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第7話-5『爆壊』

 僕の記憶の中で、デントの背中はいつも前にあった。

 それが悔しくて、彼が兵士たちの間で語り草となったあの日から、僕もとにかく頑張った。

 前に出て、戦果を出すよう努めた。

 ちょうどその時に、守兵となったのがドルバーン。

 彼は赤獅子の候補生にすらなれず、ちょっと擦れていた。

 その反動なのか、戦場ではとにかく前にでて、敵を倒すことに躍起になり、僕もその後に続いた。

 この頃の僕の戦果は、彼のおかげだと言っても過言ではない。

 とある日の王宮。

 吹き抜けの広場には高い階級の兵士が集まり、両脇に固まって道を一つ作っていた。その中には当然、当時の赤獅子たちもいた。

 中央の足場が設けられた場所に王が立つと、道を歩く影が一つ。

 そう、この僕だ。

 足場に上がり王の前に立つと、側近が赤毛があしらわれた肩当てを王に渡す。

 そして、それを王は、僕の前へと差し出した。

「貴殿を赤獅子の位に認定する」

「ありがとうございます」

 僕は兵士の、あの上に媚びへつらうシステムがとても嫌いだった。

 だが、こうやって位をもらうと、自然と感謝し、膝をついてしまっていた。

「併せて『千魔』の称号を授ける。位と称号に恥じぬよう、努めよ」

 拍手が巻き起こると、僕はその肩当てを受け取った。

 軍に来て一年、僕は予定よりもかなり早く、赤獅子になれた。

 活躍もあったのだろうが、それよりも、ライロルドがこの戦争を早く終わらせたがっていたのも背景にあったと思う。

 赤獅子にも死者がでており、早くその穴を埋めたかったし、戦力も高めたかっただろう。

 まあ、そんな理由もあって、僕は過去最速の記録で赤獅子になれた。だがーー

 道を戻ると、前からこちらに歩いてくる者がいた。

「『千魔』だってよ。お前、確か使える魔法三百ぐらいだろ」

 ニヤけた顔でデントがそういった。

「三百十二だ。この調子なら、そのうち千は超えるさ」

「そうかもな。んじゃ、俺も貰いに行ってくるわ」

 まるで菓子でももらいにいくかのように、軽くそう言って、デントは王の元へと歩いていく。

 僕の最速記録は、その瞬間に消えた。

 デントは僕よりも十日ほど後に軍に来ていた。

 記録では僕もデントも一年で赤獅子になったとされたが、僕の中では彼に負けているという判定だ。

 悔しいが、それでもやっぱり嬉しかった。

 他に代わりなど見つかりようもない戦友とともに、赤獅子になれたのだ。

 この日以上に、心躍る記憶はなかなか見つからない。

「『爆壊(ばっかい)』の称号を授ける」

 爆発して、壊す。実に彼らしい称号だと思った。

 同じように肩当てをもらって戻って来るデント。その表情はどこか浮かなかった。

「なあシェナド。『爆壊』ってどういう意味だ。なんかよくわかんねぇ。『千魔』の方がかっこよくていいな」

 称号を誰が考えたか知らないが、考え損だ。

 『強火』とか、そういう、バカでも分かる単語のほうが、彼は喜んだだろう。



 赤獅子の面々と顔を合わせた。

 詳しく話すと一日じゃ足りないほどに、とにかくすごい人たちだった。

 自分なんて井の中の蛙だと、つくづく思い知らされるほどに。

 『灰雨』エクス。

 『永幻』サーナス。

 『黒楔』ジェイスに『神槍』 サヘッド。

 ちなみに、槍とあるが、サヘッドはほとんど槍を使ったことがない。

 そのことをよくぼやいていた。

 赤獅子となった三日後には、僕らはすぐに前線に飛ばされた。

 赤獅子の魔法使いに守兵はない。

 守兵がいなくとも前線で戦える魔法使いが、赤獅子たれるということだ。

 僕とデントは、二人一組で戦場に向かわされた。

 新人同士だからだろうか、よく組まされていた。

 その日、ロホルド平原、森の中の戦いだった。

 ここは山岳地。標高の高い場所に構えられた敵の砦に侵攻をしていた。

 戦闘というものは上を取った方が有利。そんな中、木々を抜けながら戦うのは、とても大変だった。

 そんな中、デントはいつものように凄まじい進撃を見せていた。

 彼を戦好きと見るものがいるが、僕は違うと知っている。

 一秒でも早く戦いを終わらせたいだけだ。

 彼は常に戦いを焦っている。だが、その日は少し違った。

 その爆破魔法にて、木々の生い茂る森は、ところどころハゲた場所を作っていた。

「おい! 前に出すぎだ、味方と離れるぞ!」

 周りも見ずに突き進むデントの背中にそう叫んだが、聞こえていないのか、それとも無視しているのか、返事がなかった。

 いつも人の話などちゃんと聞かない男だ、よくあること。

 だが、その日の僕はとても不安があった。

 他の者には気付けないだろう、デントのいつもとは違う雰囲気を僕は感じていた。

 その予想は当たり、デントは味方前線から離れ、どんどんと敵奥地へと進んでいく。

 どれだけの強者でも、囲まれるのは危険だ。

「おい待てって!」

 僕は何度も彼を呼び止めた。後ろを見たときには、味方の姿はなく、僕らは二人で孤立していたと思う。

「俺は行く! お前は戻ってろ!」

「こんなとこで一人にできるか!」

 もうめちゃくちゃだった。

 木々をなぎ倒し、目に映る敵を殲滅していく。

 気がつくと周りに敵がいなくなっていた。

 どう進んでいるのかもわからなかったのか、敵の前線を斜めにまっすぐ進んでいたせいで、敵陣側面の少し離れた場所まで来ていた。

 それに気づかずに進むデント。もはや錯乱した暴れ馬。

「待てって! その先に敵はいない、戦地から離れるだけだ」

「マジかよ!」

 そこでやっとデントは止まったが、踵を返して戻ろうとしたので、僕は体でその進路を塞いだ。

「どけよシェナド。敵を倒さないと」

「聞けよバカ! 鳴ってるのが聞こえないのか!」

 そこでやっと、敵の砦から煙が上がり、勝利を告げる鐘の音が微かに響いてるのがわかったようだった。

 想定より早い陥落だった。後から聞くと、デントが突っ込んだことで敵は混乱。

 お陰で他の赤獅子が率いていた本軍が、即座に砦を落とせたらしい。

 要は彼のおかげだ。

「そうか……そりゃ、よかった」

 息も絶え絶え。

 汗まみれの彼はそう言うと、その場に座り込んだ。

 湯気が出そうなほどに体は熱くなっているが、反面、まるで極寒の中にいるかのように、微かに震えている。

 明らかに正常じゃない。

「どうした、何があったんだ」

 僕は濁すことなく、直接的にそう聞いた。

 勢いで生きてるような人間だが、こんな無茶をするほどバカじゃないのはわかっている。

 何かがある。そう思って聞いたが、デントから返事はない。

「何だよ、いいたくないのか」

「ああそうだ。いいたくねぇ」

 すぐにその返事がくると、カチンと来た。

 こんな身勝手なことをしておいて、全く礼儀もクソもない回答だ。

 それに、僕らには隠し事とか、そういうのはない間柄だと思っていたから。

「面倒見きれないな、勝手にしてろ」

 僕はそう吐き捨てて踵を返すと、「ちょっとまってくれ」と止められたが、僕は無視した。

 こんなやつに返事してやるものかと、自軍へと戻ろうとしたとき、

「お前には……いいたくなかった」

 落ち込んだようなその声で、僕は足を止めた。

 僕は甘いやつか? それとも、とんでもなく甘いやつか。

「なんだよ、言えよ」

 振り返りはしなかった。それが僕の唯一できる反撃、だったが。

「南方軍が襲撃にあったらしい」

 それを耳にしたときには自然と振り返っていた。

 初耳のことだ。

 まあこの戦争のメインは西の戦い。

 南は西の戦いに乗じて起きた、さほど大きくないものだ。

「一週間ほど前、中継点が潰されて、前線のいくつかが取り残されたらしい……その中に親友が……ゲラヘがいた。まだ……生存確認が取れねぇ」

 デントは座り込んだまま、右手で目を覆っている。

 泣いていたのだろうか、手で隠れていてそれはわからなかった。

「どうして僕にいいたくなかった」

「心配かけたくなかった」

「僕の心労になるとでも」

「なってないか?」

 なっている。

 めちゃくちゃ心配で、一気に色々な考えが吹き飛んだ。

「君が、そんな気遣いできるとは、驚いたよ」

 デントに心を見透かされたことが恥ずかしくて、僕は強がってそう答えた。「心配なのは分かるが、そんなむちゃしたって仕方ない」

「そうだな……その通りだ」

 声のトーンは肯定しているとはいい難いものだった。

「こんなとこで落ち込んでたって意味ない。取り敢えず戻るぞ、日が暮れる」

 日は少し落ちかけ、夕暮れになりつつあった。

 しかし、デントはすねた子供のようにその場を動かなかった。

 魔法で無理やり動かして連れ帰ることはできるが、できればしたくない。

 どうしようかと思って、なんとなく視線を横にやると、少しはなれた場所に、デントが爆破魔法で作ったクレーターがあった。

 妙案なのかどうかはわからないが、一つ思いつく。

「おいデント、ちょっとこい」

 顔を上げたデントに、僕はニヤリと笑ってみせた。「汗を流そう」



 クレーターを魔法でなるべく固め、水を生成し満たす。

 固形物ではないが、浸かれる量の水を作るのはちょっと骨が折れた。

 水をお湯にするのはデントにやらせた。

 両手を突っ込んで爆破魔法でブクブクしてると、空がオレンジ色になる頃には、水はお湯になった。

 簡易的な温泉の完成だ。

「はぁ、最高に気持ちいいな」

 僕は肩まで湯に浸かると、ほっとしてそういった。「最近は水浴びする暇もなかったから、清められるような気分だ」

 隣のデントを見ると、何も語らないが同じようにリラックスしていた。

 当然、二人とも素っ裸だ。今更恥ずかしがる仲じゃない。

「なあデント。君は軍を抜けたらどうだ」

 僕はそう言っていた。

 デントのためを思っての言葉だ。

 彼の才能は本物。それでも人と争えるような人間じゃない。親友のため、無理をして軍にいただけだ。

 まだ状況は確定できないが、一週間も経っているのなら生存している可能性は低い。

 それなら、デントが戦い続ける理由はない。

「君にはそもそも、こういうのは向いてなかった。故郷で大工でもしたらどうだい」

 そういうと、デントは顔をほころばせた。

「それも悪くねぇな……でも、やっぱダメだ。お前らを置いて帰れねぇよ」

「なんだ、僕のことが心配かい」

「いや、あんまり」

 ガクッときた。そこは嘘でも心配と言えよと思った。

「お前、賢いし強いだろ。大体のことはなんとかしそうだから、きっと大丈夫。でもよ、変なことって起きるだろ。今回の南の件だってそうだ。もし、俺が逃げて、お前にそんな事があったって聞いたら……俺は俺が許せねぇよ」

 それを聞いて、僕はじっと彼の顔を見る。

「デント、それが俗に言う、心配しているってやつじゃないのか」

「ああ、じゃあ心配だわ」

 僕は思わず、ククっと笑っていた。

「君は本当に、感覚だけで生きてるんだな」

「しょうがないだろ、バカなんだからよ」

 デントはちょっと恥ずかしそうに、頭を掻いた。「お前や、兄貴みたく賢くねぇ。同じ血が流れてんのに、なんで兄貴とこんなに違うんだろ」

「血で人は作られていないのさ、デント。それに、君の兄が頭脳で秀でた分、君にも他に秀でたものがあるのさ」

「例えば?」

「さあ、知らないな。今のところ見当たらない。僕は一般論を言ったまでだ、無いかも知れない」

 なんだよそれ、とデントは笑っていた。

 やっと笑顔を見せて、僕はホッとした。

 いつもの彼に戻っていっている気がした。

「なあ、この戦争が終わったら、お前はどうする」

「僕は軍に残って、上位の王宮魔術師を目指すよ。君は?」

「俺はパン屋がしたい」

 赤獅子からパン屋。

 すさまじすぎる遍歴にちょっと笑ってしまった。

 それとエプロンをして、パンを作っているデントの姿が、簡単に想像でき、しっくりくる。

「いいじゃないか、君らしくて」

「シェナド、お前も一緒にどうだよ」

「はぁ!?」

 思わず声が裏返る。「なんで僕が」

「お前、色んな魔法使えるから、うまいパン作れそうじゃん」

「僕はパンづくりのために魔法を勉強してるんじゃない!」

「そうか、もったいねぇな」

 ちょっとしょんぼりとして、デントはそういった。

 もったいないって。コイツは魔法を何だと思ってるんだ。

 でもまあ、コイツとパン屋か……。

「退屈はしないだろうが、決めてたことだからな。まあ、僕が上位王宮魔術師になったら、お前のパン屋を使ってやろう。きっと有名になるぞ」

「それ、いいな」

 どんな想像をしているのか、デントは夕暮れの反射した水面を見つめると、嬉しそうに微笑んだ。「最高だ」

 僕はその顔を覗き込む。

「頑張れそうか」

「ああ、ありがとよ!」

 デントが勢いよく立ち上がると、小さな波が僕の顔を濡らした。

「君は、もうちょっと落ち着きというものをーーってうお!」

「仲間が心配してる、早く戻ろうぜ!」

 そう言って僕の真隣に立つデント。

 位置的に、すごい近い位置にあれがある。

「やめろ! 近い近い! 股間をそんなに近づけるな!」

「お前男みたいなもんだろ、気にすんなよ」

「男だってこれは嫌だろうが!」

 夕暮れが照らす森。

 僕の叫び声と、デントの笑い声がこだました。


「その後、僕達は王都に戻った。久しぶりの休暇を、短いながらもゆっくりと過ごしたよ。ただ戦争も佳境だ。僕がパン作りのことを調べていると出動令がくだった」

 そう言って、シェナドは前の焚き火に薪をくべる。

 気がつけば、日が暮れ、周りは薄暗い。

 訓練終わり。突然、シェナドが語り始めた昔話。

 それにザイロは静かに耳を傾けていた。

 語り始めた時のシェナドの表情は明るく、笑顔を交えて話していた。

 だが、その時系列が進むにつれて暗さが見え始め、そして今、彼女の顔は悲しみに満ち、それを薪の火が照らす。

「ウスク平原。僕はあの日以来、あの地を訪れていない……彼の最期の場所だっていうのに」

 時刻にやっと気がついたのか、空を見てシェナドはハッとする。「いや悪い、だいぶ話していたね。そろそろ戻ろうか」

 腰を上げようとすると「待てよ」とザイロが止めた。

「最後まで、聞かせてくれよ」

 薪がパチパチと音をたて、火が強く揺らめいた。

 シェナドはその様子を物憂げな表情で見つめる。

「もう時間だ。それに……ここからは、楽しい話じゃないよ」

「それでもいい。知りたいんだ。デントっていう男のことを……その最期を」

 ザイロの周りには鉄球が五つほど浮かんで、静止している。

 それを一つずつ見ながら、シェナドは長らく蓋をしていた、昔の記憶を掘り起こし始めた。

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