第6話-1『千魔』
馬車は揺れる。失意の4人を乗せて。
己の無力を噛みしめるザイロとレイン。
いつものように、静かに床を見つめるイリオ。
そして無表情ながら、目を合わせると、無理に笑顔を作って見せるリサ。
なんとも息苦しい空間だった。
数日前、明るい雰囲気で旅を進めていた様子は、そこにない。
昼に止まった休憩地で、リサが干し肉を半分残した。
いつもなら他人の分まで奪い取る勢いで食べる女だ。
ザイロが目をやると、リサは慌てて笑った。
「あ、ごめん、なんかお腹いっぱいで」
ぜんぜん腹なんか膨れていない顔だった。
馬を休ませるためたまに止まると、当たり前のことと言わんばかりに、レインは目でザイロに来いと示すと、少し開けた場所に出てすぐに戦闘訓練を始める。
「私なんかが強くなったってさ、意味ないし、邪魔になるだけだから、二人でやっててよ」
リサを誘ったときに、引きつった笑いとともにそう言っていた。
いつも何も気にせず、食べて、笑っている奴だと思っていたが、落ち込むと自虐的になる節があるようだった。
レインの刀を、ザイロは腕に砂鉄を纏った黒拳で応戦する。
武器で戦うよりも、このスタイルのほうが合っている気がした。
その様子は鬼気迫るものだった。
レインの本気でふるった刀を、ギリギリのところでザイロは防ぎ、反撃する。
一歩間違えれば怪我では済まない。
それでも二人はやめなかった。これぐらいでないと、意味がないとも思っていた。
その戦闘のさなか、不意に脳裏によぎる疑問。
なぜイリオは狙われている。
「おい、ザイロ」
その様子を察してか、レインは手を止めて指摘する。「集中しろ。死にたいのか」
「悪い、考え事した」
ちらりと、横目で空に目をやるレイン。
「ちょっと休憩しよう。流石にバテてきた」
ザイロは提案した。
腰を落とすと、その心中を見抜いたかのようにレインが口を開いた。
「イリオのことを考えていたな」
「まあな。どう考えても納得がいかなくて」
「そんなことは考えなくていい。向かってくるなら、倒すまでだ」
あまりにも豪快すぎる考え方に、ザイロは苦笑いした。
「お前が目当てにしている魔法使い。シェナド・ヴァイナといったか」
「そうだ。元赤獅子の『千魔』」
「元、か」
レインは渋い顔になる。「現役なら期待したんだがな」
称号をそのまま鵜呑みにするな、誇張されている可能性が高い――そう続けようとしたであろうレインの口を、ザイロは先に塞いだ。
「分かってるよ。会ってみないと何もわからん。けど、ドルバーンさんが言うんだ。きっとすごい人だよ」
レインは何か言いたげに息を吸ったが、結局、刀を鞘に納めただけだった。
サルディ宮殿。謁見の間。
首長が鎮座する部屋である。装飾はきらびやかで、絨毯は清掃係が清潔を保つ。
敵も来るはずがないというのに、常に6人の衛兵が首長の椅子を囲うように配備されているが、その表情は険しい。
それもそのはず。その椅子に座るのは、王から任命を受けた首長ではなく、ある日、突然訪れては自ら王を名乗る、若い男、ゼノン。
首長はその隣で、もともと青白かった顔を、更に白くして地面に座り込んでいる。
まるで飼われた犬だ。
退屈そうな表情で頬杖をついているゼノンは、前にいるソフィナとハデムを見下ろす。
「それでは報告を聞こうか。貴様らはどうやって、イリオ・ハイメインを逃がした」
二人の過失を責めているような、威圧的な言い方だった。
恐怖に黒目を泳がせるハデムより先、ソフィナが膝をつく。
「集会に、イリオ・ハイメインの同行者と思わしき者を二名を発見。追跡しましたが、相手は感づき、一人の男と戦闘になりました。その後、隙を見られて逃走されました」
「なるほど。なぜ隙を見せた」
「一度、膝をつかせ、切っ先を首に刺しましたが、逆に相手が首を斬らせようと前に出ました。殺すわけにはいかず、剣を引いたときに、反撃を受けました」
「ほう、そうか」
一拍の間を置いた。「なら逃がした理由は何だ」
「私が弱いからにほかなりません」
「ではどう償う」
「ゼノン様の、仰せのままに」
その答えに納得したのか、していないのか。
フンっと軽く鼻を鳴らすと「謝罪と、引き続き俺様に仕えることを許そう」そう言った。
「ハッ……この度の任務、私の力不足により失態を演じましたこと、深くお詫びいたします。申し訳ございません」
それを聞き終わると、ゼノンの視線は隣に向かう。
ハデムはすぐさま膝をついた。
「ハイ! こちらは宿屋にイリオ・ハイメイン一行らしきものがいるという情報があり、そこに捕獲に向かいました。私と、雑用を一人連れて行ったところ、寸前のところで、情報にない火の魔法を使う女に邪魔されました」
「火の魔法を使う女?」
気になったのか、その言葉を反芻する。
「はい。接点はわかりませんが、イリオ・ハイメインと、もう一人の女を助けました。本来、この女さえいなければ捕まえられるーー」
瞬間、ハデムは強力な重力を受け、顔が地面に落ちた。
鉄塊に挟まれているかのごとく、全身に重さを受け、うめき声を漏らす。
「俺様は……貴様がいかに無様に女を逃がしたのか、その説明を求めたか?」
「申し訳……あり……ません」
今にも息が止まりそうな圧迫感の中、ハデムは必死に謝罪したが、ゼノンの表情は険しくなった。
ゼノンが立ち上がり、一歩近づく。
すると重力は増す。
「俺様がいつ、謝罪を許した」
一歩、また一歩と近づくと、息がつまり、全身の骨がミシミシと音を立て始める。
「なぜ、女を、逃がした……言ってみろ」
圧迫された気道で、ギリギリ息をしている中、ハデムはかすれた声で答えた。
「ワダ……シガ。ヨワイ……デス」
意識が遠のき、消え入りそうになった瞬間に、重力が解かれた。
ハデムは飛び上がり、水からやっとあがったかのように必死に息をした。
「俺様は別にフェミニストを気取ってるわけじゃない。男女の違いなど、強者の前では無に等しい。俺様が最も醜いと思うもの、それは弱者の言い訳だ。ソフィナは弱者らしく、弱さを認め、罪を受け入れた。引き換え貴様は己の弱さを煙に巻き、くだらん言い訳をつらつらと。吐き気がする」
「……はい」
朦朧とする意識の中、ハデムはなんとか返事をする。
「貴様を傭兵協会の檻からわざわざ引き摺り出して、なおかつ殺さずにいてやったのは、イリオ・ハイメインの側近を知っていたからだ。役立つと思っていたが、そうじゃないなら、殺すまでだ」
覇気のなかったハデムの目が、かっと見開かれた。
「必ず! 必ず捉えます! 次こそは、私の命に変えてもカッ……必ず、捉えますので、どうか……どうかっ!」
額に床をこすりつけ、懇願するハデムを見下ろし、ゼノンは興味なさそうに鼻から息を吐いた。
「次はない。謝罪と、引き続き従えることを許そう」
「申し訳……ありませんでした」
踵を返したゼノンは椅子に戻り、悠然と座った。
「次、奴らが向かいそうな場所はどこだ」
それにソフィナが答える。
「向かわせた追手は全員消息不明か死亡しているので、詳しい行き先は現在不明ですが、そう遠くはないと想定します。彼らがサルディより前に立ち寄った村、サカス。傭兵を雇う気があるなら支部のある、オルヘディ。もしくは、特に特徴のない街、ミヘルド。この三つのうち、どれかの可能性が高いです」
「ミヘルド」
ゼノンがポツリという。「俺様も耳にしたことのある名だ。本当に特徴のない街なのか」
「これと言ってございません。ただ、一つ……ハイメイン一行がそれを目的に向かうとは思えませんが、英雄の眠る街、と呼ばれ兵士達の間では名の知れた街です」
「英雄の眠る街」
呟いた後、ゼノンは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。「くだらん異名だな。カネはいくらでも使っていい、見つけたら俺様に報告しろ。それなりにできる弱者のようだ。次は、俺が直々に向かう」
これは勝手な想像だが、元赤獅子がいる、となるとそれなりに大きな街を想像していたが、実際に目の当たりにすると違った。
街といえばそうだが、建物は古く、どちらかといえばイリオの出身のキヌリ村のような雰囲気がある。
森を開拓して作られたのか、ところどころ未伐採の木々が顔を出す。
それでも、住んでいる民衆たちは暗い様子はなく、活気もあるような気がした。
豊かではないようだが、平和で良い街という印象だ。
宿を取って、一旦腰を下ろす。
ずっと馬車に揺られていたのだ、体の節々が痛み、疲れも溜まっている。
それでも10分もしない間に「いくぞ」とレインがザイロに声かけながら立ち上がる。
疲れた表情ながらも、ザイロは体にムチを打って続く。
そう、今は休憩している時間も惜しい。
イリオとリサは宿に残し、二人は外に出る。
「お前は西を探せ、俺は東側を探す。それと、あまり時間はかけるな、すぐには追っ手は来ないとはいえ、また二人が狙われるかも知れないからな」
レインにそう言われ二人は別れた。
元とはいえ赤獅子。名を聞けば知っている人間はいくらかいた。
だが、どこにいるのかまでは情報がない。
「あそこでたまに見るぜ」
昼だというのに頬を赤くした男が、親指で酒屋を指す。
こんな酒飲みが知ってるワケなさそう、と思いながら聞いて見たが、こういうこともあるものだ。
感謝を述べてそこへ向かった。
まばらに人がいて、雰囲気も悪くない酒屋。
カウンターまで行くと、店主らしい女がやってくる。
肩幅の広い、引き締まった体をした、いかつい女だった。
「見ない顔だね。新人かい」
「まあ、旅をしてまして」
その威圧感にちょっと押されながらも、ザイロは答えた。「シェナド・ヴァイナって人を探してるんですけど、知ってますか」
「シェナド……」
店主の眉がピクリと動いた。なにかを知っている。ただ、すぐには答えない。「教えてやってもいいが、酒屋に来たんだ。要件の前に何か飲んでからにしな」
エールを適当に頼んだ。
自分の体がアルコールにどこまで耐性があるのか、まだわからないが、エールぐらいなら問題なく飲める。
「逆に聞くが、どうしてあんたはシェナドを探してる」
一口エールを飲むと、そう質問された。
「とある人から聞いて、魔法使いとして強くなるなら、その人を訪ねたほうがいいと」
「そのある人って誰さ」
「ドルバーンさんっていう、傭兵協会の人です」
「ドルバーン?」
そういうと、店主の頬がほころんだ気がした。
「知ってるんですか、ドルバーンさんのこと」
「いや、まあ。昔ちょっとね。あいつのツテなら、まあ問題ない。北の離れにあるボロ家に住んでるよ。明らかにボロボロだから、行けばすぐに分かるさ」
「ありがとうございます!」
そう言ってザイロはエールをすぐに飲み干し、カネを置いてその場を去った。
するとすぐに、ザイロと入れ替わるように店主の前に無精髭を生やした、ボサボサ髪の男が座る。
「ドルバーンの名前が聞こえたが、あいつの知り合いか。ベル」
男。シャッジが髭を指先で触りながらそう聞いた。
「みたいだね。シェナドに魔法を教わりに来たってさ」
そう返すと、ハハっとシャッジが乾いた笑いを漏らす。
「教わりに来ただって。なんだ、彼に教えてやれば良かったのに。あいつはそんなことしないって。ドルバーンだって、それを知ってたはずだ……何だってそんな事いったんだ?」
「いいじゃないか。挑戦は自由だ」
シャッジは何もたのんでいないが、ベルは勝手に一番強い酒を、小さなグラスに注いで出した。
「それにさ、こんなジジババばっかの酒場やってると、あんな若くて熱い目されたら、突っ返せなくてね」
そうかい、と言いながら、酒を一気に飲み干すシャッジ。
喉と胃が炙られているような痛みを感じながらも、どこか嬉しそうに顔をしかめる。
「ふぅ……熱い目ねぇ、俺にぁ無縁だ」
「あんたもああだったよ。酒とギャンブルに溺れる前はね」
シャッジは悔しそうに口元を歪めると、空のグラスを前に滑らす。
「もういっぱいくれ。今日は酔いたい気分」
「いつだってそうでしょ。飲んだくれが」
本当にボロボロだった。
北に進み、街から少し離れた場所。
家にしては大きな建物だった。小さな図書館ぐらいのサイズだ。
かろうじて屋根はあるが、壁はところどころ穴が空き、苔むしている。
隙間から見える中には、大量かつ乱雑に保管されている本と、見たことのない錬金器具が並んでいた。
崩れた門らしき場所を通り過ぎ、今にも朽ち果てそうな半開きのドアの前に立つ。
「すいません。シェナドさんはいらっしゃいますか!」
呼んだものの答えはない。
本当に人が住んでいるのだろうか。もしかして、女店主は酒を飲ませるために、嘘でもついていたのではないか。
と心のなかで疑うものの、なぜだろうか、足が前に出ていた。
老朽化の進んだドアは、悪魔の断末魔のような音を立てた。
暗く、ホコリが舞い上がり壁のようになっている場所に、光が入り込む。
早く帰ってしまおう。時間の無駄だ。
考えながらも歩は進む。
勝手に人の家にズカズカと入っていけるタイプじゃない。
それでも、誰かに心臓に巻き付いた手綱を握られ、強引に引っ張られているかのように、体がグイグイと前に出た。
裏口のドアを開け外に出る。そこに一本の道があり、奥に進む。
簡単に舗装がされている道だが、殆ど森の中を進んでいるのに近い。
それを進む。どんどんと進む。
進ませる自分の本能。その答えを知るために。
道を抜けると木々が切り開かれた広い崖があった。
そこに来ると、突然、覆いかぶさっていた蓋が取られたかのように、空が広く、大きく感じられた。
風が強い。眼下には、見渡す限りの森が緑の海原のように広がっている。
その崖の縁。一人、こちらを背に人が立っていた。
崖の向こうを眺めている、ボロいローブを着ている女。
風がローブの裾をはためかせるが、ピクリとも動かない。
まるで、立っているのではなく、そこに根を張っているかのようだった。
ザイロの足音に気づいたのか、女は振り向いた。
「おや、こんなところに珍しい」
女は手に取っていた小さな丸メガネをかけた。「君も墓参りかい。それとも、なにかの偶然かな」
墓参り。
その言葉に、ザイロは周りを見渡す。
墓らしきものは見当たらない。だが、女がそう呼ぶなら、きっとそういう場所なのだろう。
「いえ……人を、探しに来ました」
ザイロが答えると、女はふっと小さく笑った。
その笑みには、来訪者を歓迎するものとも、邪魔者を疎むものとも違う、なにか別の色があった。
「そうかい。じゃあ、偶然ってわけだ」
風がまた強く吹き、ローブが鳴った。




