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第4話-1 一等級会議

 傭兵の街、レイドル。

 その名の通り、全国の傭兵たちと大型の依頼がここに集まる。

 傭兵でなくとも力に自信のあるものが、腕試しにやってくることも多い。

 繁華街は安酒と汗の入り混じった匂いあふれ、依頼を終えた傭兵たちが昼夜を問わず騒いでいる。

 逆に武具屋近くの宿や休憩所ではしんと静まり返り、依頼前のビリビリとした緊張感が漂っている。

 支部とは違い、ここの本部検査官に認められれば二等級まで上げてもらうこともできる。

 功績が大きいなら一等級昇格もあり得る。

 皆、夢と名声を求めてここに集うのだ。

 レイドル支部は協会支部の中で最も大きい。だが、ここは本部ではない。

 街から馬車で十分ほど。少しはなれた場所に、苔むした冷たい石壁に囲われた朽ちた城があった。

 過去の激戦を物語るかのように、各所は崩れ、色はくすみ、重々しい雰囲気がある。

 ここが傭兵協会本部だ。

 建物に高級な装飾や、威厳など必要ない。本当の財産は心の強い人間。それが協会創設者、エクスの言葉。

その一室。本部会議室には世界最高戦力の一つと謳われる、一等級傭兵が集まっていた。

「遅ぇ」

 石造りの机をトントンと叩き、鋭い目つきで空を睨むのは一等級傭兵、ジゼル。

 金の髪はサイドが短く刈り上げられており、そこを爪を立ててポリポリと掻いている。

 掻くとき、その怒りを示すように微かにパチッ、と静電気が弾ける音とともに、かすかに空気が焦げたような鋭い匂いがした。

「まだやらねぇのか、遅れてんのは誰だよ」

「時間とか決められてなかったんだから、しかたなくない?」

 そう応えたのは一等級、ラエナ。

 強い巻髪が特徴的で、その奥には子どものような大きな瞳。

 頭の後ろに手を回し、暇そうに足をぶらぶらと揺らしている。

 少女のあどけなさと少年の無邪気さを混ぜ合わせたようなその顔には、一等級の傭兵らしさは微塵も感じられない。

「会議っつったら昼前までには集まるだろうが」

「なにそれー。どこのルール?」

「何なら外で待っておけばいい」

 一等級、バイル。

 身長は二メートルほどあり、背中に二本の槍斧を背負っており、左腕だけに黒紫色のガントレットを身に着けていた。

 その槍斧は普通のものより大きく、並の男でも持ち上げることは困難なほど。

 瞑目して微動だにしないが、彼が呼吸をするたびに、背負った巨大な槍斧のわずかな金属音が会議室に低く響く。

「時間を潰しておけ。集まったら俺が呼びに行ってやる」

「何で俺が遅れてる奴らのために、時間を潰してやらなきゃならねぇんだよ」

「まあ、落ち着きなさって」

 一等級、アラセナ。

 彼女の魔法で水で作られたコップ。それに入った水が、ジゼルの前にふわふわと浮かびながらやってきた。

 コップも中身も水なので、ほとんど水の塊だ。

「そちら、私くしが新しく作ったお水。硬水二、軟水八の割合で作らせていただきました。かき混ぜず、濃度の違いを感じるとよいです。どうぞ飲んでください」

 そう言ってうふふと笑う。

 その髪は先ほどまで小雨に打たれたかのようにしっとりと濡れており、目は常に涙が溢れるようにうるうるとして煌びやかだった。

 前にふわりと漂ってきた水の塊を、ジゼルは忌々しげに裏拳で弾き飛ばした。

 パンッ、と破裂音が響き、アラセナの丹精込めた水は無惨にも宙で砕け散る。

 同時に、ジゼルの拳に微かに帯電していた電流が水に伝わり、バチッと爆ぜる音がした。

 冷たい飛沫が石造りの机に散らばり、暗いシミを作る。

「くだらねぇ。水じゃなくて早く遅れてるやつを呼んでこい」

 しんとする会議室。

 するとアラセナの両目の水が更に揺れ、光が煌めき出した。

「私くし……私くしは、ちょっとでも落ち着いていただくため、美味しいお水を……飲んで……飲んでいただこうと」

 彼女は今にも泣き出しそうに、震え、口を抑える。

「あー! もうジゼル! 謝ってよ」

 とラエナは机に身を乗り出す。「アラセナが泣いたら水浸しになるよ、もう会議できないよ!」

「あ、いや……わ、悪りぃ。ちょっとイライラしててさ。水、ちゃんと飲むから、もっかいくれよ」

「いえ、もういいんです。私くしの作った水など、ウジから絞った油のようなものです……飲む価値など」

 肩を震わせるアラセナ。ジゼルは石造りの机にすがりつき、下から彼女の顔を覗き込むように身を乗り出した。

「いやいやいや! 飲みたい! 俺はお前の水が飲みたい! 喉乾いてんだよ、頼むから出してくれ」

 その必死な叫び声が響き渡った瞬間、ガチャリと重い扉が開いた。

「皆すまない、遅れてしまった」

「遅いんだよ! お前らのせいでアラセナが泣きそうだろうが!」

「絶対関係ないっしょ」

 ミネルはそう言って一番近くにある席に座る。「さしずめ、アンタがイライラして、アラセナを泣かせたんでしょ」

「黙れ。遅れてきたやつが偉そうにするな」

「そのとおりだよ、ミネル。理由はどうであれ遅れたのは僕らだ、まずは謝ろう」

 シェードに諭されると「うん、ごめん」と一応は謝ってみせた。

「申し訳ない。全員集まったのでどうぞ進めてください、エクスさん」

 そう言って、シェードは会議室の最奥へと目を向ける。

 そこに座っていたのは、傭兵協会創設者であり、一等級傭兵。元赤獅子団隊長であり、在籍時の二つ名は『灰雨』のエクス。

 齢五十を超え、オールバックの髪にはところどころ白が見えるが、服の上からでも分かるほどに鍛え上げられた肉体に衰えは見えない。

 今ここに、世界最高戦力の一つである傭兵協会の一等級の面々が集結した。

「それでは、一等級会議を始める」

 その声は重く、よく響いた。

 言い終えてなお、耳の奥で声が残り続けているようだ。

「まずは、この集会に来てくれてありがとう。それぞれ事情もあるだろうが、全員集まってくれたことを心より感謝する」

「招集令でしょ。集まるのは当たり前のことだ」

 ジゼルは椅子にもたれかかりながら偉そうに言うと、「えーそうなの」と突っかかったのはミネル。

「傭兵は自分の意思で行動すべきである、が原則でしょ。上とか下とか関係なくない? だから私も傭兵してるんだけど」

「うるせぇな、エクスさんが来いっつったら来るんだよ」

「ジゼル、悪いがミネルの言うとおりだ。我々は他の思想に縛られることなく、自分の意思で任務を遂行するものだ。故に、私の招集に集まってくれたことに深く感謝している」

 ミネルがしてやったかのように、にっと歯を見せると、ジゼルはフンと視線をそらした。


「君たち一等級達に共有しておきたいことが三つある。まず、全国的に多発している魔獣の被害についてだ」

 その言葉に、その場のミネル以外がどこか心当たりのあるような表情を見せた。

「五ヶ月前から魔獣討伐依頼が急増している。南方では魔獣の被害で壊滅した村もあるほどだ。それに伴って、傭兵が依頼中に死亡した件も増えた」

「あ、やっぱりあれ多いんだ。大変だったよ」

 足をばたつかせながら、ラエナがそう言った。「倒しても倒してもキリなくてさぁ、危うく怪我するとこだった」

「私くしも」

 悲しげに下を見るアラセナ。「ここ最近で、かなりの魔獣を沈めさせていただきました……心苦しいですが」

「魔獣の発生量に月や年によって波があることは想定してるが、ここ数ヶ月のものは異常値だ。魔獣討伐は三等級以上。巣となると二等級を指揮としたグループでの依頼になる。が、ここまでとなると流石に二等級でも荷が重くなる。そのため、君たちには各所に散ってもらい、なるべく討伐依頼をこなしてほしい……異論はあるか」

 特にはない。そんな雰囲気だったが、「一つ、言っておきたいことがある」とバイルが語った。

「これはここだけの話にしておいてほしいが……去年ぐらいからライル教会の動きが怪しい」

 その言葉に、ハンっと鼻を鳴らしたのはジゼル。

「もともと怪しい連中だろうが。魔法は罪の印だって。俺達魔法使いは皆、罪人だとか抜かしやがる連中だ。今更、そいつらがイかれてると思い始めたか?」

「いや、そうじゃない。国からの依頼で違法の武器流通を潰す依頼をこなしていた。俺も元締めを潰すために躍起になっていたんだ。だが、もうすぐで大本を潰せるとなったときに、国から依頼を突然、取り下げられた」

 こういう場合、基本的に国や貴族、もしくは教会が絡む。

「まさかとは思いますが」

 アラセナが恐る恐る聞く。「流通先に、教会の者が」

 バイルは頷く。

「流通先がとある司祭の疑いがあった。それが分かった次の日だ」

 全員がそれぞれ思案にふける。

 ライル教会は教会だというのに、「天声軍」という軍隊を持っている。

 弾圧や差別に対抗するべく、自衛目的のみの守兵団ということだが、そう呼ぶには大きすぎる戦力だった。

 ライル教会と傭兵協会はその性質上、相性が悪く、いざこざが起きることも多い。

 天声軍と小規模の争いが起き、裁判になったこともある。

「我々と協会で戦争になる……と言いたいのかな?」

 シェードがそう聞いた。

「いや、ならないとは思うが……ただ気に留めておいてほしい。奴らが軍隊で動く以上、個人で戦うのは危険だ。教会から妙な動きがあったときは、迷わず逃げるべきだ」

「バイルの意見におおむね賛同だ。注意してくれ」

 異論はなかったため話は次に移った。

「これも同じく五ヶ月前から発生したものだが、皆、転生者を名乗るものと出会ったことはあるか」

 手を上げたのはジゼルとバイル。

「転生者かはわかんないっすけど、なんか転生だのどうの言ってたやつを返り討ちにしましたよ」

「俺もだ。お前は転生者かと聞かれた。違うと言ったら襲ってきた」

「おそらく、そいつらは転生者だろう。理由は定かではないが、彼らは好戦的で高い戦力を持っている」

「そうですか? 雑魚でしたよ」

 得意げにジゼルが言うが、エクスは首を振った。

「いや、情報から聞くに最低でも三等級以上。我々一等級に等しい戦力を持っている者がいると考えてもいい」

「俺が殺した奴は少なくとも二等級以上の戦力があった」

 バイルが言って考えるように眉を寄せた後、エクスを見た。「彼らの目的はなんですか」

「理由は分からない。ただ、同じ転生者を探し求めている節がある。もし転生者と出会ったらできるだけ捕らえてくれ、話を聞きたい。それと見た目では判断がつかない。傭兵協会内や、もっと近くにもいるかも知れない。皆、注意してくれ」

「魔獣に転生者」

 ぽつりと呟くアラセナ。「双方とも現れたのは五ヶ月ほど前ですか。何か関係がありそうですね」

「私もそれを睨んでいるが、現段階では想定の域を過ぎない。転生者から話を聞いてから考えたい」

 他に声がないことをエクスは確認した後、最後の題に入った。

「君たちは、イリオ・ハイメインという名を聞いたことはあるか」

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