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第7話-3『爆壊』

 魔法の威力を強くするのは簡単だ。使用する魔力を多くすればいい。

 もちろん、そこからコツや技術が必要ではあるが、基本は魔力の量に比例する。

 体に蓄積している魔力量を多くするために、慣らし、と呼ばれる修行が必要で、毎日少しずつ、体に魔力を溜め込むイメージで集中し、濃度や蓄積量を上げるという。

 状況的にその慣らしを悠長に行う暇はない。なら技術や効率の良い魔力の使い方を磨くほうが、今は先決。

 丘の中央に立つザイロは掌の上に乗っている鉄球を、歯を食いしばり、全神経を集中して、穴が開きそうなほど睨みつけていた。

 鉄球は手の平で右に左に、コロコロと意思を持っているように動き回る。

 ゆったりとした動きをしているが、かかっている力は相当のものだ。

 隣で切り株に腰掛け、鼻歌交じりに本を読んでいるシェナド。

 彼女がこの鉄球を魔法で移動させている。放っておいたらすっ飛んでいくが、それを同じ魔法でザイロは防ぐ。

 シェナドは片手間で行っているようだが、凄まじい力で、なおかつ不規則な方向に常に動かしていた。

 一瞬でも集中を解くことができない。

 かれこれ三十分はこれを続けているか。はっきり言って、もう自分が集中できているかどうかも、わからなくなってきていた。

 汗がまぶたの隣をなぞると、目に入らないように一瞬だけぐっと瞬きをした。

 ほぼ同時、高速の鉄球が眉間に打ち込まれる。

 コツンと音が響くと、体力の限界に達し、そのまま天を向いて倒れた。

 額のヒリつきと、太陽の暑さを感じながら、胸を上下させて息をする。

「おや、まだ一章分も読み終わっていないんだが、もうギブアップかい?」

 シェナドは本をめくりながらそういった。

 同じように鉄球を動かしているというのに、平然としている。

「読むのが……遅いだけだろ」

 切らした息の合間に、悪態をついてみせた。

「元気そうだね。ほら、早く立って。まだ続けるよ」

 膝に手をついて立ち上がり、隣に落ちていた鉄球をまた乗せた。

「どうして俺はこんなに必死なのに、そっちはそんな楽そうなんだ」

「それは、歩き始めた幼児と、走り方を極めた成人。どうして成人のほうが疾いのかと聞いているようなものだね」

「俺とあんたには、そこまでの差があるってことか」

「当然さ」

 シェナドがそういうと、鉄球は凄まじい力で右に引っ張られた。

 必死に反対方向に力を入れるが、徐々に右へと進む。

「僕がどれだけの間、魔法を使い、そして研究を続けたと思っているのさ。簡単じゃない。色んなものを捨て去らなければ、ここまでになれない」

 鉄球は手の平からズレた。

 しかし、地面には落ちずにザイロの周りをゆっくりと、時計の長針のように回る。

「ちなみにだが、僕は自分の力をセーブして、君と同じか少しだけ上の魔力しか使ってはいない。同じ魔力量でも、こんなふうに使い方で差が出る、奥が深いと思わないか」

 ノロノロと鉄球はザイロを嘲笑うかのように回る。

 これで使ってる魔力は同じ? 適当言ってるんじゃないのか。

 限界が近づき魔法を解こうとしたとき、

「まだだ」

 とシェナドの止めが入る。「限界ギリギリまで、魔法を解くな。極限下でこそ、見えるものがある。それを掴み取れ、ザイロ」

 掴み取れと言われても、そんなものを考えている暇がない。

 体の奥底が震え、鈍い痛みが広がってきた。

「解け!」

 シェナドの声とともに魔法を解くと、ザイロはまたその場で前のめりに倒れ込んだ。

 今度こそ、本当に限界だ。体が動かない。

 土に顔を付けながら必死に息をするのに集中していると、後頭部に重みを感じた。

「おや、動かない置物があると思って座ってみたが、君の頭か。ふむ、そのへんの椅子よりも座りやすい。君には魔法使いよりも椅子の才能がある」

 座られていることに気が付き、グツグツと怒りが湧いてくる。

「どうした? 怒っているのかな。なら、それを原動力にさっさと強くなることだな。大して時間がないんだろう。椅子をやっている暇があるなら、早く立ち上がったほうがいい。彼ならきっとそうするだろう」

「うるせぇ……どけよ」

 両手を地面について立ち上がるために力を込めると、シェナドはひょいと飛んだ。

「立てるじゃないか。なんで寝ていた。もしかして、僕のお尻の感触に酔いしれていたかな」

「無駄口叩くな」

 息も絶え絶え。

 発熱した老人のようによたよたと歩くと、転がっていた鉄球を拾い上げ、手の平に乗せる。

「ほら、やれよ」

 おぼろげながらも闘志を燃やした目を、ザイロは向けた。「俺が強くなったら……まずはあんたからぶっ飛ばす」

「早くそうなってくれると、非常に助かるんだけどね」



 僕が軍に入って、約三か月後のことだったと思う。

 初の出動命令が来た。

 赤獅子の候補生たち、皆同様にだった。

 馬車に乗せられ、戦地へと向かう候補生たちは高ぶっていた。

 戦果を上げる。それが赤獅子への一番の近道だからだ。

 初夏。雨の次の日。うざったい湿気があったのを覚えている。

 馬車はまだ濡れている、柔い土をえぐりながら進む。

 戦争として兵で戦うのは初めてだ、僕だってちょっとは緊張していた。

 そして、隣のデントも同じ様子だった。

 左の手の平を、右の拳で何度も、パンパンと小気味よいリズムで叩いていた。

 ちょっと驚きだ。緊張とは無縁の男だと思っていたから。

 なんなら、お祭り気分で騒ぎ立てると思っていたのに。

「どうした。君らしくないじゃないか」

 そう声をかけると、見たことのない、強がった笑みを見せた。

「そこまででもないって。まあ、初めてだからよ、ちょっとは緊張してるかも知れないけどな」

 キョロキョロと、落ち着きない様子で視線を動かした後、デントは僕のことを見た。「お前は冷静だな。やっぱすげぇな、頭いいからかな」

 らしくない言葉だった。初めて見る、デントの弱そうなところに、思わずフフっと笑ってしまった。

「頭の良し悪しは関係ない。まあ、色々と想定はしていたけど。人間なんて極度の緊張があると、どうなるかはわからない。恥じることはないさ」

「いや、まあ、それもあるんだろうけど……それとさ」

 デントはなんだか後ろめたそうに聞いてきた。「シェナドってよ……いや、なんでもない」

「何だよもったいぶって。なんでも聞けばいいじゃないか」

 同じ部屋で生活して半年以上の時間が経っていた。

 遠慮して隠し事をする仲でもないが「いや、いいよ」と続きの言葉は言わなかった。

 変なやつだなと思って、僕もそれ以上は聞かなかった。



 初めての戦場の感覚というのは、なんというか不思議な感覚だった。

 僕達が到着後、すでに大軍で睨み合い、臨戦態勢だった戦場は、大した休憩もなく始まった。

 前線、矢が降ってくる中を、横一列に並び、頭や肩に鉄をまとい、盾を構えた兵士たちが進むと、敵の前線と衝突、押し合いが始まった。

 殺し合いの熱気が高まる中を、後方からまばらにいる魔法兵が支援攻撃を行う。

 火球が降り、雷が落ち、土が隆起する。

 その魔法兵がいる地点を把握した騎兵隊が、それを阻止するために激しく突撃してくる。

 魔法使いは貴重。特に集中して狙われやすい。

 そのため、魔法兵一人に付き、守兵が四人で周りを固める。

 その時の僕は、人生でもトップクラスに入るほど、テンパった。

 取り敢えず、得意な魔法ーーまあ、僕の場合、その得意ってやつが多すぎて迷ったんだが、大して狙いも付けずに、とにかく敵の方に放ち続けた。

 火球を落とす魔法『メフィス』

 氷柱を降らす魔法『シェッダ』

 木の根で足を取る『オースト』

 感覚で魔法を放つも、なんとも手応えがない。

 どれが効いて、どれが効いていないのか。それがもどかしく、更に前線に近づこうとすると「オイ待て!」と守兵の一人に止められる。

「これ以上前に出るな! ここで援護しろ!」

 このときは注意喚起をしてくれているのだろうと思ったが、今思えばだが、彼らにとって担当の魔法使いが死ぬことは、とても評価が落ちることだ。

 狙われるようなことをせず、安全にしておいてほしいというのが本音だろう。

 そんなこともわからず、緊張感のためか萎縮した僕は、更に一歩後ろに下がった。

 なんとも歯がゆい気持ちだった。戦果を出すために来たというのに、僕は前にもでられず、役に立ったかもわからず、後ろに下がろうとしている。

 唇を噛み、また次の魔法を放とうとしたとき、右の前線、凄まじい爆発があり、音が響いた。

 爆破魔法。あんな滅茶苦茶なことをするやつは僕は一人しか知らない。

 煙から飛び出すようにでてきたのはデント。

 彼が両手を広げるように振ると、その両脇が爆破。敵の兵士たちが吹き飛んでいった。

 敵陣のど真ん中に降り立ったデントは、襲いかかる敵を次々と屠っていく。

 一瞬、戦場の者たちはその姿の虜となった。

 敵の攻撃が止むと、デントは前の旗印を指差す。

「敵の大将はあそこだ! 突っ切るぞ!」

 ちなみに、彼は大将の場所など知らず、適当に言っていたのでそこに敵大将はいなかった。

 それでもその場の兵士たちが、敵をなぎ倒し進むデントの背を追い、強く勇猛に突き進んだ。

 凄まじい進撃だった。それはまるですべてを飲み込む津波のよう。

 結果、敵はすぐに撤退。

 僕の初陣は、彼の活躍を遠くから見て終わった。



 どこの組織も、勝利の後は宴を行うもの。

 火を焚き、肉を焼いて、酒を喰らう。

 それも今日は快勝。皆、いつも以上に楽しんでいた。

 僕も酒は嫌いじゃない。でも、気持ちよく呑む気にはなれなかった。

 僕がやったことと言えば、チクチクと嫌がらせをしたぐらい。

 一人、端の方で、自分を慰めるように酒を飲んでいると、定期的にデントはどこにいるか、と兵士から声がかかる。

 どうも戦の主役が何処かに隠れているらしい。

 何度も聞かれて面倒になったので、僕も松明片手に彼を探しに出かけた。

 彼とずっと一緒にいるわけじゃないが、なんとなくどこにいるか分かる。

 月が綺麗に見えそうな、近くにある小高い丘に行くと、デントが座っていた。

 後ろから近づいて、声をかけた。

「どうした。一人で勝利に酔いしれてるのかな」

 ちょっと驚いた様子でデントが振り返ると、安心したように笑った。

「なんだ、シェナドかよ。びっくりした」

「何だとは何だい。主役がいないから、みんな君を探してるんだ。さっさと宴に参加しなよ」

「ああ、そうか」

 そう言って、デントはなんだか浮かない顔をしていた。

 大戦果を上げた人間とは思えない表情だった。

「どうしたんだ。君らしくない」

「いやさ……」

 デントはまるで過去の罪を懺悔するかのような、重い口調で続けた。「俺、今日初めて、人を殺したよ」

 ちょっと驚いたが、まあ軍人でも戦争を行ったことがないなら、経験がない者もいるだろう。

 僕は過去にあった。

 カネほしさに護衛として雇われたことがあり、その時に山賊を一度、魔法で殺している。

 ちょっと動揺はしたが、当然の罰だとあまり気にしたことはなかった。

 今日もそう。僕の魔法で数人が死亡しただろうが、特に深くは受け止めていない。戦争とはそういうものだと思っているから。

 向こうだって殺しに来るのだ。同じ力で向かい撃つのは当然のこと。

 それでも、デントには納得できない何かがあるようだった。

「魔法だったからか、あんまり実感がないんだ」

 デントは自分の右手を見ながら言った。「俺、今日で結構、殺したってのに。なんか、ちょっと普通すぎてさ。俺が殺した連中には、それぞれ人生があって、大事な人とかもいたと思うんだ。そしたら……なんか俺って、ちょっと酷いやつなのかなって」

 デントは戦争をできるような人間ではなかった。

 彼は優しすぎた。

「そんなやつが、どうして軍に来たんだい。殺したくないなら、兵士なんてならなかったらいいのに」

 すぐに返事はなかった。デントは何かを思い出すように、月を見上げていた。

「子供の頃からの親友が、軍にいてさ。俺がライロルドを勝利に導くんだって、息巻いて言っちまってよ。今は戦争のさなかででた、南の方でセント人の反乱軍と戦ってるらしい」

 ふうと、デントはため息を一つ。「俺にできるのは、一緒に戦って、この戦争をさっさと終わらせること。頭が悪いからさ、それぐらいしかできることを思いつかなかった」

 僕が軍に入ったのは名声のためだ。

 あまりにも利己的。それに対し、デントは友情のためにここに来た。

 なんだか、ちょっと恥ずかしい気持ちになると同時、尊敬する。

「いや、悪くなんかないさ。君は正しい」

「どうだかなぁ。お前みたいに賢かったら、もっと別のやり方あったかもなぁ」

 そういってデントは黙った。

 そして僕は……何もしなかった。

 何もできなかった。というのが正しい。

 数多の魔法を使える。それでも、失意の友を励ます言葉が見当たらない。

 なんとも言えぬ無力感があった。

 それでもそばを離れられず、僕は取り敢えずデントの隣に座った。

「何してんだ」

 デントがそう言ってきたが、僕はフンと鼻を鳴らして、視線を外にやった。

「そんなの僕の勝手だろ。僕だってここで月が見たいんだ。君に指図される筋合いはない。邪魔だっていうなら、君が移動すればいい」

 なんとも稚拙な言葉だと、自分自身で思った。

 これでは励ますどころか、逆に気分を阻害しかねないと思ったが、反してデントは笑った。

「ハハ、何だそれ。めちゃくちゃな言い分だな」

「君のめちゃくちゃが移ったのかもな」

「そりゃいい」

 勢いよく立ち上がったデントは、僕に手を差し出した。「飽きた。飯食いにいこうぜ」

 何が彼の心を動かしたかはわからない。だが顔はいつもの、快活なデントの表情に変わっていた。

 それに安心した僕は「まったく、勝手なやつだ」と言って、その手を取って立ち上がる。

 二人で皆の元に戻るさなか。

 「シェナド、ありがとな」

 と呟くようにいったが、僕は返事をしなかった。

 返事なんて必要ないと、そう思ったから。

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