Ⅲ-09 魔法対策済みの待ち伏せを突破できますか?
【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、少女ラミーシャの第二人格として転生したIT企業のコンサルタントのマリトが、力を合わせて世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――魔武闘会のブーストボードでの学年代表に選ばれたラミーシャは、学年間の交流試合のための特別仕様のボードを受け取りにいくが、そこで待っていたのは明らかなオーバーテクノロジーの産物だった――
※競技のモーターボードの名称をブーストボードに変更しています。
ブリヤ魔法学園の魔武闘会は10日間かけて行われる学園最大のイベントである。
最終学年である6年生とその下の5年生で行われる交流試合は、その中でもっとも盛り上がる重要なパートだ。
魔法制御の部、剣術の部、体術の部に分かれ、最後に全員が参加する演武で幕を閉じる。
会の始まる半月ほど前に、ブーストボード競技での学年代表に選ばれたラミーシャとケイは呼び出されて、ゾンリーチャにある施設へと向かった。
ラミーシャによれば「ステイシーおばさんの部屋」という施設で、そこで交流試合で使う特別仕様のボードを渡されるということだ。
――焼き菓子屋さんじゃないよね……
護衛として最初の拉致事件の救出チームにいた女性警備員であり、シノハが師範を務めるカルベ道場の門下生でもあるリク・ライドウが一緒だ。
目立たないように私服を着ている。
ラミーシャは市内での買い物をしたがったが、当然、許可してもらえない。
「ダメです。この前、襲われたばかりじゃないですか」
「買い物禁止がいつまでも続くのは困るんですけど……」
彼女は愚痴を言うが聞いてもらえない。
内側でも愚痴が続く。
「お父さんにも町を案内したいのに……」
「気持ちはわかるけど、これは仕方ないよ……
マリトは話題を変える。
「特別仕様のボードっていうのは、この前の記録測定で使ったものとはかなり違うの?」
「もう全然違います!」
「交流試合って、お祭りみたいなもので特別に盛り上げるんです」
「大きくてカッコいいので、お父さん絶対びっくりしますよ」
「『ステイシーおばさんの部屋』では、1年間使った武器などを新品みたいにしてくれるんです」
「私も演武で使う曲刀と短槍を預けているので、ついでにそれも取りに行きます」
――クリーニング屋みたいだな。
ラミーシャとケイは、乗り合いの馬車に乗って、ゾンリーチャのはずれにある施設へと到着する。
看板には「Stasy's Room」とある。
高さはないが広い敷地の大きな建物で、様々な大きさの物品を持った人々が出入りしている。
受付に行くと順番待ちの行列ができていた。
ラミーシャとケイが列の最後に並ぶ。
若い女性が受付をしている。
「あの人がステイシーさんです」
ラミーシャが教えてくれる。
前の方からの会話の声が聞こえてくる。
『ステイシーさん、いつもありがとうございます』
『こちらこそいつもご利用ありがとうございます』
『でも私、ステイシーという名前じゃないんです……店の名前のせいで、勘違いしている学生さんが多くて……』
――はい。ここにもひとりいまーす……
順番が来ると学園で配られた木札を受付の女性に見せる。
「交流試合の5年生の代表選手のお二人ですね」
奥へ声をかけると案内係の男性が出てきた。
「こちらです」
そう言うとラミーシャとケイの二人を奥の通路へと案内した。
◇
案内係の後について通路をしばらく進むと、地下への階段が現れ、そこを降りていく。
通路の途中で、別の案内係に連れられて、上がってくる男子学生二人とすれ違う。
ひとりは、背が高いがそれを除くとラミーシャにそっくりな端正な顔立ちの学生だ。
「あの人がミーシャのお兄さんのリスカールだね」
「はい」
少し緊張気味に答える。
「となりの学生は?かなり不機嫌そうだけど」
「昨年の優勝者です。学園で有名なエンドウ家の双子で、お兄さんのフロンさんのほうです」
「昨年は弟のバクさんとふたりで、1位と2位を独占していたので、兄さんに1位をとられて面白くないみたいです」
すれ違うタイミングで「兄さん……」と声をかけかけて、止まった。
目が合った。
――ヘテロクロミア?
片方の瞳はラミーシャと同じ青だが、もう一方が灰色の瞳だった。
リスカールが不気味ににやりと笑う。
背筋に寒気が走り、鳥肌が立った。
ラミーシャは目を見開いて小さく「誰?」と言った。
リスカールはそれには答えず、無言のまま通り過ぎていった。
となりにいるケイも笑顔を返しながらも、不審な表情を浮かべている。
「ねえ、ミーシャ。なんだか会長の雰囲気、変わってない?」
彼女が生徒会役員になったときに生徒会長だったので、ケイは今でも『会長』と呼んでいる。
ラミーシャはうなずく。
「明らかに兄さんなのに、兄さんじゃないみたい」
「よくわからないよ」
ケイはラミーシャが、強いショックを受けて黙り込んでいるので、それ以上触れるのをやめた。
沈黙が続く。
沈黙の裏では、マリトとやりとりをしている。
「お兄さんは、ヘテロクロミア、目の色が左右で違っているの?」
「いいえ」
「兄さんの目は両目とも私と同じ色です」
「どうしてあんなことになってるのかわかりません」
「それに兄さんは、あんな不気味な笑い方はしません」
「誰かが兄さんに化けてるんじゃないかって思うくらいおかしいです」
「でも、目の色以外そっくりです」
「怖いです」
「兄さんじゃないとしたら、本当の兄さんはどこなんでしょうか」
これまでの言動から、彼女は親友のシノハの一件でブラコンをこじらせているのではないかとマリトはにらんでいる。
昨年の魔武闘会でシノハに負ける前までは、彼女にとって自慢の兄だったに違いない。
「兄さんが、心配です!」
◇
引き続き案内されるまま、ラミーシャとケイの二人は地下深くへと進んでいく。
長い階段を降りると目の前に他では見たことのないスチール製の扉が現れる。
近づくと音もなく開く。
奥の廊下をさらに進む。
マリトは、廊下の床がそれまでと異なり、継ぎ目のない平らなものになっていることに気付く。
突き当たりのドアが音もなく開き、入っていくと広いスペースが現れた。
バイクに似た乗り物が四台、置かれていた。
明らかにこの時代からすると、オーバーテクノロジーの産物だ。
「ブーストボードの大きいのって、これ?」
「はい。カッコいいですよね」
――たしかにびっくりだけど、どう見ても別物でしょ……
一見するとバイクだが、前輪が二つ後輪が一つ。
マリトのいた世界の乗り物ではない。
しかし、洗練されたフォルムは高い技術水準を物語っている。
「これでレースをするの?」
「はい。ブーストライダーっていいます」
「すごく速いんですよ」
聞きたいことは山ほどある。
予選で使ったブーストボードは、電動のスケートボードのようなものだった。
「大きさだけじゃなくて、中身がぜんぜん違うんだけど……」
「でも、使う魔法の仕組みは同じです」
「ボードも電動で、車輪が三つでした」
随分ざっくりとした話である。
――目と鼻と口があったら、みんな人間って言ってるみたいに聞こえるんだけど……
「そもそも、この時代に作られたものじゃないよね」
「はい。古代文明のものです」
「そんな貴重なものを乗り回してしまうわけ?」
「はい」
「でも、故障したら替えのパーツとか作れないでしょ」
「大丈夫なんです!」
「この『ステイシーおばさんの部屋』では昔のものも新品みたいになるんです」
そう答えた。
――そんなことができるなら、それこそ魔法だろ……
説明がどうにもわからなかったが、マリトはひとまず理解するのは諦めて、状況を受け入れることにした。
整備技師らしいスタッフが現れて、二人の体型に合わせて車体の調整を始めた。
四台のボディには青、赤、緑、黄の色が塗られ、それぞれに番号が振られている。
青の1号車にリスカール、赤の2号車にフロン、緑の3号車のラミーシャ、黄色の4号車にケイが割り当てられた。
◇
数日後、学園の裏手にある車庫にブーストライダーが届いたという連絡をもらった。
交流会まで2週間。
その間、時間を決めて順番に、本番のコースでライダーの試乗を行う。
コースは毎朝のロードワークで使っている、学園の周りを周回するコースだ。
それを二周して学園のグラウンドまで戻ってくる。
本番の前に何度か練習の時間が与えられた。
コース全体をまずはゆっくりと走る。
本番は礼装になるが、練習はいつものトレーニングウェアで行う。
ただし、その下には防刃用のインナーを着用し、ゴーグルを装着している。
どちらも透明な素材のために少し離れると着用していることがわからない。
いずれも、これからの試合で共通に使われるものだ。
インナーは透明な樹脂繊維のメッシュで、防刃性が高い。
ブーストライダーの転倒時などでの怪我を防いでくれる。
ゴーグルは走行時の防塵に加え、剣術などでの防護にも使われる。
チョーカーと同様に継ぎ目なく肌に密着する。
透明性が高く視界を遮らない優れものだ。
ラミーシャはライダーの速度を徐々に上げて出力の限界を探る。
水属性魔術を使って発電効率を上げることはできるが、無理をすると電池内部でショートして破壊してしまう。
その破損する手前のぎりぎりのところを発熱状態などから見極める。
速度計などが一切ないので、距離と時間から概算するしかないが、下り坂では時速100キロは優に超えているはずだ。
車高が低いのと前傾姿勢であるため、体感速度はその数倍にも感じられる。
高速で風景が後ろへと流れていく。
これまで経験のない爽快感だ。
左右のタイヤの摩擦力の制御による操作も確認する。
確かに操作はブーストボードと同じだ。
コースを数周回ると自在に操ることができるようになった。
――これは楽しい!
◇
交流会当日。
学園のグラウンドにあるトラックのスタート位置に、四台のブーストライダーが並ぶ。
選手は全員が透明の防刃インナーの上に、それぞれ個性のある簡易礼装を着用している。
特に決まりはないが、それぞれの家や道場に伝わる伝統的な衣装を使っているのだそうだ。
共通しているのは、トップスはノースリーブで、ボトムスは膝上丈のゆったりとしたズボンという点で、いずれも見た目より通気性と伸縮性のある素材でできている。
リスカールとラミーシャは、青い刺繍入りの袖なしのベスト、白い膝上丈の乗馬ズボンというスタイルだ。
フォートリンデル家の簡易礼装が元になっているそうだ。
もうひとりの6年生のフロンは白い袖なしの打ち合わせ上衣に、濃紺の膝上丈のゆったりしたズボンを着用し、和の印象がある。
ケイは白い立襟の袖なし上着に細身のズボンで、濃いめの肌色も相まって東南アジアの民族衣装に似た印象を受ける。
◇
スタートの合図で、全車一斉に走り出す。
学園のグラウンドから、周回コースへ続く長くなだらかな下り道を、最大出力で加速しながら一気に駆け下りる。
電源性能はどの車も同じだ。
選手全員が十分な魔力量と魔法制御力を持っているので、一気に限界出力まで立ち上がる。
全車、最高出力まで絞り出されており、ここまでの速度は、風の抵抗に拮抗できる体重の差で決まる。
リスカール、フロン、ラミーシャ、ケイの順に並んだまま進み、周回コースへの合流地点に近づいてくる。
合流地点での左へ大きく回り込むカーブを、前輪の操作と摩擦力の制御により、速度を下げることなく曲がりきって、コースに入る――はずだったが……
違和感がある。
昨日までの練習走行では感じたことのないものだ。
前輪による操作と摩擦力制御がちぐはぐになっている。
――このままだと危険だ。
そう直感した。
「ミーシャ、左右の反応がおかしい。不具合かもしれない」
「出力を落としてくれ」
彼女も同じように感じていたため素直に応じる。
速度が下がり、一気に前の二台との距離が開く。
ケイが追い抜いていく。
速度を落とした状態で確認すると理由がわかってきた。
理由は不明だが、左右の摩擦力制御の効果が反転しているのだ。
マリトが担当している方向制御の魔法陣の配置を変える。
操作をやり直してみると問題なさそうだ。
この様子は学園からも見えている。
シノハからの念話連絡が入る。
「ミーシャ、大丈夫ですか?」
「はい。不具合が発生したけど解決しました。レースに復帰します」
◇参考挿絵:出力全開で疾走する
ずいぶんと後れを取ってしまった。
出力を全開にしてスピードを上げる。
左手にやや高い木が集まっている森林部が見えてきた。
右手には街道が繋がっているが、森林のせいで学園からは死角になる。
街道側から馬車のようなものがコースに向かって進んできているのに気付いた。
「ミーシャ、コースに入ろうとしているあの馬車は何だ?」
「私にもわかりません」
「試合中は一般車両の進入は許可されていないはずなんですが」
心の中でアラームが鳴り響く。
シノハに念話で「コースに進入しようとしている馬車がいる」そう報告する。
彼女からの応答は不吉なものだった。
「そこを監視している警備隊員と連絡が取れなくなりました」
「その馬車には注意してください」
「至急、そちらに向かいます」
このまま全速で進めば、馬車の手前をぎりぎりで通過できる。
そう思っていたが、こちらに気付いた馬車が急激に速度を上げてきた。
合流地点が近づく。衝突コース。すり抜けられない!
――待ち伏せか!
馬車がコースに突入し、荷台を背にして止まる。
ライダーに制動をかける。が、すぐには止まれない。
馬車との距離が急速に詰まる――
「反転して回避できない?」
「やってみます!」
しかし、反転のために馬車の手前で速度が落ちたところで――
荷台の上にボウガンを構えた人影が見えた。
――銃でなくボウガン!暴発魔法への対策!
「矢の回避お願いします」
ミーシャが主人格を委ねてくる。
マリトはライダーをそのまま馬車に突っ込ませると同時に飛び降りる。
「ミーシャ、ボウガンを無効化する護身魔法は?」
「あります。が、時間をください」
魔法陣を思い出すため『ねこ、ねこ、にゃん、にゃん……』と始めた……
緊迫感に欠けるが仕方ない……
――まずは離れて時間を稼ぐ!
マリトは馬車からの距離を取ろうと動く。
が、そのとき、荷台の人影の一人が何かをマリトに向けて投げつけてきた。
頭上で広がる。
――網!
ライダーごと網に包み込まれる。
そして、間髪を入れず「撃て」の声。
三人がボウガンを同時に発射する。
――動きの自由を奪っての同時射撃……オレの回避能力への対策か!
右左のどちらの矢を避けても、逆側の矢が当たる。
不自由な網の中で体をひねって、体の左側と右側を狙った矢を同時に避ける。
しかし、身体の中心部を狙った矢は避けられない。
網を引きずりながら両腕を身体の前で交差させて急所を守る。
――大丈夫だ。防刃インナーの性能なら致命傷は防げる。
しかし……
ブスリ。
矢の先端に付けられた針は、防刃インナーのメッシュの隙間を通ることができる。
針の先端から薬液が放出される。
――麻酔矢……ここまでも対策済なのか……
マリトはがっくりと膝をついた。
◇参考挿絵:網とボウガンで回避が封じられる
【次回予告】
様子のおかしい兄を含めた四人の選手によるブーストライダーのレースがはじまりました。スタート直後の不具合を解決し、再スタートを切った二人の前に魔法対策を講じた新たな拉致集団が現れます。次回は網と麻酔矢で捕らわれた状態からの脱出が図られます――




