第27話 ハプニング×ハプニング
日曜日、蓮がエクラ・デュ・マタンでアルバイトをしていると、入口のベルがチリンと鳴る。
ビニール袋を補充する手を止めそちらへと視線を向けると、一人の客が入ってくるところだった。
「いらっしゃいませ」
対応しようとレジに移動する蓮だが、そこでその相手に気付く。
(あれ……?)
たまにアパートで顔を合わせる隣室の住人の女の子だ。
予想外の相手に思わず二度見してしまう。
すぐに相手もこちらに気付いたらしく、目をぱちりと見開く。
「あれ、もしかしてお兄さん……?」
「はい。いらっしゃいませ」
驚いたように問いかけてくる女の子。
蓮も声を掛け直すと、女の子もニコリと微笑んだ。
「お兄さん、ここでアルバイトしてたんですね」
「はい。毎日というわけではないですが」
「……あれ? なんかいつもに比べて態度堅くないですか?」
蓮の言葉に女の子が眉を傾ける。
とはいえ仕事中の蓮としては、いつもと同じというわけにはいかない。
「今はアルバイト中ですから」
「うーん……、普段のお兄さんからすると違和感強いんですよね。あの、普段の通りじゃ駄目ですか?」
女の子の言葉に少し考える。
確かにこうして他人行儀な態度では、相手も緊張してしまうだろう。
「……分かった。今は他に客もいないし、いつも通り対応するよ。ただし他のお客さんが来るまでね」
「ありがと、お兄さん!」
蓮がそう答えると、女の子は嬉しそうに笑う。
蓮としてもこの方が対応しやすいし、相手もそうだろう。
ちなみにエクラ・デュ・マタンの方針としては、他の客に迷惑が掛からない程度であれば砕けた口調や簡単な世間話も許されている。
休日の昼間に常連客の婦人達がお茶に訪れた時などは親し気に声を掛けられることもあるし、それに対して柔らかく返答することも多い。
「ここで食べる? それとも持ち帰る?」
「持ち帰りで! えっと、相談なんだけど、ちょっと良いですか?」
「大丈夫だよ」
蓮が笑いかけると、女の子は良かったと安堵した後、悩み顔で問いかけてくる。
「実は、今日お姉ちゃんの誕生日なんでケーキを買いに来たんですけど、何がいいか迷っちゃって。お兄さんは何がいいと思います?」
女の子の言葉に蓮は考えてみる。
やはり誕生日ケーキというのは特別な物だし、絶対に失敗しない物を選びたいだろう。
「なるほど……。じゃあ、まずお姉さんの好みを教えてくれるか?」
蓮がショーケース越しに問いかけると、女の子は少し考え込む。
「うーん……甘いものは好きだけど、あまりくどくない方がいいです。フルーツが乗っていると嬉しいかな」
ぽつりと答える様子に、蓮は頷く。
「分かった。じゃあこのフルーツタルトはどうかな?」
指差すのは、色とりどりのフルーツが華やかに飾られたタルト。
フルーツがナパージュによりキラキラと輝いている。
「フルーツの味がしっかり楽しめる。見た目も鮮やかだから、誕生日らしい華やかさもある」
「なるほどお……」
女の子は蓮の示したタルトをショーケース越しに真剣に見つめる。
「後は定番のショートケーキもあるよ。もちろんホールも」
ふわふわのスポンジに苺がたっぷりのケーキを指差す。
「甘さはほどよく、見た目も可愛らしい。喜んでくれると思う」
「なるほど。確かにお誕生日の定番ですね! こういうのお姉ちゃん好きなんです!」
嬉しそうに顔を上げ、ショーケース越しに覗き込みうんうんと頷いている。
「他にはミックスベリーのムースとか」
柔らかく軽い口当たりのムースにラズベリーとブルーベリーが散りばめられ、上にはほんのり透明なグラサージュがかかっている。
まるで鏡のように反射するそれは見た目にも美しい。
「甘さ控えめで見た目も爽やか。ベリー系が好きなら絶対に楽しめる」
女の子は目を大きくしてケーキを覗き込み、唇を尖らせる。
「これもいいけど……ムースだから軽すぎるかな……?」
頭を抱えたり、頷いたり、首を横に振ったりと悩む様子は真剣そのものだ。
蓮が説明したケーキや他のケーキを真剣に比べている。
「……それだったらケーキアソートはどうだ?」
商品を指差して提案する。
数種類のプチケーキの詰め合わせであり、一つ一つが小さいから値段もそんなに高くはない。
蓮の言葉に女の子は少し目を閉じ考え込む。
そしてパッと目を開き、指を差す。
「そうですね! たくさん種類あるし、これなら絶対喜ぶと思います!」
蓮は頷き、慎重にケーキアソートを取り出し包む。
その様子を女の子は嬉しそうに目を輝かせながら見守っている。
無事に購入出来たのが嬉しいのか満面の笑みだ。
会計を終えケーキの入った箱を渡すと、女の子は嬉しそうに受け取り笑顔を向ける。
「ありがとうございます、お兄さん! これで安心です!」
蓮も自然に笑顔を返す。
姉の為に真剣に悩む妹の姿がなんとも微笑ましかった。
「ありがとございました。良い誕生日を」
「こちらこそありがとうございましたーっ!」
最後に嬉しそうにお礼を言って、女の子は店を出て行った。
あの子と姉の誕生パーティーが良い思い出になって欲しい、そんなことを願いながら、蓮は仕事を続けた。
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「それじゃあお大事に。安静にして下さいね」
そう言って蓮は目の前でマスクを着用し、体調の悪そうな、というか実際に体調の悪い大人の女性、久美子に告げる。
アルバイトが終わって自室で料理をしていた際、蓮のスマホに『お願い助けて 頭痛いし熱が出てるしほんとヤバい』とメッセージが届いたからだ。
蓮と久美子が住むアパートは久美子の両親が経営しており普段は両親もここにいる(久美子とは別の部屋)のだが、運の悪いことにちょうど旅行中とのこと。
そんなわけで同じアパートに住む蓮のスマホにヘルプメッセージが届けられた。
嫌々ながらも久美子の部屋へと向かい、そこで簡単な看病やお粥を作り、ついでに掃除までしておいた。
少々やり過ぎかとも思ったのだが、久美子の場合、本当にそのまま体調が悪化しそうであったので仕方がない。
「ええ、ありがとう……。あなたもね」
「とりあえずゲームにはまって食事もとらずに徹夜するのは社会人失格だと思うんですけどね」
「ちょ、ちょっとお説教はやめて……。もっと頭痛くなってくる……」
「これを機に生活を見直して下さい。それでは」
そう言って蓮は久美子の部屋を後にする。
多分、喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉通り、数日もすればこの痛い経験もコロッと忘れるのであろうが。
とりあえずこれは貸しにして、体調が治った後は高いスイーツバイキングでもおごってもらおうと心に決めて久美子の部屋を後にする。
(ふぅ……。夕食は一人か……)
本日は久しぶりに久美子と二人で夕食を食べる予定だったのだが、強制的にキャンセルになってしまった。
必然的に蓮の夕食はいつも通り一人で食べることになってしまう。
なんだかんだいって、一人で食べる普段の夕食とは違う久美子との食事は、蓮にとっては楽しみではあったのだが。
(まあ、どうしようもないんだけど)
部屋に戻るついでに郵便物をチェックする為に一階のエントランスへと向かう。
エレベーターを降りエントランスへたどり着くと、そこに見覚えのある二人の女の子の姿があった。
相手の方も蓮の存在に気付き、その内の片方が目を丸くしている。
「あ、お兄さん」
蓮がここにいることに特に疑問を抱かない、隣人の女の子が笑って手を振ってくる。
しかし蓮にとって気になるのはもう一人の方だ。
「……あれ?」
「……あ、先輩?」
蓮とその女子、桜季が驚いた表情で見つめ合う。
それを見た女の子が蓮と桜季の顔を交互に見てきょとんと首を傾げた。
「あれ、お姉とお兄さんって知りあい?」
「え、ええっと……学校の先輩だけど……。え? お兄さん?」
「うん! 隣の部屋のお兄さん」
女の子の言葉に蓮と桜季は顔を見合わせたまま黙ってしまう。
そして
「「えええっ……!?」」
同時にその事実に気付き驚きの声を上げた。
今の女の子の言葉に、蓮は頭の中で情報を整理する。
「えっと、つまり渡利はその女の子の姉で……話によると、おれの部屋の隣に住んでる…………?」
「は、はい……。ど、どうもそういうことみたいです……」
まさか隣に住んでいるのが桜季だとは思ってもみなかった。
予想外もいいところだ。
「でも、琴乃も光井先輩と知り合いだったんだ」
「うん。っていってもたまに顔合わせるぐらいだけどねー。あと、今日ケーキ屋行ったらお兄さんがバイトしてて驚いた」
「えっ? そうなんだ」
驚いたように蓮の顔を見上げてくる。
そんな桜季に、女の子は不思議そうな表情で問いかける。
「むしろお姉、隣の人とまだ一度も会ったことなかったんだね」
「う、うん……」
まだ驚きが消えない様子で桜季が頷く。
「ま、時間が合わないとな」
「ですね……」
いくら隣同士とはいえ、そういうこともあるだろう。
蓮は一度女の子の方へと向き直り、頭を下げる。
「改めまして。光井蓮です」
「渡利琴乃です。これからもよろしくね、お兄さん」
そういえば名乗っていなかったな、と考えお互いに名乗り合う。
すると琴乃は閃いた、というような表情で桜季の顔を見上げた。
「あ、そうだ。ねえお姉! お姉がいつも言ってる先輩って、もしかしてこの人!?」
「こ、琴乃っ!?」
「え?」
慌てる桜季だが琴乃はなんてことはないようにニコニコとして言葉を続ける。
「あ、やっぱりーっ! お兄さん、お姉、いつも言ってるんですよ。部活の先輩がいつも優しく教えてくれるって」
「ちょ、ちょっと……!」
「この前お姉が作ってくれたお弁当、あれもお兄さんが教えてくれたんですよね? とっても美味しかったです! ありがとうございました!」
ニコニコとした笑顔でそう言ってくれると蓮としても嬉しい。
桜季もメッセージで教えてくれたが、やはり本人から直接言われると嬉しさも倍増だ。
「そうだな。作り方は横で教えてたけど、作ったのはお姉さんだからな。だからお礼を言うならお姉さんに言ってくれ」
「うんっ! お姉、また作ってね!」
「も、もう……」
琴乃からのそんな欲求に、桜季は苦笑を浮かべながらも嬉しそうにはにかむ。
エクラ・デュ・マタンの時の琴乃の態度を見ても感じたのだが、この二人の姉妹仲はずいぶんと良さそうだ。
「とりあえずいつまでもエントランスに居てもしょうがないし、中入るか」
「は、はい……」
「うんっ!」
まだ恥ずかしいのか赤く俯いた桜季と、対照的に楽しそうな琴乃。
二人と共に三人並んで中に入り、エレベーターに乗り込む。
エレベーターの中でも、主に琴乃が中心になって話が弾んだ。
そして三人が住む階へと到着する。
「あっ……」
エレベーターから出ると琴乃が何かを気にしたように立ち止まる。
そしてスマホを取り出し耳に当てた。
どうやらどこからか連絡が来たらしい。
蓮と桜季も自然と足を止め、琴乃の通話が終わるのを待つ。
そんな琴乃の横で、桜季が少し申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、すみません先輩」
「ん?」
「琴乃が、その……少し勢いがあるというかなんというか……」
「ああ、別に気にしないで良いぞ」
別にこうして距離を詰めてくる相手は蓮としても嫌いではない。
むしろ美鈴に近いものを感じてしまう。
そんなことを話していると、琴乃の様子がいきなり変わった。
「えっ!? どういうことですか!? ――――は、はい……。――――で、でも……」
そのただ事ではない様子に蓮と桜季は会話を止め、琴乃の方に視線を向ける。
不安や心配、そんな焦った様子で受け答えする琴乃。
「――わ、分かりました……」
そう言って通話が終了した。
耳からスマホを話した琴乃の様子から、何やら重大な問題が発生したのが蓮にも分かる。
「琴乃、どうしたの?」
「あ、お姉……。実は、デリバリーの業者から今連絡あって……。その、事故で注文キャンセルになるって……。今からじゃお店の方が作り直しも出来ないみたいで……」
青ざめた顔で電話の内容を告げる琴乃。
それを聞いて蓮もなんとなく内容を察した。
項垂れる琴乃に、桜季は優しく笑いかける。
「いいよ、気にしないで。それじゃあ今からコンビニでも行こうか」
「で、でも……、せっかくお姉の誕生日なのに……」
話を聞くと、桜季の誕生日ということでいつもよりも豪華な夕食を頼んでいたらしい。
それが事故でキャンセル。
琴乃が悪いわけではないが、責任を感じてしまっているだろう。
「ほんとごめん!」
「別に構わないって。その気持ちだけでわたしは嬉しいから」
申し訳なさそうに謝る琴乃と、そんな妹を励ます桜季。
それを見て、蓮の頭に一つの提案が浮かぶ。
「なあ、二人共」
「え?」
「はい」
二人の視線が蓮に向けられる。
そんな二人に、蓮は今思いついた提案を口にする。
「それなら、おれの部屋で食べるか?」




