第11話 昼食を一緒に ~ローストビーフのお裾分け~
午前五時、いつも通りの時間に目を覚ます蓮。
「ねむ……」
まだ半分寝ぼけた状態の目をこすりながら、二度寝の誘惑を振り払ってベッドから降りる。
平日における蓮の朝は毎日ほぼ変わらない。
起床、身支度、朝食の仕込み、ランニング、シャワー、朝食作り、朝食、片付け、登校。
昨年から続くこの生活習慣は、病気でもない限りほとんど変わることはない。
そしてこの日もいつもと変わり映えのしない朝、いつも通りのルーチンをこなしていく――はずだった。
その異変に気付いたのはシャワーを終えて朝食を作ろうとした時。
「ん……?」
本日のメニューは白米、納豆、目玉焼き、漬物、味噌汁といった一般家庭におけるごくごく普通の朝食を作る予定だ。
その為に味噌汁は昨晩から昆布で出汁を取っているし、ランニングの前に炊飯器もセットした。
シャワーを終えてキッチンへと入った蓮は、ふと炊飯器の方に目を向ける。
普段の米食であれば、そろそろ炊飯器の上部から湯気が上がり、そこからご飯の香りが漏れ出してくるはず。
しかし今日に限っては炊飯器から湯気が上がるどころか動いている気配すらない。
「…………嘘だろ?」
絶望の声が口から漏れる。
おそるおそる炊飯器の中を開けて見ると、予想通りに米と水がはいったまま。
故障かと思いスイッチを入れて見ると、いつも通りに炊飯器が動き出す。
「……マジかよ。スイッチ入れ忘れた」
炊飯器が動いたことから故障という最悪の事態ではなかったものの、とはいえ今から炊いたとしても登校時刻を考えれば間に合わない。
仕方のない為スイッチを切り、一度自室へと戻り押入れを探し、目当ての物を取り出す。
「あったあった。とりあえずはこれで済ませるか」
手に取ったのはレトルトのご飯。
普段であれば使うことはないのだが、いざという時の備蓄として準備しておいたものが役に立ちそうだ。
そしてキッチンへと戻り、朝食の支度を再開した。
✿
昼休み。
凜と共に食堂へと到着すると、その光景に少しばかり驚いてしまう。
「混んでるな」
「ああ」
蓮も凜も昨年から一度たりとも食堂を利用したことが無かったので、昼食時に食堂を訪れるのは今日が初めてだ。
混んでいること自体は聞いていたが、こうして実際に見て見ると予想以上に人が多い。
出遅れたこともあって、席はほぼ埋まっている。
「おれが席探しとくから食券頼む」
「オッケー」
とりあえず食券の購入を凜へと任せ、蓮は空いている席を探す。
とはいえほとんどのテーブルは埋まっており、誰かと相席を頼むしかない。
「あれ、光井先輩ですか?」
「あ、せんぱいじゃん」
そんな折、蓮に声が掛けられる。
声の方へと目を向けると、桜季と美鈴が揃ってこちらを見ていた。
「こんちはー。奇遇だね、せんぱい」
「こんにちは。お席を探しているようでしたらご一緒しませんか?」
桜季の言葉のとおり、二人の使っているテーブルにはまだ二人分の空きがある。
であれば、ここは有難く行為に甘えることにする。
「……そうだな。凜も一緒だけど構わないか?」
「凜さんというと、先日の家庭科部でご一緒した方ですよね?」
「うん、オッケーだよ」
「ありがと。それじゃあ相席させてもらうよ」
どうやらこれから食べ始めるところだったようで、ここは素直に言葉に甘えることにする。
蓮が頷くと、美鈴と対面同士に座っていた桜季が美鈴の隣へと移動する。
二人のメニューは桜季が唐揚げ定食、美鈴がカツカレーのようだ。
カウンターの方を見ると、丁度凜が注文した物をトレーに載せてこちらを向いたところだった。
手を振ると小走りで駆け寄ってくる。
「相席オッケーだって」
「お、ありがとな、二人共」
「いえ。かまいません」
「うんうん。それじゃあ食べよーっ……って二人共それだけ?」
「その、ずいぶんと……少ないですね。ダイエットですか?」
凜の持って来た食事を見て美鈴が目を丸くする。
桜季も少し心配そうな目でこちらを見る。
それもそのはず、凜の抱えているお盆に乗っているのはご飯と味噌汁が二つずつ、それだけだ。
正確には百円でご飯をお購入すると、サービスで味噌汁が付いてくるのだが。
とはいえ食べ盛りの男子高校生の昼食として量が足りないのは明らかだ。
ダイエットか金欠か、普通に考えればそのくらいだろう。
「いや、今朝ちょっとやらかしただけ。お米を炊き忘れたんだ」
隠すことでもないので簡単に説明。
すると二人はすぐに納得する。
「あ、そゆことなんだ」
「それは残念でしたね」
「まあしょうがないさ。ってなわけでおかずの方は普通にあるからな」
そう言って手に持った包みを見せると、二人ともああ、と納得する。
そして蓮とは違い手ぶら状態の凜を見て首をかしげた。
「あれ、では峰岸先輩はどうするのですか? 見たところ何も持っていないようですが」
「オレの方は何もなし。ってか蓮の弁当のおすそ分け」
「この前のスポーツテストで勝負したんだよ。それでおれが負けたから凜の分まで弁当作ってくることになった」
少しばかり得意げに語る凜に、蓮が言葉を補足する。
先日行われたスポーツテストで賭けをした結果、凜の勝利で終わった。
ちなみに蓮も凜も文化部ではあるものの、中学時代は運動系の部活に所属しており今もトレーニングは欠かしていない。
結果として運動系の部活に所属している学生にも負けないハイレベルな勝負ではあったのだが、結果は蓮の惜敗。
「ま、そういうことで、凜の分も一緒だな。それじゃあ食べるか。いただきます」
「「「いただきます」」」
四人で手を合わせて挨拶し、蓮は持ってきた包みを開けて中から大きめの重箱を自分と凜の分の二つ取り出す。
「えっ?」
「わっ!」
蓋を開けると後輩二人から驚きの声が上がり、そちらを見ると二人共目を丸くしている。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。それ、光井先輩が作ったのですよね?」
「ああ。おれの手作りだ」
「すごっ! めっちゃ美味しそう!」
蓮の作って来たおかずのメインはローストビーフ、付け合わせにマッシュポテトとグリルした野菜に人参のラペ。
それに和風ソースをかけて完成だ。
自分でも中々にいい出来だと自負している。
「良かったら少し食べてみるか?」
「えっ、良いの!?」
「ですがそれではお二人の食べる分が少なくなってしまうのでは?」
「相席のお礼ってことで。それに多めに作ってきたから大丈夫だって。なあ?」
「ああ。ってオレが言うのもおかしいけどな」
苦笑する凜を横目に、興味深そうな目で眺めている二人の方へと軽く重箱を差し出すと、美鈴が目を輝かせる。
「ありがとね、せんぱい!」
そう言って美鈴は自分のとんかつよりも先にローストビーフへと箸 (サラダ用)を伸ばす。
「渡利も食べて良いぞ」
「あ、はい。それでは失礼して」
桜季もローストビーフを一切れ掴んで上品に口へと運ぶ。
そして二人同時にパクリと食べて――
「――ッ! 美味しい……!」
「ん~っ! これ最高!」
二人共本当に美味しそうに表情を緩めた。
どうやら気に入ってくれたようで何よりだ。
二人のリアクションを見ながら蓮と凜も食事を始める。
蓮もローストビーフを一口食べると以前に作った時と同じく、期待通りの味が口の中に広がる。
昨日一日手間をかけた甲斐は充分にあった。
「せんぱい! これ凄く美味しいじゃん!」
「はい。美鈴の言う通り、とても美味しいです」
目を輝かせながらの後輩二人の率直な感想が嬉しい。
「ありがとな。そう言ってくれると嬉しいよ。もっと食べるか?」
「えっ、良いの?」
「ですがそれでは先輩の食べる分がなくなってしまうのでは?」
「かまわないって。さっき言った通り、そもそも元が多めだしな」
加えてこうして美味しいと食べてくれるのであれば、作った本人としても嬉しい。
「ありがとね。あ、そうだ。それじゃあお礼にこれ食べて」
そう言って美鈴は自分のとんかつを一切れ箸で摘まんで重箱の蓋へと移してくる。
「こちらもどうぞ」
桜季も美鈴と同様にから揚げを一つ渡してくれる。
あっという間にバリエーションが増えた。
「ありがとな」
「いいっていいって。それにどう考えてもウチらの方がお得だしさ」
「はい。なんだか申し訳なくなってしまいますが」
「それこそ気にするなっての」
当初は凜と二人で食べる予定だったのだが、こうして別の相手と食べるのも楽しい。
(ある意味で米を炊き忘れて良かったかもな)
そんなことを考えながら、四人で昼食の時間を過ごしていった。




