表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第2話-1 交錯する共鳴

 キヌリ村からは馬車が出てなかったので、野宿をしながら街へと進む必要があった。

 初めての野宿は大変だった。

 火を起こすのも食事を作るのも、想定より何倍も時間がかかった。

 道はしっかり舗装されていないので歩きにくく、足が痛む。

 寝袋は薄く、ほとんど地面で寝ているもので、疲れがうまく取れない。

 簡単にいくとは思ってなかったが、ここまでとは想定外だった。

 だがそんなことよりもーー

「イリオ、もうすぐ着きそうだぞ」

 ザイロは微笑んで振り返り、後ろのイリオにいった。

「ええ、そうですね」

 いつもの味気のない返事。

 笑顔を歪めたザイロは、何も言わずにまた前を向き直った。

 ーー同行者が素っ気ない。それが一番辛い。



 街の名前は「ザッカード」

 小さな街だがしっかりと砦に囲まれている。

 ザイロは村しか知らず、この世界に来て街というのは初めてだったため、建物が多く少し落ち着かなかった。

 酒場の二階の部屋が空いてるとのことだったので、そこを一部屋借りた。

 本当は二部屋ほしかったけど、そこまでの余裕はない。

 イリオを部屋に案内すると、逃げるように一階の、雑然とした酒場に戻った。

 ここまで来るのに二日かかった。

 体の疲れを取るためにゆっくりもしたかったが、一つも笑わないイリオとずっと一緒にいる気疲れのほうが強く思えた。

 当然、酒場も初めてだった。

 人々はエールを片手に、パンや、干し肉などを食べたり、カードやサイコロを使い賭博に興じている。

 近くにいた女性の給仕に飲み物を頼むと、当然のようにエールが運ばれてきた。

 仕方ない、この世界では簡単に飲めるものといえばアルコール飲料だ。

 キヌリ村では清潔な川が近くにあったので困らなかったが、ここはそうではない。

 仕方ないと思い、エールに口をつけようとした瞬間、思う。

 あれ、俺って二十歳過ぎてたか?

 記憶が曖昧なため、年齢すらわからない。

 流石に未成年での飲酒は問題があるだろう。いやまて、この世界においては別にいいのでは?

 うーんと、ちょっと悩んだが、まあいいかと飲もうとしたその時ーードクンっと、強い胸の高鳴り。

 とっさに周りを見渡す。

 皆、酒を飲んでいる客ばかりだ。それらしい顔はない。

 だが、じわじわと胸の中を巡るような不快感。

 額から汗が一筋流れる。

 転生者の共鳴。

 ザイロは目立たないように身を少しかがめた。

 今この瞬間にも、転生者が襲ってこないとも限らない。

 コップを掴む手にぐっと力が入る。

 こっちは慣れない旅で疲労困憊だ。魔法もあの時から、全く使ってもいない。

 イリオを連れてどこかに行くか? 一体どこに。馬車を使ってまた知らない街へか。そこに転生者がいないと言い切れるか。それともまた二日かけてキヌリ村に帰れとでもいうのか。

 クソ。せめて……せめて誰が転生者かだけでも分かれば。

 なるべく自然に振る舞おうとしても、緊張からか視線が鋭くなる。

 アイツか。それともあの女か。いま目があったアイツーー

「ぬわあああああああ」

 突然、後ろから響いた間抜けな声と、頭を濡らす大量の赤い液体。

 足元に水差しを持った女が転がってくると、きついブドウの香りが周りを包んだ。

「ひぃいいい。ごめんなさい、ごめんなさい! ワインぶちまけちゃってごめんなさい!」

 給仕の女は立ち上がり、イカれたゼンマイ人形のように、何度も頭を上げ下げした。

「いや、うんいいよ。タオルもらえる?」

 驚いたが今はそのことを考えている場合じゃない。

 タオルを貰って落ち着きを取り戻すと、また周りを観察しはじめる。

 ワインをぶちまけられて、周りから視線が集まった。このままじゃ相手が先に俺をーー

「うぎゃあああああ」

 またワインの雨が降った。

 この女。

 ただでさえ転生者のことで苛立っているというのに、この始末は流石に頭にきた。

「お前な、さっきからーー」

 立ち上がり床に倒れているワイン女に怒鳴り散らそうと思ったとき、気がついた。

 共鳴のありか。

「ひぃいいい。本当に、本当にごめんなさいぃ」

 立ち上がりもせず、半べそかきながらペコペコしているこの女。

 こいつ……こいつが、転生者?



「私リサって言います! 二ヶ月くらい前から転生して酒場でウェイトレスしてました。まあ、次に酒をぶちまけたらクビって言われた瞬間にぶちまけちゃってさっきクビになったんで、今は無職です! アハハ!」

 狭い部屋にリサの自己紹介の声が響く。

 ザイロはベッドに腰掛けて、膝に肘をついて、訝しげに彼女を見る。

 イリオは隣で興味なさそうに椅子に座っている。

「ほー、そうか。で、なんで俺にワインを浴びせた」

「いやー私さ。その転生者の共鳴ってやつ知らなくてさ。ザイロ見てドキッときて、一目惚れと思っちゃって、見とれたら頭にぶちまけちゃった。タハハ。よく見たらそんな顔もタイプじゃないのにね」

 ワインかけられたし、一発ぐらいぶん殴っても許されるか。と思ったがイリオが見ていたのでやめた。

 まあ敵ではなさそうなので一安心だ。

「リサ。お前は転生者と会うのは、本当に初めてなのか?」

「うん。私以外がいるって知らなかったし、神になるってやつも聞いた覚えない」

 嘘はついていない……と思う。だがオールの前例がある。

 ザイロはリサの体をじっくりと凝視する。転生者を殺していたらな、どこかに数字が刻まれるはず。

 ふくらはぎ、手首、首元。順に見ていると、リサは胸を手で隠しながら、体を横にした。

「え、ちょっとなに。転生者同士だから……そういう魂胆? イリオちゃんがいるくせに、どんだけ女に飢えてんの」

「ハア!? いや、違うぞお前! 転生者は転生者を殺すと、体に数字が出るんだよ! それを見てたんだよ勘違いすんな!」

「え、ほんと。じゃあ、ザイロのうなじらへんにあるのって、それ」

「うなじ?」

 可動域いっぱいに背中を見ようとしたが、自分で見れるわけがない。「うなじにあるのか」

 確かにオールは死んだが、直接に手を下したわけじゃない。

 ほとんどアイツの自殺だったが、それでもカウントに入るのか。

 後ろの襟首を下げてリサに見せる。

「あるある! 肩甲骨の上くらいに『Ⅰ』ってあるよ。タトゥーかと思ったけど違うんだね!。じゃあザイロは……ザイロは一人を……?」

 リサの顔からさっと血の気が引くと、ザイロは慌てて説明した。

「違うぞお前! 俺はやってないんだよ」

「ハハハ、そうですよね。ザイロさんがやってるわけ無いですよね」

 涙目になりながら、リサは自分の乳房を両手で持ち上げた。「お、おっぱい揉みますか? おっきさには結構自信があるんですよね。命だけは勘弁してください」

「違うっつってんだろ!」

 明らかに勘違いしているリサに、ザイロは三十分ほどかけてオールの話を説明する。

「なーんだ、殺人鬼じゃないんだ。良かった良かった。いっぱい話して疲れちゃったね。外も真っ暗だしそろそろ寝ますか。私はこの床で寝るから気にしなくていいよ」

「おい、なに流れるようにここで寝ようとしてんだよ。自分の家に帰れ」

「実はさぁ、私お金も家もなくてさぁ。住み込みで働いてたんだけどクビになったからさぁあ、今日から野宿なの。だから、床でいいから、ね、数日だけお願いだよ~」

「数日? ここの金払ってるのは俺達だぞ」

 リサは懇願するようにザイロの右の袖をぐっと掴む。

「隅っこ!ホコリが一番多い 隅っこだけでいいからさぁ。置物だと思って置いててよぉ。ねぇザイロ~」

「やめろ、服を引っ張るな! イリオーー」

 イリオの顔を見て言葉を一瞬つまらせたザイロは、すぐに言い直した。「……イリオは、どう思う」

「ザイロさんがよろしいのであれば」

 まあそう言うだろうな。

 面倒くさそうにザイロはため息をついた。

「数日だけだぞ」

「ホント! いぇーーい、やったー!」

 出会って数時間もない、このスーパーボールみたく跳ねている女を信用したわけじゃない。

 ただ、まあ悪いやつではないだろうこと。そして、あの時、俺達が言い合っているのを見てイリオが微笑んでいたような気がした。

 だから数日。数日だけは泊めてやろうと思った。



 翌朝、リサと酒場に降りると朝食を注文して食べた。

「っぷはー、うまい!」

 大きなコップでエールをグビグビと飲み干したリサは、そう言って口の周りを拭った。

 いい飲みっぷりってやつだ。俺の金じゃなきゃ褒めてたところだが、俺の金なのでムカついた。

 碌に金も持っていないようだったので、渋々払ってやった。もちろん朝食代もだ。

「朝からそんなに飲んで酔わないのか」

「ないない。こんな子どもでも飲んでる弱いビールだもん。ジュースみたいなもんだよ」

「そうなのか」

 そう言ってザイロも一口エールを飲んだ。「苦いな。俺は普通に水が飲みたい」

「それなら街の中央の方に行けば。魔法使いが水を売ってると思うよ」

 耳慣れない言葉に、ザイロは首をかしげる。

「魔法使いが……水を?」

「うん。飲める水ってここじゃ珍しいから、魔法使いがよく売ってるよ。井戸水よりまずいらしいけどね。知らないの?」

 なるほど、と思った。

 飲み物といえばエールかワイン。水道水など当然ないこの世界において、普通の水は高価なものだ。

 魔法で水を作れるなら、それを売るものがいても珍しくない。

 改めてリサに話を伺うと、酒場では色々な人間の会話が聞こえてくるので、それによってこの世界の情報収集ができていたそうだ。

 つまり、リサはこの世界に、ザイロよりも圧倒的に詳しい。

「おいリサ。この街に図書館とかないのか」

 ザイロの目的の一つ。神に仕向けられた、この転生者同士の殺し合いを終わらせること。

 そのためには情報がいる。

「図書館? うーん、聞いたことないなぁ。教会とかに図書館があったりするけど。この街の教会にはないし」

「他の街には。小さくても構わないが、できればデカい、この世界の歴史や情報をしっかりと収集できる場所がいい」

「それなら王都にある『セルドニヒ図書館』しかないね。すべての歴史が眠ってるって言われてる場所だよ」

「おお、そんなとこがあるのか! じゃあ王都に向かおう。こっから大体どんぐらいかかる」

「聞く話だと馬車で二週間くらいだけど、行っても意味ないよ。うちらみたいな庶民じゃ入れないもん」

「出入り自由じゃないのか?」

「本って貴重品だからね、国に税金を納めてる認定貴族か中位以上の王宮魔術師とかじゃないと入れない」

次から次へと、耳馴染みのない言葉に苛立ち、頭をかく。

「貴族は無理だ。そんな金なんてない。その王宮魔術師はどうやったらなれる」

「そんなのここで話題にならないよ。ただ、下位になるための魔術試験には十年くらい勉強しなきゃいけないって噂だけど」

 十年。そんな時間勉強しているうちに、転生者はどれだけやってくる。

「他はないのか。もっと簡単にそこに入れる方法は」

「他かぁ? うーん、一等級の傭兵とか」

 傭兵。また聞かない言葉が出てきた。

「傭兵なんてあるのか。一等級ってやつはどれぐらいでなれる」

「あるよ! ここにも支部があるし、いろんな仕事が集まってる。道中の護衛とか、害獣や魔獣の狩猟とか。一等級は傭兵の中でも最高ランクね。最近、超天才が現れて、三ヶ月で一等級までいった人がいるって」

 三ヶ月。その期間に少し違和感を感じた。

「俺が転生してきたのは、大体三ヶ月ぐらい前だ」

 オールがどこまで正しいことを言っていたかは定かじゃないが、言葉通りなら四ヶ月ほど前。

 偶然なのかおおよそ、その天才が一等級になった時間と似ている。

「その天才が転生者って可能性は?」

「あ、あるかも!」

「なら俺達も」

「なれるかも!」

「よし、そうと決まれば」

 ザイロはそう言って勢いよく立ち上がった。「早速その支部に行くぞ」

「わかった! 私はもうちょっと食べてから行くから、ザイロは先に行ってて!」



 大喰らいバカの首根っこを掴んで無理やり道案内をさせてやってきたのは、傭兵協会ザッカード支部。

 この街で一番と言っていいほど建物は大きく、入口のアーチ状の大きな門から、腕に自信のありそうな者たちが出入りしている。

 ロビーでは大きなボードに仕事の依頼書が張り出されていて、それを皆がまじまじと見ている。

 受付の女がツカツカと強い足取りでボードまで歩いていくと、紙を一枚貼り付け、バンっと手で叩く音が響く。

「貴族直下のシェイルからの大型ご依頼だ! 条件は三等級二人と四等級以上が五人。期間三日。報酬は銀五。定員七名の早いもんがちだ! やる気あるやつは受け付けに来な!」

 説明が終わると、数名が足早に受付に向かう。

 さすが傭兵たちの対応をする受付嬢。男勝りだ。

 早速、傭兵になるべく三人いる受付の一人に、カウンター越しに話を伺った。

 すぐになれるわけではなく、まず月に一度、支部にて行われる試験を受け、それに合格すると仮傭兵としてその支部に登録される。

 その後、登録支部から本傭兵に同行して仕事をいくつかこなしたあと、改めて傭兵教会、一番下の四等級として登録がされるようだ。

 傭兵にはその等級に合わせて羽のバッジがもらえる。

 仮傭兵は灰色。四は銅。三は銀。二は金。そして一が定かでなく、噂ではクリスタルではないか、とのことだ。

「次の試験っていつですか」

 ザイロがそう聞くと、ドレッドヘアの受付嬢、アイシャはエールを片手に、書類を確認しながら返答する。

「次は……十八日後だね」

「その仮傭兵から本傭兵になるのって、どれぐらいの時間でなれるものですか?」

「やる気があるやつは三ヶ月くらいでなれるよ」

「三ヶ月かぁ。俺、早く一等級になりたいんですよね。どうするのが一番早いですか」

 それを聞いたアイシャのもともとキツイ目つきが、更に強くなるのを感じた。

「アンタ、一等級がどんなもんかわかってる? 世界に数人しかいない、一人で千の軍隊に匹敵すると言われてる、世界最高戦力達よ。あたしだってお目にかかった事はないわ」

「でも三ヶ月でなったやつがいるって」

「噂ね。私は信じてない」

 それを聞いて、ザイロはじろりと隣のリサを見る。

「ちょ、酒場の話だもん。そういうのもあるよ」

 アイシャは説明を続けた。

「まあ、てっとり早いってなら推薦を受けることだね。三等級以上の傭兵から受けて、それが支部に受理されれば、試験も仮の期間もまたずに四級になれる」

「その三等級以上の人って、誰ですか」

「結構いるよ。王都から離れてるっても、ウチも支部だからね。エルド、ハデム、イレル、ガイエン、ジル……それと、いまこの支部で一番、二等級に近いって言われてる男」

 突然、支部内が静かになったような気がした。

 アイシャの視線が自分ではなく、後方に向かっているのに気がついてザイロは振り向いた。

 入口に異様な雰囲気の男が一人、立っていた。

 髪が長く後ろで結んでいた。腰には長い日本刀に似たものを携え、手に大きな袋を持っていたが、それは重さで下に伸び、ポタポタと血が滴っていた。

 その場の全員が男に注目していた。どうやら、ここでは有名人みたいだ。

 そいつはゆっくりとこちらに歩いてきた。

「ちょっと横にどいてて」

 とアイシャ。「ごめんね、こいつ私以外と話したがらないの」

 言われるがままに横に避ける。いや、言われなくても避けていたかもしれない。

 男が近づくにつれて込み上げてくる、心臓の音。

 転生者の共鳴。

 横にすれ違う瞬間、目があった。

 冷えた視線だった。槍の切っ先を思わせるような、そんな顔をしていた。

 その後、男は興味なさそうに前を向くと、血の滴る袋と丸めた書類をカウンターに置いた。

「はいはい、イービルベアの討伐ね。証明書はいらないでしょ」

 男は黙って頷いた。

「報酬の銀7枚はーー」

「今はいらない。取っておいてくれ」

 アイシャの言葉を遮ってそう言うと、男は踵を返した。

 今度は視線を合わせず、まっすぐに外に出ていった。

「ねぇ、ザイロ」

 隣でリサが言うと、ザイロは頷いた。

「ああ、アイツは」

「うん、私、恋しちゃったかも。心臓ドクってなったし、今度はちゃんと顔もタイプだし」

 このアホはもういいとして、アイツは転生者だ。

 そして……説明はできないがとにかく危険だ。

 向こうもこちらが転生者であることに気がついただろう。そのときに向けられた目は、こちらを値踏みするかのように観察しているものだった。

「アイツはなんですか」

 アイシャに聞いた。

「レインっていうの。最近やってきた新顔なんだけどね。超強くて、今じゃウチの稼ぎ頭。二等級に上がるためには、半年に一度、一人だけ支部から推薦をするんだけど、次はアイツだってもっぱらの噂よ。一人の仕事しか受けたがらない、一匹狼気取りの男よ」

「なるほど、ありがとうございます。リサ、戻るぞ」

「うぇ? うん」

 突然のことで戸惑い気味のリサを連れて支部を出た。

 情報を精査するため一旦、部屋に戻りたかった。しかしーー

「ねえザイロ。あのレインって人にさ、傭兵の推薦をお願い……」

 ザイロが足を止めると、同じようにリサも止まった。

 支部を出てすぐの場所に、レインが立っていたからだ。

 あの瞬間と同じ表情。喜怒哀楽のない顔で、ザイロを見ている。

 レインはゆっくりとこちらへ歩いてくると、ザイロの前に止まった。

 その後、何も語らない。こちらが話し始めるのを待っているかのようだった。

「俺は……ザイロだ」

 言葉を選びながら、慎重に語る。「あんた、レインって言うんだよな……同じだ、俺も転生者だ」

 ザイロは視線を落とし、腰の刀を見る。

 あれが武器。攻撃するならこれで斬りかかってくるだろうが、周りに人目がある。

 理性のある人間なら、たとえ敵でもここで刀は抜かないはず。

 理性があるなら、だが。

 レインが突然、手を動かし、身構えたザイロを指差す。

「貴様と話がある……そっちの女はいい。俺と来い」

「は、はぁ! なに急に命令してんの。ちょっと強いからって調子に乗らないでよね!」

 リサがそう返したが、まるで聞こえていないかのように、レインの表情は動かない。

 なんと言おうか迷っていると、向こうが先に話し始めた。

「周りに人が多い。ここではない場所がいい。一緒に来い」

 胃がギリっと捻じれるような感覚があった。

 理性はあった……だが、殺意はどうだ。

「だからさーー」

 何かを言い出そうとしたリサを、ザイロは手を上げて止める。

「いい、リサ」

 ザイロは視線をレインに向けたまま続けた。「俺は行く。お前はこれを持って、イリオのところに戻れ」

 ザイロは懐から全財産の入った財布袋を、リサに渡した。

 この場の決定権は強者。つまりレインにある。

 言われるままにする他ない。

 こんなこと、こいつに頼むべきじゃない。でも、他に頼れる奴はいない。

「俺が戻らなかったら……イリオを連れて逃げろ。頼む」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ