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義理チョコキングと頑張り屋さん ~隣の姉妹にご飯を食べさせたら、半同棲生活が始まった~  作者: バランスやじろべー
第一章前編 家庭科部へようこそ

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第12話 頑張り屋さんの入部

 四人共昼食を食べ終えると、蓮は袋から小さな包みを取り出す。


「待ってました!」


 それを見て凜が目を輝かせる。

 一方で不思議そうな顔で包みを眺める後輩二人。


「食後のデザートだ。二人共食べるか?」


 包みを開けると、ふわりとした甘い香りが鼻に届く。

 食後のデザートのマドレーヌ。

 オレンジピューレを少し生地に混ぜた為、柑橘のさわやかさな風味を溶け込ませた一品だ。


「え、ホントに?」


「よろしいのですか?」


「かまわないって。食べてくれ」


「そうそう。蓮の作るお菓子はマジで美味いぞ。オレが自慢することじゃねえけど」


「あんまハードル上げるなっての」


 胸を張って言う凜に、蓮も苦笑してしまう。 

 とはいえそう思ってくれることは普通に嬉しい。


「ありがとうございます。それでは一つ頂きますね」


「ありがと、せんぱい」


 そう勧めると二人は頷いて、四人でマドレーヌへと手を伸ばす。


「わぁ……本格的ですね」


「おお、美味しそう」


 桜季は目を丸くして、少し奥ゆかしい笑みを浮かべる。

 その隣では美鈴も手に持ったマドレーヌをしげしげと見ている。

 蓮は一口マドレーヌを口に運ぶと、しっとりとした生地の中にほのかなオレンジの香りが広がる。

 味見した時と同様にいい出来だ。

 桜季も香りと味わいを確かめるように噛みしめた。


「しっとりしていて、オレンジの香りがいいですね」


 桜季は小さな声で感想を漏らし、更に一口。

 食べる毎に、自然に笑みがこぼれていく。

 美鈴も頷きながらマドレーヌを口に運ぶ。


「……わ、これ美味しい! こういっちゃなんだけど、この前ウチらが作ったのとはレベルが違う!」


「はい。美鈴の言う通りです。いえ、あれも美味しかったのですけれど、これは……」


 桜季は目を細めて、ゆっくりと噛みしめる。

 先日は落ち着いた雰囲気だった彼女だが、その表情はどこか子どもじみて見えた。


「ありがと。そう言ってくれると嬉しいよ」


「いや、これが弁当と一緒に出てくるとか、贅沢すぎだろ」


 凜も頷きながら笑う。

 和やかな雰囲気の中、四人は最後の一口までマドレーヌを食べ終えた。



 ✿



 食後、四人のテーブルにはまったりとした空気が流れていた。

 学食では食後に雑談している学生グループも多く、ざわめきが少し遠くに聞こえる。

 蓮達四人も同様に、水やお茶を飲みながら家庭科部について話をしていた。


「それにしても、家庭科部って本当に色々とやるんだね」


 美鈴が感心したように言いながら、紙コップの水を揺らしながら呟く。

 蓮と凜は軽く顔を見合わせて頷く。


「そうそう。お菓子もやるけど、料理とか裁縫とか、日常生活で役立つことをな」


「へぇー! 裁縫もやるんだ。なんか家庭科って聞くと、ただケーキ焼いたりするだけかと思ってた」


「まあ、そういう日が多いのは確かだけどな。やっぱりお菓子作りが一番人気あるぞ」


「あ、やっぱり?」


 凜が肩をすくめながら笑うと、美鈴はうんうんと相づちを打った。

 実際にやはり皆食べる事や甘い物が好きなのか、裁縫系よりも調理系の方が人気が高いし需要がある。


「料理の方は、毎回違うメニューを作るのですか?」


 桜季が興味を持ったように尋ねてくる。


「大体はノリで決まるな。季節に合わせた献立とか、予算内で出来る家庭料理とか。部活の数日前に決めて、おれが前日までに考えとく」


「へぇ……。なんだか楽しそうですね」


 桜季の声は穏やかで、けれど興味を持ったのかほんの少しだけ弾んでいるように感じた。

 蓮はそんな様子を見て、小さく笑みを漏らす。


「まあ、また来てみるといいぞ。説明した通り緩い部活だから飛び入り参加も出来るしな」


「そうそう。見てるだけでも楽しいし、試食も出来る」


 凜が冗談めかして付け足すと、美鈴が吹き出した。


「あははっ! さすがに試食だけはマズいっしょー!」


「まあ、それも部活の醍醐味ってことで。つーかウチの顧問がそんな感じだし」


「あはは、ずるいな〜」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんな軽口に笑いが広がる中で、桜季は少し視線を落とした。

 指先で紙コップを転がしながら、静かに思う。


(……料理、か)


 母の夏帆はいつも忙しい。

 父が現在単身赴任ということで、中学生の妹の世話や家のことも一手に引き受けてくれている。

 自分がもう少し料理を覚えられたら、少しは助けになれるかもしれない。

 以前、母が疲れた顔で夕食を作っていた姿が、ふと脳裏に浮かぶ。

 その時に、『自分が料理出来たらな』と思うこともあった。

 しかし、ただでさえ忙しい夏帆に料理を教えて、などと言って負担を増やすことは出来ない。

 でも、家庭科部なら。

 お菓子や料理、裁縫。全部、生活に近い。

 堅苦しさよりも、『生活に必要なことを学ぶ』感じがして、自然と胸が温かくなった。


「ってかさ、せんぱいは何でそんなに料理とか上手なの?」


「ん? まあ、必要になったってのが一番かな。一時期母さんが仕事で遅い時があってな。その時に姉さんと一緒にご飯作ったんだよ。そしたら母さんが『美味しい』って言ってくれてな。それ以降、姉さんに教わりながら色々とレパートリーを増やしていったんだ」


「へー。ってかせんぱい、お姉さんいるんだ」


「ああ。結構年が離れてるけどな」


 美鈴と蓮の会話を聞きながら、桜季は蓮の言葉を頭の中で反芻する。


(……お母さん、忙しいから……。わたしが光井先輩みたいにお料理作ったら喜んでくれるかな?)


 想像して少し笑う。

 料理が出来れば家の助けにもなるし、負担を減らすこともできるのではないか。


「……あれ、サッキー、どしたの? 何か考えこんじゃってるけど」


 美鈴の声にそちらを向けば、きょとんとした表情で覗き込まれていた。

 慌てて意識を戻し、首を横に振る。


「あ、ううん。ちょっと考え事」


「お、家庭科部に入りたいって気になったのか?」


 凜が冗談めかして聞いてくる。

 それに桜季は小さく頷く。


「……少し、興味が湧いてきました」


 桜季が小さく呟くと、蓮の視線が自分を向いた。


「お、そうなのか?」


「はい……。それで、あの、質問があるのですが…………」


 凜ではなく蓮の方を向いて尋ねる。


「どうした? 何でも聞いてくれていいぞ」


 その蓮の言葉に、桜季は一瞬止まって、そして思い切って質問する。


「その……、これまで料理をしたことのないわたしでも、料理が上手になるのでしょうか…………?」


 その問いに蓮は一瞬真顔になり、少し考えこむ。

 そして真剣な顔で口を開いた。


「上手になる、とは断言出来ない。さすがに現段階でそう答えるのは無責任すぎるからな」


「はい」


「だけど……」


 蓮は一度言葉を区切って、そして続きを口にする。


「渡利が真剣に料理が上達したいって言うのであれば、おれは力になるよ」


 優しく微笑みながら、はっきりとした口調で口にする蓮。

 その言葉に桜季は息を呑む。

 決して安請け合いはしない、だが、力になってくれる――その誠実な言葉に胸が躍る。

 昨日、マドレーヌを食べた時の、琴乃と夏帆の反応を思い出す。


『美味しい! 凄いよ、お姉!』


『うん。美味しいわ。ちょっと甘さ控えめで、食べやすいわね。これなら何個でもいけちゃいそう』


 美味しいと言って喜んでくれた。

 あの時と同じように――二人の笑顔が見られるのなら――やってみたい。

 桜季は小さく息を吸い、制服の袖口を指先で整えた。


「……わたし、家庭科部に入部します」


 その言葉は、自分でも驚くほど静かで、けれど迷いがなかった。

 蓮はわずかに目を丸くした後、ゆるやかに笑った。


「そうか。決めたんだな」


「はい」


「歓迎するよ。ようこそ、家庭科部へ」


 桜季の胸の奥が、少しだけ温かくなる。

 正式に歓迎されると、改めて実感が湧いてきて、少し照れくさい。


「……じゃあ、アタシも入ろっかな」


「え?」


 隣の美鈴の言葉に思わずそちらを向く。

 すると美鈴はあはは、と笑いながら続きを口にする。


「だってさ、サッキーが入るなら、アタシも一緒のほうが心強いっしょ? それにお菓子作りってちょっと憧れてたんだよね。クッキーとか、ケーキとか……。なんたってこの間、楽しかったし!」


 美鈴の明るい声に場の空気が一気に弾んだ。


「じゃあ二人共入部だな」


「うんっ! よろしくね、せんぱい達っ!」


 ニッ、と笑う凜と美鈴がハイタッチを交わす。

 それを嬉しそうに眺める蓮に、桜季はそっと口にする。


「……あの、先輩」


「うん?」


「その……これから、よろしくお願いします」


「こちらこそ。焦らず、ゆっくりやっていこう」


 蓮の優し言葉に心が揺れる。

 義理チョコキングと呼ばれるこの優しい先輩に対する信頼と、そして憧れ。

 桜季は微笑み、静かに告げた。


「頑張ります。……母と妹に美味しい物を作って驚かせたいので」


「きっと出来るさ。そうなるように手伝うよ」


「ありがとうございます」


 真っ直ぐな蓮の言葉はに、桜季は深く頭を下げた。




 ―――――――――



 スピーカーから昼休みの終わりを告げる音が小さく鳴る。

 午後の授業へと向けて立ち上がった桜季の瞳には、新しい決意の色が静かに宿っていた。

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