第7話-4『爆壊』
リサは青痣まみれになった顔で、肩を上下させながらひーひーと必死に息をしている。
対して対面にいるベルはなんともつまらなそうで、半身で軽く構えているだけだ。
「うりゃあああーーアガッ」
多少とも形になったリサのパンチをするりと避けると、脳天に強めの手刀を入れる。
顔から地面に落ちたリサは、立ち上がれなくなっていた。
「無理……もう無理」
息絶える寸前の虫のようにピクピクと動くリサは、そうぼやく。「お腹減った、ご飯食べたい」
それを見下ろしたベルはため息を一つ。
特訓を始めて五日が経った。
人間がそんな簡単に強くなれるものではないが、リサにはなんとも未来性を感じない。
「わかったよ。昼飯にしよう」
「ご飯!」
さっきまで虫の息だったというのに、それを聞いた瞬間、エサを前にした子犬のように目を輝かせて顔を上げる。
食に対してだけは、呆れるほどに執着がある。
「おいひい、おいひい」
リサは涙を流しながら、口いっぱいにパンと干し肉を頬張る。
その様子をベルは悩んだ様子で見ていた。
話は完璧には聞いてない。ただ、コイツらは命を狙われているとのこと。
このリサも一度、殺されかけたらしい。
この調子ではいずれ死ぬのが目に見えている。
五日もこうしている。もう他人とは言えない。
それがあっけなく殺されるというのは、気分のいいものではない。
何かいい方法はないかと考えたが、人に教えることを禁じられていたのだ、そう簡単に答えが出るものじゃない。
「腹一杯になったら、ちょっと昼寝でもしてな」
そういってその場を離れた。
向かったのはシャッジの元。
アイツは賢い。自分よりも良い教え方を思いつくんじゃないかと、助言を求めに来た。
見るとレインと模擬戦を行っていた。
いい勝負をしていた。
真剣を振るうレインに、それをかわしながら迎撃するシャッジ。
八方から時間差でくるシャッジの攻撃。それを読み、ギリギリでレインはかわしながら戦っている。
シャッジは技を絞っているように見えるが、それでもいい線している。
育てがいがあるだろう。全くもって羨ましい。
「ストップ、ストップ。客が来た。休憩だ」
手の平を見せてシャッジが止めると、レインは刀を収め「左だ」と言った。
「それはどうして」
「お前が一度、体勢を崩した時に、左手だけで無理に整えた。若干だが痛みがあるはず。左手を使いたくはないだろう。という俺の読みを読んだお前は、あえて左手で平手をする」
「正解だ。飯でも食ってな」
シャッジがそういうと、レインは踵を返して歩いていく。
妬けてしまいそうになるほど息もバッチリだ。
「そっちは順調そうじゃない」
「ああ、怖いぐらいに順調だ。そっちはどうだ」
いい汗を流しているシャッジがそう返すと、困ったようにベルは頭を掻いた。
「そっちとは真逆。まるで進展がない」
事情を説明すると、シャッジも困ったように首を傾げる。
「なるほどな。才能ってやつはどうやっても変えられねぇ。大人しく戦わせないってのも、一つの手かもな」
そう言われた。
ベルも同じ意見だった。
無理なことをさせて命を落とすよりは、何倍もいい。そう思っていたとき、
「ちょっといいかッ!」
いつの間にか隣に立っていたレインが、詰まったような大声でそういうので、ちょっと驚いた。
「なにさ、びっくりする」
ベルが返答するが、何故かレインはこちらをぐっと睨みつけるだけだった。
「シャッジ、コイツはなんだ。私に喧嘩でも売ってるのか」
「ああ、ちょっとまってくれ」
困ったようにシャッジは二人に割って入る。「コイツはあれなんだ、初対面のやつと話すの苦手なんだ。俺にもたまにこうなる。許してくれ」
いい歳をして何を言っているんだと思ったが、コソコソと二人で話をしだしたので黙った。
「どうも、そのリサってやつは、コイツも何回か教えてるらしい」
シャッジは親指でレインを指差す。
「それで」
「才能がないわけではない、っていうのがコイツの見立てだ」
「それは、本当か」
レインの方を見ると、肯定の意味なのか目線をそらさない。
「一度、本気でやってみろってさ」
シャッジがそう言うと「本気?」とベルは鼻で笑う。
「私の力、あんたしってるのかい。一発でぶっ潰しかねないよ」
「それはッ」
また詰まったような声で、レインが言った。「……問題ない……大丈夫だ」
「ほぉ、その保証は」
問うと、レインは少し耳を赤くしながら、いいにくそうに言った。
「アイツは……避けるのがうまい。俺が本気で当てようとすると……ほとんど避ける。神がかりと思えるほどに」
「ふーん」
興味ありげにベルは言う。
リサからはその神がかり的な回避は、この三日で見たことがない。
だが、レインがそんな意味のない嘘をつくような、人間には見えない。
「一度試してみてくれ……アイツは……決して弱いやつじゃない……俺が保証する」
「もっと……もっとでかい肉をください」
満腹で眠ったはずが、また夢の中で飯を食ってるのか、コイツは。
「おい起きろ!」
木の陰で横になっているリサの耳元で叫ぶと、彼女は飛び上がった。
「ウギャ! ニ、ニク師匠!?」
「ベルだよ。まったく。続きやるよ」
一度本気でやってみろ、というが、レインは自分の本気の力を知っているのか。
候補生とて、赤獅子の一歩手前。
非術者でそれになるには、それ相応の魔法に並ぶ能力が必要となる。
時にこの世に生れ落ちる、圧倒的なまでの力の才能。
それがなければ候補生になることすらできない。
ベルはそのあたりに落ちていた、一メートルほどの、ちょうどよい重さのある木の棒を取る。
ただ、レインの目は本気だった。
アイツには才能がある。
その言葉がどこまで真実か、確かめたくなった。
「次のステップに進もう。そろそろ私も本気でいく」
「ぬぇ! ベル師匠、本気じゃなかったんですか」
「私が本気なら、あんたはすでに百回は死んでるよ」
ベルはその場で棒を二回振った。
風を切る轟音は周りの木々を揺らし、棒の表面にある皮が周りに散る。
一撃で人間を壊せる威力だと、見た瞬間に分かるものだった。
「私は斧使い。武器を使って戦うほうが得意なんだ。この棒で、あんたを思い切り叩きに行く」
「はい! オッケイです!」
特に緊張感なく返事するリサ。
コイツ、さっきのを見てなかったのか。
「あんた、自信でもあるのかい」
「自信?」
リサは首を傾げる。「うーん、まあだって疾さならレインも負けてないし、行けると思う!」
思う、か。
「分かった、なら!」
即座に前に一歩、踏み出すベル。
準備を極力与えずの、速攻の攻撃。
悪いが、試させてもらう。
力は七割と言ったところ。ただ、当たれば致命傷になる。
急所は避ける、右の腕めがけて振ったそれは、「うおっと!」というマヌケな声とともに後ろに下がり、躱された。
「アブな! アブな! ちょっと、急に来ないでよ!」
焦るようにそういうリサ。
躱された。だが狙っていたようには見えない。偶然ではないのか。
間髪入れず、次は右足。
腿に向かって振るったそれは、先程よりも余裕を持って、ピンポイントに右足を後ろにして避けられた。
……コイツ。
「ちょっとベル師匠! やるときはやるって言ってよ!」
「攻撃するときに、やりますよ、ってやってくるやつがどこにいる」
「なぁ、そっか」
さっきの攻撃は、明らかに攻撃を見られ、避けられた。
怪我をさせないように模擬戦をしていたときは、そんな様子は見られなかった。
ならなぜ今の攻撃を避けられる。
当てる気で放った攻撃を。
「あんた、この五日、手を抜いてたってわけじゃないよね。なんでゆっくりした攻撃より、今の攻撃を避けられる」
「え?……確かに」
リサは顎に手をおいて、うーんと考える。「不思議」
どうも理屈じゃないらしい。
ブルブルと、胸の中で何かが蠢く。
やってはならない。ただ、どこまでいけるのか確かめたくなった。
次は急所、こめかみめがけ全力の一振りを放つ。
過去に何度も鉄の兜を砕き、頭を割ってきた一撃が振るわれた。
それはまるで遊びのよう。
完全に距離を見切っていたリサは、一歩、ぽんと後退り、紙一重で避けてみせた。
ベルの棒を持つ手は震えていた。
この回避能力に対する、理解できぬ不快感。全力の一打を避けられた羞恥心。
そして、リサへの好奇心。
才能の片鱗。それを感じ取ると動かずにはいられなかった。
次々と振るう攻撃は風を切る。
避けることに集中しているリサの表情は、こわばりがあるがどこか余裕を感じられた。
実践に近いゆえの緊張感か、それとも殺気を感じ取ってでもいるのか。
理由は全くわからない。だが、本気の攻撃を、リサは躱し切る能力がある。
それと違和感があった。
過去に攻撃を避けられた経験はある。だが、その時の感触と全く違う、何か不思議な感覚が。
「避けてばっかいる気か! たまには反撃もしな!」
「え! それはちょっと難しいかーーあ」
たまたまあった大きめの石。
リサがそれを踏んでしまうと、体が前のめりになり、下を向き、ベルに後頭部を晒す形となった。
いつもなら止まっていたはず。だが、勢いのついた今、反射的にその後頭部に向けて棒を振り下ろしていた。
刹那、まずいと思うも、止まらない。
死角からの攻撃。避けられるはずがないーーが、リサは頭を少し右にして、それを避けた。
「イチィ! 耳かすった! チってなった!」
耳をさすりながら頭を上げるリサ。
それを汗を垂らしたベルが見つめる。
この汗は本気の攻撃による運動のものと、それと畏怖。
あの避け方は偶然には見えない。振り下ろしの攻撃を見ていたように思えた。
「あんた……なんで今のを避けられた。後頭部に目でもついてるの」
「え、普通に避けただけだけど」
「見えない攻撃を、どうやって避けるんだ」
「えー、そんな事言われても、来そうってとこに、攻撃が来るから避けてるだけだし」
リサの言ってることを全く理解ができなかった。
来そうなとこに来るから避ける? それは回避というより、予知という方が正しい。
「じゃああんたは、私の攻撃全部、見えてないけど、来そうなとこが分かるから、避けられてた?」
そう聞くと、リサは小馬鹿にしたように笑う。
「だから、そういってるじゃん。ベル師匠の攻撃、全部速すぎて見えないし。見てからじゃ避けらんないもん。普通、そうやって避けるんじゃないの」
「あんたっ……」
驚愕。
思わず言葉を失い、息すら忘れた。
やっと違和感の正体がわかった。
動体視力が優れているわけでもないし、避けるのがうまいわけでもない。それでもリサは全ての攻撃を避ける。
死角からの攻撃さえも。
理由は単純。攻撃を予想し、それに従って先に避けていた。
そしてその精度は、予知と言えるほどに正確。
普通の人間ができるものじゃない。そして、そのことを彼女は全く理解していない。
この未来視とも呼べる能力。覚えがあった。
最強の兵士。ベルが師と崇めた、非術師の最高到達点。
『神槍』 サヘッド・エルゾフ
いや……まさかね。
その考えを頭の片隅にベルは追いやった。
あり得ない。この世の人類は、どうあがいてもあの人には届かない。
そう思うも、リサの姿が、昔、相対したサヘッドの姿と重なる。
ハズレ。そう思っていたが、どうも私は人を見る目がないらしい。
「あんた、大当たりだよ」
苦笑いをしたベルがそう言うと、頬を赤らめリサは、そこに手を添えた。
「当たりっ! ウフ、大当たりだって。私嬉しい」
その頃、サルディ宮殿。
謁見の間、ゼノンはいつも通り豪勢に飾られた椅子に座り、目を閉じていた。
その隣、犬の身分にも慣れたヴィットが、息を飲んで地面に座り込む。
おそらく、これは慣らしを行っている。
魔術師が行う、体に魔力を満たすための修行。
ヴィットに魔法は使えないので、魔力というものを感じることもあまりない。それでも隣にいるとひしひしと感じる。
ゼノンの圧倒的魔力。それを近くで感じると、重さと息苦しさを感じる。
彼の強さはいかほどか。もしかすると、赤獅子にすら届きうるのではないか。
そんなことを思っていると「失礼します」の声とともに、ソフィナが入ってきた。
ゼノンが目を開くと、ちょっとだけ息苦しさがマシになる。
「報告を許そう」
ゼノンがそういうと、ソフィナは膝をついて語る。
「イリオ・ハイメイン一行を発見しました。ここより西の街。ミヘルドにて」
「ほう」
ゼノンの顔がほころぶ。「なら向かうか。馬車を用意しろ」
「ゼノン様。向かう前に、一つお言葉をよろしいでしょうか」
そう語るソフィナに「話せ」と命ずる。
「一行はとある人間に従事し、訓練を受けている模様です。報告に間違いがないのであれば、その従事している者は、元赤獅子『千魔』のシェナドです」
ゼノンは首を傾ける。
「知らん名だな。だが、元赤獅子か……面倒だな。殺すのは容易いだろうが、その千の魔法とやらで、イリオ・ハイメインを逃される可能性は大いにある。ふむ」
一拍、間を置いてゼノンは思案した。「ソフィナ、手紙を一つ作る。最短で手紙を届けろ」
「ハッ……どこへ向かわせましょうか」
「王都、ロードハイド。大司祭、ユゼリア宛だ」
そう言うと、ゼノンは面倒くさそうに目を閉じ、また慣らしを開始した。「邪魔者は、先に消しておくに限る」




