第13話 家庭科部の活動① ~クッキーを作ろう~
放課後、ホームルームを終えた桜季の所に、早速美鈴がやって来た。
「サッキー! 早く部活行こっ!」
「うん」
桜季も鞄に荷物を詰めて立ち上がる。
本日が家庭科部の本格的な活動の初日だ。
「楽しみだよねー。何作るのかな?」
家庭科室へ向かって隣を歩く美鈴は、本当に楽しそうにニコニコとしている。
もっともそれは桜季としても同じ。
先日行われた体験入部は本当に楽しかった。
いったい何をするのか、そんなことを楽しそうに話しながら家庭科室へと向かう。
✿
放課後の家庭科室には家庭科部の二、三年生と、そして四人の一年生が集まっていた。
もちろんその中には蓮と凜、そして桜季と美鈴の姿もある。
本日から正式に活動が始まる家庭科部。
前回同様に和気藹々とした雰囲気で、楽し気な笑い声が室内に満ちている。
時計が部活動の開始時刻を指示したところで、部長の麻美が手を打ち鳴らした。
「じゃあ、今日は顔合わせってことで、まずは簡単な説明からするね」
その声に皆が私語を止め、麻美の方へと顔を向ける。
「その前に新入生は四人だね。それじゃあ簡単に自己紹介をお願いできるかな?」
桜季と美鈴、そして長瀬美夜と舞原杏奈。
この四名が、今年の新入部員ということになる。
「全員、前回の体験の時にいた面子だから話は簡単にするよ。この部はお菓子作りだけじゃなくて、料理も裁縫もやってる。文化祭や学校行事にも出店するから、そのときはみんなで協力してね」
麻美の説明に四人で返事を返す。
桜季は少し緊張した面持ちで姿勢を正した。
隣には美鈴が座っていて、相変わらずの明るい笑顔を浮かべている。
側には蓮と凜。
二人共、既にこの部の中心的な存在で、他の上級生達からも頼りにされているようだった。
「それじゃあししょー、説明お願いね」
「了解しました」
瀬川からバトンタッチされた蓮が前に出て説明を変わる。
周囲の女子達から『ししょー、頑張って』とか『お願いね、ししょー』などと応援なのかからかいなのか分からない声が飛んでいる。
桜季はふと、そんな姿を見つめて小さく息を吐いた。
「はい。二年の光井蓮です。皆、体験入部の時にいたようだから自己紹介は省くぞ。基本的にこの部活はおれが講師役をやることが多いから」
そう言って蓮は一度言葉を切って、真剣な表情で口を開く。
「以前にも言ったけど、この部活は結構緩い雰囲気だから、雑談しながらの作業とかもオーケー。ミスに関しても責めることはない。ただ、真剣にやるべきところはちゃんと真剣にやること。包丁使ってる時なんかは怪我に繋がるからな」
蓮の言葉に桜季も真剣な表情で頷く。
緩い部活とはいえ、最低限の所はちゃんと注意する必要があるということだ。
刃物も多いし、熱された器具や熱湯で火傷に繋がることもあるだろう。
「材料とか器具は、使った後に必ず元の場所に戻すこと。それから――」
「あと、調理室のガスは許可がないと使えない。安全第一でね」
麻美が軽い口調で補足する。
「部長、入部初日にガスの元栓閉め忘れたの、まだ覚えてんですか?」
「いやぁ、トラウマになりかけたからねえ」
「あはは、フォローになってない」
蓮と麻美のやり取りに美鈴が思わず吹き出し、周囲の笑いが弾む。
桜季はそんな友人の姿を見て、少し安心したように微笑んだ。
(美鈴がいるだけで、なんだか緊張がほぐれるな……)
「まあ、今みたいにミスしたら注意はするけど、次からちゃんと気を付けてくれればそれで良い」
「そうそう。ふざけてやったんじゃなければ、別に怒ったりもしない。大切なことは繰り返さないように注意することだから」
蓮の言葉を麻美が引き継ぐ。
「さて、それじゃあ改めて、部活の方を進めるか」
蓮の言葉に、上級生達が『おねがいしまーす』と口々に口にする。
慌てて桜季達一年生も、『おねがいします』と頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
蓮は注意事項の後に、本日の予定を伝える。
「さて、それじゃあ今日はクッキーを作ろうと思う」
蓮の言葉に皆の目が輝いた。
「クッキー! 美味しそう!」
「ははっ、まだ作ってないけどな」
美鈴の言葉に、蓮はくすりと笑ってしまう。
クッキーという単語だけでそのような感想が出るとは、随分と気が早いようだ。
「クッキーは比較的簡単に作れる。初回ってことで、まあ入門編ってとこだな。二人でペアということでやっていこう」
蓮の言葉に、早速皆がペアを作り始める。
「サッキー! 組もっ!」
「うん。よろしくね、美鈴」
どうやら予想通りに桜季と美鈴がペアを組んだようだ。
残る二人の新入部員もそれぞれでペアとなっている。
ちなみに凜は蓮のペアとして、皆の補助的な役割も担ってもらう予定だ。
ペアが完成したのを確認して、蓮はあらかじめ用意していたプリントを皆に配る。
「はい、これがレシピ。これを基に作ってもらうから。あ、ちなみに別の方法で作りたければそれでも良いぞ。だれか自己流で作りたいって人はいるか?」
皆の方を見回すが、蓮の言葉に手を挙げた者はいない。
まあ、蓮としてもこれは予想の範囲内ではあったのだが。
「さて、それじゃあ今日はこのレシピを見ながら作業に入ってもらうぞ。分からないことがあったら上級生に…………、おれか凜に聞いてくれ。それじゃあスタート」
上級生に、と言おうとしたところで一応訂正しておいた。
いや、確かに他の上級生達もお菓子作りは経験しているのだが、とはいえ蓮と凜の方が圧倒的に腕が上だ。
蓮の言葉に部員達が動き出す。
それを見ながら、蓮も凜と共に作業の方へと移って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桜季は渡されたレシピを美鈴と共に確認する。
「今日はホットケーキミックスじゃないんだね」
レシピを見て美鈴が首をかしげる。
レシピに書かれている材料は薄力粉だ。
桜季も前回の説明で、ホットケーキミックスは色々なレシピに応用出来ると言っていたのを思い出す。
「やっぱり前回は部活の説明ってことで、簡単なレシピにしたんじゃないのかな?」
「うん、多分そーゆーことかな。まあいいや。それじゃあサッキー、準備しよっ!」
「うん。それじゃあわたしが材料を取ってくるから、美鈴は調理器具を用意しておいてもらえる?」
「オッケー!」
指をグッ、と立てた美鈴に器具の方を任せて、桜季はレシピに書かれていた材料を取りに向かう。
「えっと、バターに薄力粉、卵に粉砂糖……」
レシピを確認し、一つ一つ確認して調理台の方へと持って行く。
するとそこには、手に器具を持ったまま頭上にクエスチョンマークを浮かべている美鈴がいた。
「あれ、美鈴、どうしたの?」
不思議に思い問いかけると、美鈴は桜季の方を向き、困ったように口を開いた。
「あ、サッキー。あのさ、器具ってこれで良いのかな?」
「え? えっと……」
美鈴の質問に桜季は調理台の上を確認する。
そこにはボウル、ゴムベラ、泡立て器、ふるいが置かれていた。
「えっと、多分これで大丈夫だと思うけど」
前回、マドレーヌを作った時のことを思い出す。
おそらくこれで大丈夫のはずだ。
とはいえクッキーとマドレーヌという違いはあるし、前回はホットケーキミックスを使った簡易レシピだと言っていた。
そんなことを考えていると、こちらに気付いた蓮がやって来た。
「どうかしたのか?」
「あ、先輩。えっと……、器具はこれだけで良いのですか?」
そう問いかけると、蓮は調理台の上を確認する。
「そうだな、悪い。どの器具を使えば良いのか、ちゃんとレシピに載せておくべきだった」
申し訳なさそうに謝る蓮。
それを見て、慌てて桜季と美鈴は首を横に振る。
「いやいや、せんぱいが悪いわけじゃないって」
「はい。わたし達が……」
「いや、初心者なんだから、どれを使って良いのか分からないのは当たり前だ。今度からレシピの方にもちゃんと書いておくことにする」
「す、すみません……。お手数をお掛けしてしまって……」
慌てて謝るが、蓮は首を振って軽く笑みを浮かべる。
「いいって。とりあえず今日使うのは今準備したものと、後は卵黄分離器だな」
「卵黄分離器、ですか?」
「え、何、それ?」
聞いたことの無い名前の器具。
すると蓮は少し待っていて、と言って、すぐに器具を取って来た。
見たところプラスチック製で、中央には小さなカップ状のくぼみがある。
「これが卵黄分離器。まあ呼び方は色々とあるけど、卵の黄身と白身を分離させる道具だ。卵を割ってこの中に落とすと、黄身は残るけど白身は下へと落ちていく」
「はえーっ」
「そうなのですね」
「うん。まあ器具がなくてもスプーンを使ったり、殻で分けたりもできるけどな。まあ、一番割れる心配がないのがそれだから」
そう言って蓮は笑いながら卵黄分離器を手渡してくる。
桜季はそれを受け取って、深々と頭を下げた。
「それじゃあ分からないことがあったら聞きに来てくれ」
「はい。ありがとうございました」
「うん。せんぱい、ありがとね」
そう言って去っていく蓮を見て、桜季と美鈴はクッキー作りに取り掛かった。




