第5.5話-1 魔法殺し
ザイロ一行がサルディに到着する二日前。
あまり好きにはなれない街だ。
道を歩きながらシェードはそう思っていた。
目に光のない物乞い。やる気のない衛兵。清掃の行き届いていない通路。
大きい街とは言えないが、サルディは軍隊の配備された街。砦の役割も担っている。
それにしては管理がずさんに見える。
自然と険しい顔になるシェードとは相対し、隣に立つキルトの顔は常に笑顔だ。
「いやー、陰気臭い街だね」
笑顔で言っているとは思えない言葉だ。
「街を管理するということは、人々を管理するということだ。そう簡単なものじゃない。軽々しく蔑むものじゃないよ、キルトくん」
「蔑んでないさ。僕は好きだよ。故郷に似てて落ち着くんだ」
噛み合っているのかよくわからない会話に、シェードは少し困惑の間を見せる。
「そうかい、それならいいんだが」
「でもここにもいなさそうだね、イリオさんは。こんな街にいたがらないと思うし、ここのスラムを調べたら早く次の街に行こうか」
「どうだろう、治安が悪く、管理の行き届いていない街のほうが潜伏には適しているかもしれない。それに、僕らは動きっぱなしだ。少し休まないか」
「僕は疲れてないよ。それなら君だけ休みなよ、僕だけ先に次の街に行ってるからさ」
きっぱりと答えるキルトを、シェードは訝しげに見る。
これは、僕を試しているのか?
目的は何にせよ、彼から目を離すわけにはいかない。
「いや、僕も勿論行くよ。これは僕らのミッションだ。君一人にばかりやらせるわけにはいかない」
「そういうと思った。やっぱり僕とシェード君は気が合うね。相性バッチリだ」
「……それは良かった」
どうやら気に入られているようだ。まあ、この言葉が本心とは思えないが。
サルディにある傭兵依頼受付場にも出向き、それらしき女性の目撃例がないことを確認すると、次に一画にあるスラムを回った。
治安のよくない街らしく、しっかりと荒んでいる。
中を進んでいくと、とある光景に目を奪われる。
焼け焦げ、炭化し崩れている家。それをじっと見つめるボロ着を着た少年が一人。
焼けたのは昨夜か、いまだ鼻の奥に刺さるような焦げ臭さが、周りに充満していた。
呆けたように立つその少年が住んでいたことは、想像に難くない。
我々の目的は少年の保護ではない。それでも、気になってしまったシェードは、周りの住民に話を聞く。
事故ではなく、放火の可能性があるとのことだ。起きたのは二日前。その時に家族は少年以外全員死亡した。父親に至っては、その胸に拳の通る風穴が空いていたという話だ。
犯人は行方知れず。放火など重犯罪は徹底的に調べられるものだが、この街の衛兵の練度か、はたまたスラム犯罪の軽視か。理由は定かではないが見つかる様子はない。
目的はイリオ・ハイメインの捜索。このような不幸な少年は探せば山ほどいる。
それでも、そばまで歩いていったシェードは、跪いて少年を抱きしめた。
理性では分かっている。が、眼前に現れた失意の少年を見過ごすことができなかった。
世界を変えることはできずとも、せめて視界に入る子供たちには幸せであってほしい。
「人生は、試練の連続だ。でも大丈夫だ。君は強い、どんな困難も乗り越えられる」
力強く少年の肩を腕で包む。
シェードの思いは確かに伝わっているだろう、それでも、その奥で家族との時間を夢想しているのだろうか、目には光がない。
「ここから少しかかるが、友人が運営している孤児院がある。旅費は僕が出そう。そこで暮らすんだ。近くに花畑のある、美しい場所だ。きっと気に入る」
やはり、返事はない。
心に深く刻まれた傷は簡単に癒えるものでもない。
「さあ、行こう」
少年の肩に手を置いて、スラムを出ようとした時、
「そんな言葉じゃないんだよ」
前に立つキルト。「優しい言葉なんて聞き飽きてる。それで世界が変わるなら、毎夜、空に祈りを捧げるよ」
茶化すようなキルトの言葉。
シェードの眉間に深いしわが刻まれ、不快感をあらわにする。
「君が減らず口なのはよく知っている。だが、今は黙ってもらえるか? それとも、悲しむ少年を傷つけるのが趣味なのか」
「いや、僕も愛する人を殺されている。だからわかるんだよ、彼の心が」
常に仮面を被り、うわべの言葉しか述べない彼のセリフが、どこまで真実かはわからないが、流石にシェードも動揺してしまう。
「だったら、彼を少しでも励ましてやったらどうかな。君はちょっかいをかけたいだけなのか?」
そう言われ、じっと少年の目を見つめるキルト。
確かにその瞳は、少年と同じ色をしているように見えた。
「犯人を殺してあげよう」
息を呑むシェード。キルトは続ける。
「僕は殺しのプロでね、ここの犯罪者ごとき簡単に見つけて殺せる自信があるよ。君が望むなら、なるべく苦しめて殺そう」
「キルト、黙れ」
怒気をはらんだシェードの忠告を、キルトは無視した。
「ただし、僕は傭兵だ。依頼には相応の報酬が必要になる。人の命を奪うんだ。君も同じく、相応のものをかけてくれ」
限界が来た。
過ぎた戯言を止めるため、胸ぐらを掴もうと前に出ようとした瞬間、
「約束だよ」
不意に発せられた少年の言葉。
振り返ると、少年はキルトをまっすぐ見つめていた。
「ああ、約束だ。僕は傭兵協会一等級、キルト・ヘイルナート。この名にかけて、依頼の完遂を誓おう」
色のない少年の瞳。
その奥に滾る何かを、シェードは見た。
出来損ないが。
家族との記憶。それを思い返した時に出るセリフは、やっぱりこれだ。
耳の奥に、この音を覚えた石ができているかのように、何度も響く。
エドニール家といえば、魔法界の名家。
その名を冠する者は上位の王宮魔術師や、魔法隊の隊長、赤獅子隊といった面々が並ぶ。
ある種選ばれた血筋。
しかし、それは呪いとも呼べる。
両親が魔法使いなら、その子供は九割以上の確率で魔法使いとなる。
その一割弱の中に僕はいた。
魔法が使えるようになるのは、体の成熟期。
要は精通の時期と同じ。
他の兄弟二人は八歳の時には魔法が使えていた。
対して僕は、射精のコントロールはできるようになっても、魔法が使えることはなかった。
そんな僕を父は罵り、叩き。母は同調せずとも冷ややかな目を向ける。
兄弟もそうだ。子供というのは力の影響を受けやすい。
非術者の僕はよくいじめられていた。
唯一優しかったのは祖母だった。
魔法が使えなくても良い。優しくあればそれでいい。
そう言って僕を慰めてくれた。
笑顔でありなさい。笑顔は幸福を呼び込むから。
よくそう言っていた。だから、僕は笑顔を作っていた。
楽しくなくても、辛くても。泣きたくなればなるほど笑った。
不気味な顔だと、母に言われたが、どうでも良かった。
これが幸福への最短道だと、僕は確信していたから。
そしてある日、祖母が殺されたと連絡が入った。
「君は本気で言っているのか」
焼け焦げた家を見物するキルトに、シェードは怒り混じりにそう聞いた。
少年には自分たちが部屋を借りて泊めてやろうと思ったが、それは拒否されてどこかに消えた。
この街に孤児院はない。どこか休める場所があるのだろうか。
「僕は嘘が嫌いなんだ」
焦げた木材を撫でてキルトが答えると、シェードはレイピアに手を添える。
「はっきりと言おう。もし君があの少年に手をかけるというなら、その前に僕と彼女が君の首をはねる」
「物騒なことを言うなぁ。エクスさんの言葉を忘れたの? 身内での戦闘はご法度だよ」
「少年に馬鹿げた取引を行う者を、僕は身内とは思わない。それで傭兵協会を追われることとなっても構わない」
ククッと、キルトは笑ってみせた。
「らしくないなぁ、シェード君。キミってそんなに熱い人だったんだ。素敵だな」
「小さな子供の命がかかっている。本気になって当然だ。それに、その約束というやつ、果たせるのか。犯人はもう逃げている可能性だって高いだろう」
「うーん、まだそれはないかな」
キルトは一つ木片を拾い上げて言った。「放火犯にとって、火ってのは作品の一つなんだ。燃えた家はその目で見ていただろうし、燃え残った残骸を見るのも大好きさ。もうちょっとこの現場を見て、その余韻を楽しみたいんじゃないかな」
放火犯にとってと言われても、そんな愚か者の心情は理解できない。
「それとね、最近、この街で火での事故が多い。不審火で完全に燃えた家が一軒。消火できたけど小さいものが三軒。これは乾燥期による一時的な流行事故かな」
シェードは唇の端を指先でなぞる。
「乾燥期、と呼べるほど乾燥している風でもない」
「ここの衛兵は労働意識が高くない。放火があってもまだしっかりと捜索してないと思う。それに付け入って、まだまだ調子に乗って犯行を重ねる気がするんだよね」
キルトは木片に、パラパラと白い粉をかける。「それとほら、見てよ」
この粉はシキラ蝶の羽を細かく砕いたもの。
この蝶は魔力を好み、自然の中に発生する魔力地によく生息している。
羽根は魔力によって変色し、それが集まる場所は幻想的な景色を見せ、天国の入口と呼ばれている。
残念な点としては、その名のせいで自殺場所に選ばれやすいということだ。
焼け焦げた木の上に乗ったそれは、紅色に変色する。
「ここがおそらく火元」
キルトがそう言った。
つまりこの放火犯は、魔法使い。
魔法で火を付け、少年の家族を殺した。
シェードが木から視線を上げた。
「つまり犯人は」
「そう、魔法使いだよ」
キルトが依頼を受けるのは、主に犯罪者の暗殺。
特に魔術師。彼の前に立った術師で、生き残った者はいない。そう噂されるほど。
法が許すとなれば、たとえ必要がなくとも殺し尽くす。
『魔法殺し』
それは揶揄か、それとも尊敬の類か。傭兵の間では彼はそんなふうに呼ばれていた。
灰を見つめるキルトの目。
それはいつも通り笑っていた。
だが、それは張り付いているものではなく、無垢な子供が自然とこぼしたもののように思えたのは、気のせいだろうか。




