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第4話-2 一等級会議

「君たちは、イリオ・ハイメインという名を聞いたことはあるか」

 特に手は上がらなかったが、「その女性がなにか」とシェードが聞いた。

「彼女は東の遠方にあるキヌリという村に住んでいたシスターだ。彼女の捜索、そして救出依頼が我々に来ている」

「あら、連れ去られたのですか、可哀想に。ご親族からのご依頼ですか?」

 アラセナが聞くと、一拍だけ間を置いてエクスが答える。

「ライル教会、本部からだ」

 思わぬ回答に皆、黙る。

 先程まで怪しいと語っていた組織からの依頼。

 快く受けろという方が難しい。

「そいつは、なんか臭いですね」

 ぼやくようにそう言うジゼル。

 それにシェードが続く。

「確かに本部からの依頼で女性一人を、ただ救出するというのはなんというか……ちょっと怪しいね。それにそれを僕らに話すということは、一等級依頼としてここの誰かに行わせたいということでしょう。誰に連れ去られたんですか。相手は組織ですか」

「目撃例として上がったのは男の術者二名。更に一人、付き添いの女もいたと」

 それぞれ視線を合わせる一等級者たち。

 たかだが三人から救出するために、一等級が出ていくものじゃない。

「なかなかヤバそうね、その依頼」

 頭に両手を置きながらラエナが言った。

「更に追記するが、このイリオ・ハイメインという女性。出生届がなされていなかった。戸籍がない」

「ならどこで生まれた人間ですか」

 バイルが驚き混じりに聞いた。

 法整備が不完全だった一〇〇年ほど前ならまだしも、住民票も完備している現在では、遊牧民族などでないと戸籍がないというのは考えられない。

「定かではないが、おそらく二十年ほど前。王都、ロードハイドでだ」

「ありえませんわ」

 不思議そうにアラセナが言った。「あそこで生まれ、出生届がないだなんて。下水路に住んでいない限りは」

「もしくは、マフィアのボスの子」

 首をかしげてそう聞くラエナ。エクスはまた静かに首をふる。

「どちらも違う。父親はジャミィ・ハイメイン。母、フォス・ハイメイン。担当した産婆だけがその名を知っていた。そして、その両方とも存在が記録されていない」

「うわヤバ。それ偽名ってこと?」

 そう言うミネルの声は、ちょっと高く楽しそうに聞こえた。

「恐らくそういうことだ」

 偽名の両親から生まれた、王都出身、戸籍のない女性。

 疑問に思うなというほうが難しい。

「その依頼、受けるべきではありません」

 発言するシェードに「オメェが決めることじゃねぇ」とジゼル。

「怪しいのはエクスさんだって重々分かってんだよ。だってのに俺達に依頼するってことは、それなりの理由があるんだよ。そうですよね、エクスさん」

 また一拍の間があった。

「これは他言無用だが、依頼主は大司祭、モーロッドだ」

 張り詰めていた空気が更にひりつくのを、全員が感じていた。

 モーロッド。誰もが耳にしたことがある名だ。

 現在のライル教会のナンバー2。次期、教皇候補者だ。

「裏のある依頼であることは分かってる。だが依頼が私に直接きたということは、モーロッドにとって必ず遂行したい依頼ということだ。恥を忍んで言うが、私としてはここで彼らに借りを作っておきたい。私がいなくなった後のこの協会のためにも」

「なるほど。では僕が行きましょう」

 すぐにそう言って立ち上がったのはシェードだった。

「オメェさっきまで反対だっただろうが」とジゼルが噛みつく。

「それは僕個人の意思だ。組織として依頼を受けることが揺るぎないなら、僕はそれに従う。それに、女性を救出というのであれば、僕のように優しい魔法を使える者が好ましい。まあ、僕が一番愛しているのは彼女だけだけどね」

 そう言って腰に添えたレイピアを撫でた。「何にせよ、ここは僕に任せてほしい」

「ありがとう、シェード。だが今回の依頼は裏が深い分、何が起きるかわからない。二人で行ってほしい。誰か手を挙げる者はないか」

「俺は、捜索に向かない」申し訳無さそうにバイルは言った。「体がでかすぎる。すまないが細かいことは無理だ」

 続いてアラセナは同じように視線を落とす。

「私くしは……稚拙な私くしの魔法では、救出に向いておりません。申し訳ありません」

「私も無理かなー。探すのとか苦手」

 適当に返事するミネルに、すぐさまジゼルが睨みつける。

「お前は面倒なだけだろ! まあ、そう言っても俺も魔法的に救出向きじゃねぇ」と言って顔の前に上げた手がバチバチと帯電する。

「まあ、向いてるってなるとさぁ……」

 そう言ってラエナが会議室の角に視線を向けると、全員がその方を向く。

 そこは影。

 会議室の中で一番暗く、光の届かない場所だった。

 会議では席の位置は決まっていない。

 それでも彼は必ずそこに座る。

 光のないまどろむ闇こそが、彼の居場所だから。

「まってました! やっぱり僕ですよね」

 張り付いたような笑顔と共に返事をしたのは、今まで一言も発さずに、ただ笑顔を絶やさず作っていた、一等級傭兵、キルト。

「いやー、僕から言う流れじゃないかなって思って、ちょっと黙ってたんですけど、やっぱり僕が行くべきですよね。暗殺といえば僕ですし」

 アラセナがすっと手を挙げる。

「彼が立候補するのであれば、代わりに私くしにいかせてください。私くしがやります」

「あれ、どうしてですか? 僕の事心配してます?」

「あなたほどの実力者を、心配するわけがないでしょう。ただ無意味な血が流れるのが、私くしは嫌いなだけです。依頼は救出であって、暗殺ではないことをあなたは分かっていないようですから」

「イリオさんは連れ去られたんだよ。そいつらを暗殺することが、彼女の救出になるんだよ。君がいったら彼女ごと沈めちゃうかもでしょ」

「キルト」威圧感のあるバイルが、低く響く。「口が過ぎるぞ」

「あらら、いいすぎた。ごめんね」

 キルトは少し申し訳無さそうにするも、その顔から笑顔は崩れない。「でも、僕以上に適正ある人いないでしょ。どうだろう、みんな異論はある?」

「異論はねーが、お前が気に入らねぇ」

 背もたれに肘をのせて、不愉快そうにジゼルが応えた。

「感情論は聞いてないよ、適切かどうかだよ」

「うるせぇよ。お前が通った後の道は、血が流れすぎてんだよ」

 釣りあがったキルトの目。その瞳が楽しそうに揺れる。

「へえ、ジゼルくんは今まで誰も殺したことないの?」

 あからさまな挑発の言葉に、ジゼルの眉がぴくっと動く。

「やりすぎだっつったんだ」

「やり過ぎって何人からのことを指してるの? 十人? 二十人? ジゼルくんは今まで何人殺したの? 覚えてる?」

 目を血走らせたジゼルが、「てめぇ」と言いながら帯電して立ち上がろうとすると、応戦のためキルトは懐からナイフを取り出す。

 瞬間、「やめろ」と静かながらも重いエクスの声が鈍く響いた。

 脈拍すら遅れてしまいかねないほどに重い威圧感に、二人のみならず全員が静止する。

 その場のすべてを焼けつくし、灰にしてしまうかと思うほど、熱を感じる魔力がエクスの周りからほとばしっていた。

「身内で争いは許さん。我々は仲間だ」

「……申し訳ありません」

 ゆっくりと帯電を解いていくジゼルは、不服そうながらも座った。

「ジゼル、お前は少し好戦的過ぎる。感情を抑えろ……そしてキルト、根本的な問題はお前にある、言わずとも分かっているな」

「うーん、さあ、どうでしょう」

 ナイフを納めながら、キルトはそう言って首をかしげてみせた。

「イリオ・ハイメイン救出任務は適正を考え、シェードとキルトに任命する。分かっていると思うが、目的は救出だ。無意味な戦闘や殺害は控えろ……異論がないなら集会はここで終了する」

 特に話もなく終わろうとした時「あ!」と声を上げたのはラエナ。

「そういやぼーっとして忘れてた」

「どうした、ラエナ」

 エクスが伺うと、ラエナは人差し指で自分のことを刺した。

「私だ。そういや私、転生者だった」

 驚嘆の視線が一斉にラエナに向く。

 すると、緊張の糸が切れたかのように、硬い表情のエクスの顔が少しほころんだ。

「意外と……近くにいたな」



「いやー、絶好の旅びよりだね」

 馬車に揺られるキルトは笑顔でそう言った。

「そうだね。でももう少し街でゆっくりしても良かったのに。疲れもあるだろう」

 その対面に座るシェード。

 二人は集会が終わってすぐ、イリオ・ハイメイン救出依頼のため街を出ていた。

「いやいや、エクスさんからの直接依頼だよ。こんなのすぐにこなさないと」

 そう言って手を広げるキルト。その腕の裾からは、短剣の持ち手が微かに見える。

「確かにそのとおりだが、無理をしてはいけないよ。まずは捜索からだ。きっと長い任務になる」

 その会話のさなか。

 一瞬だけ、シェードは確かに見た。

 キルトの顔は常に笑顔だ。だが、その目の奥に暗く、シェードの腹の底を探るような色があったことを。

「それもそうだね、バランスを取っていこう。ところでシェードくん。この馬車はどこへ向かってるの?」

「キヌリ村だよ。まずは情報収集をしないと」

「いや、キヌリ村からは出発して、相当時間が経ってるよ。周りの街から聞き込みを始めようよ。そうだな、ミヘルドなんてどうだろう。人の流れがあまりなくて、潜伏に適してる気がするから」

「いいね、君がそういうならそうしよう」

「うーん、そうだね」

 キルトは小首をかしげながらシェードの顔を覗く。「なんかシェードくん、あんまりやる気ないのかな」

「それは――」

 小さな石を踏んだのか、馬車が強めにガタリと揺れた。「……どうしてそう思う」

「なんとなくかな! まあ雰囲気さ。それと会議のときの君の言動、少し変だったよ。依頼を受けるべきじゃないと言ってたのに、次の瞬間には立候補してるんだもん」

「説明はしたはずだよ。依頼を協会で受けるべきじゃないというのは、今も同じ気持ちだ。だが、エクスさんが受けるっていうなら、僕は任務を遂行するよ」

「へぇ、そっか」

 キルトの笑顔。それが消えた。「なにか知ってるの、イリオ・ハイメインのこと」

 平静。その心中を探られぬよう、シェードは無表情を保つ。

「いや、知らない。初めて聞いた名前だよ。ただ、女性には優しくするというのが、僕のポリシーなだけさ。もちろん、僕が心を預けるのは彼女だけだけどね」

 そう言って、シェードはレイピアを撫でる。

 その後、またキルトの顔に笑顔が張り付いた。

「そっか! なら良かった。でも嘘はつかないでね、僕は嘘つきが嫌いなんだ」

 キルトの笑顔が、殺意を含んだものに変わった気がした。「君とはやりあいたくないからね」

「僕も同じ意見だ」

 会話を終わらせるように、シェードは横に目をやった。

 キルト。やはりこの男は危険だ。

 イリオさん。ザイロくん、レインくん。

 安心してくれ、君たちは僕が必ず守る。

 たとえ、この命に変えてもね。



「うおおおおりゃぁああ」

 太陽が落ちかけ、野営の準備をしている時だ。

 渾身の力で拳を振りかぶるリサ。

 対し、その前にいるザイロは冷たい岩を見ているような、さめた表情でそれを待つ。

「喰らえ、爆・裂・拳!」

 ザイロの顔の数センチ先でリサの拳から、バンっと小さい爆発がおこった。

 特に熱いとか、痛いとかもなく、強めの風が髪の毛をなびかせた。

「まあ、いいんじゃないか。涼むときに便利だ」

「適当なこと言うなよぉ!」

 リサはしくしくと泣きながら、拳をさする。「めっちゃ痛いんだよ、これ。すっごい痛いんだよ」

 リサの魔法は爆破魔法。

 文字面だけを見れば、磁力を操る魔法よりも何倍も強そうに見えるが、使いこなせていないのか今のところはただの自爆魔法だ。

 これでも練習の成果があってか、かなりマシにはなってはいるが。

「ぬうううう、ムカつくぅ」

 歯をギリギリと噛み締めながら、リサはまた涙を流す。「私だって、私だってやれるのに」

「お前が強くなる必要もない」

 木を背に座っているレインがそう言った。「戦闘は俺かザイロに任せておけ」

「二人がいないときはどうするのさ。誰がイリオちゃんを守るの? 私でしょ」

「まあ、確かにいざって時のことを考えてくれるのはいいんだけどさあ」

 ザイロは考えるように上を向く。「イリオが誰に狙われるってんだ? 恨みを買うような人間じゃないだろ」

「もしかしたら世界を揺るがす、超超超~重要人物な可能性あるじゃん!」

「んー、そうなのか?」

 イリオの方を見ると「いえ、それはないです」ときっぱりと答えた。

「私はただの田舎村のシスターですし、世界を揺るがすことはないと思います」

 ちらりと横目でリサを見ると、先端が鼻にめり込むんじゃないかというほどに、口をへの字にゆがめていた。

 すごい顔だった。本当に同じ人間かと思うほどに。

「ですが……」

 イリオは一瞬だけためらったような間の後、続けた。「頑張って、守ってくれようとしてるのは……嬉しいです。ありがとうございます」

 への字の両端はゆっくりと下がっていき、Uの字かと思うほどに変形した。

「へっへー、聞いた? ザイロ聞いた?」

「ああ、聞いたよ」

 まあ、別に理由はなくとも狙われることはあるし、何よりリサ自身が転生者である以上、襲われる危険性は常にある。

 戦えるようになっていてくれたほうが、色々と安心だ。

「そもそも、自爆の原因は爆風の方向にあるんじゃないか。ただ爆発を起こすんじゃなくて、爆風を外側に向けられないのか」

「拳である必要も感じられないな」

 続いてレインが言う。「魔法は基本的に神経の多い場所から使うほうが、コントロールがしやすいと言われている。手の平から放ってみたらどうだ」

「それじゃあ爆裂拳じゃなくて、爆裂掌になっちゃうじゃん」

 レインはその答えが理解できなかったのか数秒、考えた後「爆裂掌でいいだろ。なんの違いがある」と返した。

「え~、拳がいいよぉ。そっちのほうがかっこいいよぉ」

「……なら敵に襲われたときに、かっこよく勝手に死ね」

 呆れて顔をそらすレインに、リサは指差す。

「ねえザイロ! あいつ死ねっていったよ! 私に死ねっていったよ! ひどい!」

 確かに死ねはひどいが、拳にこだわるコイツも意味わからない。

「まあ、あいつなりに心配していってるんだって、たぶん。とりあえず拳は後にして、手の平で練習しようぜ」

「クッソー、爆裂拳を習得したら、絶対にあのバカにぶちまけてやる」

「おい、誰がバカだ」

「喧嘩は別でやってくれ! 俺だって魔法の練習したいんだよ!」

 ガヤガヤと、まるで兄弟のように騒ぎ、口論する三人。

 それをまじまじと、どこか楽しげな様子でイリオは見つめていた。

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