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第6話-2『千魔』

「へえ、ドルバーンさんから聞いたのか。彼は元気だったかな」

 名を口にすると、シェナドは嬉しそうに微笑んだ。

 事情を詳しく話すため、ザイロは三人を引き連れ、シェナドの家に来ていた。

 家の中はとにかく散らかっており、外のほうが綺麗に思えるほどだ。

「まあ、とにかくすごかったですよ。俺が二人がかりで倒した魔法使いを、こうやって」

 ザイロは手首を付けて、拘束されている状態をジェスチャーする。「手を縄で縛られてたんですけど、足でぶっ倒してました」

 ザイロがそう言うと、シェナドは木の椅子に座って、膝を叩いて笑った。

「アッハッハ、そう、あの人は足技が得意でね。動きもとにかく速いんだ。単身、一瞬で敵の後ろに回って混乱させてね。くらった敵はそれはそれは辛い顔をしていた。懐かしいなぁ、アイツらにも話してやろう」

 軽く談笑したところで、ザイロは早速、本題に入った。

「あの、俺達、シェナドさんに頼みがあってきたんです」

「まてザイロ」

 訓練を申し入れようとした瞬間、レインが遮った。「まだ早いだろう。こいつが元赤獅子と、確定したわけじゃない。それに……」

 レインはじろりと、値踏みをするようにシェナドを見る。

「元だろうが、強いとも限らない。さっきから強者の雰囲気を感じない。ほんとにこいつは赤獅子か」

 レインに焦りがあるのは重々分かっている。だが、本人を前にあまりに失礼だ。

 気分を害されても困る。

「落ち着けよレイン。まずは話をーー」

「そこの君」

 シェナドはレインを指さした。「……君の言うとおりだ」

 想定外の回答に、レインはちょっと驚いた様子だった。

「なんとなく聞くところだが、どうやら君たちが求めているのは強い人間のようだ。だから元赤獅子の僕の元へと来たんだろう。キツネ顔くんのいうとおり。肩書だけで中身のない連中は、この世に溢れている。それを確かめるためには」

 シェナドがパンっと眼の前で手を叩くと、大きな音が響いた。「……実際に戦えばわかる。そうじゃないかな」



 裏口から出て開けた場所に出た。

 魔法を使える三人は前に出て、イリオだけ少しはなれた場所で様子を見守っている。

「あれでも家だ。僕の寝床が壊れちゃ困る」

 足を止めるとシェナドは振り返った。「懐かしい名前を聞かせてくれた礼だ。一戦だけ相手をしよう……どうした、早く攻めて来たらどうだい」

 流れるように。あまりにも不意に提案された模擬戦。臨戦態勢という雰囲気でもない。

 それでも攻めてこいと挑発してくるのは、元赤獅子ゆえの余裕か。

「いくぞ、ザイロ、リサ」

 刀を抜き、二人にそう語るレイン。

「うぇ! あ、私は大丈夫だから。二人で頑張ってよ。私がいると邪魔でしょ」

 驚いてみせたリサはそう言って手を振るが、返ってきたのはレインの怒号だった。

「お前はいつまでそうやってうじうじしている! 強くなりたいと言っていたのは嘘だったのか! イリオを守るといっていたのは戯言か」

 ぬぐっと、リサは顎を引いた後「ごめん、やるよ」と拳を前に出して、不格好ではあるが戦う仕草を見せた。

 ザイロは懐から砂鉄の入った袋を取り出し、思い切り振ると黒い粒は周りを漂った。

 シェナドは余裕そうな表情と、力を抜いた体制を崩さない。

「俺から行く!」

 一目散に駆け出したのはレイン。

 その闘気から、相手を殺す気で向かっている様子がわかる。

「ふむ、『サーフィス』……珍しい魔法だ。興味深い」

 一瞬でレインの魔法を看破したシェナドは、指を一本立てて、軽く横にやると風の塊がレインを弾いた。

 後ろに後退するとともに、突風が吹き荒れる。

「これは単純な風魔法。名前はない、ただの魔力で発生させた風さ」

 まるで滴る天露を子供が遊びで弾くような、そんな所作だった。

 それでいて、ただの風を発生させただけで、ここまでの力が出るものなのか。

 やはり元赤獅子。この言葉は間違いではなく、彼女は只者ではない。

「僕は千の魔法が使えると謳われてる。もちろん、これは誇張表現だ。実際に使える魔法は800とないし、その中で、戦闘に応用できるレベルなのは50程度。それでも、君たちを蹂躙するのには、十分な数だ」

「シェナド、と言ったな」

 名を改めて確認すると、レインはその刀身に魔力を込める。

 蒼白。それでいて、近寄るだけで細切れにされそうな、鋭利な魔力がほとばしる。

「遊びで戦うな、本気で来い」

 シェナドはにやりと笑うと、顎に手を添えた。

「うーん、それは最低限、同じ土俵に立っている人間が言えるセリフだね」

 ぐっと眉間にシワを寄せたレインが再度、詰め寄る。

 今度は風で弾かれないよう、一度横に飛び、その後、シェナドへ向かう。

「平地の地上戦闘で最も強い魔法は何だと思う」

 力を込めた右手を見つめたシェナドは、レインが向かってくるなか、冷静にそう聞いた。「それは土さ」

 地面に突かれる手。

 瞬間、レインの周りの足場が砕け、足が埋まると、土は即座に硬直。右足だけ取り込まれ、レインは止まった。

 固まっていると言っても所詮は土。

 即座に引き抜くが、その時にはシェナドは目の前に迫っていた。

 軽く前に出した手。その人差し指がレインの顎に触れると、ロウソクの火を勢いよく吹き消したかのように、レインは即座に意識を失って倒れた。

「『ヴィスト』、物体を振動させる魔法。顎や頭の柔い部分に当てれば、人間は一瞬にして眠ってしまう」

「う、うぉおおお!」

 次に飛び込んでいったのはリサ。拳に魔力を込めて突撃するが、明らかに腰が引けている。「爆裂掌!」

 シェナドの前に突き出された掌から発生した爆炎。

 それは直撃したかに思えたが、煙が晴れると無傷のシェナドが、怪訝そうな顔で立っていた。

「『セスフォス』……風の壁を作る魔法。一部魔法に対しては……強力な防御法になる。君のような爆破魔法……『ドラゼン』に対してとかね」

 軽く守っているように見せていた。だが、その表情から垣間見えるのは、怒りか、それとも不快感か。

 先程までとは違う雰囲気に戸惑い、リサは後ずさった。

「あ、あの。ごめんなさい」

 謝ると、シェナドは軽い笑顔を作る。

「いや、良い攻撃だったよ。ただ、ちょっと煙たくてね」

 とフォローしたものの、リサの戦意はすでに喪失して、もう攻撃の意思はなさそうだった。

順番で言えば、次はザイロ。

 それは分かっていた。というより、レインが2撃目の攻撃を放ったとき、すでに攻撃のタイミングを伺っていた。

 しかし、動けなかった。

 舞う砂鉄。

 いつもなら、思った瞬間に応えてくれる砂鉄。

 それが今は、まるでその一つ一つが意思を持っているかのようにその場にとどまる。

 それどころか、ザイロのそばから離れたがっているかのように、少しずつ、確実に前へ前へと、シェナドの方へ進む。

「磁力を操る魔法『ノクラム』僕が最も得意とする魔法の一つだ」

 シェナドがそう言ってザイロの方へと手を伸ばすと、砂鉄は更に強く引き寄せられる。

 先程からうまく操れなかったのは、これが原因。

 シェナドはレインとリサに対応しながらも、ザイロの砂鉄を止めていた。

 こうなってはもう、赤子と大人の綱引き。

 ザイロも負けじと、魔力を込めた右手を前に出し、砂鉄を引き込もうとするが、まったく刃が立たない。

 残っていた一粒が震えながザイロのもとを離れる。

 武器であった砂鉄は、シェナドの回りを舞っている。

 言い訳のしようがない。完全なる敗北だった。

 それと同時に、確信する。

 強くなる。そのためには、この人しかいない。

「相手していただいて、ありがとうございます」

 リサがレインを担いで運ぶ中、ザイロは改めて礼を言った。

「気にしないでくれたまえ。僕の暇つぶしも兼ねてる」

「それで、俺達が強い人間を探していたのは、強くなるためなんです」

 それを言った瞬間、シェナドは「ほう」と手を顎に添えた。

「ドルバーンさんに言われました。魔法使いとして強くなりたいなら、あなたに教えてもらうのがいいと。どうかお願いします。俺達を鍛えてーー」

「断る」

 バンっと。まるで会話の途中でドアを思い切り閉じられたかのように、そう言われた。「それはできない。手合わせしてあげたのは、暇つぶしと、久しぶりに友の名前を聞けて嬉しかったからだ。君たちを強くしようと思ったからじゃない。悪いね、勘違いさせて。じゃあ、僕は帰るよ。君たちも早く帰りな」

 そそくさと戻ろうとするシェナドの背中に「待ってください!」とザイロは呼びかける。

「俺達は命を狙われ、追われてます。早く強くならなくちゃいけない。そのためには、あなたの助けが必要なんです」

 くるりと振り返るシェナド。

 その顔は作ったような驚きの顔をしていた。

「はぇー、それは大変だ。追われているなら、さっさと逃げたほうが賢明だね」

 まるでこちらの真剣さが伝わっていないような、ふざけた言い方だった。

 さすがのザイロも、語気を強める。

「適当言ってるんじゃないんです! こっちは本気なんだ。生き死にがかかってるんです!」

「だから何なのさ」

 聞き分けのない子供に言いつけるように、シェナドは疲れた様子でそういった。「僕は軍をやめた、ただの魔法研究者だ。それが君たちが死にそうだからって、どうして手伝わなきゃいけないんだ。僕が、今日会った君たちを強くしなくちゃいけない理由は、助けなきゃいけない理屈は。道理は何だね」

 まるで煙を掴むようだった。

 どう願っても、揺らめいて、消えていくような感触しかない。

「か、カネならいくらでも払います」

 藁をも掴む思いで喉から出たのは、そんな言葉だったがシェナドは鼻で笑った。

「あいにく、こう見えてカネには困ってない。次の口説き文句を考えておいてくれたまえ。まあ、結果はわかりきってるけどね」



「それで、おめおめと帰ってきたというわけか」

 借宿に帰ると、ベッドで目を覚ましたレインが、責めるような口調でそういった。

 まだ気絶のダメージがあり、意識がはっきりとしないのか、左手で頭を抱えている。

「寝てただけのお前が言えた口か」

 売り言葉に買い言葉。

 喧嘩腰でザイロもそう返す。

「くだらんいいわけだな。お前が逃げて帰ってきていい理由にはならない」

 レインはふらふらの様子で立ち上がると、イリオが心配そうに駆け寄るが「大丈夫だ」と手で制した後、ドアに向かって歩き出そうとした。

「待てよ。どこ行く気だよ」

 止めると、レインは侮辱するかのような目つきで、肩越しにザイロを見た。

「当然、元赤獅子に弟子にしてもらえるよう頼んでくる」

「話聞いてたか? 無理だったんだよ」

「それはお前が役に立たなかっただけだろ」

 怒りに立ち上がったザイロは、その肩を掴んで振り返らせると、右手で胸ぐらを掴んだ。

「さっきからいいかげんにしろよ。喧嘩腰でしか話ができない、お前の願いを聞くわけ無いだろうが!」

 その言葉に対し、ぐっと顔を近づけ、レインも同じ怒気で返す。

「お前こそ、状況が分かっていないのか。今は一刻も争う状況だ。言われるがままに帰ってくるバカがどこにいる」

 一触即発の状況。

 リサはうろたえて二人を往復して見ることしかできず、イリオはか細く小さな声で、何かを唱えている。

「俺だって、状況は分かってるよ」

 更に左手でも胸ぐらをつかみ、ザイロは自分の拳が潰れんばかりに握りしめた。「分かったうえで冷静になれっつってんだよ。普通にいっても無理だったんだ。ろくに人と話せないお前が、どうやって説得するってんだよ」

 刀に手を添えるレイン。

「一度だけ言う。手を離せ。肘から先を斬り落とすぞ」

 ザイロの回りに、少しずつ浮いて回る砂鉄。

「やれるもんなら、やってみろよ」

 交差し、烈火を散らす視線。

 重く、息苦しい空気の中、静止したまま圧縮された時間が流れる。

 レインの手に力が込められ、ザイロの砂鉄が揺れた、その刹那ーー

「あの!」

 イリオの声だった。

 張り裂けんばかりの、今にも喉が潰れてしまいそうな声で、彼女は叫んでいた。

 思わぬ様子に、ザイロとレインは固まった。

 イリオは全身に力がこもっているのか、体はブルブルと揺れ、涙が溜まった目は床の一点を見つめている。

「やめてください。喧嘩は……してほしくないです。私はっ……みなさんには、仲良くしててほしいです……お願いします」

 服を握って背を丸めるイリオに、リサは寄り添ってその背を擦った。

 呆けたようにそれを見ていると「おい、離せ」というレインの声で、ハッとして手を離した。

「悪い……やりすぎた」

 熱くなっている額に、手を置いて謝るザイロに

「いや、お前の言う通りだ」とレイン。「俺のやり方では、きっとシェナドは首を縦に振らない……説得は頼む」

 また外に出ようとするレインに「どこいくんだよ」と問いかけると、足を止め「外で頭を冷やしてくる」といってリサの方を見た。

「ついでに訓練もする。お前も来い」

「へぇ!? あ、あたし?」

 驚いた顔で自身を指差すリサ。

「お前に決まってるだろ。ザイロが説得を考えてる間に、少しでも強くなっておけ。行くぞ」

 突然のことに戸惑いながらも、リサは一緒に部屋を出た。

 リサはまだ何も知らない。おそらく、レインはリサに事情を話すつもりだろう。

 二人が出ていった後も、沈黙は続いた。

 まるでここだけ酸素濃度が薄いかのように、呼吸が重い。

 俺も外に出ようか。そう思っていたとき、

「あの、ザイロさん」

 不意に、イリオが話しかけてきた。「一つよろしいでしょうか」

 まだ冷静ではないのか、声は震え、息は少し荒い。

「どうした」

「レインさんも、ザイロさんも、なんだかいつもと違う雰囲気があります。お二人とも、もっと仲が良かったと思います」

 アイツと仲がいいと思ったことはないが、状況が状況だ。確かにいつもよりピリピリしている。

「まあ、ちょっと最近、色々あったからな」

 頭を掻きながらそう答えた。

「何か、隠していませんか」

「いやっ」

 一瞬、戸惑ったが、すぐに笑って誤魔化した。「別に隠し事なんてしてない」

 明らかに、あの日サルディで起きたことを境に、雰囲気が変わりすぎている。

 誰だって気がつく。何かが起きていることに。

「そうですか」

 腑に落ちていない様子で、イリオはそういった。

 彼女は前に、自分は田舎村のシスターで、狙われるような人間ではないと言っていた。

 すべてを話し事情を聞いたとて、きっとわからないと答えるに決まってる。

 だが、このまま隠し続けてもどうなる。

 いったい……どうすれば。

 思案は巡り、答えは見えない。

 息詰まる静寂の中、ただただザイロは虚空を見つめた。



「うえ!? はぁ! なんで、なんでイリオちゃんが狙われるのさ!」

 開口一番にどでかい声で驚くリサに、レインは顔を歪めて耳を塞いだ。

「黙れ。もう少し静かに驚けないのか」

「ちょ、無理言わないでよ」

 訓練と称して、街の外に連れ出し、事情を話したがやはり信じられない様子だった。

 リサは落ち着かない様子で、両手を胸の前で上下に揺らす。

「ねぇ、なんでだろう。なんでかな」

「しらん。おそらく本人もわからないだろ。だから俺もザイロも黙ってるんだ」

「そうだよね。自分のせいでレインが怪我したと思ったら、きっとイリオちゃん、泣いちゃうよ」

 リサもハデムによって殺されかけている。

 それもイリオの眼の前でだ。

 その原因が自分と知ったときの心情は計り知れない。

「そもそも、イリオが狙われているのも、ゼノンという転生者の勘違いの可能性もある。全容がわかるまで伝えなくても良いと言うのが、俺とザイロの結論だが、お前はどう思う」

「私はおバカだからさ、二人の言う事聞くよ。それよりさ……」

 リサはそう言うと、両手が震えるほど拳を握りしめた。「ごめんね、私、ウザかったよね。言い訳ばっかして。二人とも、すごい頑張って、辛い思いしてたのに」

「別に、お前のためにやってたわけじゃない」

 そう言ってレインは視線を横にやる。

「それでも、ごめんね。私もやるよ。イリオちゃん、大事な友だちだもん。とにかく強くなるよ……ご飯だって、ご飯だって」

 リサは歯をギリギリと食いしばり、目に涙をためた。「我慢する! イリオちゃんのためなら、おかずだって減らせるもん」

 コイツ……飯がそんなに重要か。

「勝手にしろ」

 呆れたように。ため息混じりでそう返す。

「ねえ、私達、何したらいいかな」

「今は、取り敢えずひたすらこうやって、訓練をしているしかない。後はザイロ次第だ。アイツが、元赤獅子を説得できること、願うしかない」

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