第5話-4 強者の摂理
すぐに街の外で客を待っていた馬車を借り、集合地点へと向かう。
その間、ザイロは気が気じゃなかった。
大して動きもしない太陽の位置を何度も確認する。
「どうかされましたか」
その様子を察してフレナが聞いた。街を出てなお、彼女は自らの意思でついてきてくれていた。「先程から落ち着きがありませんが」
「あ、いや……はい、レインというもう一人、仲間がいるんですが、そいつがちゃんと来るか不安で」
「ねえ、どうしてザイロと一緒じゃなかったの」
落ち込み、膝を抱えているリサがしょんぼりとそう聞いた。
ザイロは一瞬だけ考える。
「ちょっと……買い物中にはぐれたんだよ。それでなんか悪い予感して、俺だけ戻ってきた」
今はまだ余計なことは言わないほうがいいと、そう返した。
「そうなんだ」
リサは突然、笑顔になって頭をかいてみせた。「ご、ごめんねぇ。私、弱くってさ。全然イリオちゃん守れなかった。ダメダメだなぁ、タハハ」
笑顔と言っても、それは引きつった、悲しい表情を見せないように無理やり作ったものだ。
どうやらハデムにやられてしまった自分を責めているようだった。
悔しさからか体が微かに揺れている。
「お前はよくやったよ。一人倒したんだろ」
二人が襲われた話は道中で聞いている。「ハデムは強くなってた。俺だって一人だったら勝ててたか分からない」
「いやぁ、えへへ。それでも、ごめん」
肩を落とすリサに、そっとイリオが寄り添った。
ザイロもそれを見て、拳に自然と力が入る。
クソ。弱いのは俺だって同じだ。
俺がもっと強ければ。ドルバーンさんや、シェードさんみたいに……。
失意の中にいると、「ここかい」と運転手の声とともに、いつの間にか廃棄された牧場に着いていた。
「ありがとうございます。ちょっとだけ待っててください」
「カネをもらえるなら別にいいが……面倒に巻き込まれるのはゴメンだぞ」
運転手はこちらの雰囲気から、どこかまずい状況なのを理解しているようだった。
「すいません。迷惑はかけませんから」
それから十分以上の時間が経った後、また太陽を睨みつける。
日没まであと……三十分か? いや、完全に暗くなる前に出ないといけない。
流石にもう待てない。
「みんな、ちょっと悪いけど降りてここで待っててくれるか。俺、アイツを迎えに行ってくる」
「あの、ザイロさん」
それにイリオが珍しく問いかける。「どうしてそんなに、焦っているのですか? レインさんとは、ただはぐれただけなんじゃ。どうしてこんなところで待ち合わせを?」
ぐっと言葉を詰まらせるザイロに、イリオは続ける。
「襲ってきた男の人ですが……理由は分からないですが私を狙っているようでした。これは、私の勝手な想像かもしれないんですが、もしかして……私が――」
「あ! 来たよ!」
イリオの問いかけを、リサの声がかき消した。
見ると街の方から、急ぎこちらに向かってくるレインが見えた。
「まだ出てなかったのか。もう日が落ちるぞ」
到着してすぐ、息を切らしながらレインが言った。
「お前を待ってたんだよ。さっさと乗れよ、行くぞ」
「俺は待つ必要はないと言ったぞ」
「言い訳はいいから早く乗れ!」
レインが飛び乗ると馬車はすぐに出発した。
「レインさん、血が」
イリオは心配そうにその首を見て言った。
切り裂かれた皮膚から吹き出ている血が、服を汚している。
「気にするな、かすり傷だ」
そう言って、レインは首の血を手で拭った。
深くはないが長い切り傷だ。そのため血が止まらない。
「それよりも、追手が来ている。もっと馬車を急がせられるか?」
「追手、ですか……あの、こんな時に聞くことじゃないかもしれないですが、どうして追われているのでしょう。もしかして、敵の目的は私なんじゃないんでしょうか」
レインはすぐに返答しない。一拍の沈黙。
「どうしてそんなことを聞く」
「ナイフを持って、私を連れ去ろうとした方がいたので。リサさんが倒してくれましたが」
瞬間的に、ザイロはレインと、微かに視線を交わす。
ここまで来ると、もう隠し切れない。
「イリオ、実は――」
「カネ目当ての賊だ」
ザイロがすべてを語ろうとした時、レインがそれを遮った。「こいつが身の丈にあってない大金を持ってたからな。それがバレて街で固まっていた賊に狙われた。イリオが狙われたのは、カネと交換するための人質目的だ」
敵の目的が彼女と分かると、イリオは自分を責めてしまうだろう。
それが分かっていたレインは、とっさに嘘をついた。
「そう……ですか」
腑に落ちてはいなさそうだが、イリオはそう言った。「それは、大変でしたね。申し訳ないです、弱いばかりに狙われてしまって」
「イリオが悪いわけじゃない。どんな街にも、そういう奴らはいる。気にするな」
レインが向けてきた視線に、ザイロは感謝の気持ちとともに頷いた。
理由の分からない今、無駄に心労をかけるべきじゃない。
それに、イリオが絶対に悪いわけではない。その確信が二人にはあった。
馬車はザイロたちが来た道を戻っていた。追っ手から逃れるために仕方がなかったが、どこかで方向転換をし、サルディから離れながらもそれを越えてミヘルドに向かわないと。
しかし、
「クソ、来たか」
レインが後方に目を凝らして言った。
追っ手が数名、馬に乗ってこちらを目指していた。
「俺の魔法で狙えるか?」
ザイロが後方に乗り出して、砂鉄を宙に舞わせる。
それは眼の前で黒い塊を作った。
砂鉄をクルミ大に固めて発射する技。
木を揺らすほどの威力はあるが、もともと命中率が高くない上に移動する馬車に乗っている。
しっかり狙いを付けなければならない。
集中力を高めていると、不意に馬車の速度が落ちていく気配がした。
「おい、何をしている。速度が落ちているぞ!」
レインが迫るも「そんなもん知るか!」と返事が返ってきた。
「俺は言ったぞ、面倒に巻き込まれるのはごめんだって。俺はあんたらの仲間じゃねぇ。追手が来るってなら馬車を止める」
残念だが運転手の言っていることは正論だ。彼には、追われている俺達を逃がしてやる義理がない。
どうする。ここで止まって追手たちを倒すか。
ゆっくりとなっていく馬車を感じながら、そんなことを思案していると、フレナが隣に立った。
流れる風が、彼女の漆黒の髪をなびかせる。
「運転手さん。ご安心なさってください。追っ手は来ません。彼らを目的地まで運んでいってあげてください」
「フレナさん」
その意味を察し、ザイロは言った。「助けていただいたこと、本当に感謝しています。でも、今日、偶然出会っただけのアナタにそこまでしてもらうのは」
「いいんです」
乙女は優しく微笑んだ。「理由なんて、必要ありません。私は好きなんです、困っている人を助けるのが。あなた達のような優しい人たちを、放ってはおけません」
「フレナさん」
ザイロはぐっと奥歯を噛むと、また見上げた。
今は彼女の力にすがるしかない。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるザイロ。
「この恩は忘れません。ありがとうございます」
「ホントに、ホントにありがとね!」
後から続くイリオとリサに「誰かは知らんが、助かった」とレインは小さく呟いた。
「フレナさん。また会いましょう。必ず」
「ええ、その時を楽しみにしてます」
そう言って、乙女は飛翔した。
両手を広げると、薄暗くなり始めた空を、炎翼が照らす。
吹き荒れる熱風が遠ざかる馬車にまで届き、ザイロの頬を熱く撫でる。
翼は馬に乗る追手を覆い、その身を焼いた。
のたうち、地面に転げ落ちる者。それに目もくれず、次なる追手を静止して待つ紅蓮の乙女。
馬車は無情にも速度を上げ、彼女の姿を遠ざけていく。
その強く勇ましい背が地平に消えるまで、ザイロは強い眼差しを向け続けた。




