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第5話-2 強者の摂理

「ぬわぁー、疲れたー」

 宿屋の部屋に入るなり荷物をおろしたリサは、ベッドに座り込んだ。「足がパンパンだよもぉ。ザイロ、足揉んで」

「斬り落としたいなら刀を貸すぞ」

 レインがそう言うと、いやいいよ、と言ってザイロも荷物をおろして椅子に腰掛けた。

「お前のほうが俺やレインより、荷物が少ないだろ」

「女の子だよ? 貧弱なんだよ、体が」

「私がお揉みしましょうか」

 イリオが心配そうにそう言った。「私だけ全然、荷物を持っていませんから」

「気にすることはない」とレイン。「こいつはイリオの十倍は飯を食べる。十倍働かせろ」

「はぁ! 十って、そんなに食べてないよ! 大目に見ても五倍ぐらいだよ!」

 叫ぶリサをザイロがなだめる。

「分かった分かった、ちょっと休んでろよ、何か甘いものでも買ってきてやるよ」

「ほんと! やったー」

 リサは腕を上げたあと、手でハートの形を作る。「ザイロやさしー、ラブリー!」

「俺も行く。刀の手入れ道具が欲しい」

 レインと支度を済ませ「足揉ませるなよ」とザイロは念押ししたあと「それと、イリオのこと頼んだぞ」と言って部屋を出た。



 街を歩いていてすぐ、ちょっとした違和感に気がつく。

 家のない者。地べたに寝そべって、ただ時間を過ごしている者たちが、ちらほらと視界の隅に映った。

 別に路上で生活する者は、この世界でそれほど珍しいものでもない。前の街でも物乞いはいた。

 ただ、ここでは多く、その質が悪く見える。

「あまり長居する街でもないな」

 隣で同じように感じていたレインが呟く。

「そうかもな」

 さっさと買い出しを終わらせようと、歩幅が自然と大きくなった時、街中に鐘の音が鳴り響いた。

「中央広場へ集合!」

 街の守衛らしき男が叫びながら、小走りで街中を走る。

 すると、ぞろぞろと民家や店から、人が出ては中央広場へと歩いていく。

 これでは買い出しもままならない。

「一応、何かあるかもだから、俺達も行くか」

 大きい街というわけではない。歩いて十五分ほどで中央広場に着いた。

 住民の多くが集まったか、人が密集していた。

 その中央には壇上が見える。

 皆、何が起きるのか分からないためか、不安そうにざわざわと話し合っていたが、その声はぴたりと止んだ。

 壇上に一人、男が登ってきたのが見えたからだ。

 赤いマントの、金髪がよく目につく男だった。

 それが見えた瞬間、ザイロはグッと心臓の奥が微かに熱くなるような感覚があった。

 隣を見るとレインも同じ様子だ。

 転生者の共鳴。

 あの金髪の男は転生者だ。

 幸い、こちらは群衆に紛れている。相手が特定するのは難しいだろう。

 あいつが街の人々を集めさせたのか?

 どうやって、一体なぜ。

「お前は誰だ!」

 流石にこれだけ人が集まると、フラストレーションも溜まる。

 街の人間たちはこの転生者のことを知らないらしい。ここまで集められたうえで、部外者が出てきたらなおさら怒る人間もいるだろう。

 一人が口火を切ると、二人、四人と伝播するように皆、その苛立ちをぶつけだした。

「やかましいな、愚民共が」

 民衆の怒りが煮えたぎろうとしている中、男は開口一番にそう言った。

 火に油を注ぐような言葉だ。

 その場の全員の熱気が高まろうとしたその時、

「弱者どもが……跪け」

 瞬間、その場の全員が地面に膝をついた。

 ザイロやレインも例外ではない。

 巨人の手の平に押さえつけられているように、強い力が全身にかかり動けない。

 人によっては膝をつくだけではなく、力に負けて這いつくばっている者すらいる。

 魔法だ。圧倒的な、強大すぎる魔法。

 これはいったい何だ。

 不可解すぎるその力を疑問に思っていると、不意に体が軽くなり、押さえつける魔法がなくなった。

 だが、誰一人として立ち上がろうとする者はいなかった。

 たった一人の男の放つ恐怖が、その場を支配していた。

「俺様の名前はゼノン。貴様らの新しい王だ」

 突然の横暴な言葉。それに異論を唱える者はいない。

「俺様から貴様らへの命令は一つだ。イリオ・ハイメインという名の女。そいつを俺様の下へ連れてこい」

 雷が、脳天を穿つような感覚があった。

 高鳴る心臓、錯乱する思考。それらをなるべく抑えるようにザイロは努めた。

 イリオを……彼女は転生者じゃない、一体なぜ。

「生きて連れてこい。連れてきた者には、それなりに褒美をやる。以上だ」

 そう言ってゼノンは壇上を降りた。

 配下らしき仲間を数人引き連れてその場を去ると、徐々に膝をついていた民衆が立ち上がりだす。

 彼らは何が起きたのかわからず、すぐには動こうとはせずに、ざわざわと話をしだす。

 その中、ザイロはすぐにイリオの元に戻るため走り出そうとしたときに、レインがその腕を掴んだ。

「待て、ザイロ」

「何だよ、早くアイツらのとこに行かないと」

 鼻息荒く返すザイロをレインはグッと睨みつけた。

「分かっている。だが落ち着け、まだ見張られている」

 ぐっと息を呑むザイロ。周りを見渡すため首を動かそうとすると「見るな。感づかれる」とレインに止められる。

 ザイロは自戒した。

 相手がイリオを探しているなら、話を聞いて焦りを見せる者を探すだろう。

 突然のことに熱くなり我を見失っていた。

 策にハマり二人を危険にさらすところだった。

「悪い……落ち着いたよ」

 レインは手を離し、なるべく雑談しているように見せかけてザイロの方だけを見た。

「監視しているやつに目星は付いている。振り返って、俺より先をゆっくり歩け。あいつらに気づかれないように二人のところに戻るぞ」

 静かに頷くとなるべく自然を装い、振り返って歩き出した。

「レイン……ありがとうな。お前がいなきゃ、やばかったよ」

 こっそりとそう伝えると、後ろから鼻を鳴らす音が聞こえた。

「礼なら今はいい。逃げ終わったあと、好きなだけ聞いてやる」



「まだかなー、まだかなー」

 ベッドに腰掛け、足をバタバタとさせながら、リサは二人の帰りを待っていた。

「クッキーかなぁ、マカロンもいいな、いちごのショートケーキだったらもうね、私食べる前に気絶しちゃうね」

 甘いものへの期待をイリオに楽しそうに話していると、コンコンとノックの音が鳴る。

「帰ってきた!」

 小走りでドアに向かい、すぐに開けるリサ。「早かったね! 何買ってき……」

 見えたのはザイロではなく、知らない人間だった。

 成人の男。フードを被った、無精髭のある、身なりの整っていない男だった。

「え、誰?」

 ローブから出る右手。それには鈍く光る物が握られていた。



 自然に振る舞えと言われたときほど、自然に動くのは難しい。

 いつも自分はどんなふうに歩いていたか。速さは、歩幅はどんなものだったか。

 意識していないから無意識だ。再現するのは簡単じゃない。

 それを察せられたのか、それとも最初の動きからマークされていたのか、付いてくる足音が聞こえる。

「ザイロ」

 聞こえないよう後ろから耳元で囁くレイン。

「分かってる……来てるよな」

「そうだ。もう疑われているなら偽装する理由もない。俺が相手をする。お前は宿に走れ」

「分かった。この街に来る前、空の牧場があったよな。後でそこで落ち合おう」

 返事がなく、ザイロは少しだけ後ろを向いた。「レイン?」

「俺のことは……待たなくていい。三人でさっさとミヘルドへ向かえ」

「何だよ、お前はどうするんだよ」

 イリオをかばったとなれば、レインも追われる身となる。実力はあると言えど一人でいるのは危険だ。

「気にするな、どうにかする。俺が旅に同行しているのは、お前に借りを返すためだ。もう十分だろ。俺がミヘルドまで行ってやる理由もない。ここで解散だ」

 その突き放すような返事に、ザイロはむっとして答える。

「他人みたいなこと言うじゃねぇか」

 いつものように、レインは鼻を鳴らす。

「他人だろう、たまたま転生者同士だった、というだけだ」

「ああ、そうかもな。でも……」

 ザイロは足を止めて振り返った。

 追手らしき背の高い女がレインの後ろに見える、それでも足を止めたままレインの目を見た。

「それでも俺達、もう仲間だろ。違うか?」

 思いがけぬ言葉だったか、一瞬だけレインは息を呑んだような気がした。

 レインと一緒にいた時間は、三ヶ月もない。

 それでも、旅をし、時に生死を共にした仲だ。他人とは思えない絆を感じていた。

「仲間か」

 レインはポツリと呟く。「そういえば、そうだったか」

「別に行きたくないってなら好きにしたらいい」

 ザイロは前へと振り直った。「でも俺は……続けられるなら四人で旅を続けたい……お前らといると、楽しいんだよ」

 ほんの少しの考えるような間のあと「子どものようなことを」と言ってレインが振り返り、背を向ける気配がした。

「日没前までに行く。俺が来なくても、日が落ちる前にはさっさと出発しろ」

 空を見る。日没まで一時間もないか。

「ちゃんと来いよ!」

 そう言ってザイロは駆け出した。



 離れていくザイロの足音を背で感じながら、レインは抜刀した。

 追手と見合った。

 女だった。背が高い。レインと同じぐらいだ。

 立ち様が美しかった。細く凛としていながらも、巨大建築の支柱のような力強さを感じた。

 実力者であることは間違いない。

「集会は聞いていたな。私はゼノン様の直属の部下、ソフィナだ」

 ソフィナは腰に携えていた剣を抜いた。白銀の刀身が、陽の光をよく反射させていた。「話を聞く。貴様を連行する」

 それを聞いてレインは少し安堵していた。

 良かった。この女、余計な話はしないタイプだ。



 イリオは絶句した。

 突然、現れた怪しい男。右手に握られたナイフ。

 すべてを理解する間もなく、ナイフはリサの顔めがけて突かれる。

「リサさんっ!」

 目を見開き叫ぶイリオ。

「あっぶな!」

 リサはとっさに後ろに下がってそれを躱していた。「え、なになにちょっと、なんで急に。ある? 鼻ある?」

 手で鼻を押さえ有無を確認するリサに、イリオは力強く頷く。

「大丈夫です、あります」

「そこの女。イリオ・ハイメインだな」

 ナイフの先でイリオを指して男は訊いた。

「だったらなにさ」

 イリオをかばうように前に出て、リサがそう返した。

「俺と来い。そしたらそっちの女は殺さないでいてやる」

 イリオは恐怖で息を呑む。

 何故か狙われている。それもナイフを持った男に。

 理由もわからず、恐怖に固まっていると「早く来い! 殺すぞ」と男は叫んだ。

 狙いは私。リサを危険にさらすわけにはいかない。

 ぐっと服をつかみ踏み出そうとした時「行くわけないでしょ」とリサが言い放った。

「あんたなんかに、イリオちゃんは渡さない」

 そう言ったものの恐怖はあるのか、ギリっとリサは歯を食いしばる。「絶対に……死んでも渡すもんか」

「なら死ね!」

 男は踏み込み、ナイフを突き刺そうとするも、リサは体を横にして躱す。

 イリオはその背に押されるように部屋の隅に下がった。

「リサさん」

「イリオちゃんは見てて」

 その声には揺るぎない自信を感じた。「大丈夫だよ、全然いける。遅いよ、レインよりもずっと遅い」

 その言葉通り、何度も振られるナイフを眼の前ギリギリの、紙一重で避けていく。

 何度、突こうが振ろうが当たらない状況に男は苛立ちとともに、疲れからか息が荒くなっていく。

「この女ぁ!」

 男が前のめりになって思い切り突き出してきたナイフを、くるりと一回転して躱し、手の平を男の顔に構えた。

「『爆裂掌!』」

 ボンッという破裂音とともに掌から放たれる爆炎は男の顔を瞬時に覆い、男は勢いでその場に倒れ込んだ。

 顔を押さえ、叫び、悶える男。

「やた……やったよイリオちゃん」

 ぐっと手を握り興奮しているリサに、イリオは頷く。

「はい、すごいです。リサさん」

「えっとさ、あのさ」

 リサは悶絶する男と、イリオの顔を往復して見る。「倒したのはいいんだけどさ。どうしよう。とりあえずどうしよう」

 倒したのはいいものの、頭の整理が追い付かないのか、足をバタバタとさせながらとにかく焦っている。

「とりあえず、ザイロさん達と合流しましょう。私達だけでは危険かもしれません」

「うん、分かった」

 リサの手を引いて廊下に出る。

 すると、出入り口の方にまた男が通せんぼするように一人立っていた。

 ただ最初の男とは雰囲気が違った。細くヘビを思わせるような体型で、軽い巻き髪。

「おいおい、アイツはどうした。なんでお前ら無傷で出てんだよ」

 めんどくさそうにそう言った。

 内容からしてさっきの者と仲間だ。

 一種の興奮状態だろうか、リサにはそいつを倒せる自信があったのか、すぐさま前に出る。

「そこどけ! 爆――」

 一歩前に踏み出し、右の掌を突き出して爆破しようとしたが、それよりも圧倒的に上回る速さで、男は右の拳でリサの頬を打った。

「リサさん!」

 名を呼んだがイリオにはどうすることもできなかった。

 その場にうつ伏せで倒れたリサの背を、男は右足で踏みつける。

「あー、あのときの女か」

「あんた……ハデム!」

 リサの言葉でその男がハデムであることを理解した。

 実際には見ていないが、リサ達からは話を聞いている。

 レインの命を奪おうとした、元二等級の傭兵。

 ただハデムはドルバーンに倒され、捕まっているはずだ。

「なんでこんなとこに」

「いちいち答えねぇよ」

 ハデムはリサの首元を掴んだ。「お前は死ぬんだから」

 蒼白に染まるイリオとリサの顔。

「イリッ、逃げて!」

 震える声で逃走を伝えるリサ。

 しかし、そのイリオは死を悟った友の言葉に従うことも、抗うこともできず静止してしまった。

 絶望の中、ろくに信じられもしない神に願った。

 お願いします。どうか彼女を助けてください。

 すると不思議なことが起こった。

 イリオの隣を、熱の塊、まるで巨大な火球が前へと通り過ぎた気がした。

 それが視界に入ってくると違うことが分かる。

 知らない女性の背中だった。

 刹那の時間の中でも、長く、美しい漆黒の髪がよく見えた。

 前に踏み出したその女性は、火をまとった手刀を下から上に振り上げたが、寸前のところでハデムは後ろに下がって避ける。

「クソ、まだ仲間がいやがったか」

 ハデムは焼け焦げた服の胸部を見てから、また女性を見た。「誰だお前」

「誰?」

 その女性の返答には、あからさまな敵意が込められていた。「女性を足蹴にするアナタに、名乗る名などございません! 覚悟してください」

 構える彼女の両拳には、熱い炎がまとわれていた。

「私はアナタを……ぶっ殺します!」

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