第3話-1 漆黒の証
ザッカードをでてから一週間後。
夜が更けそうだったので野宿の準備を始めていた時だ。
神妙な面持ちのザイロと、今にも斬りかかろうと刀を手にするレインが見合っていた。
その二人をリサとイリオが心配そうに見ている。
「いくぞ、ザイロ」
刀を構えたレインがいうと、
「本気でこいよ。じゃないと訓練にならない」
ザイロが返した。
じりじりした空気の中、集中力を高める二人。
ふっと、一瞬だけ強めの風が吹いた瞬間、レインの刀が横一直線にザイロへと振られた。
刀が触れそうになる。ザイロは二本立てた指を下へ振ると、刀は突然、軌道を変えて地面に突き刺さった。
「おっ! おお!」
リサの感嘆の声が上がると、ザイロはまんざらでもなく得意げな顔をした。
磁力操作による攻撃の軌道変更。
相手の武器が鉄なら、いつでも使える。
「クソ……たまたまだ」
そういって、レインは悔しそうに刀を地面から抜いた。
「もっかいやるか? 何回でも……」
そこまで言うと、ザイロはレインの持っている刀を見て眉を寄せた。「お前……それ峰打ちじゃなくないか」
ザイロも絶対的な自信があるわけではなかったから、峰打ちで行う約束だった。
「ああ。本気でこいといっていたから、斬ろうとしたが」
「バカか、俺がしくったらどうするつもりだったんだよ」
「俺の数字がⅣになるな」
ザイロは顔を引きつらせた。
コイツ、俺を助ける気ほんとにあるのか。
ザイロとレインは適当に作った木の剣で、模擬戦を行っていた。
前から戦闘の訓練がしたいと思っていた。男が旅に同行してくれると、こういったことができるので助かる。
だが、やはり剣の腕ではレインのほうが二回り。いや、体感的には二十回りぐらい差があるように思えた。
尻餅をついて倒れたザイロの顔に、レインは剣の切っ先を突き出す。
「二十連勝。木の剣ならお前に負けない」
その切っ先をザイロは手ではたく。
「なんだよ、根に持ってるのかよ」
「持ってない。事実をいったまでだ」
それと分かったのは、コイツは無口なので勝手にクールな性格かと思っていたが、結構負けず嫌いで幼稚なところがある。
ムカつくが、まあ相手がいないよりマシだ。
「戦ってわかるが、お前には根本的に剣の才能がないな」
レインは肩に剣を置きながら言った。「もっと別の武器を試したほうがいい」
「なら槍とかか」
「せっかく磁力を使えるんだ。もっと強みが出る武器がいい」
そうは言われても、これというものは思い浮かばなかった。
戦闘訓練ができるようになったのと、それと大きく変わったことがもう一つ。
「イリオちゃん! 寝よ!」
「ああ……はい」
リサが無理やりイリオと寝ようとすることだ。
隣に誰かがいるほうが安心するらしい。
戸惑いながらも、イリオはリサの隣に横になる。
これはかなりの収穫だ。いくら言っても横にならず、座ってばかりいたイリオが、ちゃんと寝転んでいる。
寝ているかどうかは定かじゃないが、休んでいると思うと安心する。
食事も少量だが食べるようになってきた。
ちょっとずつ、いろいろなことが好転していっている気がした。
だが反面、陰りを見せているのは……。
夜、ザイロはカバンの中の財布の重さを確認する。
カネ。これだけは、ちゃんと考えないと確実に減っていく。
翌日の昼頃。次に着いた村はデナド。
周りが太い木々に囲まれている、大きい村だった。
木工業が盛んらしく、太い木が次から次へと馬車に乗せられて運ばれている。
旅の疲れを取り、そして食料を買い込むため。
そしてもう一つ、カネを得るためにやってきた。
ここにも傭兵教会の依頼受付場がある。レインは三等級だ。羽振りのいい依頼が受けられるはずだ。
問題は宿だ。
部屋を一つ借りることはできず、休めるところは旅人や宿無し達が集まる大部屋の休憩場しかなかった。
一応、布で仕切られてはいるが、ほとんど同じ部屋にいるようなもの。
外よりマシとはいえ落ち着かない。
「俺とレインは傭兵の依頼を見に行く。リサ、お前は食料を買いに行け。余計なもんは買うなよ」
騒がしい休憩所で、とりあえず腰を据えた後、ザイロはそういった。
その後、イリオを見る。
彼女をここに一人置いておくのは危険だろう。
「じゃあ、イリオはリサとーー」
一緒に買い出しに行ってくれ。そういいかけた時「あの」とイリオが発言した。
三人がちょっと驚いた様子でイリオを見る。
この旅の中、イリオが自ら発言することなどなかったから。
「どうした、イリオ」
ザイロが聞いた。
「私も、受付場に、行きたいです。駄目ですか」
その提案にちょっと驚いた。
受付場などイリオみたいな人間がいく場所じゃない。
なぜかと伺うと、助けられてばかりなので、せめてどういったことをしているか、一緒に見て、助けられそうならそうしたいとのことだった。
イリオが一緒にいて、助けになる状況があるとは思えなかったが、それならと受付場には三人でいくことになった。
受付はかなりこじんまりとした建物だった。普通の民家よりちょっと大きい程度だ。
支部を見てしまった後だと、かなり小さく感じてしまう。
「はいはいはい! ちょっとお待ちくださーい」
中に入ると二人しかいない受付がいて、おさげを揺らしながら、せっせと書類片手に右に左にと動いていた。
規模感は小さいが、ボードを見るにそれなりに仕事はあるようだった。
三人が入ると、中にいる数人の傭兵たちがざわざわと騒ぎ出す。
小さく耳に入る言葉を聞いていると、どうやらレインが来たことに驚いたらしい。
よく考えればザッカード支部は近くにある。そこの有名人だったレインがきたらびっくりもするだろう。
それと理由はもう一つ。
「あの、付き人のお方」
傭兵の一人が話しかけてきた。
付き人、といわれて一瞬、何のことかわからなかったが、自分を見ていることに気がついた。
「いや、俺は付き人じゃないです。どっちかっていうと付いてきているのはコイツ」
そういって、ザイロは親指でレインを指さした。
肩越しに後ろを見ると、得意げな顔をしているレインにムカついた。
「それは失礼しました。あの、その方はシスターでしょうか」
用があるのはイリオの方だった。
ライル教のシスターだと教えると男は、
「祈りをいただいてもよろしいでしょうか?」
真剣な顔をしてそういった。
イリオの顔を見ると、不安そうな顔をしていた。
葛藤があるのだろう。彼女は今、神や祈りの存在を疑問視している。
しかし、男の表情が真剣だったのを見て「わかりました」と返事し、前に出て両手を組んだ。
男は膝をついて下を向く。
「地にあなたの進む道を。天にあなたの戻る場所を。安寧と希望のあらんことを。マテラス」
そういうと数秒の間、祈りの時間があった。
ほんの短い間だった。だが、まるでその瞬間の時だけ、ぎゅっと濃縮されたような、不思議な感覚が流れた。
「以上です」
なんというか。この感覚をうまく表すことができないが、知っている言葉でいうと神聖的だった。
神なんて信じてない。何なら、こんな戦いをさせられていることに憎しみもある。
ただ、神を信じたい人間の気持ちもわかる気がした。
一人が終わると、二人、三人と同じく祈りを求めるものが来た。
傭兵の依頼はそのさなかに死ぬ可能性もある。皆、不安なのだ。
それに対し、イリオは丁寧にこなしていく。
三人共、少額であるがカネを渡してきた。イリオは断ったが半ば無理やり手に収めてきた。
それだけ感謝しているということだろう。
祈りの力。正直、信じてない。でも人の心に作用する何かはあるのだろう。
「あの、よろしいですか」
色白の男が弱々しい声で話しかけてきた。
「ああ、祈りなら彼女に聞いて下さい。俺は付き人じゃないんで」
と返したが男は首を振った。
「いえ、祈りではなく。依頼をお願いしたい。僕の依頼をこなしていただけないかな」
男の名前はシェードという。
ここから北にあるきれいな花畑がある山に来ていた。
ミレナという女性と一緒に。
四日前、彼女と共に花を楽しみ、ダンスをしていたら、うっかりと足を滑らし、深い亀裂の渓谷に彼女は落ちていってしまったという。
「僕が……僕があんな場所で踊ろうと言わなければ、こんなことには……」
机を挟んで話を聞いたザイロたち。
ちょっと不注意が過ぎるような話の気がしたが、不幸な事故だ。
「その女性は」
とイリオが聞くと、シェードは目を伏せた。
「分かっている。彼女はもう死んでいるかもしれないことは」
かも、というより渓谷に落ちた人間が生き残れる確率など、かなり低いだろう。
時間も経っている。生存は絶望的だ。
それを認めきれないのか、シェードは明確には言わなかった。
その渓谷は位置的に、レディナ洞窟という場所につながっているらしく、そこに一緒に行って、女性を回収してほしいというのが詳しい依頼の内容だった。
「彼女と僕は、運命の二人だった。ふたりとも美しく、輝かしい時を過ごしていた。目を閉じれば、あの光に満ちた歳月が浮かぶ。こんな出会い、もう一生ないだろう」
なんというか少しナルシズムな発言が鼻についたが、黙って聞いた。
「たとえ命がなくとも……もう一度会いたいんだ……頼む」
なんとも悲しい雰囲気に包まれた。
すると、レインが周りにバレないように、刀の柄でザイロの腕をつついた。
「何だよ」
とザイロがいうと、レインが耳打ちで「報酬は」と言ってきた。
自分で聞けよと思いながら「シェードさん。報酬はどう考えてますか」と伺った。
するとシェードは数秒、黙りこくる。
「今はないんだ、すまない」
ザイロは横目でレインと見合う。
依頼は慈善活動じゃない。報酬と引き換えにこなすものだ。
洞窟がどれだけ危険かわからないが、報酬なしではこなす気になれない。
「僕も傭兵の端くれだ、異常なことは分かっている」
シェードは手を前に出すと、そこには傭兵の証である羽のバッジがあった。
仮傭兵の灰色。というよりあまり手入れされてないのか、濁った黒色に見える。
ちょっと驚いた。傭兵には見えなかったから。
「でも、いつか必ずカネは用意する。お願いだ」
懇願されるもザイロは困った顔をして頭を掻いた。
カネを稼ぎに来たというのに、後払いで依頼をしてくれと言われても困ってしまう。
保証はないし、今は旅をするための路銀がすぐにほしい。
「ちょっと考えさせてください」
そういってザイロはバツが悪そうに席を立った。
他の依頼書を確認して帰ろうと思っていたら、イリオが席を立っていないことに気がつく。
「イリオ?」
名を呼んだが、聞こえなかったのかイリオはシェードを見つめたまま動かなかった。
「私はライル教のシスターをしています。私は無力です。こんなことしかできませんが、どうか、ミレナさんの無事を祈らせてください」
ハッとして顔を上げたシェードは、その両目から涙を流した。
「すまない……ありがとう」
下を向き、机にポタポタと涙を落とすシェードと、静かに祈るイリオ。
それを見て、なんとも言えぬ、もやもやとした感情を抱えながら、ザイロは受付場を去った。
間借りの大部屋は考え事には不向きだ。
布の向こうから他の人間たちの喧騒が聞こえてきて、集中力を乱す。
「へ~、そんなことがあったんだねぇ」
レインからシェードの話を聞いたリサは、そんな気の抜けた返事をしてザイロを見た。「助けてあげたら?」
「そうだな。ただカネがもらえないなら、食料を減らすことになるかもな」
途端、リサは苦虫を噛んだように顔を歪める。
「いや、ちょ、それは」
「この依頼がいい」
レインは依頼書の写しを数枚見て、一つを選んで言った。「配送の護衛だ。目的地のミヘルドに近づく。護衛者には食事もつくと。三等級以上とあるが、俺がいれば受けられる……そのかわり、依頼者と一切話はしない、お前らが話をしろ。知らないやつと話したくない」
まさに最高の依頼だ。
普通なら飛びついている……普通なら。
「その依頼、期限はいつまでだ」
「明日だ」
それを聞いて重く長いため息をザイロは吐いた。
「お前、もしかしてシェードの依頼を受ける気か」
その様子を見てレインが聞いた。
「ほっとけるのかよ。俺達が受けなかったら、誰も受けないだろ」
「小切手があるならまだしも、口約束の後払いで依頼を受けるなんて聞いたことがない。そもそも、渓谷の近くでダンスだと? 間抜けが過ぎるし、嘘の可能性だってある。お前の目的はミヘルドに行くことだろう。道中で困っている人間たちを片っ端から、気まぐれで助けていくつもりか」
「その気まぐれがなかったら、お前は今頃、死んでたな」
ザイロが独り言のようにそう言うと、レインは一瞬だけ息を呑んだ。
「なら、どうしてお前はあの時、すぐに依頼を受けなかった」
「迷った」
「だったらーー」
説得しようとするレインの言葉を、ザイロは遮る。
「俺はまだ弱いからな、でも決めてることがある」
横目でイリオの事を見た。
彼女は静かに祈りを捧げている。
その後、力強い目をレインに向ける。
「迷ったら、やる。そう決めてる」
何を言っても無駄だと悟ったか、レインは疲れたかのように肩を落とした。
「お前の決め事に最後までついていく気はない……愛想が尽きたら、俺は抜けるぞ」
「好きにしろ」
黙った二人を、心配そうにリサが二人を交互に見る。
「ねえ……ご飯は、減らないよね?」




