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第2話-3 交錯する共鳴

「いくぞ」

 固唾を飲んでザイロがそう言うと「うん」と横にいるリサは頷いた。

「よし……ハッ!」

 手のひらに乗せた鉄鉱石に力を込める。

 すると石は素早く前後に振動しながら浮き始めた。

「おおおお! いい感じいい感じ!」

 隣で興奮しだすリサに「うるせぇ! 集中できないだろうが!」と必死のザイロは叫んだ。

 傭兵になるにしろ、そうでないにしろ、強くならなくてはいけない。

 鉄鉱石を動かすだけではない武器が必要だ。

 それがこれだった。

 石に対して前と後ろから同じ力で、引っ張り合うように磁力を加える。

 それを強くしていき、後ろで引いている磁力をなくせば、凄まじい勢いで前に発射されるはず。

 ただ原理はなんとなく分かっても、実際にできるわけじゃない。

 二時間ほど練習を続けて、やっとこのレベルだ。

 ちなみに場所はレインにつれてこられた所を勝手に使っている。

 部屋は狭くて危険だし、ここはアイツの私有地じゃない。

「ぬぅ……くっ……うぉーー」

 突然制御を失った石は、弾けたかのように吹き飛ぶと、一直線にリサの額にぶち当たった。

「痛ったああああああ! 」

 リサは倒れ、額を押さえながらゴロゴロと地面をのたうち回る。「刺さった! 刺さった刺さったよぉ!」

「ああ、悪い。ほんとに悪い」

 今度はリサをザイロの後ろに移動させて再トライ。

 先ほどと同じように、また石は浮遊し振動していく。

「いいよぉ、ザイロ。その調ーー」

 次の瞬間、また弾けたかと思うと、今度はザイロの耳をかすめ、またリサの額に打ち込まれた。「ーー嘘!」

「ごめん、リサ!」

「いいたいぃよおお」

 リサは額に手を押さえつけながら、涙目になってその場に倒れ込む。「わざとじゃん! おでこ狙ってるじゃん!」

「違うって。そんなコントロールできないし、俺もヤバかったって」

 次は近くの木の裏にリサは隠れた。

「お前は帰ればいいんじゃないか」

「見たいじゃん!」

「そうか。まあいいけど」

 また磁力を操作する。

 石を浮かせ何とかコントロールをしようとするも、意に反してそれは回転を始めた。

 止めようと思うが、それに反して回転はどんどんと早くなっていく。

「ヤ、ヤバイ! 隠れろリサ!」

「分かった!」

 予想通り弾け飛んだ石は、強い回転のためカーブがかかり、美しい弧を描いて、木の後ろにいるリサの額にあたった。

「なんでぇ!」

 もはや神かなにかの力が働いてるとしか思えない挙動に、ザイロは呆然とした。

「こうなると、もうお前の額に問題があるんじゃないか」

「どんな問題なのさぁ」

 その後、切り株に座ったザイロは、顎に手をおいて考える。

「難しいなぁ。うまく飛ばせない。鉄鉱石だからか? 純粋な鉄なら、もうちょっとうまくいくのか」

「ぬっふっふっふ」

 それを聞いたリサは、コソ泥みたいな笑いを見せた。「その言葉を待ってましたよ」

「待ってました? なんだ、なんか対策でもあるのか」

「じゃーん、これです」

 リサが懐から取り出したのは、形は悪いが鈍く銀に光る、灰色の球体が五つ。「鍛冶屋で買ってきちゃった」

「これは、鉄か!」

 確かに、不純物の多い鉄鉱石よりも、しっかりと精錬したもののほうがコントロールしやすそうに思う。

 実際、磁力を引き合わせると石よりも安定した。

 そして、引いていた力を消すと、思っていた方向に飛んでいき、木に打ち込まれた。

「いいぞ! これはいい、ありがとうリサ! これ、高かったんじゃないか」

「えっへっへ。まあ残り物みたいなものだったから、それを安く値切ったんだ。すごいでしょ」

「ああ、すごいよ……でもお前、カネなんて持ってたっけ」

 そういえば、あの時こいつに渡した俺の財布。まだ返してもらっていない。

 みるみる険しくなっていくザイロと、苦笑いになるリサ。

「いやほら、結局ザイロが使うんだから、私が買ってもいっしょじゃん」

「額出せ。次は狙って当てる」

 ぱっとリサは手で額を隠した。

「やめてよ! これ以上やったら頭蓋骨がいっちゃうよ!」

「お楽しみのところ、ちょっといいか」

 不意にきた耳慣れない声に、二人は驚いて声の方を向く。

 そこにいた男に見覚えはなかったが、なんとなく支部にいた傭兵たちと同じ雰囲気があった。

「俺はジム。ハデムさんと仲いいんだ。昼の手合わせの騒ぎがあっただろ。そん時に一応会ってるんだが、覚えてないか」

 共鳴はない。転生者ではなさそうだ。

 ただハデムとつるんでいるということは、ろくなやつではないだろう。

「いや、覚えてない。何の用ですか」

 ザイロは警戒しながら聞いた。

「ちょっとレインについてだよ。アイツと仲いいのか。この辺によくいるはずだって聞いてさ」

「ちょっとした成り行きで推薦を受けたけど、親しくはないです」

「へへ、そうか。どこにいるのか知ってるか」

「知らないし……どうしてそんなことを知りたがるんですか」

 想定していない質問だったのか、バツの悪そうにジムは答える。

「いや、あれさ。アイツはウチの支部の有名人だろ。ちょっと話とかしたくてさ。一緒に依頼とかどうかと思って」

「へえ、そうですか。アイツはやりたがらないと思うんで、やめといたほうがいいですよ」

「まあそうだよな。ハハ、ありがとう。邪魔したな」

 そう行って逃げるように、その場を去ったジム。

 その背中をじっとザイロは見ていた。

「どうしたのザイロ」

 様子を不思議に思ったリサが聞いた。

「あいつ。ジムって奴、嘘をついてた。俺はわかるんだ、なんとなくな」

「そうなの? なんで嘘なんてついたの」

「人間が嘘をつくときなんて、大体がやましいことだろ」

 ジムはレインのことを探っていた。

 ハデムからしたらレインは邪魔者だ。なにかするために動向を探らせていたのかもしれない。

 二人は転生者。殺す理由も十分にある。

 だが、だから何だというのだ。

 レインは言っていた。自分に降りかかる火の粉は、自分ではらうと。

 そう、転生者同士だからといって助け合う必要はない。

 いちばん大事なのは自分自身。アイツが死のうがどうなろうが、関係ない。

「関係ない……よな?」

 気がつけば自分に問いかけるように、ザイロは呟いていた。



「俺に、指名で依頼か」

 レインは依頼書を見て、アイシャに呟くように言った。

「そう。アンタも有名になったね。指名って普通二級からしか見ないから」

「そうか、拒否する。俺は俺の意思で依頼を決める。指名などどうでもいい」

 やれやれといった様子で、アイシャはおどけた顔をしてみせた。

「そーゆーと思って、私も一回は担当に断ったよ。アイツは指名の依頼は受けないって。でもさ、依頼主が貴族直下のシェイルなの」

 レインは面倒くさそうに眉を寄せた。

 貴族直下とは、貴族との直接的な強い関係をもち、経営や土地管理を任されている者を指す言葉だ。

 準貴族などと呼ばれもする。

 たいてい貴族の力を誇示して、横柄で自分勝手なやつが多い。虎の威を借る狐というやつだ。

 そしてシェイルはその典型であり、ザッカード支部には彼からの依頼が多く、レインも何度か受けていた。

 これを断れば、彼からの依頼だけではなく、関連依頼を受けるときにも障害があるかもしれない。

 面倒な。こういう人間関係的な問題がないだろうから、傭兵という仕事を選んだというのに。

 快適に続けるためには、この依頼を受けざるを得ない。

「ウチもお得意様の顔を潰すわけにいかないのよ。アンタだってバカじゃない。受けるでしょ」

 アイシャがそう言うと、レインは面倒くさそうにため息を落とした。

「場所と日程は」

「明日の朝。北の山奥。担当者がきて案内するって」

「急だな」

「その分、報酬はすごいよ金二枚だって」

 カネに執着はない。

 まあ、あるに越したことはないが。

「今回は受ける……今後、こういうことがないように、名が広がらないようにしてくれ」

「じゃあ依頼を受けなきゃいいじゃない」

「暇も困る。腕が鈍るからな」

「知らないわよ、自分で考えな」

 それができたら苦労はしないと考えながら、踵を返して帰ろうと思った時、支部内に数人いる傭兵の中にハデムがいた。

 こちらを見て、ほくそ笑んでいるような気がした。

 少し気になったがレインは何も言わず、支部を出た。



 暗闇の中、終わりかけている蝋燭の小さな光が、ぼんやりと木の天井を照らしていた。

 ベッドに横たわっているザイロは、木目を上から下になぞるように見ながら、眠れず、考え事をしていた。

 レインの件。それが頭から離れない。

 別にアイツが襲われると確信があるわけじゃない。

 ただ、この考えがあたってしまったときに、俺はどうすればいいのか。

 レインはたしかに強い。ただ、ハデムだって只者じゃない。

 複数人で不意打ちされたとしたら、レインはそれに対抗できるだろうか。

 もし……俺が何もしなかったら……。

「眠れないのですか」

 ハッとして横を向くと、窓の近くに座るイリオがこちらを見ていた。

「あ、うん。ちょっとな」

 驚いていた。あの事件があって以来、イリオが話しかけてくることなどなかったから。

「そうですか。ちゃんと眠れていないのは、心配です」

 それを言うなら、一睡もする気配がないイリオのほうが心配なのだが。

「まあ、そのうち眠れると思う」

 体を上げてそう返すと、部屋の一番ホコリが溜まっている角で、薄い布のような布団で眠るリサが見える。

 小さく寝息を立てながら、心地よさそうだった。

「アイツみたいに、何も考えずに眠れたら幸せ何だけどな」

 というと、ほのかにイリオの顔がほころんでいるように見えた。

 それを覗き込んでいると、気付いたイリオはすっと表情を消す。

「コイツ、面白いやつだよな」

 とザイロ。「バカだけど、いいやつでさ。俺があった転生者のなかじゃ一番マシなんだ」

「はい、良い方だと思います」

「にさ……」

 突然、リサがもごもごと口ごもりながら話しだした。「二皿じゃ、足りないかもです……四皿ほしい。最低で三皿……ゆずれない」

 ぷっとザイロは吹き出した。

「どういう夢見てんだよ」

 こっそりとイリオの顔を見ると、また微笑んでいるように見えた。

「笑っても、いいんだぞ」

 恐る恐るそういうと、イリオは唇を噛んで表情を固めた。

「私は。笑ったり、楽しんだり……そんな権利ないです。してはいけません」

「そんなことはない。楽しかったら楽しんで、笑いたかったら笑えばいい」

「でも……できません」

 イリオは足に置いた手に、ぐっと力を込めた。「しようとしても……私が裏切った、村の人たちのこと思い出して、笑えません」

「そうか」

 諦めたかのように呟いたザイロだが、すぐに続けた。「なら、いつか村の人たちに謝りに行こう。一緒に」

 イリオは恐怖する子どものように小さく震えた。

「で、できません。とても。それにザイロさんは悪くありません」

「俺がいたせいで、転生者のオールがやってきた。俺にも非がある」

「それでも……やっぱり……あの」

 イリオは両手を胸に当てて、首を横に降った。「とても、怖くて」

 じっと空を見つめ、自分に言い聞かせるように言った。

「強くなるしかない。俺もイリオも」

「なれるでしょうか」

「なるしかないよ……だから、もう迷わない。自分がするべきと思ったことを、思いっきりする。やるかどうか、迷うぐらいならやってやる」

 ザイロは強い眼差しでそう答えた。

 胸の中の不安が晴れると同時、ちょうど蝋燭の火も消えた。



 案内人は深くフードを被った男だった。

 身なりはキレイに見繕っていたが、おそらくそれほどカネのあるやつじゃない。

 靴はキレイだが靴下が汚い。

 詰めが甘い、というやつだ。

 なぜ金持ちを見繕うのか、それをレインは問うこともなくついて行った。

 なぜなら知らない人間と会話をしたくないからだ。

 支部から街の外へ出て歩いていくが、一言も会話はない。

 向こうから何度か話しかけられるが、返事は「分かった」のみで、依頼に関すること以外を聞かれても無視する。

 街を出て、山の中へ入っていく。

 一応、軽く整備された道だが、自分たち以外に人のいる様子はない。

 依頼内容は山頂にある小屋の警備。

 これで金貨二枚。どうもきな臭い。

 案内人の様子から見て、まともな依頼じゃないのは確かだ。

 指名を受けたということは、自分が狙われた可能性も大いにある。

 だが、問題ない。

 レインは案内人の背中を見ながら、そっと刀に手を添えた。

 目的はカネか。それとも命か。

 どちらにせよ、向かってくるなら命で償わせるだけだ。



「あれ、おかしいわね」

 異変に気がついたアイシャはそう呟いた。

 新規の依頼は、依頼検査官によって問題ないか確認され、署名された書類が受付たちに渡される。

 が、その書類の枚数が少ない。

 聞くところ検査官の一人である、コロドが昨日から出勤していないそうだった。

 それを聞いてアイシャは不思議に思った。

 コロドは真面目な男だ。酒癖は少し悪いが急にそんなふうに休むようなやつじゃない。

 それに、昨日受理したレインへの依頼は、コロドのものだった。

 胸騒ぎがした。

 アイシャは処理中の依頼書が入っている棚から、レインのものを見つけた。

 書類の中身を確認する。

 一見、問題はない。署名も本人のものだ。

 だが少し違和感がある

 署名を間近でしっかり確認すると、線が真っ直ぐではなく震えているように見えた。

 平静の状態ではなかった? なぜ震えている。 

 酔っていたか。いや、飲みながら仕事はしないだろう……なら。

「何か、あった?」

 この署名が無理やり書かさていたり、偽造されたものだとすれば……。

 アイシャはすぐにドルバーンの元へと向かった。


 それなりに歩いた。三十分ほどか。

 確かに小屋はあったが、それは護衛が必要なものとは思えなかった。

「では、武器を預かります。腰の刀をこちらに」

 案内人が振り返って言ってきた。

「断る」

 不躾にレインはそう返した。

「すいませんが、武器は預かることになってるので」

 武器無しで護衛任務? なら襲われたときは素手で戦えというのか。だとしても、依頼書の注意事項に記載をすべきだがそれもなかった。

 この時点でレインはこの依頼が偽のものであると、ほぼ確信した。

「なら、俺は帰る」

 原則として傭兵は受けた依頼を途中で辞めることはできない。

 ただ、今回のような注意事項漏れや、倫理に欠ける依頼に関しては別となる。

 踵を返すレインに「ちょ、ちょっとお待ちになってください」と案内人は食い下がった。

「では紐を。刀が落ちないように、紐を括り付けるだけでも構いません」

 無視して来た道を帰ろうとすると、ぐっと後ろに引っ張られる感覚があった。

 肩越しに振り返ると、案内人が鞘を握っていた。

「おい、腕を切り落とすぞ」

「うるせぇ! この野郎が、黙って刀を置けぇ!」

 正体を現したそいつは、鞘を握っていない方の手で懐を探ると、何かを取り出して、レインに見せつけるように前に出した。

「これが見えねぇのか、このバカが!」

「これ、というのは、その落ちてるものか」

 冷静にそう答えた。

 その時に、レインはすでに鞘から刀を抜いていた。

「お前、いつの間に刀を……落ちてるって……あぁ!」

 そこまで言って、男はやっと気がついた。

 懐から取り出したナイフ。それを握った手が、二の腕ごと切り落とされていたことに。

「あああぁ! 腕が! 俺の腕がぁ!」

「手を離さないなら、もう一本もなくなるぞ」

「このっ……ジム! ゼイラ!」

 名を叫んだ瞬間、近くの茂みから二人の男が飛び出した。

 レインに驚きはなかった。敵の雰囲気をおおよそ感じていたからだ。

 迎撃しようと思ったが、刀を持った腕を、案内人だった男が掴んでいた。

「死ね、この野郎」

 慌てるような状況ではない。

 片手の男の後ろに回り込むと、掴んでいた手は可動域の関係上、自動的に外れる。

 その後、首筋に刀を添えて盾にした。

 襲いかかろうとしていたジムとゼイラは、どうしていいのかわからず、二の足を踏んでいる。

 三人とも、素人ではないが、実力者というわけでもない。

 この程度で自分を殺せると思ったのか。

 襲われたことよりも、そっちの方に腹がたった。

「お前ら……早く……」

 片手の男は腕からの出血が激しく、ほとんど意識のない状態だった。

 長くは使えない。まあそんな必要もないが。

 男の背を蹴り、二人のほうへ飛ばすと、腰を落とし、魔力を刀に込めた。

 蒼白のオーラが持ち手から、切っ先へと流れていく。

『サーフィス』

 刀に作用し、その斬撃を強化する魔法。

 レインから見れば、三人の位置は遠い。刀圏の範囲には入っていない。

 それでも、レインは刀を振るった。

 常人では視認すらできない速度で空を斬った刀。それは魔法により刀身から斬撃だけが伸び、攻撃範囲を広げる。

 三人の上半身が、下半身から離れるが、その顔は斬られていることに気がついていないようだった。

 誰だか知らないが、命を無駄にしたな。

 崩れ落ちた肉体をみながら刀を鞘に納め、そう思った瞬間、背後から気配があった。

 すぐに振り向くと、そこには手を振りかぶったハデム。

 上体を後ろに引き、顔を狙った右手を避ける。

 が、即座に放たれた左手の二撃目が、遅れた下半身、左の膝を一秒と満たない時間だが触れた。

 瞬間、ビキビキと骨と腱の悲鳴が聞こえた。

 数歩後ろに後ずさるが、左足から激痛が走り、力をいれることができない。

 やられた。アイツらは囮だった。

「使えねぇな、雑魚どもが」

 ハデムは両断された死体を見ながらぼやいた。「所詮、四等級のクソ共か。まあ、お前の足を取れだだけでも良しとしてやるか」

 脂汗がレインの額を濡らす。

 左足の膝は潰されたわけじゃないが、これではしばらくの間は使えない。腕は動くので反撃はできないことはないが、疾さは半減。

 右足だけでとっさに動けるのは三歩程度。立ってるのもやっとの状態。これで戦えるのか。

 思案を巡らせていると、ハデムはクックと笑ってみせた。

「どうだろうな。無口なお前も、死ぬときはないて喚くんだろうか。いま見てやるよ」

 走り、距離を詰めてくるハデム。

 とっさに刀を降るも、足の力の入っていない太刀筋は簡単に見切られ、躱された。

 顔。というより首をめがけて迫ってきたハデムの左手。

 振り切った刀を即座に戻し、持ち手で防いだが、強烈な捻りの力が加わり、刀は宙を待った。

 武器はなく、足も動かない。敵は眼前、右手を振りかぶる。

 死。

 その現実が眼の前にやってきた時、圧縮された時間の中、レインは深く恐怖した。

 傭兵ならいつでも死の覚悟があると、心で思っていたが、実際目の当たりにするとそんなもの、ただの物知らずの強がりだと悟った。

 終わりへの覚悟など。誰もできるはずない。

 生がある限り、死は絶対的な絶望だ。

 走馬灯。

 よぎったのは消えていた記憶か。

 前世。冷たい部屋。物言わぬ天井。孤独。

 それらの景色は、眼の前を小さな影が右から左へと横切るとともに現実に引き戻され消えた。

 虫でも通り過ぎたのかと思ったが、攻撃しようとしていたハデムがその場に膝をついていたのを見て、違うと察した。

「大丈夫か!」

 声とともに、影が飛んできた方向から駆けて来たのはザイロだった。「レイン! ハデムが動く!」

 ハッとして我に返ったレインは、再度動き出そうとしていたハデムに、とっさに顔に拳を当て、距離を取った。

 左足に激痛が走ったが、とりあえず射程外に出た。

 ゆっくりと後ずさり、ハデムと五メートルほどの距離を取れると、隣にザイロがやってきた。

「どういう状況だ」

「足をやられ、武器も飛ばされた……貴様はなぜここにいる」

「お前を助けにきた」

 レインは驚き、言葉をつまらせた。

「助けに……なぜ?」

「何だよ、死にたがってたのか。そんな話は今どうでもいいだろ」

 ザイロは手負いのレインの前に出て、手のひらにある二つのいびつな鉄球を、こっそりと見せる。「この距離じゃ当たる確率は五分五分だ。避けられなかったらの話だけどな」

「悪くない確率だ」

 ハデムが膝をついたのは、この鉄球を飛ばされたことによるものだろう。

 それなりのダメージだったようだが、すでに回復しつつある。

 敵を視界に入れつつも、左にある地面に突き刺さった刀を見た。

 ちょうどハデムと同じぐらいの距離、五メートル程先にある。

「刀があったら、アイツに勝てるか」

 ザイロが聞いてきた。

「素手でも貴様には勝てる」

「そんな話、聞いてねぇよ。どうなんだ」

 一瞬だけ考えたレインは「五分五分」と答える。

 瞬間、ハデムが移動したかと思うと、刀の下へと向かいそれを背に構えた。

「これでどうだ?」

 顔を強張らせるレイン。

 二対一とはいえ、武器のないレインと、戦闘素人のザイロ。勝ち目はない。

 が、ザイロは挑発するかのように、緊張した面持ちながらもニヤリと笑ってみせた。

「どうだって聞いたか。コイツをぶち当てて、勝率一〇〇パーセントだよ」

 といって、武器である鉄球を見せた。「俺の魔法は手の中にあるものを、前方に高速で飛ばす魔法。さっき見たく、跪かせた後は、顔をぶん殴ってやる」

 安い挑発だったが、ハデムにはわかりやすく効いていた。

 正直、良い手でではない。

 挑発したところで、真っ直ぐ向かってこられたらこちらが負ける。

 それに武器も見せるべきではなかった。

 敵に文字通り手の内を明かしただけ。これでは死にに行っているようなもの。

「その前に、お前の頭は回ってるよ!」

 雄叫びと同時に距離を詰めてくるハデム。

 ザイロは手の平に乗せた鉄球を構え、ハデムに向かって放った。

 が、それは当たる直前に軽い身のこなしで躱される。

「これで0だな」

 ほくそ笑むハデムに「どうだろうな」とザイロは返した。

 後方、刺さっていた刀が動き出し、ハデムの背中へと向かっていく。

 ザイロの能力説明は、刀へと意識を向けさせないためのブラフ。本来の能力は物体を吸引もできる。

 ハデムは背中から迫る刃の音に、とっさに気がついたのか、背に突き刺さる直前に身を下に避けると、軽い切り傷だけを残して躱した。

「これでホントに0だ!」

「ああ、そうだ」

 勝利を確信し、顔を上げたハデムだったが、レインに握られた刀が首筋にあてられ、その表情から余裕が消え去った。

「貴様が生き残る確率だがな」

 ザイロは刀をハデムの背中に狙ったわけではなかった。

 最初から、後方のレインへと渡すためのものだった。

 左足は痛むが、この距離で体勢を崩した相手へなら殺すのは容易い。

「ま、待て。落ち着けよ」

 絶望的状況のハデムは、美しい命乞いを見せてくれた。「勘違いさ、ちょっとした。俺の目的は二等級なんだ。そしたらがっぽり稼げる。俺達、転生者三人でガッツリ稼ごうぜ? 俺は稼ぎ方を知ってる。殺すには惜しいぞ」

「殺しはしないさ、聞きたいことがある。だが、その前に」

 そう言って、ザイロの方を見た。

 ザイロは魔法で鉄球を手に吸い込ませると、それを強く握り込んだ。

「言ったよな、顔をぶん殴ってやるってよ!」

 磁力操作によって鉄を握り込んだ拳は加速し、こめかみにめり込むと、ゴンっという音ともに、一瞬にしてハデムは昏倒した。

 その後、鉄球を捨てたザイロは、その強すぎる衝撃に手を振りながら唸った。

「いっってぇ!」

 凄まじい威力だった。鉄と鉄をぶつけ合ったような音が聞こえた。

「コイツ……死んでないだろうな」

 レインが意識の無いハデムを見下ろしてそう言うと、ザイロは少し苦い顔をした後、苦笑いを見せた。

「ま、まあ……そん時はそん時だろ」

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