第2話-2 交錯する共鳴
言われるがままにザイロはレインの背を追った。
街を出て、森の中を進んでいく。
疑問は口に出さなかった。おそらく返事はないだろうから。
一応、靴下の中に小さな鉄鉱石のカケラを三つ忍ばせているが、役に立つとは思えなかった
街を離れるにつれて、どんどんと喪失感のようなものが沸き起こってくる。
自分の墓穴を掘らされている死刑囚のような気分だ。
まだ死ぬと決まったわけでもない。それでも、どこかで死を覚悟している自分がいた。
十分ほど進むと開けた場所に出た。
森の中の小さな草原だった。太い木にいくつか切り傷や、地面に血の跡が見える。
低い切り株がいくつか見え、その一つにレインは座った。
その後、近くの切り株を指差す。
「座れ」
何も返さず、言われるがままに座る。
レインが腰の刀に手を添えたので息を呑んだが、取り外して足元に置いただけなので、安堵の息を吐いた。
その後、また沈黙。
まだ攻撃されていないことを見るに、殺意はないと考えたい。
理由。なにか目的があるはずだ。
「おい、何だ」
痺れを切らし、ザイロが聞いた。「どうして俺を連れてきた。お前の目的は何だ……俺は転生者だ。だが、殺し合いは望んでいない。神に興味はない。お前に干渉する気はない」
すぐに返事はなかった。
ザイロとは対照的に、冷たい表情をしているレインは、静かに語り始めた。
「今日は……晴れている」
晴れている……?
見上げる。確かに晴れている。
「昨日も晴れていた。だが、先週は雨があった。曇りは二日もあった……そして、俺の名前はレインだ」
わからない。何が言いたい、この男は。
「その……暗号か? 悪いが俺はこの世界の情報に疎いし、お前が思うほど賢くもない。直接的に何をしたいか言ってくれ」
そう言うと、見るからにレインの表情が険しくなった。
攻撃が来るか。
ザイロの全身に力が入る。
「わかった……言おう。俺はレインだ……こういう時……こう、貴様のような初めての人間と話す時……俺は、どういうふうに話したらいいか……わからない」
どういうふうに話したらいいか、分からない……嘘だろ、こいつ。
事情を察するに連れ、ザイロの体から力が抜け、驚きのあまり口が開く。
「教えろ、ザイロ。初対面の人間は、どんなふうに会話を始めるんだ!」
すごい……。
いや、ものすごい人見知りだ。
「ブゥ! コミュっ、ただのコミュ障じゃん!」
戻ってことの顛末を説明すると、リサは腹を抱えながら笑い出した。
「ウックククク。やばい、だめだ、息ができない。あんなにビビってたのに、ただの、ウヒィ、コミュ障って」
ザイロはそのさまを見て腕を組み、顔を赤くして歯を食いしばっていた。
「うるせーな。あんな感じで来られたら、誰だってビビるだろうが」
「イリオちゃーん、こいつね結構カッコ良かったんだよ」
リサは険しい顔をしながら、ザイロの真似をする。「俺が戻らなかったらぁ……イリオをぉ、連れて逃げろ……頼む……キリってね」
キリッとした顔をイリオに見せたあと、リサはベッドを手で叩いて抱腹絶倒する。
「ウッククク。ヤバイ、ヤバイヤバイ。カッコよすぎでしょ、コミュ障相手に。もっかいやるからよく見ててね。俺がぁ、もしぃ、戻らなかったらーー」
ウザかったので強めに握った拳で、リサの頭をぶっ叩いた。
「ーーいっだー! 思いっきり! 思いっきり殴られた!」
「うるさいんだよお前は。話はまだ途中だ。ちょっと黙れ」
その後、話し合いは難航した。
知らない人間と会話するのは苦手なようなので、ザイロは詳しい自己紹介や、ここまで来るのにどのようなことがあったのかを事細かに説明した。
ザイロのことをわかり始めると、レインの態度は少しずつ軟化し始め、やっと普通に話をできるようになってきた。
レインはザイロと同じ、三ヶ月ほど前に転生してきたが、なぜ他の転生者が自分を襲ってくるのか、分かっていなかったようだった。
「『転生者 ただ一人となったものに 神の力を授ける』って、聞かなかったか?」
レインは少し考えたあと「聞いたな、そういえば」とポツリと言った。
「なるほど。殺し合って一人になると、そいつが神になれるのか……あの一言でそんなこと考えもしなかった。神の力か、くだらないな。信憑性もない」
確かに、転生したときにそれが聞こえたからといって、必ずそうなるとは限らない。
一人になっても神の力は得られない可能性がある。
ともあれレインが神の力に興味がなさそうなのは幸運だ。
「三人、殺した」
といってレインは服を上げて、腹を見せてきた。「情報収集のために同じ転生者を探してた時期があったが、会えば必ず襲ってくる。今は面倒だから、なるべくこの街から動かないようにしている」
右腹部にローマ数字の『Ⅲ』がある。
「災難だったな」
そう返事をしたザイロだったが、少し違感のようなものを感じていた。
殺そうとしてきたのだから、仕方がないのは分かっている。それでも、レインは人を殺した。
傭兵をしていれば盗賊が襲って来ることもあり、人間を殺すのはそこまで珍しいことでは無いというが、ザイロはまだこの世界の倫理観に染まれずにいた。
殺さずに済むのであれば、それに越したことはない。そう思っているし、できればどんな悪人でも殺したくない。
「俺は一人。殺したわけじゃないが、かってに向こうが自殺したら、俺の数字になってた」
「実際に手を下す必要は無いのか。なるほど」
続き、魔法の話になった。
ザイロが経験した、あの山を揺るがすほどの、自分の本来使えるはずの無い、強力な魔力のこと。
レインも同じ経験があるようだった。
「俺も同じだ。魔法が使えるようになったとき、凄まじい力が湧いた。同じ力は今も出せない」
「覚醒時にだけ、強力な力が出せるのか」
「そう考えるのが自然だな」
これは少しまずいことだった。
あの強力な力をコントロールできれば、傭兵としてのキャリアを積み上げられると思っていたが、こうなると難しい。
ある程度を話し終えると双方が黙った。
聞きたいことはおおよそ終わったようだった。
「レイン。頼みたいことがあるんだ。三等級なんだろ。推薦すれば仮傭兵をまたずに傭兵なれる。お前から推薦してくれないか」
「それをして、俺に何の利点がある」
突っぱねるような返事に、ザイロは面食らった。
「お前……それは、同じ転生者だからさ」
「それだけだ。家族でもない貴様を、助けてやる筋合いはない。まあ、家族だったとしても助ける気はないが」
こいつ。人見知り以前に、結構嫌な奴か。
「そう言わずに、頼むよ。今後、助け合うこともーー」
「ない」
ザイロの言葉をまたずに、レインが言い切った。「もう話すことはない。俺は誰にも頼らない。危険が迫れば、自分の力で解決する。今までも、これからも」
過去に何があったかは知らないが、どうもひねている。こいつには何をいっても無駄みたいだ。
「なるほど、分かったよ。なら借りを返してくれ。俺をわざわざこんなとこまで呼び出して、お前の疑問に俺は答えた。これは借りってことになるだろ。俺を傭兵に推薦する。それで貸し借りはなしだ」
そう言うと、レインは考えるように顎に手をおいた。
「まあ、確かにな。分かった。推薦だけはしてやろう。だが、それ以上はもう手助けはしないぞ」
「別にそれでいいさ。推薦さえして傭兵になれたなら、あとは自分でなんとかする」
ザイロがそう言うと、レインは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「それで簡単に傭兵になれるなら、皆苦労はしてない」
「推薦を受けたら、そのままなれるんじゃないのか?」
「受理されたらだ。他の支部では推薦されれば、そのまま通るというパターンもあるようだが、ここはそんなに甘くない。審査は支部官が行う。関門のドルバーン。奴はそう言われている」
支部には傭兵たちが自由に使える訓練場があった。
柵で囲われた広い空間で、ざっと十人ほどが自由に訓練をしているが、それでもまだまだ人の入れる余裕があった。
「えっと、磁力を操れます。こんなふうに」
そう言ってザイロは人差し指を立て、磁力を操作して鉄鉱石の粒をくるくると、ぎこちない動きで回した。
訓練場の角、それを訝しげな表情で見ているのは、受付のアイシャと、腕を組んでそれを観察する男、関門のドルバーン。
身長は一八〇ほどで、額から顎にかけて大きな傷がある。年齢は四十ぐらいだろうか、余裕と威厳のある顔立ちをしていた。
「なるほど」
と興味なさげにドルバーンはアイシャを横目で見た。「次の女は」
「リサです。名字はありません」
「ハイ! 私です」
元気のよい小学生のような返事でザイロの隣にたったリサは、右の手首を左手で掴み、ぐっと力を込めだした。
「私の魔法は爆裂魔法! すべてを灰にする、究極の魔法です! ウオオオォ!」
パパパンっと、火薬が弾けたような音と共に、小さな火花が手のひらで巻き起こると、すぐに飛び上がったリサはその場で倒れ込んだ。
「あっつううう! 痛い痛い痛い!」
それをザイロ含めた三人が、なんだこいつはという目で見下ろす。
リサの魔法は確かに強力そうだが、使うと自分にもしっかりダメージがいく。
そのさまはなんとも間抜けだ。
「なるほど。レインの推薦と聞いて少し期待していたが、慣れない酒でも飲んでいたのか」
ドルバーンは支部の建物に戻るため踵を返した。「アイシャ。コイツらは仮傭兵にすらさせない。次の試験に来ても追い払え」
「ちょっと待ってください!」
ザイロは走り出し、ドルバーンの前に回り込んだ。「今はこんなんですけど、俺、石をつなぎ合わせて、三メートル以上の巨人みたいなのも作ったことあるんです」
「ならそれを見せてみろ」
「それは……今は無理ですけど、一回できたんです。いつかはできるはずです」
「いつかを考えるなら、赤ん坊だって傭兵になれる。見るのは今の実力だ。力を付けて出直してこい」
「俺には時間がないんです」
ぐっと力を込めて、ザイロは言った。「三ヶ月だって待ってられない。死ぬ気で鍛錬します。本気です。お願いします」
何かを考えるような間のあと「だめだ」とドルバーンは言った。
「本気なのは分かった。私も無駄に年を取ってない。目を見ればわかる。だからなおさらだめだ。お前が中途半端な気持ちで来たなら、仮傭兵にしていたかもしれない。どうせ逃げ出すからな。だが、お前は本気だ。そういうやつから、無茶をして死ぬ」
押し黙るザイロに、ドルバーンは続ける。
「ここは王都から遠い。国の管理が届きにくい関係上、野蛮な奴らも多い。今年だけでもう十人以上が依頼中に死んでいる。俺達の仕事は軍や管轄の憲兵が処理したがらない、危険な仕事も多い。お前が思うほど、ここはぬるくない。名を上げたいならもっと他の方法もある」
「名を上げたいわけじゃない!」
「何にせよ、お前たちを傭兵にするわけには行かない。力をつけるか。もしくは私がジジイになって死ぬのを待つんだな」
反論の余地がない。転生者のことを伝えるか? この世界で神の力をかけた殺し合いが起きてると、信じてもらえるとは思えない。
しかし、ここで引き下がってしまうと、それこそ自分の目的から更に遠のく。
なんとか説得するための言葉を考えていると、突然、悲痛な叫び声が響いた。
声の方を向くと、そこには数人の傭兵が囲うように輪を作り、その中央に男が二人。
声の主であっただろう、うずくまる者と、それを見下ろす、ヘビを思わせるように妙に手足の長く見える者。
「またか」
と苛立った様子でドルバーンはその輪へと向かう。「やめろ! ハデム!」
「言われなくても、もう終わってますよ」
ハデムと呼ばれている、白のうす汚れた服装をした男は、気だるそうにそういった。
胸には銀の羽バッジを付けている。
「何度いえばわかる。手合わせは自由だが相手に怪我をさせるな」
「いやぁ、手加減したつもりではあるんですがねぇ」
悪気もなさそうに、ハデムは頭を掻いた。クセのある少し曲がった毛が揺れる。「どうも予定より弱くてですね。支部管。傭兵の基準が少し低いんじゃないですか? これじゃあ俺達だって舐められる」
「基準は問題ない」
ドルバーンは更に近づき、ハデムにぐっと顔を近づけた。「貴様の素行に問題があるだけだ」
「おお、怖わ。さすが元二等級傭兵さん。まだまだ健在。あんたが手合わせしてくれれば、こっちも満足できそうなんだけど」
やすい挑発。ドルバーンはそれに乗らない。
「私の仕事はお前らの管理だ。そこまでしてやる義理はない。アイシャ、こいつを運んでやれ」
はい、と軽く返事をしたアイシャは、うずくまる男に肩を貸してその場を離れた。
「大体、魔術師じゃないやつを、傭兵にするのがおかしいんだよ。二等級以上は七割以上が魔術師。非術師って時点で才能がないんだよ」
ハデムがそうぼやくと、周りの傭兵たちは不快そうに彼を見た。
この場の半数以上は非術師。気持ちのいい言葉じゃない。
それを感じたハデムは「なんか文句あるのか、お前ら!」と手を広げ挑発した。
「なら出てこいよ。手合わせしてやるさ」
「ほざくな。貴様は手合わせ禁止だ。次に行ったら傭兵権を剥奪する」
「ご自由に。どうせもう俺と手合わせする奴はいないさ」
肩をすくめそういうと、ポケットに手を入れ、ザイロの方へと歩いてきた。
そして感じる、転生者の共鳴。
なんだよ、こいつも転生者かよ。それにしてもどいつもこいつも、ろくなやつがいない。
心の中で悪態をついていると「よう、お仲間じゃん」とハデムが言った。
当然、向こうもザイロとリサが転生者であることに気づいていた。
「さっきの聞いてたか。俺はハデムだ。お前も傭兵か?」
「俺はザイロ。傭兵は……推薦が受理されなかった」
ハハっと、小馬鹿にした笑いが聞こえた。
「まあ、俺達は魔術師だ。他のグズとは違う。そのうちなれるさ。なった時はーー」
ハデムはザイロの方に手を置く。「ーーそん時にかわいがってやるよ。くれぐれも俺の邪魔はするなよ」
置いた手でぽんぽんと肩を叩かれると、ハデムは受付のある建物へと入っていった。
その後、リサがザイロの前に顔を出す。
「ねえザイロ。アイツも転生者?」
「共鳴があっただろ。そういうことだ」
「へぇ、もう転生者のバーゲンセールだね」
バーゲンセール? 変な言い方だが、まあ確かにそうだ。
ザイロはじっとリサの顔を見る。
「リサってさ。バカだけど転生者の中では、かなりマシな方なのかもな」
数秒考えた後、リサはニコッと笑ってみせた。
「えへ、なんか褒められたかも!」
支部の近くには傭兵達によく通われる酒場があった。
傭兵同士の戦いは基本はご法度なので、喧嘩などが起きることはない。
だが、学はないが腕に自信のある者たちだ。
その飲みざまは豪快。悪く言えば粗暴でもある。
「そこで言ってやったんだよ。ならアンタが相手になってくれよってさ」
卓の中心。三名の取り巻きにそう語るのはハデム。
昼の出来事を武勇伝のように語っていた。
「そしたら関門のやつ、俺の仕事は管理だって、ビビっちまってやがったよ。とんだ腰抜けだ」
笑って木のコップに入ったワインの飲むと、取り巻きたちもケタケタと笑い出した。
「所詮は元二等級」と取り巻きの一人が言った。「昔と今じゃ価値も違う。魔法も使えないアイツじゃ、今だったら三等級だって怪しい」
「そのとおりだ」
ハデムはワインを持った手の人差し指をさした。「それが偉そうに俺達を選別してるんだから笑えない」
陽気に話しているが、ハデムは彼らを信用している訳では無い。
取り巻きたちも三等級のハデムと仲良くしておけば、うまい依頼にありつけるから媚を売っているだけだ。
ハデム自身もそれを理解している。だが、こんな無能共でも使い方はある。
「さっさと二等級になって、もっとデカい支部で依頼をこなしたい。そしたらもっと稼げる」
次の二等級推薦は二ヶ月後だ。
そして、ザッカード支部の次の推薦者は、もっぱらレインとの噂。
「あんな一人の依頼以外受けていない、協調性のない奴よりも、俺のようにこうやって、他の傭兵と仲良くできる奴ほうが、二等級にふさわしいと思わないか?」
ヘラヘラ笑いながら取り巻きたちはうなずく。
「支部から出て行けと言っても、アイツは応じないだろう……なら、相応の覚悟はしてもらわないとな。傭兵の世界ってのは弱肉強食だ。邪魔者は……」
ハデムは自分が握るワインの入ったコップに視線を落とした。
するとそれは、メキメキと音をたてると、次の瞬間にはパンっと弾け、ワインを撒き散らした。
「こうなっても文句は言えないな」
『ネビル』
物体を捻り潰す魔法。
どんな堅牢な筋肉に包まれた者でも、内臓をひねられれば跪く。
まずはレイン。そして二等級になってここを出るときは、ザイロって奴も使えなそうならついでに殺しておこう。
さっさと一等級になる。神になるのはそれからでもいい。




