくりと広がり、ライスを包み込んでいく。


「……っ……」


 言葉を失う桜季の横で、琴乃が目をキラキラさせている。


「なにこれ……お店みたい……!」


「大げさだな」


 そう言いながらも蓮は照れたように笑っていた。

 更に鍋がテーブルへと置かれ、そこから掬われたビーフシチューがオムライスの上にゆっくりと掛けられる。


「凄い……。美味しそう…………」


 つい口から言葉が漏れる。

 それを聞いた蓮は小さくクスリと笑った。


「ありがとう。口に合えばいいけど」


「絶対美味しいですよ」


「うんっ! あたしもそう思う!」


 琴乃も力強く頷きながら、視線はオムライスから離れない。

 楽しそうなやり取りに、桜季は思わず小さく笑ってしまう。

 気付けば少し前まで感じていた遠慮や申し訳なさは溶けて消えていた。

 代わりに胸に広がっているのは――


(なんだか……凄く……)


 温かくて、くすぐったい気持ちだった。

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