第7話-6『爆壊』
ウスク平原は前線というより、ほとんど敵地だったと思う。
味方の砦はなく、あるのは敵のだけだ。
地図上では確かに、ここはライロルドの占領地となっているが、地図をかいたやつはだいぶ雑なやつだったんだろう。
しかも、軍隊ではなく、赤獅子の隊員のみ。内容は進軍ではなく、待機。
赤獅子隊の六名がほぼ敵地のど真ん中で、留まるよう命じられた。
この当時、赤獅子隊員は全体で九名。半分以上がここに投入されたということだ。
数キロ先では前線で敵と睨み合っている仲間がいる状況だった。
全くもって理解しがたく、同じく同行していたエクス隊長に何度も、この指令の意図を聞いたが、上からの命令、の一点張り。
少人数ゆえ、敵には見つかりにくいとはいえ、どうなるかはわからない。
精鋭で敵を後ろから刺す作戦だろうかとも思ったが、にしては距離が遠すぎるし、それならエクスが説明しない理由がわからなかった。
動くのは伝令が来てから。
意図のわからない状況に苛立ったが、それほど危機感はなかった。
ここにいる六名。全力を出せば、この人数だけで敵の砦を潰すことも可能だ。
敵に見つかってもさっさと逃げ出せばいい、そんなふうに軽く思っていた。
夜、デントに叩き起こされ、僕らを囲う、幾千の松明の明かりを見るまでは。
地獄。
その時の状態を表すなら、その一言になる。
敵は決死だった。
兵士の一人一人が、確実に僕らを殺すために、命を投げ捨てて攻めかかってきていた。
それにただの兵士じゃない。
手練の者や、魔法使いも見えた。
ライロルドが赤獅子を六名失えば、その優勢を一気に無くすことになる。
この戦争の分岐点となりうる事態。それを敵は理解していたのか、選りすぐった人員による、凄まじい猛攻だった。
休みなく波状的に来るその攻撃を、延々と迎撃し続ける。
それぞれが三百人以上を殺害したんじゃないだろうか、足元は死体に塗れ、血が池を作っていたが、終わる気配は一切ない。
回復の間もない状況に、魔力の底が見え始めていた。
「全員、下がれ!」
隊長、エクスの怒号。
瞬時に後退すると、飛び上がったエクスが両手の炎を振るい、周りを囲うように炎壁ができる。
一瞬、安心したのも束の間、敵は水魔法を使ったり、もしくは生身のまま炎に突っ込んでくるものすら現れる。
「こっちだ! 引くぞ!」
隊長の号令とともに、全員が森の奥へ進んだ。
夜の乱戦。方角はわからないが、こちらを逃さないよう、ライロルドに戻るルートにはかなりの量の兵を置いているはず。
僕らが進んでいく道には敵はいない。
先程の場所より安全だが、より敵地の中を進んでいる気がした。
隊長が止まると、一旦、休息を挟む。
こんなことをしている間にも、敵はこちらを探しているだろうが、体力を回復する時間が必要だった。
それと、作戦を練る時間も。
落ち着き、考え込んでくると、ドンドンと悪い考えが浮かんで、僕は顔を青くしていた。
ここで死ぬかも知れない。冷たくなった頭で、その言葉が自然と反響すると、指先が震えた。
「作戦を伝える」
エクスの声。
覚悟を決めた男の声だった。
「私がここから左に向かい、全力で敵陣を攻撃する。お前らは、反対へ行け。どんな方法でもいい、必ず国に帰れ」
エクスは最年少で赤獅子の隊長となった逸材。
彼が本気で魔法を使えば、地図を大きく書き換えることになるほどだ。
その彼が、自らの命と引き換えに、僕らを帰そうとしてくれた。
このとき僕は……酷い話かもしれないが、ちょっとホッとしていた。
生きて帰れるかも知れなかったから。
隊長命令。異論を唱えるものはいないーーはずだった。
「ちょっとまってくれよ」
そう、彼。デント以外は。
「副隊長がいない今のこん中じゃ、あんたが一番強い。生きて帰るってんなら、あんまりいい策じゃない」
「デント」
名を呼んだ隊長の目は恐ろしかった。凄まじい気迫と威圧だった。それは、きっとデントが何を考えているのか、すでにわかっていたからだ。
「これは隊長命令だ。俺は捨て駒になる、お前らは行け」
「隊長ってんなら、責任持って生きて部隊を帰せよ……わかってんだろ。どうするのが一番いいか」
それに対し、喉の奥に何か支えているかのように、喉仏が上下しただけで、隊長は反論しなかった。
その顔は怒りか、それとも恐れか。眉間に深い皺を刻みながらも、青白い顔で制止する。
そんな彼を見ながら、デントは自分を親指で指さした。
「俺が行く。爆破魔法だ。捨て駒になるなら、俺だろ?」
何言ってるんだ! バカ野郎!
思わずそう叫んでしまいそうになった僕は、敵地の真ん中なのを思い出して、手で口を覆った。
全力で。皮膚を裂いてしまいそうなほどに。
「お前……いや、お前らはまだ若い」
そう語ったのは、赤の長髪。『獄震』のゼイロン。僕らより一回り年上の隊員だ。「命を賭すってなら、俺達が先だ」
「若さは関係ないっすよ。俺の魔法が、こういうのに適してるってだけです。そうでしょ、エクス隊長」
頼む、否定してくれ。
そう懇願して隊長を見たが、彼は何も言わなかった。
それは、肯定していることと同じだ。
「隊長なんだろ」
デントがエクスのそばまで歩き、拳を作って胸を叩く。「どんな状況でも、隊員にとって最適の行動をとれよ。それが誰であろうとな」
隊長はぐっと息を呑んで下を向いた。
「全体、デントを残し移動する……すまない、デント」
「謝んなよ。そういう運命だったってだけだ」
全員が、デントに一言、別れの言葉を交わす中、僕は動けなかった。
皆が移動しようとするも、その場に座り込んでしまっていた。
「シェナド」
隊長に名を呼ばれたが、僕は動かなかった。
「勝手に話を決めるなよ。僕はそんなの認めない」
僕の声は震え、動揺していた。
「これは隊長命令だ、移動する」
「嫌だ」
僕は隊長を睨みつけて言った。「僕も残る」
息を吐くたびに、体が震えるのがわかったよ。
人ってどうしようもなく悲しくなると、そうなるんだ。
「何を言っている」
「僕も残れば、あんたらが戻れる確率だって上がるだろ! だったら僕も残せよ!」
我ながら、全くもって理解しがたく、頭の悪い言葉だ。
まあ、ヤケになってたのさ。デントと死に別れるのが辛かった。
「シェナド、我儘いうなよ」
デントが言った。悲しい顔だった。見てられないほどに。「生きて帰ってくれよ。頼む」
僕は首を横に振って、無視した。
「時間がない、無理やり連れて行くぞ」
そう言って隊長が近づく気配がしたので「さわるな!」と叫んで、手を振り、地面から槍形の木をいくつも生成する魔法で攻撃しようとしたが、『動山』ゲータがそれをすべて殴り砕いて、二メートルの巨躯とは思えぬ疾さで僕を羽交い締めにすると、額にゼイロンが手を近づけてきた。
髪の間には、彼の悲しみに満ちた瞳があった。
「悪い。恨むなら、俺を恨め」
「ま、待って! 待ってください!」
僕が懇願すると、ゼイロンは手を止めた。
「最後に、話を……お願いします」
そう遠くない距離で、敵の足音が聞こえて来ていた。
ゲータから解放されて、その場で膝をつく。
時間はあまりない。
それでも、僕はデントを見ても、何の言葉も出なかった。
すると、彼が語り始めた。
「ありがとな、シェナド。いつも助けてもらってよ。候補生の時、仲良くなれるかちょっと心配だったけど、お前と同室で、ほんとに良かったと思う。一緒に赤獅子にもなれた……最高の人生だったよ」
「最高の人生だった? もう死んだやつみたいなこというじゃないか」
僕は泣いていた。震えた声で、いつもみたく小馬鹿にしてみせた。「そういうのは、死んでから言え」
「はは、そうだな。死んでも話せたら、また言ってみるわ」
「バカ……お前は本当にバカだ……クソ」
こんな時だっていうのに、そんな言葉しか思いつかない自分が悔しかった。「お前は……なんでそんなことができるんだよ。ホントは戦いたくなくて……パン屋になりたかったようなやつが……命がけでそんな、どうして……」
「どうして、か……うーん、そうだな」
デントは歯を見せてニッと、いつものように笑ってみせた。
死にゆく者が、恐怖を押し殺して作った、最期の顔だ。
「お前の泣いてる顔が、見たくねぇからかな!」
彼はきっと、最期は笑顔で別れたかったんだと思う。
それを悟って僕も必死に笑顔を作った。
涙と鼻水にまみれた、醜い顔で。
「バカ。見たくないなら……死ぬなよ」
「そっか。そうだよな。じゃあ、ちょっと足掻いてみる」
デントはそう言って、後ろを向いた。「ゼイロンさん、お願いします」
ゼイロンの指がこめかみに触れた瞬間、僕の意識は完全に消え去った。
目覚めた時には、軍の医務室にいた。
すぐには絶望しなかった。アイツは足掻くと確かに言っていたから。
もしかしたら、本当に、アイツのことだから生きてるかも知れない。
そんなほんの一握りの希望に、僕はすがった。
「あの爆発は、多分『ゼミカ』……だと思う」
ベッドで横たわる僕に、まるで懺悔する咎人のように、『黒楔』のジェイスが椅子に座り、僕が気を失った後のことを話す。「俺達があそこを離れて……二十分後ぐらいだったと思う。必死だったから、あんま覚えてねぇ」
「ゼミカ」
僕は呟いていた。
それは爆破魔法の最後の技。
己の命を燃やすことで、一度だけ、すべてを壊し尽くす程の威力を出すことができる魔法。
爆破魔法の使い手が今、ほとんどいないのは、遠い昔、皆この魔法で敵を打ち破ったから。
足掻くって言っただろ……嘘つくなよ。
そう思うと、僕の頬に一つ涙が流れるのが分かった。
「地を揺るがす……とてつもない、爆発だった」
その時の光景を思い出しているのか、ジェイスは体を震わせていた。「アイツは……すごい魔術師だった! あんなとこで、死なせていい奴じゃなかった」
ジェイスは自らを戒めるように、額に拳を強く押し当てた。
僕も同じように悲しんだ。だが、アイツにここまで言ってくれるやつがいることが、ほんの少しだけ誇らしかった。
突然、立ち上がったジェイス。その表情からは鬼気を感じた。
「俺が仇を取る……シェス人を、全員ぶっ殺す……必ずだ」
「彼はそんな事、きっと求めませんよ」
空を見る虚ろな瞳で、僕は自然とそう答えていた。
自分のために復讐をする。
そんなこと、デントはきっと許さないはずだ。
「そうだな、アイツはそういうタマじゃねぇ」
そう言って、ジェイスは僕に背を向けた。「これは俺のためだ」
立ち去る彼を止めてやればよかった。
でも、僕はできなかった。
僕だって限界だったんだ。
彼の居ない世界を受けとめることに、精一杯だった。




