二十章 悲嘆の研究施設とぶつかり合う「正義」の意志 前編
次の日、蓮の体調が本調子とまではいかないがそれなりによくなったので、ファートルに集まり話し合いをする。
「前はどこまで行った?」
裕斗の問いかけに蓮は答える。
「安全地帯は見つけた。そこから行けば大丈夫だろう」
「分かった。それならそこから行こう」
午前の内にデザイアに向かう。藤森には「怪盗の仕事か?気をつけろよ」と言われた。
デザイアに入り、ジョーカーとクラウンが見つけた安全地帯まで向かう。
「ここで捕まったんだよな」
「あまり話さないでくれ。あの時は油断した。お前達にも迷惑かけたな」
そう話すジョーカーの服装は白いワンピースだった。
「今回はそっちなんだな」
「皆に分かりやすいようにな。そうしないとどっちがどっちか分からなくなるだろ」
なんだかんだ言ってこっちも好きだし、とジョーカーは笑う。元々はこの服装だったので気が落ち着くのだろう。
「じゃあ、進むか」
そう言ってエネミーを倒しながら先に向かうと裏方に続く扉を見つけた。そこを開くと、先が進めなくなっていた。
「この管……」
ジョーカーがそれに近付く。危険はないようだ。周りを見ると、複数の画面に何かが映っていた。それは、
「アザーワールドリィ……」
今まで感じていた違和感の正体はこれだったのだ。無理やり広げられている。そりゃあ現実世界でも痛むハズだ。ジョーカーの身体は幻想世界と連動していると言っても過言ではないのだから。
「今回はここまでか。次はアザーワールドリィに行かないとな」
さっそく足止めをくらい、気力が有り余っている。だからそのままアザーワールドリィに向かった。
ここにも管が張り巡らされていた。その動力源は地下のようだ。車で地下まで降りてみると、父親がいた場所から突き破られて道が出来ていた。
「新しく出来た場所はここか」
このまま先に進もうとするが、激しい痛みに襲われた。
「くっ……!」
「大丈夫か?ジョーカー」
クラウンがジョーカーを見る。しかし、声が聞こえないほど痛みが強く、ブレーキをかけた。
「やばいな。アテナ、運転を変わってくれ」
「分かったわ」
「ジョーカー、少し耐えてくれ」
運転席をアテナにかわり、ジョーカーは後ろの座席でクラウンに膝枕をしてもらう。
「鎮痛剤、飲むか?」
何とかその声は聞こえて、ジョーカーは首を横に振る。この痛みは鎮痛剤だけでは治まりそうにない。
その突き破ったところを通る瞬間はさらに酷く痛んだが、そこを抜けると少しではあるが痛みは引いた。それでも痛むものは痛む。
「ジョーカー、君は車の中でゆっくりしていて。クラウンも、ジョーカーを見ててくれ」
テュケーにそう言われたので、小さく頷いた。そもそもこの痛みの中、戦いに身を投じても足手まといになるだけだろう。
起き上がれるぐらいに痛みが引いたので、ジョーカーは身体を起こし窓の外を見る。白い壁が続いており、あの研究施設みたいだと思った。あの管は、ここに繋がっているのだろう。
(よく観察しないと)
幻想世界を一番よく知っているのはジョーカーだ。だから出来る限り何が起こっているのかを見極めないといけない。
そんな中、ひときわ目立つものがあった。
「アテナ、あそこに行って」
ジョーカーが指示を出すと、アテナは頷き、その目立つ場所に向かった。
そこは、レンカが生まれた白い祭壇によく似ていた。ここだと痛みはない。
「これ、「祝福の祭壇」じゃねぇか?」
全員で降りて、マルスがそう言うがジョーカーは少し見て、「いや、違う」と答えた。
「「祝福の祭壇」は地下にはないし、そもそも空気が違う。穢れているわけじゃないけど、澄んでいるわけでもない。多分、開原先生が作ったものだよ」
「こんなことも可能なのか?開原は」
クラウンが聞くと、ジョーカーは「死者を「生き返らせる」くらいなんだ、これぐらい出来ても不思議ではない」と答える。
「そんなものなのか?」
「ここはあくまで認知の世界だからね。守り神が生まれるぐらいなんだ、何が出来てもおかしくないよ」
だが、なぜこんなものがあるのだろうか。少し様子を見ていると、何かが影から出てきた。それは、
「ジョーカー?」
そう、白い服を着たジョーカーだった。偽物のジョーカーは本物を見て、襲い掛かってきた。間一髪、レイピアで受け止めたので怪我はなかった。
「なるほど、開原先生の作る「守り神」か」
本物は光から生まれた。しかし、偽物は影から生まれた、複製のようなものだろう。
「どうする?」
「ここにヒントがありそうだ、とりあえずオレはこいつを倒すことにするよ」
レイピアを持ち直し、ジョーカーは偽物の前に立つ。その様子を見て、「身体、大丈夫なの?」とディアナに聞かれた。
「さっきも言ったように、ここは穢れているわけじゃないからね。痛みはあんまりないし、ここでなら戦えそうだ」
「オレも加勢する。皆はその間に手掛かりがないか探してみてくれ」
クラウンが横に立ち、ナイフを構える。偽物がジョーカーにレイピアを振るってきたのでそれを避ける。クラウンはその間に後ろから攻撃した。
「ミカエル!」
ジョーカーはアルターを召喚し、光呪文を唱えた。同じようにクラウンも「サタナエル!」とアルターの闇呪文で追撃した。
その間に、全員で周囲を探索していると今まで見てきたような管を見つけた。
「どいて」
クピドがそれをナイフで切ると、大きな音が鳴った。そして、階段が現れる。
「隠し通路か」
テュケーの呟きにクピドは「この先にデザイア内の管をどけるものがあるんじゃないかな?」と答えた。
一方、偽物との戦いはまだ続いていた。しかし、そろそろ決着がつきそうだった。
「とどめだ」
クラウンの言葉と共にサタナエルが闇呪文を放った。それで偽物は倒れ、影に戻っていく。そして、全員に近付いて「どうだ?」と尋ねる。
「隠し通路があった」
「さっき、大きな音が聞こえてきてたもんな。ここの機能も消えたみたいだ」
ジョーカーが周囲を見ながら告げた。これで偽物が生成されることはなくなるだろう。
階段をのぼると、そこには研究所と同じ画面が映し出されていた。
「ヘルメス、頼めるか?」
「任せて」
ヘルメスが機械に近付き、解除する。
「よし、これであの管はなくなったハズだよ」
「よくやった、ヘルメス」
ジョーカーが頭を撫でると、嬉しそうにヘルメスは笑った。
これ以上は探索する場所がないと現実に戻る。
「どうする?確認にだけ行ってみるか?」
時計を見ると、もう昼過ぎになっていた。蓮が聞くと「明日でいいんじゃないか?」と義明に言われた。
「分かった。じゃあまた明日、ファートルに集まろう」
今日は昼を食べて、そのまま解散しようと言うと「どこ行くよ?」と良希が聞いてきた。
「ボクとしてはどこでもいい」
「じゃあ、ファミレス行くか」
皆が歩いていく中、風花が蓮を呼び止めた。
「あのさ、後で時間ある?」
「空いてるけど、どうした?」
「話、聞いてほしくて」
話とは、一体何だろう。疑問に思いながら皆の後をついていった。
昼を食べた後、「用事がある」と愛良達を先に帰らせ風花と共にどこかに向かう。
「ここ、あたしの家なんだけど。入って」
連れてこられた場所は、風花の部屋。女性らしく可愛らしい部屋だった。
「それで、話って?」
本題に入ると、風花は「ごめん」と謝ってきた。それにキョトンとなる。
「どうした?ボク、謝られるようなことされた覚えがないんだけど」
「ほら、開原先生の現実にとらわれていた時のことだよ」
なるほど、それで謝ってきたのか。
「別に、気にしないでいいよ。親友と一緒にいたいって思うのは当然のことだよ」
「でも、あたし、蓮を裏切った。蓮はいつも他人のことばかり考えていて、自分のことは後回しにして……いつもそれに助けられたのに、それをなかったことにしちゃった」
「それはまぁ、そうだけど。でも、悪いのは腐った大人共で風花が悪いんじゃないよ。あの事件、なかった方がよかったのは確かだし」
思えば、あの時の保健室の夢は開原先生が見せたものだったのだろう。皆の声が聞こえてきたのは、開原がそれを叶えたいと願ったからだ。蓮と愛良だけ抜け出すことが出来たのは守り神だからというのと、彼に望みを言っていなかったからだ。
「なかったことにされたのは悲しかった。だけど、実際怪盗団がなかった方がいいものだというのは確かだしね。それはボクも分かってる。でも、ボクは怪盗団があったから助けられた。役目を思い出せた」
「そうだよね。蓮は怪盗団に居場所を見出してたもんね。あたしもそうだったのに、それを捨てちゃった」
悲しそうにする彼女の肩を優しく叩く。
「大丈夫、またやり直せばいい。川口さんとも、心が落ち着いたらまた会いに行けばいいさ。それが出来るのが人間なんだから」
そう言うと、風花は「うん。そうする」と頷いた。
「ありがとう。やっぱり蓮は優しいね」
「そういうわけじゃないよ。あの時はボクも頭に血がのぼってたし」
出ていった時を思い出し、蓮は苦笑いを浮かべた。
「うん。あれは驚いたよ。蓮ってちゃんと考えて行動するから、突発的に出て行った時はどうなるかって思ってたんだ」
もう戻ってこないかと思ってたから、と風花は笑う。
「まぁ、確かに二度と帰ってこないと思ってたからね、あの時は」
「本気で思ってたんだ……でも、あたし達のことを思ってのことなんだよね、それも」
最後に「愛してる」と言ったのも、絶対に見捨てないという証だということを、風花は気付いていた。蓮が怪盗団を見捨てられるハズがなかったのだ。だから最終的には戻ってきて、こうして一緒に行動してくれている。
「でも、蓮も自分のことを考えてよね。蓮が一番苦労しているんだから」
「ありがとう。兄さんも言ってたよ、そんなこと」
「皆、蓮のことが好きだもんね」
風花がようやく自然に笑ったので蓮も安心する。この話をするまで暗い表情をしていたから心配していたのだ。
「あたし、今度こそ蓮と対等に立てたよね?」
「もちろん。前からそうだったよ」
リーダーとか怪盗団とか、そんなのは関係ない。自分達は元々「親友」なのだ。平等でないハズがない。
「うん。それ聞いて安心した。緊張してたから、お腹すいちゃったよ」
「何か食べに行く?今ならまだ時間もあるけど」
蓮の提案に風花は「クレープ!クリームましましで!」と元気よく言った。ようやく普段通りの彼女に戻ったようだ。
二人で渋谷に行き、クレープを買って食べる。いつもよりおいしいと感じたのは互いに認め合うことが出来たからだろう。
「それじゃあ、また明日」
「うん。今日はありがとう」
クレープを食べ終えた後、二人は別れた。
目を覚ますと、蓮は牢獄世界にいた。牢屋の鍵は開いていて、服装は黒いロングコートの方の怪盗服だったが、それは心が解放されているからだろう。それにしても、何か用だろうか?ユリナとマリナ、それからテミスは不安そうに彼女を見ていた。
「トリックスター・レンカ」
シャーロックに呼ばれ、蓮は「なんですか?」と聞き返す。
「お前は再び運命に囚われてしまった。それは分かるな?」
「……はい」
それは現実と幻想世界の状況を見て、何となく気付いていた。
「お前に告げる。この世界を元通りにしたら、今度こそお前は消えるだろう」
「……………………」
そう告げられても、特に絶望はしなかった。薄々気付いていたからかもしれない。もしくは、愛良にそう言われたからか。
「だが、仲間達の想いが強ければ、お前は必ず現実に戻ってくることが出来る。それを分かった上で、あの者を改心させる決意があるか?」
「それは、あなたが一番知っているハズです」
強い瞳には、絶望などなかった。ただ、自分の信じた正義のために役目を全うするだけという意志。それを見て、シャーロックは笑った。
「お前なら、そう言うと思った。さぁ、行けばいい。あらゆる冒涜を省みぬ守り神よ、お前のその強い意志を解き放て」
その言葉と共に、強い眠気に襲われる。刻限の時間だ。
「我らは、常にお前と共にあり。己の信じる道を進むがいい」
「あなたの意志は、十分に伝わりました。今こそ、己の道を突き進む時です」
サタナエルとミカエルの声を聞きながら、蓮は眠りについた。
次の日、昨日行ったところまで進むと、道が出来ていた。
「よかった、ちゃんと通れるようになってる」
その先に進むと、今度は物置に来た。封じ込められていたのなら、ここに何かあるハズ。そう思い、ジョーカーは探すと一つのビデオがあることに気付いた。見てみようとすぐ隣にあったテレビにつける。
それは、開原と恋人と思しき人が病室で話している様子だった。彼の恋人は事件に巻き込まれ、病院に入院しているらしい。事件のことを思い出すとパニックになってしまうようだ。開原がそれを何とかしたいと思うと、彼女は開原のことを忘れたかわりに事件のこともすっかり忘れてしまったようだった。その力は、どこかアルターのものに感じた。だが、覚醒していない人が現実で使えるのか?少し考えて、ある結論に至る。
「なんか、可哀想な話だね」
ヘルメスが言うと、クラウンが「だが、おかしくないか?」と告げた。彼もジョーカーと同じ違和感に気付いたのだろう。
「そうだね。多分、この力はアルターだ」
「だが、なぜ覚醒していない人が現実で使える?」
クラウンに尋ねられ、ジョーカーは答える。
「考えられることは、「アルターの力を無意識の内に使っていた」ってこと。まぁ、この時はちゃんとコントロール出来なかったんだろうね。それが何かの拍子で完全に覚醒して、コントロール出来るようになって、世界があんなになっているんじゃないかな?よく分からないけど、オレがそうだし」
ジョーカーと同じで、それだけ強い力だったということだ。もしかしたら、普通の人では制御出来ない程の力。もしそうだとしたら、アルター使いにデザイアが出来ているということになる。
「でも、アルター使いにデザイアは出来ないんじゃなかったのかよ?」
マルスが尋ねてくるが、ジョーカーは首を振った。
「お前達は覚えていないが、最初の頃オレにもデザイアが出来たことがあった。ありえない話じゃない」
それに、ジョーカーの時と同じだ。本人がデザイアに入って力を制御している。早くそのことに気付けばよかったのだ、開原に会った時に。
「マジか……」
「とにかく、無駄話はなしだ。早く先に進もう」
現実が再び幻想世界と融合しようとしている今、まだ時間があるとはいえゆっくりしている暇はない。
進んでいくと、ロックがかかった扉についた。そこに書かれているものは「主が失ったものは?」というものだった。
「……………………」
ジョーカーが「恋人」と入力するとそれは開く。その先には、何かの検査室があった。
「これは何ですか?」
受付にいるエネミーに聞くと、「これはどう行動するかを検査するものです。異常が見られた場合は治療室に行きます」と答えた。
「異常、ねぇ……」
これは開原の考えに添った選択をしなければいけなさそうだ。よく考えながら進んでいくと、検査は終わる。開原の考えに添ったものを選んだので異常はなかった。
「異常がなかった方はあちらの方へ」
広い道があったので、そこに行くが見えない壁のせいで進めなかった。反逆の意志がある時点で進めるハズがなかったのだ。
「こうなったら、別の道を探すしかないな」
トルースアイを使って抜け道を見つけ、そこから進む。すると治療室に出た。異様な光景だった。フェイクが頭に装置をつけて治療を受けているのだ。
「気付かれる前に逃げるか」
そっと扉を開き、そこから抜ける。捕まって同じ治療を受けるなんてまっぴらごめんだ。
安全地帯を見つけ、今日はこのあたりにしようという話になり現実に帰る。
「あの、蓮」
「どうした?もみじ」
「ちょっと話、聞いてもらえないかしら?」
今度はもみじにそう言われ、蓮は頷いた。もみじの家に行き、彼女の部屋に入る。彼女の部屋は綺麗に整頓されていた。
「どうした?」
「あなたに、謝りたくって。ごめんなさい」
多分、風花と同じことだろう。蓮は「気にしないでいいよ」と言うが、もみじは「気にするわよ」と答えた。
「私、確かに家族と一緒にいたかった。お父さんが死んだ後からお姉ちゃんが変わっちゃって、寂しかったの」
「そう思うのは仕方ないことだろ。大切な人を失ったり、変わってしまったら誰だって寂しいよ」
特にもみじは責任感が強くて我慢してしまう人だから、簡単に甘えることも出来なかったことだろう。
「でも、蓮は急に自分の父親を改心させるってなった時、すっごく悩んで、でもこれしか方法はないって。だから、改心させたのに。そんな蓮の想いを踏みにじった」
辛そうな顔をするものだから、蓮は安心させるように微笑んだ。
「ううん、そんなことはないよ。ボクだって本当は逃げ出したかった。でも、逃げてしまったら世界は滅びてしまうから。それがなかったら、きっと逃げ出してた。もみじの気持ち、すごくよく分かるよ。お父さんが大事だったんだよね。お姉さんにも、楽させてあげたかったんだよね」
「そして、甘えたかったの。私、思ったよりまだ、子供だったみたい」
それも仕方のないことだと、蓮は思う。
「いいじゃないか。それだけ恵まれていたんだよ。だから取り戻したいって思ったんだね」
「その通りよ。私一人じゃ何も出来ないから。でも、それじゃ駄目なの。私も成長しなきゃ」
「たまにはいいと思うよ、人に甘えるのも。人間一人じゃ生きていけないんだから」
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえるとそんな気がする」
蓮の言葉にもみじは笑う。それに蓮は安心した。
「話はそれだけ?」
「えぇ。話、聞いてくれてありがとう。遅いし、何か食べていく?」
「じゃあ、ごちそうになろうかな」
何か手伝うよ、と言うが、蓮は座っててと言われたのでおとなしく座る。もみじが料理を作っている間、愛良達に今日の夕食はもみじの家で食べるから自分の分は作らなくて大丈夫とチャットを送った。
もみじの手作り料理は自分で作ったものよりおいしく感じた。たまには他人に作ってもらうのもいいかもと蓮は思った。
「ありがとう、おいしかったよ」
「別にいいわよ、お礼なんて。もう遅いから、気をつけてね」
もみじに見送られ、蓮はファートルに戻った。
夜、愛良が「シャーロックに会ったのか?」と聞いてきた。
「なんで分かるの?」
「なんとなく。そろそろこの状況について聞くんじゃないかって思ってな」
それで、なんて言ってた?と愛良が聞いてくるが蓮は答えることが出来なかった。彼が一番、蓮が消えることを不安がっていたからだ。
「……別に。また囚われになった。だからそこから抜け出せと言われたよ」
それだけが、何とか口に出た。
「……そうか」
愛良はそれだけ言うと立ち上がった。
「どうした?愛良」
「ちょっと散歩に行ってくる」
彼が階段のところまで歩くと、
「オレが、お前が何か隠していることを見抜けないと思ったのか?」
そう呟いて下に降りて行った。どうやら彼を不安にさせてしまったようだ。だが、自分の決意は間違っていないハズだと自分に言い聞かせた。
次の日、学校に行くと島田に話しかけられた。
「雨宮と喧嘩した?なんか話しかけにくいんだけど」
「気にするな。こっちの話だ」
それに、喧嘩はしていないと答える。確かに、いつにもまして話しかけるなオーラを放っているが、怒っているからではない。あれはむしろ、
「悲しんでいるんだよ」
「悲しんでる?どうして?」
「昨日、いろいろあってな。そっとしててやってくれ」
そう言うと、島田は「分かった。でもあんな風にしてるともったいないよ、女子にモテるのにさ」と言って自分の席に戻った。最後の一言は余計だ。
蓮は愛良のところに行き、
「愛良、そんな顔するな」
そう告げた。一見すると不機嫌そうだが、蓮には分かる。これは蓮を思って嘆いているのだ。仕方ないとため息をつき、
「愛良、今日の放課後どこか行こう。今日のデザイア攻略は中止だ」
蓮はそう提案した。愛良は蓮を見る。
「なぜだ?」
「お前がその様子だと、皆に心配かけるぞ。さっきも島田が怒ってるのかって聞いてきた。風花も不思議そうにお前を見てる」
今日は時間、空けておくから。
無理やり約束を取り付け、蓮は席に戻った。
放課後、いろいろな人から連絡が来るが、全て断って愛良と遊びに出かける。
「どこ行く?愛良」
聞くと、彼は悩んだ後、
「映画館に行ってみたい。実際に見るのは初めてだから」
「そうか、そういえばお前が現実に出てきてから忙しくて一度も映画を見てなかったもんな」
さっそく映画館に行き、映画を見る。今回はアクション系だった。
『おれは、自分の信じた正義を貫く!そのためにこの力を使うんだ!』
主人公のその言葉が、妙に頭の中に残った。
映画館から出ると、蓮は愛良に尋ねた。
「楽しかったか?」
「あぁ。お前の中から見てたが、あんなに迫力があるものなんだな、映画って」
愛良はそう言って、今日初めての笑顔を浮かべた。
「あの主人公、お前みたいだったな」
「ボク?あそこまでかっこよくはないけど」
何が似ていたのだろうか?蓮にはよく分からない。
「自分の意志をしっかり持って、そのために力を使う。それがたとえ、周りに納得してもらえなくても。お前に似てるじゃないか」
愛良に言われ、蓮は顔を赤くする。やはり、彼に言われると弱い。
「その正義感、オレは好きだ。多分、皆もそうなんだろう」
「……そうかもね」
決して折れぬ強い正義。それは人々を救った。認めてもらえなくても、彼女がいなければ絶対にこの世界は変わらなかったのだ。
「でも、その正義感が強すぎて誰にも言えないことが怖い。お前がまた、一人で抱えているんじゃないかって」
「愛良……」
「オレはもう、お前の一部じゃない。なんとなく分かる程度で、心の中にいた時よりお前の悲鳴が聞こえてこない。だから、不安なんだ」
その言葉に蓮は黙ってしまった。自分の命と引き換えに得ようとしている元の現実で、果たして彼は生きていけるのだろうか。蓮を愛してくれて、一度殺してしまったのにそれさえも許して傍にいてくれる彼が、どうなってしまうのか。それが不安だった。
――大丈夫。必ず戻ってこれる。
そう信じているが、やはり怖かった。
「……ごめん」
思わず、謝っていた。愛良は蓮を見るが、問い詰めては来なかった。
次の日、デザイアに入り前来たところまで進む。
「地図を見る限り、もうすぐだな」
「早かったな、もう少し複雑だと思ってた」
アポロの言葉にジョーカーは「地図を見る限り、だ。もしかしたらまたアザーワールドリィに入ることになるかもしれない」と答えた。
「じゃあ、もしそれがなかったら今回でデザイアの攻略は終わるのか?」
「そうだね。終わらせられる。ヘルメス、ナビお願い」
「了解、任せて」
安全地帯から出て、ヘルメスのナビに従い進んでいく。
たどり着いた先は、中庭だった。フェイクが浮いているのが見える。
「天に昇る気分だわ!」
「本当に素晴らしい研究ね!」
「痛みなんて、なくてもいいのよ!」
そんな、フェイク達の声が聞こえた。ヘルメスが顔を歪める。それを見て、ジョーカーは彼の耳を塞いだ。
「大丈夫、自分を信じて。フェイクの言葉に惑わされないで」
「……ジョーカー」
ありがとう、とヘルメスはジョーカーに向かって微笑んだ。ミカエルを召喚し、彼の心を癒す。
「勇気が出てくるね、ミカエルの持つ癒しの術は」
「仮にも守り神のアルターだからね。基本何でも出来るよ」
さぁ、先に進もうかと言ってジョーカーは進んでいく。彼女が歩くたび、足元から光が出てきた。
「やはり、守り神なんだな」
クラウンの呟きは誰にも聞こえなかった。
中庭を出ると、最後のエネミーが立ち塞がった。
「行くぞ!」
ジョーカーの号令に全員が動き出した。
「ディアナは状態異常を、クラウンとウェヌス、テュケー、アテナは呪文で攻撃してくれ!マルス、アポロ、クピドは殴って追撃しろ!」
指示を出し、ジョーカーもアルターを召喚した。
「サタナエル!」
悪魔の王が彼女の後ろに現れる。いつ見ても迫力のあるアルターだ。
「主の研究を邪魔するな」
エネミーはそう言って攻撃してくる。ジョーカーはそれを避け、闇呪文を唱えた。
「ミカエル!」
クラウンがかわりに大天使を召喚する。ジョーカーとクラウンのアルターは共同だから、こんなことも可能だ。光呪文を唱え、エネミーに当てる。
続けてディアナが状態異常の呪文を唱え、混乱させる。その隙にジョーカーが念力呪文を唱えた。さらにそこにウェヌス、テュケー、アテナの呪文もエネミーに当たる。
クラウンは、今度はナイフで斬り付けた。それに続くようにマルス、アポロ、クピドも追撃する。
エネミーが倒れると、ビデオが落ちた。それを拾い、近くの部屋に入る。そして、そのビデオを見る。
開原は誰かと話していた。その時、世界が幻想世界に包まれていった。それに開原は気付いたが、話していた男は全く気にしていなかった。
その時、声が聞こえた。
『我が主。この世界を変えたいか?』
『この世界を、幸せなものにしたいか?』
『我なら、それが叶えられる』
開原は頷き、目を閉じた。
アルターの覚醒。そう、彼は確かにこの時アルターを覚醒させたのだ。
それを見終わり、ジョーカーは目を閉じる。
開原は自分達が悪神と戦った時に、アルターを覚醒させたんだ。
それなら幻想世界に入ってなくても、覚醒出来たことだろう。だってあの時は、全世界が「現実」であり「幻想世界」だったのだから。
部屋から出て、鍵のかかった扉の前に立つ。「主が手に入れたのは?」と出ていたのでジョーカーは「アルターの力」と押した。扉が開き、先に進む。
そこにあったのは長い階段だった。
「この上、オタカラの気配を感じる」
「じゃあ、これでルートは確保したな」
後は予告状をどうするかだけだ。現実に戻り、ファートルに集まる。
「どうする?」
「開原は二月四日まで待つと言ったんだ。二月三日でいいんじゃないか?」
愛良の言葉に「それもそうだね」と光助が言った。
「うん。その時に最終的な答えを出したらいいよ」
蓮も頷いた。そこから憂いが全くない。
「……蓮、どうしたんだ?」
「なんもないよ、裕斗。急にどうした?」
「いや……」
裕斗は蓮の異変に気付いたが、やはり聞くことが出来なかった。
「今日は解散しよう。明日からどうするか考えようか」
義明が言うと、皆は「じゃあ、また明日」と帰っていった。そんな中、良希だけが残る。
「あのよ、蓮」
「どうした?帰らないのか?」
蓮が尋ねると、「話したいことがあるんだ。俺の家に来てくんねぇか?」と言ってきた。
「分かった。兄さん、ボクちょっと出かけるから、先に食べておいて」
「分かったよ、気をつけてね」
義明に伝え、蓮は良希の家に向かう。
良希の部屋に入ると、漫画やトレーニング用具がたくさんあった。適当に座ってくれと言われたので近くにあった椅子に座る。
「それで、話って?」
蓮が聞くと良希は「わりぃ!」と頭を下げた。
「いいよ」
「はえぇよ!聞く気疑うわ!」
ちゃんと話聞けって、と言われ蓮はおとなしく聞く。
「俺さ、お前に言われるまで開原先生の「現実」に捕まってたわけじゃん?」
「そうだね」
「それで俺、お前を裏切ったじゃんか。そんな俺が、お前の親友なんて言っていいのかって思ったんだ」
「そんなことか」
蓮が言うと「そんなことって、お前なぁ……」と呆れた。
「俺、確かに陸上やりたかった。陸上やって、特待生とって、お袋を楽させてやりたかった」
「うん。でも、それを狛井に奪われたんだよね」
蓮が聞くと、彼は頷いた。
「あぁ。だから腐って、何もかもどうでもよくなって。そん時、お前と出会って。お前、俺が不良だって知っていながら傍にいてくれたよな。俺を、見捨てなかった」
「それはお前もだろ?ボクが前歴あるって知っていながら近付いてきて、話しかけてくれた。お前だって、ボクを見捨てなかったよ」
そう答えると彼は「でも、俺は全てをなかったことにしてしまった」と俯いてしまった。
「お前は俺達を決して見捨てなかったのに、俺は怪盗団の軌跡をなかったことにした」
「……それは悲しかったよ。ボクがいない世界が、皆望んでいたことだったから」
「だよな。本当にすまねぇ。でも俺、もう惑わされねぇから」
「うん。それでこそお前らしい」
蓮が笑うと彼も笑った。
「よし!明日からも頑張るぜ!」
今からひとっ走りと行こうじゃねぇかと言われ、蓮はそれに付き合った。
「ありがとな!話聞いてくれてよ」
「大丈夫。また走れるようになればいいね」
そう言って、二人は駅で別れた。




