Ⅲ-10 大地の裂け目をジャンプして越えられますか?
【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、少女ラミーシャの第二人格として転生したIT企業のコンサルタントのマリトが、力を合わせて世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――
ブーストライダーの学年交流レースの開始早々、ラミーシャとマリトは、コースに乱入してきた集団から魔法対策を講じた網と麻酔矢を使った襲撃を受ける――。
「よし、一本入った。作戦通りだ。拘束に移れ」
指揮官らしい男が指示する。
「猛獣捕獲用の麻酔薬だからいくら魔法学園の学生でも身体は動かせまい」
「ただ、注意は怠るな」
二人の兵士が降りてきて、ラミーシャを覆っている網をはずし、身体を引き起こして片腕ずつ支えた。
指揮官はその間も、油断なくボウガンを構えたままだ。
右肩を抱えた兵士が、ラミーシャに当たったはずの矢が、網の結び目に刺さっているのに気付いた。
不思議そうに彼女の顔を見ると目が合った。
それが、彼が覚えている最後の光景だった。
ラミーシャは、引き起こされるのに合わせて自身の足で立ち上がり、目を開いた。
同時にチョーカーが青と緑の光を放ち、彼女を起こした両脇の兵士が力なく倒れる。
主人格に戻ったラミーシャの昏倒魔法だ。
マリトは自分たち自身に影響が出ないように対抗魔法を発動している。
シノハの道場でさんざん確認した結果、マリトの回避スキルの特徴がいくつか判明している。
致命的な攻撃以外は回避しないが、麻痺毒など、一見、無害そうでも自由を奪う攻撃は回避する。
今回はそれに該当する。
回避手段としては、可能なあらゆる方法がとられる。
攻撃が当たらないように避ける以外にも、身体以外のもので受け止めたり、致命傷にならない位置にずらして打撃を受けたりすることもある。
命中したように見えた矢は、網をたぐって集めた結び目で受け止めていたのだった。
ラミーシャは両側の兵士を振り払うと同時に、一歩で荷台にまでジャンプした。
ボウガンを構えたままの指揮官は、ラミーシャがジャンプして宙にあるタイミングに合わせて引き金を引いた。
狙いは悪くない。
ジャンプした状態では可能な回避行動が限定されるからだ。
しかし、矢はボウガンから射出されずに落ちた。
ラミーシャの護身魔法で、矢と台座の間の摩擦力が最大化されたため、矢は台座からはなれることができず、弦から与えられたエネルギーで湾曲、その反動で台座から外れ、落下したのだ。
ラミーシャはボウガンを構える指揮官の腕に触れて、昏倒させる。
これで三人全員を昏倒させたが、このままではすぐに目が覚める。
指揮官の手から離れたボウガンを拾うと、三人に麻酔矢をそれぞれ撃ち込んだ。
◇
時間はスタート直後に巻き戻る。
ケイは、学園から周回コースの入り口付近で、先行するラミーシャが急に速度を落としたところを追い抜いた。
進みながら念話で声をかける。
「ミーシャ、どうしたの?」
「不具合みたい。確認してみる」
「わかった。気をつけてね」
ケイは右側のフェルナト街道へと繋がる道に馬車が近づいてくるのに気付いた。
――競技期間中は一般の馬車は立ち入り禁止じゃなかったっけ?
違和感が頭をよぎるが、前方のフロンを追いかけるのに専念する。
差は約10メートル。
さらにその先にはリスカールの背中が見える。
最大出力が同じなので、スタート直後についた差は埋まっていない。
下りのカーブが連続するエリアに入った。
スラロームのために考案された操縦法は、カーブの多いこのエリアでこそ本領を発揮する。
今回の操縦方法は、ラミーシャたちが見つけた方法をケイとアランで再設計したものである。
操作手法については、利点も欠点も理解し、習熟している。
フロンは昨年の優勝者ではあったが、ケイのほうに一日の長があった。
ケイは一つ目のカーブでフロンの背後に付け、二つ目のカーブで内側から抜き去った。
逆に解せないのは、リスカールの速さだ。
ケイにも追いつけないスピードでカーブをクリアして、あっという間に見えなくなった。
カーブの連続が終わると長い見通しの良い平坦なコースになる。
遙か遠くにリスカールのライダーが見えるが様子がおかしい。
ライダーを停止させている。
腕を伸ばして地面に触れたあと、指をなめているようだ。
気にせずに横を通過しようと思ったが、リスカールは停止するよう手で指示した。
ケイは指示に従って、ライダーを停止させて聞いた。
「会長、どうしたんですか?」
彼女にとっては、リスカールは会長のままで、憧れの上級生だ。
「油が撒かれています。食用油です」
「油の上は滑るので操縦ができなくなり危険です」
ケイが路面を注意深く見ると、確かに道が光っている。
10メートル、いや、20メートルか?
全部が均一に撒かれているのではなく、ところどころ光っていないところもある。
――慎重に進めば油を踏まずに抜けられるかもしれない……だがリスクは高い。
「会長、どうしますか?」
「なんとかできそうです」
「少し後ろにさがって、ライダーに乗ったまま、体勢を低く伏せてください」
「ブレーキの摩擦力を最大にしてください」
そして、リスカールが呪文らしいものをつぶやくと、油が撒かれたコース上に霧が現れた。
フロンが追いついてきたので、停止するよう合図するが、スピードを落としただけで、油の撒かれたコースに入っていく。
ゆっくりではあるが、油のあるところを避けて進んでいるようだ。
霧がさらに大きく膨らんでくる。
霧の向こうでフロンが油のエリアを通り抜けたことを確認して、リスカールは腕を伸ばし、道の上、2メートルほどの位置を人差し指で指して言った。
「ドドンパ」
リスカールのチョーカーが一瞬、赤く光った。
ボスッ
低い音とともに大きな火球が生じ、熱を含んだ爆風が起きた。
熱い。
立っていたらひっくり返るほどの威力だ。
学生離れした魔法知見を持つケイには、何が起きたのか理解できた。
水属性魔法を使って、食用油を一瞬で気化させて空気と混合させ、火属性魔法を使って点火したのだ。
――食用油にこんなことができるのか。
しかし、彼女の博識をもってしても、食用油を気化させる魔法は聞いたことがなかった。
しかし、それ以上に、ケイには指先で示された場所から発火したように見えたことが気になる。
――『ドドンパ』とはなんだ?
聞いたことがない呪文だった。
――まさか、指向性のある魔法発動なのか?
これまでに知られている魔法はすべて無指向性だ。
指向性を持たせられるとすると既存の魔法体系が根底からひっくり返る。
「もう大丈夫、再開しよう」
リスカールは、そう言うと、再スタートした。
ケイも意識をレースのほうに戻した。
フロンは爆風を背に受けたが、転倒することもなく、さらに速度を増して遠ざかっている。
――ミーシャは怒っているけど、会長はやっぱり優しくてカッコ良くて、頼りになる……
改めてそう思いながら、ケイも出力最大で再スタートした。
◇参考挿絵:人差し指で示す先に巨大な火球が出現する
ラミーシャはシノハに、襲撃を受けたことを伝えた。
レースを続けるべきか聞くと、理事長判断で何事もなかったように続けてほしいとの回答だった。
「急いで戻ったほうがいいよ」
「前のほうでもトラブルが起きているので、まだ追いつくチャンスはあるよ」
「襲撃者と馬車は、先頭のライダーが二周目で戻ってくるまでには片付けておくから安心して」
ラミーシャは気を取り直して、再スタートした。
下りのカーブの続くコースを抜けて、長く続く直線コースに出たときに、道の先に大きな火球が生じるのを見た。
――何の爆発だ?
その手前で停止していた、リスカールとケイが改めてスタートするのが見える。
平坦な直線コースを全速で進む。
先ほど火球の生じたところでは、かすかに焦げた匂いがした。
舗装や樹木の一部が焦げている。
そこを過ぎると登りのカーブが続く。
登り切ると見通しの良い長い下り坂となっており、その先に大きな裂け目がある。
何年か前の地滑りで生じたものだそうだ。
ここが最後の難関だ。
迂回するための道はあるが、走行距離が増えて時間のロスが生じるので、レースで勝ちたければこの裂け目をジャンプするしかない。
すでに練習走行で何度もジャンプしているのだが、マリトは毎度、逃げたい衝動にかられる。
裂け目はかなり深い。
以前、ラミーシャが猫を引き連れたロードワークをしたときに、最後に猫たちが駆け降りていったのがこの裂け目なのだが、人間だとそうはいかない。
対岸のほうが低いので、十分な速度があれば理論的には問題なく着地できる。
しかし、下り坂でそれでなくてもスピードが上がる上に、最大出力で加速するので、安全ベルトのないジェットコースターに乗っているような感覚だ。
ラミーシャはどうやらそのスリルを楽しんでいるようだ。
――この娘、どういう神経しているんだ……
マリトの内心の衝動をよそに、ラミーシャは軽くジャンプをこなし、速度を落とすことなく直進していく。
左に学園に戻るための元来た道が見えてくるが、このレースでは周回コースをもう一周するので、見送って進む。
◇
二周目に入った。
先ほどの襲撃の場所だった街道への入り口付近を難なく通過する。
襲撃の痕跡は残っていない。
――さすがはシノハ。仕事が速い。
二周目の下りのカーブが連続するエリアの途中で、突然大きく車体の方向が変化した。
横向きの強い衝撃で、あやうくスピンを起こしかける。
前輪がおかしい。
停止して、前輪を確認する。
左右で車輪のブレーキ接触面の色が違うことに気付いた。
――何かの塗装がされているのか?
色の濃い右の車輪のほうを爪でこすってみる。
皮膜のようなものに覆われているようだ。
浮いている部分があるので、そこを引っ張ると全部が剥がれて、ペラペラのシート状の皮膜になった。
どうやら熱や摩擦で、剥がれ落ちる寸前だったようだ。
――そうか、左右の性質が逆になる素材で塗装されていたのか。
ブーストボードやブーストライダーの仕組みでは、左右の車輪の摩擦力を別々に制御することで進行方向を変える。
そのために左右のブレーキ箇所には異なる物質を含む素材が使われている。
逆の性質の素材を塗装すれば動きが逆になる。
これまでの走行で生じた熱と摩擦で左側の塗装が剥がれたために、急に元の性質に戻ったのだ。
マリトはそれまで位置を反転させていた魔法陣を元の位置に戻してコースに復帰した。
ライダーのブレーキ部分に妨害工作をされていたことをシノハに連絡する。
カーブの緩やかなところで、先行するケイの車両が速度を落としているのを見つけた。
左右に暴れているように見える。
追い越しながらケイに伝えた。
「ブレーキのところに反転塗装の工作がされているかもしれない」
「それを剥がせば元に戻せる」
ケイから連絡があった。
二重の塗装工作がなされていたらしい。
本来の逆の性質の塗装を下層に施し、その上から正しい性質の塗装を重ねていた。
最初は問題がないが、途中から上層の塗装が剥がれて異常が生じたのだ。
しかも、塗装の範囲はタイヤの半分だけ。
そのため周期的に制御の反転が起き、左右に大きく揺さぶられるということだった。
ラミーシャのライダーへの細工は拉致の時間を稼ぐため、先行車両から引き離すためのものだとマリトは考えている。
他の細工は何のためかわからない。
平地に戻ると前方にリスカールとフロンのライダーが見える。
緩やかな左カーブ。
フロンのライダーが先ほどのケイと同じように左右に大きく暴れている横を、リスカールのライダーがまっすぐに抜き去っていった。
しばらく左右に激しく揺れたまま走行していたフロンのライダーは正常に戻り、リスカールを追っていった。
塗装が剥がれて正常化したのだろうとマリトは思った。
ラミーシャは、リスカールとフロンの後を追った。
登りのカーブを上がりきると直線の下りの先に裂け目が見えた。
リスカールのやや後方にフロンが続く。
両車両ともジャンプのために速度を上げていく。
ラミーシャもそれに続く。
フロンが徐々にリスカールに近づいている。
フロンのほうがリスカールよりスピードが上のようだ。
リスカールとフロンの距離が縮まっていく。
リスカールは後ろを向いて、片腕を伸ばして人差し指をフロンに向けた。
何かをつぶやいた。
その瞬間、フロンのマシンから白い煙が上り失速する。
リスカールとフロンの距離が開く。
裂け目が近づいている。
マリトにはその唇が『ドドンパ』と動いたように読めた。
――『どどん波』だと?ばかな!
加速を続けたリスカールが、先に裂け目の端に到達。
ジャンプして危なげなく対岸に着地した。
続くフロンは加速できないまま裂け目の端に到達。
同様にジャンプを試みるが、速度が十分ではなかった。
彼とライダーは対岸に届くことなく、裂け目へと落下していった。
リスカールは停止し、フロンを確認した。
リスカールは加速しながらコースを降りてくるラミーシャのほうを向いた。
不気味ににやりと笑いながら、ラミーシャたちを指差した。
――失速させられるのか?
マリトは身構える。
しかしリスカールは呪文ではなく言葉を発した。
マリトには「次はおまえたちだ」と読めた。
裂け目が近づいてきた。
意識をリスカールから裂け目へと移す。
ラミーシャはいつもどおりにジャンプし、無事に着地した。
ケイがそれに続く。
リスカールは学園へ入っていく道を登っていく。
ラミーシャとケイがその後に続く。
学園前のグラウンドのコースに戻った。
観戦していた学生からの拍手に迎えられてレースは終了した。
一位、リスカール、二位、ラミーシャ、三位、ケイという結果となった。
裂け目に落ちたフロンは、全身打撲はあるものの命に関わるダメージはなかったとのことだ。
つくづくこの学園の学生のタフさには驚かされる。
◇参考挿絵:裂け目でのジャンプで明暗が分かれる
マリトはレースの後、シノハにリスカールによる妨害工作の調査を依頼した。
調査の結果は、塗装による妨害工作はすべてのライダーに行われていたとのことだった。
したがって、リスカールが不正な妨害工作を行ったとの認定はされなかった。
ケイからリスカールが「ドドンパ」という魔法を使ったことを聞いた。
彼女は既存の魔法体系には存在しない指向性の魔法が使われた可能性を重大視している。
ただ、そのことを除けば、リスカールは彼女の知っている頼りになる会長のままで、違和感はまったくなかったという。
しかし、マリトはリスカールが様々な妨害を仕掛けているのを目撃している。
そして、リスカールの中に別人格が存在していることを確信している。
その人格は、マリトと同じかそれに似た世界から来ているはずだ。
なぜなら、『どどん波』とは日本のコミック作品である『ドラゴンボール』の初期の頃、主人公が戦った強敵タオパイパイの使った技だからだ。
人差し指を向けて『どどん波』と唱えると、指先から光線が出て無敵の主人公を絶命させてしまう。
コミカルな印象を持つ技名と、その凶悪さのギャップが凄まじい。
子供の頃に見て、今も忘れることのできない衝撃的なシーンだ。
人差し指を指すことも含めると、偶然の一致であるはずがない。
ドラゴンボールは全世界で愛されている作品なので、日本なのかどうかはわからないが、少なくともマリトの世界の同時代の人格がいることだけは確かだ。
しかし、いくつもの疑問が残る。
最初の診察でラミーシャの中に召喚されたマリトの存在は検出されたのに、リスカールの中の別人格が検出されなかったのはなぜか。
召喚されたのが別のタイミングだったのか?
もうひとつは、妨害工作への関与だ。
油による妨害は、二周目のライダーが現場に入ってくるのを遅らせて、拉致作戦の時間を稼ぐためのものだったと、マリトは考えている。
しかし、この妨害工作はリスカールが、一瞬で無効化している。
ということは、リスカールは拉致未遂とは無関係ということになる。
マリトとしては、無関係であると考えた方が、むしろ納得できる。
喧嘩をしているとはいえ、ラミーシャの兄であるリスカールであれば、強引な方法でなくもっと巧妙に拉致することが可能なはずだと思うからだ。
だとすると、様々な妨害を行ったリスカールは何を目的にしているのだろうか?
魔武闘会はこれから剣術と体術で、シノハやラミーシャがリスカールと当たることになる。
――何も起きない、なんてことはないだろうな……
対決の予感にマリトは気を引き締めた。
【次回予告】
ブーストライダーのレースは波乱の中で幕を閉じましたが、それを通じてマリトはラミーシャの兄のリスカールに、自分と同じ世界から来た別人格が存在することを確信します。次回、リスカールの行動の意図がつかめない中で、剣術の部でシノハとの激闘が始まります――




