第7話-2『爆壊』
「師匠! 師匠! ベル師匠!」
同日。街の北、シャッジたちのいる丘とは別の方向にある雑木林で、なんとも緊張感のないリサが、歌うかのようにリズムよくそう言うと、ベルは困ったように眉を寄せた。
「別に私をどう呼ぼうとあんたの勝手だが、ちょっと緊張感ないんじゃないの」
「だってさ、師匠なんて初めてできたんだもん。嬉しい。頑張って強くしてね!」
「頑張るのはあんただよ。言っとくけど、私の特訓はキツイからね。ちんたらしてたら飯抜きにするから」
緊張感を持たせるための言葉だ。
実際、まずは食べなければ強くなれることはないのだから、簡単に食事を抜いたりはしない。
思惑通り、リサの顔に若干ーーではなく、もはや絶望とも取れるような緊張感が走る。
「ご飯……抜きですか」
「まあ、手を抜いたらね」
「手は抜きませんので、ご飯だけは勘弁していただけませんか」
リサは歯を食いしばり、涙目になって懇願する。
「泣かないでもいいじゃないか。頑張ればいいんだよ、頑張れば」
「はい。でも私、ご飯食べないと死んじゃうので」
「飯食わなかったらみんな死ぬよ」
「私はより死ぬんです」
より死ぬってなにさ。
そう思うも言葉にはせず、困ったように頭を掻くベル。
聞くところによると一番、戦闘経験がないのがこのリサ。
どうやらハズレくじを引かされたみたいだ。
一応、魔法がつかえるようだが、果たしてどこまでいけるか。
「取り敢えず、あんたがどれだけやれるか見てやるから、攻撃してきな」
ベルは腰を落としながら、拳を前に構える。「ちなみに、私は魔法を使えない。それでも、赤獅子の候補生にはなれた。これ、どういう意味かわかる」
「はい! 魔法が使えないけど、赤獅子の候補生になれたってことですね!」
「まんまじゃないか! そうじゃなくて、遠慮はいらないってことだよ」
「おおぉ」
リサは目を丸くして輝かせた。「かっこいい!」
「感動してないで早くしな!」
「はい! それでは行きます」
駆けるリサ。
その動きから機敏さはなく、非常に普通の身体能力なのが分かった。
一歩離れた場所から掌底を前に出し、そこに魔力が込められる。
「『爆裂掌!』」
強烈な爆発音。それとともに広がる熱波は、落ち葉たちを宙に舞わせ、土煙が舞う。
風が吹き煙の輪郭がほどけ、薄まっていく。地面にはうっすらと焦げた跡が円を描き、焼けた土に亀裂が走っていた。
煙が晴れると、そこにベルの姿はなかった。
「あれ、嘘。私、師匠を消し飛ばしちゃった!」
「勝手に消すな」
リサが振り返ると、訝しげな顔をするベルが腕を組んで立っていた。
「うお! ベル師匠、瞬間移動を使えるの!」
「かわして後ろに回り込んだだけだよ。たく」
そう言ってベルは、バツの悪そうに頭を掻いた。「あんた……その魔法、どういうもんか知ってるか」
「はい! 爆破魔法です! もう敵が来たらボッカンボッカン、やってやろうと思ってます」
「そう、爆破魔法ね」
なんとも不穏な、含みのあるベルの返事に「あ、ごめんなさい」と反射的に謝るリサ。
「いや、別に謝ることないさ。ただ……私は魔法が使えない。あんたに魔法使いとして教えれることはない。圧倒的に基礎が足りてないんだ。そこを鍛えるよ」
「えー、せっかく魔法が使えるのに」
リサはガクッと肩を落とす。
「あんたの魔法は、確かに当たれば強力かもしれない。でも、あんなすっとろい動きじゃ、当たるものも当たらない。ほら、さっさと構えな」
「はい!」
元気な返事でリサは取り敢えずといった様子で、不格好に構えてみせた。
全くもってセンスを感じないその雰囲気。しかし、ベルの心中をよぎる、一つの疑問。
アイツと同じようなことを言う男に、アイツと同じ魔法。
これは偶然か。それともデント、あんたがコイツらを……。
霊や神の力を信じる質ではない。それでも、この出来事を、ただの偶然と思えない自分がいた。
二十年前。当時の僕には目指していた二つの称号があった。
赤獅子、上位王宮魔術師。
過去の歴史を見ても、それを兼任したものは一人としておらず、それが僕の目標だった。
なぜそんなことに躍起になっていたのか。
若さ故の称号病ってやつである。
素晴らしい称号や、歴史に名を残したかった。そうすることで、口うるさい母を見返したかった。
今の僕らからすると考えられないが、とにかく頑張っていたことは確かだ。
軍にいる以上、訓練は避けられないが、それ以外の時間は勉学に勤しむ……はずだった。
「あー疲れたぜ!」
いつかぶっ壊すのではないか、というほどに力強く開けられたドアから、上半身裸のデントが出てくる。
手に持った汗塗れのシャツをベッドの横に放り投げると、タオルで体を拭き始めた。
所々に小さいながらも新しい切り傷があり、痛々しい。
「やっぱりベルは強ぇな。真っ向からじゃダメだ。なんか考えねぇとな」
地面に座り込み、大して詰まっていない頭を捻りながらブツブツと呟いている。
困ったことに、こうなるといつものパターンにいく。
「よし、シェナド! 模擬戦やろうぜ!」
僕は無視した。
コイツに時間を使っている暇はない。
というか、さっきベルと模擬戦をしてたはずだ。どんだけ好きなんだって言う話だ。
反応のない僕の隣に、デントはやってきた。
「おいおい、無視すんなよ。頼むって」
「見ててわからないのか。僕は勉強中だ。模擬戦ならよそのやつとやってくれ」
「そんな事言うなよ。お前って色んな魔法使ってくれるから助かるんだよ」
「知るか。僕は勉強中だ」
「なら、それが終わったら考えてくれるか」
集中できなくてイライラした僕は、ため息を吐いた後に答えた。
「わかったよ。一段落したら付き合ってやるから、今は静かにしててくれ」
「お、さんきゅー!」
取り敢えずこれで静かになる。
一時間ほどしたら適当に相手をしてやろうと、僕はそんな甘いことを考えていた。
「なあ、一段落したか?」
二分後ぐらいにそう言ってきた。
はっきり言って、馬鹿すぎて呆れた。
「そのへんの野良犬だって、待てと言えば君以上に待てるだろう。まだ五分も経ってないぞ」
「いや、そう言われてもよ。結構待ったからさ。それにほら、あったまった体が冷めたら嫌だし」
「それは完全に君の都合だろうが!」
「失礼」
といってどこか斜に構えた雰囲気のある男が、ドアを開けると、コンコンと無意味なノックをした。
「順番が逆じゃないか、シャッジくん」
「悪ぃ、急ぎでな。デント、師匠が来てるぜ」
「ホントか! シェナド、模擬戦は後な。師匠とこ行ってくる!」
誕生日の子供のように目を輝かせたデントは、そう言ってすっ飛んでいった。
散々に人の邪魔をした挙げ句、全くもって勝手なやつだ。
そう思いながらも、静かになった部屋にホッとする。
シャッジとデント。それと、ベルと他数名。
彼らはとある獅子隊員を師としていた。
聞くところ、そいつは非術師だということだ。
赤獅子だ。実力はあるのだろう。それは認める。
だが、魔法使いが、魔法を使えないものに師事するとは、全くもって理解がし難く、非合理的に思っていた。
まあ、その人に僕も頭を下げて教えを乞うことになるのだが、それはまた先の事。
ルールは二つ。
シャッジは空気を掌底で飛ばす風魔法『ガット』と、土を隆起させて攻撃する『ホドクナ』、以外は使わない。
それと、全力で戦うこと。
戦闘力で言えば、シャッジが圧倒しているが、使える魔法を二つに絞ると、それなりにいい勝負になる。
が、やはり経験の差が大きく出る。
斬撃を避けて右手の掌底を突き出すシャッジ。
『ガット』が来ると思い、レインは回避姿勢に入ったがそれはブラフ。
左手は地面に着いている。
『ホドクナ』が来る。それを感じて、レインは間を詰める。
このフェイント連携は、すでに二度も見ている。
回避姿勢のさなか、前に出る準備をしていた。
「そうだ。よく見てた」
称賛をしながらも、シャッジは『ホドクナ』は発動せず、刃圏に入らぬように後ろに下がる。
この数十分。手合わせをしていて分かったのが、シャッジの特性。
使用魔法も絞っているのもあるが、元来から近距離向きの戦闘能力をしていない。
身体能力はレインが上。
下がるものと進むものでは、当然、進む方が疾い。
この気を逃すまいと更にレインは駆けたーーが、しかし、
「グッーー」
突然、背に来る強い衝撃。
かすかに視界の端に見えたのは、隆起した土が自分の背中を突く様子。
奴は今、地面に手をついていないはずーー
「よそ見厳禁だ」
そのセリフとともに来たのは、シャッジの横蹴り。
レインが背を撃たれることを予見してか、すでに間合いを詰めていた。
避けることはできず、今度は腹に衝撃が走る。
手から刀が落ちると、同じようにレインも地面に落ち、突っ伏した。
「俺は遠距離型の魔法使いでな」
傍らに立ち、シャッジは自分の特性を説明する。「一度、手で触れる必要があるが、魔力を込めると、後から遠隔で発動もできる」
「知らなかったぞ」
額に脂汗を浮かべながら、歪んだ表情でレインがそう返した。
「そうだな。もしここが戦場なら、お前の死因は、知らなかった、だ。納得のいく死に方だな」
皮肉交じりかつ、遠回しに、知らなかったは理由にならない。そう言っている。
「すべての魔法を覚えろというのか」
立ち上がり、そう問う。
知らないが死因になるなら、すべてを知るしかないが、現実的ではない。
「それができるなら最適だが、もちろん無理。だが、予想や推察はできるはずだ。お前は背という死角からの想定外の攻撃に思わず気を緩ませて、視線を向けたな。遠隔の、一瞬しか魔力を込めてない攻撃だ、威力は大してなかったはずだ」
先程のことを思い返す。
確かに、耐えられない威力ではなかった。
「あの瞬間、少しでも冷静なら、次の俺の攻撃は防げた。違うか」
「……その通りだ」
不服ながらもそう答えた。
想定外への対応力。それが明確に欠けていると感じた。
「話が分かったなら次のレッスンだ。立って刀を納めろ」
言われるがままにすると、シャッジは両手を前に出して、その平を見せた。
「俺の両手をよく見ろ、そして目を瞑れ」
意図はわからなかったが、その両手を見た後に閉じた。
視界がなくなると、シャッジは続けた。
「さあ問題だ。俺は右手と左手、どちらかでお前の頬を叩く。予想しろ。怪我しないようガードしろよ」
目を閉じながら、レインは眉を寄せた。
右手と左手、どちらかで叩くか予想しろだと?
そんなもの分かるわけがない。ただの二分の一の確率だ。
「さあいくぞ。三……二……」
カウントダウンが始まった。
特に理由はないが顔の右側に腕を構えると、そこにシャッジの平手の衝撃が来た。
「おめでとう、正解だ」
「これに何の意味がある」
目を開けたレインは、険しい視線を向けた。「第六感でも鍛えろというのか」
「俺がそんなマヌケなことをいうと思うか? お前が俺の攻撃がガードできたわけだが、どうしてお前は右側を選んだ」
「そんなものは適当だ。なんとなく右を守った」
シャッジは人差し指をレインの顔に差す。
「それがよくない。なんで考えないんだ」
「考えるも何も、お前がどちらかの手で平手をするだけ。余地がないだろう」
「いやある。例えば俺の利き腕はどちらか、お前は考えたか」
それを問われ、まるで暗闇の中を懐中電灯で照らされたように、思考が開かれた気がした。
確かに、それは考えておくべきことだった。
相手を攻撃する際、左右の位置が同じな利き腕の方がやりやすく、そちらの可能性が高まる。
模擬戦の中で何度か見たシャッジの動きを思い返す。
こちらの攻撃を避けた時の挙動。掌底を放った右手の動き。土に触れた手。
振り返るが、利き腕を断定できる描写はなかった。
「右か?」
特に理由はないが、なんとなくそう答えた。
「その通り。ちょっとやそっとのことじゃ、利き腕はわからんだろうが、殆どの人間は右利きだ。つまり、右の可能性が高いし、実際俺は右利き」
「だがお前は俺の右頬。つまり左手で平手をした。これでは辻褄が合わない」
「そりゃそうだ。俺は利き腕を意識しなかった。なんとなく左手で攻撃したからだ。だが、そのなんとなくは、どうしてでた? もしかしたら、俺は右手の方がよく動かしていて、疲労が溜まっていたから、それで左手を使ったのかも知れない」
「利き腕は右利きかもしれない。だが右手に疲労が溜まっているかもしれないと。結局、そう考えたら二分の一だ。意味がない」
「そうじゃない」
いつになく真剣な声だった。「最後は確かに二分の一。それでも、必ず思考を挟む、それを癖付けろ。なぜそうなるか、どうしてそうなるか。考え続ければ、いずれ選択肢が狭まる可能性がある。それが勝率を上げ、ひいては生存率を上げる。俺はそうやって戦場を生き残った。死にたくなかったから、死ぬ寸前まで考えた。それが俺の強さだ」
語るシャッジの目には、鬼気迫るような迫力があった。
その口から発せられる内容は頭ではなく、心に響いた気がした。
「勝利を確信したとき、詰みと思われる状況になったときほど、思考を巡らせろ。これを忘れるな。思考を閉ざした瞬間、それが最も人間が脆い時だ」
「なるほど、分かった」
そう答えると、レインは再度、目を瞑った。「カウントはいい。好きなタイミングでこい」
「すごい自信だな。まあ、俺の弟子ってんだからそれぐらいーー」
瞬間、耳に入る風を切る音。
不意打ち。言葉を言い切る前に、シャッジは平手を放つ。
集中していたレインはそれを聞き逃さない。
防御。ではなく頭を後ろに下げた。
鼻先で左から右へ振られる手と、風の流れる感触があった。
「正解だ」
目を開くと、満足げにニヤつくシャッジが見えた。「俺はどっちかで平手をする。ガードでもしろといった。だが、避けるなとは一言も言ってない。両手のどちらかから攻撃が来るなら、避けるのが一番の答えだ」
「くだらん言葉遊びだな」
「それでも、これはお前の思考があったからこそ導き出せた。常に考えを巡らせ、最適を紡ぐ。それが今のお前に必要な能力。異論があるなら聞くが?」
「無い」
即座に、きっぱりとそう答えた。
「今から十分の戦闘訓練と、この平手ゲームを交互にやる。次からは避けるのは禁止だ。常に知恵をこらせ。死ぬその瞬間まで、脳を回し続けろ」




