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第1話-5 鐘無き開戦

 これは偶然か。それとも、俺はどこか冷静だったのか。

 ゴーレムの手は確かにオールめがけて放った。相手が死ぬとか、どうなるとか、そんなことは考えていなかったはずだ。

 それでも、外れて少し手前に落ちた。

 死を覚悟していたオールの顔からは血の気が引き、固まっている。

 今のザイロに、怒りの感情はなかった。

 それはすでに発散され、どこかに消え去っている。

 冷静になった自分を再確認すると、みるみるうちにゴーレムの磁力による結合が弱まっていく。

「うおおおおぉ」

 間抜けな声を出しながら、ゆっくり崩れていくゴーレムから滑り落ちた。

「あっぶねー。普通に落ちたら怪我するだろ」

 体についた土を払い、改めてオールの方を向いた。

 彼は未だに尻もちをついたまま動かず、放心して崩れたゴーレムの手をみていた。

「おい、お前ーー」

 ザイロが呼びかけた瞬間、オールはハッとして顔を上げて手刀をこちらに向けた。

「近づくなぁ!」

 乱心し『ギルラト』を放たれるが、的をしっかりと取っていなかったのか、ザイロからかなり外れた場所に打ち込まれた。

「おい待てよ!」

 ザイロはすぐにゴーレムを作っていた大きな鉄鉱石の山に身を隠した。「もうやり合う気はーー」

 ザイロの声は届かず、三度、四度と鉄鉱石に『ギルラト』が打ち込まれる。

 オールは乱心し、会話のできる状態ではなかった。 ザイロも、さっきまで感知できていた鉄鉱石の気配が薄れ、出せる磁力が弱まっているのを感じている。

 クソ、今戦って勝てるのか。

 なんとかこの場を収める方法を探っていると、ふと『ギルラト』が止まる。

 ゆっくりと石から顔を出すと、遠くの方にこちらから離れていくオールの背中が見えた。

 その後、疲れたような一つため息を落とす。

 神の力など興味はない。さっさとこの場所から逃げてくれればいいーーそう思った瞬間、ふとよぎった。

 逃げた先。あの先は確か……。

 いや、あいつがあそこに行く理由は? 行ってどうする。意味なんてない。

 そんなことを思いながら、ザイロはその背中を追っていた。

 意味なんてない。そう思い過ごせないほどに、ここ最近、悪い予感が当たりすぎていた。



 クソ!……クソ、クソ!

 何度もそう思った。

 オールを追った先にあったのは、あの洞窟。

 湖の水をせき止めていた壁。

 なぜここを知っている。どうしてここに来た。

 あの時……あの時、ちゃんと殺せていれば……。

「ザイロ!」

 洞窟内から声が響き、ザイロは足を止める。

 ザイロは洞窟の横にいるため、双方姿は見えない。

 それでも、見えないザイロに対して叫び続ける。

「早く出てこい! こないなら、この壁を破壊する」

 ザイロはギリっと、奥歯を噛み締めた。

 そんなことしてどうなる。自分も死んで、村に被害が出るだけだろ。

 乱心しているのか、考えの整合性が取れている様子がない。

 姿を見せるか迷っていた。オールとて、ザイロが追ってきている確証などないはずだ。

「出てくるのを待ってるのか? そんな罠に引っかかるか。お前がその気なら、村は水に飲まれるだけだ」

 この……野郎。

 拳に力をぐっと込めると、しぶしぶといった様子で洞窟の入口に立ち、オールと向き合った。

「いるならすぐに返事をしろよ」

 小馬鹿にするようにそういうオールを、ザイロは睨みつけた。

「何の真似だ、お前。ここを壊してどうするつもりだよ」

 洞窟に入りはしない。『ギルラト』を構えられてもすぐに避けられるように。

「決まってるだろ。どうせ死ぬんだ、あの村も道連れだ」

「俺はお前を殺すと言った覚えはない。神の力なんかに興味ないんだよ」

「ああ、そうだな。僕もそういって、君を騙したよ」

 話が通じない。

 肩を上下させ、深呼吸する。

「わかった、取引だ。お前を逃がすから、壁は壊すな」

「取引というのは、対等な立場でこそ成立する」

 そんなことはわかってる。

 だが、立場で言うなら魔力の萎えた今の自分より、『ギルラト』を使えるオールが上だ。

 それは決して口に出さない。知られればこちらの命が危ない。

 現状、力はこちらが上であると思われてないといけない。

「前に出ろよ、ザイロ。そんなところじゃなくて、中に入ってこい」

 ザイロは鼻から重い溜息を漏らす。

 こちらが安全圏にいるのは分かっているようだ。 ジリジリと、焦げ付くような視線を交わす二人。

 ザイロはゆっくりと、大地を踏みしめるように前に出た。

 五歩ほど前に出ると「止まれ」とオールに静止される。

「これでいいだろ。さあ、オール。ここを出ろ。俺の横を通り過ぎて、二度とここに戻るな」

 もう『ギルラト』を躱しきれる距離じゃない。状況は絶対的にオール有利。だがーー

「いいだろう。だがその前に、その拳の中の物。それを捨てろ」

 ザイロの脊椎を冷たい何かが通ると、右手の拳をぐっと握った。

 その中にある、体温で温められていた鉄鉱石が手汗でじわりと濡れる。

 これはザイロの最後の生命線。

『ギルラト』の躱せない洞窟の中に入ったのは、この石があったからだ。

 構えを見た瞬間に反撃すれば、逃げられるだけの隙は稼げる……はずだった。

 思えば考えとしては浅い。

 敵が拳を作ってそれを解かないとなると、そこになにかあると考えるのが普通。

 服や何処か見えない場所に隠すべきだったが、必死の中、そこまで頭が回らなかった。

「さあ……それを捨てるんだ……ザイロ!」

 冷たくも強く心臓が高鳴る。まるで地面が揺れていると錯覚するほどに。

 捨てればオールは大人しく逃げるのか。

 そうすればすべて丸く収まる。捨てたほうがいいのか。

 いや、コイツは信用できない。だが、村を危険にさらすわけにいかない。

 数秒にも満たない時間だったが、何度も、何度も頭の中でザイロは思案を繰り返した。

 その後、意を決したザイロはゆっくりとオールと視線を合わせた。

「これは……捨てられない」

 強く、純真な目でオールを見る。「でも俺はお前を逃がす……信じてくれ」

 潰れそうなほど重い時間が過ぎたあと、オールはフッと笑ってみせた。

「なるほど。わかった信じよう」

 少しだけほころんだザイロの表情は、『ギルラト』を壁に構えたオールを見た瞬間消えた。

「三度目があることをな」

「バカ!お前っーー」

「また会おう」 

 瞬間ザイロは振り返った。

 オールのその目に死の覚悟を見たから。

 背後で壁の決壊する音。

 ザイロが穴の横に出た瞬間、凄まじい量の水が吹き出る。

 まるで滝が横切っているかのよう。

 刹那、逡巡する。

 水の量、村までの距離。勢い、土砂、村に到達ーー

「イリオ!」

 喉が張り裂けそうになるほどに叫ぶと、萎えていた魔力が一気に吹き返り、山の中に点在する鉄鉱石全てに巡らせた。

 山は揺れ、足元の土が盛り上がった。

 まるで意思を持ったかのように動く土の流れ、それは水の本流よりも早くザイロを村の方向へと運ぶ。

 ザイロは土を操っているわけではなく、その中に埋まっている鉄鉱石を操作している。

 鉄鉱石だけでは水を防げない。

 連動する土が剥がれぬように、それでいて山が崩れないよう繊細に。それでも、水に間に合うよう大胆に流れを作る。

 土の中に砂鉄を多く含んでいる場所が多いのか、それは十分に多い土を運べた。

 まるで山が意思を持ち、幾重もの手を伸ばしているかのように、ザイロの下へと土の流れが集まっていく。

 水よりも先にふもとへと着いたザイロ。

 三〇メートル程先にある村。

 いくつか人影が見えたが避難を伝えるため、叫ぶ暇もない。

 その人影の一つ。

 イリオ。彼女と目が合ったーー気がした。

 そのことを一秒たりと、考える隙はなかった。

 振り返り、両手を前に出して自分の中から発しているであろう魔力。それを直感ながら全力で発する。

 過度な運動をしているときのように、全身から沸き起こる熱と、腹の底に血溜まりでもできているかのような鈍い重さを感じる。

 呼吸は正常だ。だが、脳に酸素が巡っていないのかと錯覚するほどに、視界が歪み、頭が回らなくなってくる。

 まずい状況だが、それでもザイロは魔法を止めなかった。

 いくつかの鉄鉱石を含んだ土の流れがザイロまでやってきて、水の流れを左へ流すように角度のゆるいL字の壁を生成したが、高さはザイロの身長より少し高い程度の物。

 到底、水をせき止められるものではない。

 まだ土の量がたりない。

 その時、数メートル先、木々をなぎ倒しながら迫りくる濁流が見えた。

「ウオオォ!」

 すでに限界に近い体を更に奮い立たせ、魔力を込め、更に土を集め壁を高くしていく。

 意識が飛びそうになると、歯を食いしばり耐えた。

 視力も落ち、脳の処理能力もほとんどなくなっていた。

 ぼんやりと見えてはいるが、いま目の前がどのような状況なのか理解ができていない。

 無我夢中。感覚は薄いが、とにかく山から流れてきているであろう土をかき集め、壁を作る。

 次の瞬間、ドンっという音とともに、壁が少しだけ動いた。

 壁から土が散り、水が数滴、壁を超えてザイロの頭を濡らす。

 耐える。

 磁力を込め、壁を強くし、とにかく耐えた。

 すると、予想通り村の外側を、畑の一部を飲み込みながら土砂は流れていった。

 それを感じ魔法を解除して、その場に倒れ四つん這いになったザイロだったが、気を緩めることはなかった。

 水の流れはできたが、この壁がどれだけ持つかはわからない。次の瞬間には、決壊するかもしれない。

 もう魔法は使えない。そうなればザイロは土砂に飲まれるしかない。

 崩れるな。そう思いながら、壁を睨みつけていた。

 一〇秒…二〇秒

 水の流れが落ち着いていく音が聞こえてくると、徐々に安堵感が込み上げてきた。

 同時、ザイロは完全に地面にうつ伏せで倒れた。

 意識は暗闇へと消えていく。その最中、イリオの声を聞いた気がした。

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