第20話 ショッピングモールでの邂逅③
桜季は蓮と並んで、少し先を行く美鈴と凜の後に続いていく。
目的地はショッピングモールの三階。
フロア中央の広い通路に出ると、正面に大きなガラス張りの店が桜季の目に入った。
料理好きの客層を意識したであろう、落ち着いた雰囲気のキッチン用品店だ。
「とうちゃーく! 早速入ってみよ、サッキー!」
「うん」
桜季はテンション高めの美鈴の言葉に控えめに答える。
しかし内心では美鈴同様にわくわくという気持ちがある。
二人並んで足を踏み入れ、その後ろから蓮と凜が、少し遅れて店へと入った。
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店内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
店外の騒がしさが嘘のように、穏やかで静かな空気が流れている。
棚にはシリコンのボウルや計量カップ、焼き型、持ち手が木製の泡立て器、ステンレスのボウルセットなどが所狭しと並んでいる。
「わぁ……」
桜季は自然に息を呑み、最初の棚に目を奪われる。
美鈴は横から覗き込み、興味津々に声を上げた。
「色も形もいっぱいあるね。これ全部、お菓子作るのに使うの?」
「全部ではないけど……うん、用途ごとに違うみたい」
桜季はゆっくり棚に近づき、慎重に手を伸ばす。
まず手に取ったのは、ゴムベラ。
桜季は一本をそっと持ち上げ、指先でしなる感触を確かめた。
静かに、でも嬉しそうに唇が緩む。
「へえ……柔らかいんだ」
「それ可愛いじゃん、サッキーに似合う」
「似合うって……、美鈴、また変なこと言ってる」
そもそも道具は見た目よりもその機能の方が重要だ。
ふと横を見ると、蓮は思わず小さく笑っていた。
少し恥ずかしくなり、慌てて首を動かしてしまう。
桜季は今度は計量カップを手に取る。
透明度の高いガラス製で、縁には細かくて丁寧な目盛り。
とはいえ計量カップは家にある。
ことさら買い増やす必要はないだろう。
そのまま棚を移動し、桜季と美鈴は焼き型のコーナーへ、一方蓮と凜はすぐ側で電動の泡立て器を見て何か言っていた。
焼き型はマフィン型、パウンド型、クッキー型、ホールケーキ用まで並んでいる。
膨大な種類に圧倒されつつ、手に取って確認。
値札を見ると、そこに書かれている金額に目を丸くしてしまう。
「……高いね、やっぱり」
ぽそりと言葉が漏れてしまう。
手持ちの金額で買えなくはないのだが、正直予算をオーバーしそうだ。
「ん? どうした?」
すると泡立て器を置いた蓮が声を掛けて来た。
「えっと……予算に対してちょっと厳しいかもって……」
桜季は顔を伏せ、値札をちらりと見てすぐに視線を逸らす。
その横で、美鈴が腕を組んで唸る。
「確かにねぇ。お菓子作りの道具って、意外とするんだね」
「うん……。少しびっくりした」
すると蓮は安心するような笑顔で代案を口にする。
「本格的にやらないんなら、百均でも充分使えるぞ」
「え……?」
蓮の言葉に桜季は驚いたように顔を上げる。
こういった物を購入するのであれば専門店だと決めつけいた。
むしろ百均のような店でも手に入るのとは思わなかった。
「百均のでも最初は充分だと思う。家で少し作るだけなら、それで様子を見ればいい」
桜季は手にしていた焼き型をそっと棚に戻した。
そして、少し考えてみてゆっくりと頷く。
「百均……。そっか……、うん、それなら……」
その横で、美鈴が不思議そうに蓮に問いかける。
「百均ってそういうのも売ってるの?」
「ああ。結構色々と種類あるぞ」
「それ良いじゃん! 最初はお試しってことでさ。ね?」
美鈴も名案とばかりに頷き、顔を覗き込んでくる。
「うん、そうだね……。先輩、ありがとうございます」
百均なら、充分に予算内だ。
むしろ、充分すぎて余るほどに。
「じゃあ、どれが必要か、順番に見てみるか」
「はい……!」
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「わ、思ったより種類ある……」
桜季は到着するなり驚いた声を漏らす。
棚には大小のボウル、シリコンのヘラ、クッキー型、軽量スプーン、泡立て器など、思った以上に道具が揃っている。
「ほら、言っただろ?」
蓮の言葉に、桜季は小さく笑って頷いた。
「凄い……。百均でこんなに揃うなんて思わなかったです」
百均を訪れたのが初めてということではないのだが、とはいえこうしてお菓子作りのコーナーには基本的に足を踏み入れたことはない。
ちゃんと見てみると、予想以上に様々な道具が揃っていた。
「品質にそこまでこだわらないなら充分だ。家で簡単に作る分には問題ない」
「はい」
一つ一つ丁寧に手に取り確認する。
キッチン用品店で見たものよりは質は劣るかもしれない。
だが、蓮が充分だと言っている以上、家庭で作る分には問題ないだろう。
「ねぇサッキー、これ見て! 百円なのに結構しっかりしてない?」
「うん。凄いね」
美鈴が棚からヘラを一つ取り、桜季の手の上に乗せる。
それをそっと指で押して弾力を確かめる。
「アタシ、百均の調理道具ってもっとしょぼいのかと思ってたけど。普通に使えそうだよね」
「だよな。オレも最初はそう思ってたけど、実際に見た時は驚いた」
感心するように呟く美鈴に凜が頷いている。
そのまま二人はキッチンコーナーの商品をいくつか手に取り、美鈴の質問に凜が答えるという流れができていた。
一方で桜季の側には蓮がいる。
「最初は充分すぎるくらいだな。何回か作って、『ちゃんと続けたい』って思えてきたら、その時に本格的なの買えばいい」
蓮の言葉に、桜季は胸の前で両手をそっと握った。
「……はい。なんだか、そう言われると安心します」
「うん」
笑顔の蓮に、桜季は目をそらしながら小さく頷く。
そんな様子を見て美鈴がにやりとした。
「サッキー、さっきから光井せんぱいに言われると表情が柔らかいよねぇ」
先ほどのカフェでのからかいをまだ引きずっているのだろうか。
「ち、違うよ……! ただ、説明が分かりやすいだけで……!」
桜季が慌てると、それを見た美鈴はより楽しそうに笑う。
悔しいが、とはいえどうすることもできない。
凜はそのやり取りを見ながら
「まあ蓮はそういうの得意だからな。頼りになるぞ」
「そこまで頼りになるかね?」
「謙遜すんなよ。充分だっての」
苦笑する蓮の肩を叩く凜。
そんな二人の様子を見て、桜季はくすっと小さく笑った。
「サッキー、欲しいの全部メモしてたでしょ? どれ必要か一緒に見よ」
「うん……。まず、ゴムベラ……」
桜季は棚の前で立ち止まり、慎重に一本ずつ手に取っていく。
蓮はその横で補足するように口を開いた。
「混ぜる用なら、この柔らかいほうが生地を傷つけない。固めのは鍋の縁についたのを落とすのに使える」
「そんな違いがあるんですね。ではこれにします」
「うん、それなら良い選択だと思う」
蓮の言葉に桜季は商品をかごにそっと入れた。
次に泡だて器、ボウル、そして小さめの焼き型へと進む。
「焼き型も百均にあるんだね! この猫型も可愛いよ!」
「ほんとだ……。三つセットなんだ……」
興奮したように焼き型を手に取る美鈴。
確かにその焼き型は桜季からしても可愛らしい。
焼き型を見ていたその瞬間――
「わっ」
いきなり肩を掴まれて後ろへと引かれた。
何事か、と混乱しそうになるが、一瞬遅れて目の前を子供が猛スピードで駆け抜けていった。
「大丈夫か?」
後ろから蓮が心配そうに問いかけてくる。
そこで桜季も、ようやく蓮に助けられたことを理解した。
「え…………?」
ドキリ、と。
お礼を言おうと振り向くと、すぐ側に蓮。
慌てて引き寄せられた為か、蓮の胸の中にすっぽりと入ってしまっている。
まるで抱きしめられているみたいに。
「あ、あの…………」
心臓が破裂しそうなほど、速いリズムで動き出す。
すると蓮の手がゆっくりと離れて行く。
「す、すみません……、わたしの不注意で……」
「渡利が悪いわけじゃないだろ? それよりも怪我しなくて良かった」
「は、はい……、ありがとうございます」
もう蓮の手は離れているし、抱きしめられたような距離の近さもない。
しかし心臓の動きは一向に落ち着かない。
「サッキー、大丈夫?」
「う、うん……」
慌てて近寄って来た美鈴に、平静を装って返事をする。
「危なかったなあ」
「ああ。まあ怪我が無くて良かったよ」
そう凛と話している蓮を見て、瞬間桜季は恥ずかしさから視線を逸らしてしまった。
「ん? サッキー、どしたん?」
「な、なんでもないよ……!」
すると美鈴は先程の桜季の視線を辿る。
その先には当然ながら蓮の姿。
「ふーん……」
ニヤニヤとした表情で見つめてくる美鈴。
そんな美鈴の視線から、桜季は逃げるように商品へと視線を移した。
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その後も四人は棚を回り、必要な物を全て籠に入れていった。
「良し、だいたい揃ったな」
「はい。なんだか、いっぱい買ってしまいました……」
「全部百円だから問題ないって。お金残ってんだろ?」
「はい。ありがとうございます」
蓮の言う通り、予算を大幅に下回って買うことが出来た。
頷くと、蓮は小さく笑う。
「じゃ、次はお会計行こっか。サッキー」
「うん!」
桜季は両手で籠を抱え、少し背筋を伸ばしてレジの方へ歩き出す。
最初に店を訪れた時よりも、大分気が楽になった。
無事に会計を終え、店を出る。
「ありがとうございました、先輩」
「いいって、気にするなよ、なあ?」
そう言って蓮が凜の方を振り向くと、凜もゆっくりと頷く。
「ああ。ってかそもそもアドバイスしたのは蓮で、オレは何もしてないけどな」
「いやいや、せんぱいはアタシにアドバイスしてくれたじゃん。ってか二人共、ナンパから助けてくれたし」
「美鈴の言う通りです。二人共、本当にありがとうございました」
「ありがと、せんぱい」
美鈴と並んで頭を下げる。
蓮と凜は少し照れたような笑みを浮かべていた。
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帰り道、桜季は手に持った袋へと視線を向ける。
中には本日購入したお菓子作り用品が多数。
思ったよりも大分安く、たくさんの物を購入することができた。
これはやはり、そういった知識が豊富な蓮の助けがあってのことだろう。
(……本当に、今日は助けられたな)
ナンパからかばってくれて、そしてお菓子作りの道具を選ぶのを手伝ってくれて。
ただ、偶然出会った自分の為に、真摯に対応してくれた。
(そういうところかな、義理チョコキングって呼ばれるの……)
おそらく蓮も凜も、普段からこういった優しいお節介な所を自然に見せているのだろう。
(ありがとうございます、先輩)




