第9話 連絡先の交換
時計の針が進み、家庭科部の部活説明会はつつがなく終了した。
その後、上級生も帰り始め、残っているのは蓮と凜、桜季と美鈴の四人だけとなる。
最後に家庭科室内を確認して、蓮は後輩二人に向き直る。
「今日は参加してくれてありがとう。来てくれて助かったよ」
軽く頭を下げると、桜季が慌てて同じように頭を下げた。
「いえ、こちらこそ……ありがとうございました」
「うんうん。せんぱい、ありがとね」
そう言ってニッ、と笑う。
そして美鈴が一歩前に出て、スマートフォンを差し出した。
「ねぇ、せんぱい。せっかく仲良くなったんだから、良かったら連絡先、交換しない?」
いきなりの提案に蓮は少し驚いたが、すぐに笑てスマホを取り出す。
「もちろん」
「ありがと、せんぱい。それじゃ――」
美鈴は嬉しそうにスマホを差し出す。
蓮は画面を手早く連絡先を登録した。
「あ、そうだ。アプリの方も交換しよっ」
大多数の者が使っているメッセージアプリ、ついでに無料通話もできる優れもの。
蓮としても断る理由がなかったのでアプリを起動し、フレンド登録画面を呼び出す。
差し出されたQRコードを読み込み、これで登録終了だ。
「うん、オッケーだ。それじゃあ早速送るね」
登録すると美鈴はぱっと笑顔になり、その場で軽くメッセージを送ってきた。
『これからよろしく』
ついでに犬のスタンプまで付いている。
それに対して蓮も『よろしく』とメッセージを送り返す。
「うん、来たよ」
美鈴は嬉しそうにスマホを向けて、たった今送ったメッセージを見せてくる。
するとそのやり取りを見ている桜季の表情が、どこか微妙に揺れているのが目に入る。
「サッキーは? 交換しないの?」
美鈴が横から先に問いかけると、桜季が一瞬だけ目を見開き、それから視線を落とした。
蓮はそんな桜季の反応に小さく苦笑する。
やっぱり遠慮しているのかもしれない――そう思いながらも、特に急かすことはしなかった。
それに、もし自分から『連絡先を交換しよう』と言い出した場合、桜季にその気がなかったら断るのに苦労するかもしれない。
そんなことを考えていたのだが、しかし桜季は意を決したようにスマホを取り出し、蓮の前に控えめに差し出した。
「……それではわたしともお願いします」
「……良いのか?」
「はい。先輩であれば……。ご迷惑でなければ連絡先を交換して頂けますか?」
「もちろん」
どうやら深く考えすぎていたようだ。
蓮は再びスマホを操作して連絡先を交換する。
「はい、これで繋がったぞ」
桜季はスマホの画面を確認してから小さく頷いた。
ほんのわずかだが、頬が赤らんでいるようにも見える。
「二人共、学校のことで分からないこととかあったら、遠慮なく聞いてくれて良いからな。まあ、夜は寝てるから返信出来ないけど」
「うん。ありがと、せんぱい」
嬉しそうに笑う美鈴。
一方で桜季は驚いたように目を丸くし、それから少し照れたように笑みを浮かべた。
「……はい。ありがとうございます」
短いやり取りではあったが、蓮にはその返事がどこか印象に残った。
声が少し柔らかくなった気がして、自然と微笑みを返してしまう。
「さて、それじゃあ帰るか」
「はい」
「うん」
入口の所で待っていてくれた凜の元へと急ぎ、家庭科室を後にする。
そのまま四人でとりとめのない話をしながら歩いていく。
「それじゃあな、二人共」
「お疲れさん」
「はい。お疲れ様でした」
「お疲れ様ーっ」
階段を降りたところで昇降口へと向かう二人の背中を見送りながら、蓮は胸の内で小さく呟く。
(……まだ入部するかどうかは分からないけど、入ってくれたらな)
出会ってから数時間しか経っていないが、あの二人とは良好な関係を築けたとは思う。
ふと、先ほど連絡先を交換したスマホを、ポケットの上から軽く撫でる。
「おい、どうしたんだ?」
「あ、悪い。すぐに行く」
少し先を歩く凜に謝って、すぐに追いつく。
そして二人で家庭科室の鍵を返しに向かった。
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帰り道、凜がニヤニヤしながら蓮の肩を押してくる。
「お前さぁ……ちゃっかり一年生と連絡先交換してたよな」
「……普通だろ。ってかおれから先に連絡先を交換しようって言ったわけじゃないからな」
「それは分かってるって」
あくまで冷静に返す蓮に対し、凜は肩を抱いてくる。
もちろん親友として、蓮にそのような下心がないことは充分に分かっているだろう。
「でもよぉ……」
と凜は肩をすくめて笑う。
「お前、ほんとにモテそうなのに、自覚ないよな」
蓮は思わず苦笑して答える。
「モテてるわけじゃないだろ。仲良い女子が多いのは確かだけど」
女子の友人が多いことは蓮自身も自覚している。
家庭科部の皆をはじめ、昨年のクラスメイトとも仲良く話すことが多かった。
しかしそれは決して――
「それこそ『義理チョコキング』だからな。あだ名は有難くないけど」
「義理チョコキング、ねえ……」
苦笑する蓮に対し、凜はどこか遠くを見ながらぽつりと呟く。
「……何か言ったか?」
「いや、独り言」
「つか、本命チョコはお前のが多いだろうが。お前の方はどうなんだよ」
「オレ? 決まってんだろ。現状維持だ」
凜は蓮とは違い、異性として女子からの人気が高い。
その為バレンタインでも多くのチョコレートを貰っていたし、それ以外でも何度か告白されていたことは蓮も知っている。
そしてその全てを断っていることも。
「それよかさ、次の部活、あの二人来てくれると思うか?」
「どうだろうな。まあ、来てくれたら嬉しいけど」
話題を逸らすように凜が口にした話題に蓮も乗る。
そんなことを話しながら歩いていくと、じき分かれ道が見えてくる。
かつては近距離に住んでいた二人だが、蓮が今のアパートへと引っ越してから、少しだけ場所が離れてしまった。
「それじゃあな」
「ああ、またな」
そして蓮は凜と別れ、自らの住むアパートへと足を向ける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな蓮の後姿を見ながら、凜はふと今の会話を思い出す。
蓮は女子の友人が多い。
しかしそれは別段女子に限った話ではなく、普段の蓮の優しさや態度から性別問わずに友人が多い、と言った方が正しい。
それこそ義理チョコキング、の名が示す通りだ。
とはいえ
「別に義理ってだけでもねえと思うけどな」
その蓮の優しさや態度から、蓮のことを異性として好きになった女子も少なからず存在する。
現にバレンタインの時も、多くの義理チョコに交じって本命が紛れ込んでいたことを凜は知っている。
そして、その全てを蓮が断ったことも。
凜から見れば、蓮の一番の魅力は『人としての誠実さ』だ。
他人には出来ないそれを、蓮は特別なことだと思わずに、普通にやってしまう。
「……だからこそ、厄介なんだよなあ」
蓮のその無自覚さが、また新しい誰かを惹きつけていくのだろう。
夕暮れの街の雑踏に、凜の呟きはあっさりと溶けて消えていった。




