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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜


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二十章 悲嘆の研究施設とぶつかり合う「正義」の意志 後編

 次の日、ファートルに集まりどうするか聞く。

「依頼、こなすか?」

「それは今度でいいと思う。最近は皆望んだ通りの現実だからか、少ないしな」

「じゃあ、お菓子でも食べて話そうよ」

 風花の提案に皆が賛成する。近くのスーパーでお菓子とジュースを買い、二階で楽しく話した。

 帰る時、ほのかに「今、時間ある?」と聞かれたので蓮は頷いた。そして同居人達に「ちょっと出かけてくる」と告げてほのかと共に出た。

 ほのかの家に着いた時、その豪華さに驚く。成雲家も豪華な屋敷だが、こちらもなかなかだ。ほのかが自分の部屋に蓮を連れて行き、紅茶を淹れる。

「紅茶、飲んで」

 勧められ、蓮は一口紅茶を飲む。そして「話ってなんだ?」と尋ねた。

「あなたには、謝らなきゃって思って」

「謝る?」

「ごめんなさい。私、不甲斐なかったと思う」

「咲中のことか?」

 蓮が確認すると、ほのかは下を向いたまま頷いた。

「別に、いいだろ。好きな人と一緒にいたいっていうのは悪いことじゃない」

「やっぱり、あなたは優しいね。でも、今回はその優しさに甘えちゃ駄目だと思う」

「どうして?ほのかが幸せなのに?」

 蓮が尋ねると彼女は「それでも、駄目なんだよ。罪は償わなくちゃいけないものだから」と言った。

「私が幸せだからって、悪いことは何もなかったことにするのはいけないんだよ」

「……そうか」

「どんなにつらくても、事実は変えちゃいけない。あなたの言う通り、それがあってこその「人生」だもんね」

 だから、大丈夫とほのかは言った。

「お前の言いたいことはよく分かった。でも、つらければいつでも頼ってくれていいからな」

「ありがとう、蓮。そうさせてもらうね」

 紅茶、冷める前に飲んでと言われたので蓮は飲み切る。

「今度、二人だけでカフェにでも行こうか」

「あ、それいい。楽しみにしてるね」

 蓮が誘うとほのかも乗ってきたので優しく微笑む。

「話、聞いてくれてありがとう。また明日」

「あぁ、また明日」

 ほのかが玄関先まで送ってくれた。父親と何か話しているようだったが、そこは気にしないことにする。


 次の日の朝、学校に行こうと外に出るとりゅうがファートルの前に立っていた。なぜかオロオロとしていて落ち着きがない。

「どうした?りゅう」

「あ、蓮……」

 蓮を見るとりゅうは俯いたが、「今日、学校に行った後時間ある?」と聞いてきた。

「もちろん。何か話があるのか?」

「う、うん。そんなところ」

「分かった。どこに行けばいい?」

 場所を聞くとりゅうは「僕の部屋に来て」と言ったので蓮は頷いて「じゃあ、また放課後」と笑った。

 放課後、りゅうの部屋に行くと彼は被り物をしていた。

「……りゅう?大丈夫?」

「うん。座って」

 そのまま促されたので蓮は彼のベッドに座る。

「何か、話しにくいこと?」

 蓮が聞くとりゅうは黙った後、その被り物を脱いだ。

「謝りたくて、でも緊張して……」

「顔を直接見るのが怖かったから、被り物をしてたの?」

「うん」

 りゅうは泣きそうだ。このままではまずいと蓮はすぐに本題に入る。

「謝りたいことって何かな?」

「……蓮を裏切っちゃったこと」

 気まずそうに彼は言った。

「お母さんが生きていてほしいと思ったこと?」

「そう。でもそれじゃ駄目だって、蓮が教えてくれた」

「でも、お母さんが生きていてほしいって思うのは当然だと思うよ。りゅうがおかしいんじゃない」

 特に彼は、悪い大人達の都合で急に母親が死んだのだから仕方ない。蓮が言うと、りゅうは「蓮はそうやって、いつも怒らないんだ」と言った。

「でも、今回のは怒っていいと思うよ」

「なんで?」

 首を傾げると、彼は俯いた。

「僕達、蓮に助けられたのに裏切っちゃったんだもん。蓮が優しいから、それが当たり前になってた」

「りゅう」

 名前を呼ぶと、彼はビクッと身体を震わせた。

「確かにお前達はボクを裏切ったかもしれない。だけど、また戻ってきてくれたじゃないか。これからまた、強くなればいい」

「蓮……うん、そうだね」

「悩みは解決した?」

 蓮が聞くと、りゅうは「うん。ありがとう」と笑った。

「よし、じゃあちゃんと前を向けるな?」

「もちろん。また戦うよ」

 りゅうの決意を聞いて蓮は安心する。

「じゃあ、ファートルに行こうか」

「うん。しょうへいのカレー食べたい」

 りゅうがようやくいつもの笑顔になった。一緒にファートルに行き、藤森のカレーを食べる。

「うん。やっぱりしょうへいのカレーはおいしいね!」

「そりゃあそうだよ。りゅうのお母さんと一緒に作ったものなんだから」

 蓮が言うとりゅうは「僕のお母さんは天才だからね!」と胸を張った。藤森は照れ臭そうにしていた。

「話、聞いてくれてありがとう。僕、しょうへいと帰るね」

「あぁ。また明日、りゅう」

 蓮はりゅうと藤森が帰っていくのを見送った。


 次の日、駅前で裕斗に出会った。

「おはよう、裕斗」

「あぁ、君か。おはよう」

 挨拶をすると、裕斗は黙り込んだ。

「どうした?」

「その、今日の放課後時間あるか?」

「まぁ、特に予定は入っていないけど」

 そう言うと裕斗は「じゃあ、放課後駅前で待っていてくれないか?」と言われたので頷く。

 放課後、愛良を先に帰らせて駅前にいると裕斗が来た。

「すまない、遅くなった」

「いいよ。それで、何か用?」

 蓮が尋ねると裕斗は「寮に行こう」と言ってきた。話しにくいことかもしれないと思い、「分かった」と同意した。

 裕斗の寮に行くとそこは絵の具やキャンパスだらけで本当に美術科コースなんだなと思った。しかし、当の本人は蓮の方を見ない。

「それで、どうしたんだ?後ろを向いたまま」

 聞いてみると、裕斗は「俺は、お前を見てはいけないと思っているからだ」と言ってきた。

「なんだよ、それ?ボク達、仲間だろ?」

 笑うと、裕斗は怒ったように「君は優しすぎる!」と叫んだ。そしてようやく蓮の方を見る。その顔は怒りと苦痛に満ちていた。

「俺はお前を裏切ったんだぞ!なぜ怒らない!」

 なるほど、そのことか。彼は自分には厳しいから、そのことが許せないのかもしれない。

「だって、救いを求めることも人間だろ?」

「だからって、あんなのは最低だ。俺は、君の友と呼ぶにふさわしくない」

 相当思い詰めていたようだ。さて、なんて言おうか。

「師を求めることは悪いことなのか?」

 蓮が尋ねると、裕斗は「芸術家は、大抵は師がいて初めて成長する。それは分かっているんだ」と答えた。

「なら、白野を求めたこともおかしなことじゃないだろ?あんなのでも、育ての親でもあるんだ、心の中でまだ慕っていてもおかしくないだろ」

「そうかもしれないが」

「師を求めるのは悪いことじゃない。身寄りがないならなおさらな」

 そう言ってやると、彼は「本当に、君は優しすぎる」と呟いた。

「なぜ、俺は芸術に携わる者だけが師だと思ったんだろうな?俺には、君という素晴らしい友であり師がいるというのに」

 どうやら立ち直ったようだ。よかったと胸を撫でおろす。

「ボクは、そんな大層なものじゃないよ」

「いや、君は俺を導いてくれた。こんな素晴らしい友、他にはいないさ」

 裕斗がそう言ったと同時にぐぅ、と音が鳴った。

「また食べてないんだな?」

 蓮がため息をつきながら確認すると彼は気まずそうに目をそらした。

「すまない、画材がどうしても」

 恐らく、バイト代はそれのせいで消えるのだろう。

「よかったね、丁度昼休みに愛良が食べるかもと思ってパンを買ってたんだ。余ってるからあげるよ」

 カバンからパンを取り出し、彼に渡す。「いいのか?」と聞かれたので「ボクはファートルに戻れば自分で作るし、大丈夫」と答える。

「なら、ありがたくいただくぞ」

「どうぞ」

 裕斗は蓮にお茶を出し、「そこに座ってくれ」と椅子を指した。そこに座り、持ってきていたお菓子を食べながらお茶を飲む。裕斗も同じようにパンを食べる。

「今度、愛良達もつれて食事に行くか」

 蓮の提案に裕斗は「それもいいかもな」と笑った。

「ありがとう。時間も遅いし、駅まで送っていく」

「大丈夫、一人で帰れるから」

 裕斗の申し出を断ると、寮の前までは送らせてほしいと言ってきたのでそれならと頷く。

「じゃあ、また」

「あぁ、また今度」

 裕斗が手を振ったので蓮も振り返し、ファートルに戻った。


 休みの日はアルバイトに行き、平日はいつも通り学校で授業を受けていた。恋人がいるということは既に分かっているハズなのに告白してくる人も後を絶たなかったが、それらを全て断る。愛良も同じだったようで、二人共それに疲れ、義明に慰められる。それから、時間がある時にアザーワールドリィに向かい、依頼をこなした。

 二十九日、皆で食事に行こうと蓮が誘い、怪盗団のメンバーが集まる。

「どこに行く?」

「いい場所なら知ってるよ」

「高級レストラン?」

 風花が冗談で尋ねると、蓮は微笑んだ。肯定の意だ。

「え?本当に?」

「でも、私達払えないわよ?」

「大丈夫、ボクが全部負担するから」

 伊達にお嬢様じゃないと告げる。そして、昔母親に連れて行ってもらったレストランに向かった。

 そこで存分に楽しみ、会計というところで蓮と光助のファンが集まってきた。繰り返す前のことを思い出してしまう。

「相変わらず、お前達のファンは熱烈だな」

 愛良がからかうように言ってきた。蓮はすぐに理解したが、皆は分からなかったようだ。ファンの群れから抜け出し、外に出ると蓮は「お前達が覚えていない時にもあんな風にファンに詰め寄られてな」と話し出した。

「蓮も光助も有名だもんね」

 ほのかが笑うと蓮は乾いた笑みをこぼす。

「でも、なんで急に食事に行こうなんて言い出したの?」

 りゅうの質問に蓮は「たまにはいいかなって、こういうのも。今のところ、やることも特にないし」と答えた。

 本当は、もうすぐ皆と過ごせなくなるかもしれないと思ったからだ。せめて思い出にと皆と約束したことは果たしたかった。

「ほのか、明日は時間あるか?」

「えぇ、あるけど」

「じゃあ、一緒にカフェに行こう。約束してただろ?」

 蓮が誘うと、風花が「あたしも行きたい!」と言ったので女子は全員行こうという話になった。

「二人きりじゃなくなったけど、これも楽しそうだね」

 ほのかが喜んでくれたので、これもいいかと納得する。


 次の日、カフェで集まり女子会が始まる。

「蓮って愛良と付き合ってるんだよね?」

「そうだね」

「いつから?」

 風花にそう聞かれ、蓮は考え込む。

 確か、最初の頃、ほのかが仲間になって、自分にデザイアが出来て……。

 その後、愛良と出会った。だが、いつ付き合ったのかと聞かれたら、

「よく分からないな。あいつはいつも「愛してる」って言ってきてたし、ずっと一緒にいたから」

「そうなんだ。でもきっかけみたいなのはあったでしょ?」

 期待の目で見られるが、蓮は首を横に振った。

「いや、本当にいつの間にかだ。あいつ、最初の頃なんていきなり蹴ってきたからな。でも、本当は優しくって話も聞いてくれて。つらいことがあったらいつでも泣かせてくれるし、ボクを甘えさせる天才だよ」

「なんか、素敵だね」

 ほのかの言葉に蓮は「そうだね、あいつは本当に、ボクにはもったいないよ」と笑った。

「蓮が幸せそうで何よりね」

 もみじが言うと、全員が頷いた。

 そこから、話は怪盗団のことになっていった。

「そういえば、何か変化はある?現実と幻想世界が融合しようとしているって言ってたけど」

 もみじが尋ねてきたので、蓮は「一応、開原先生が言っていた期限までに改心させれば大丈夫」と答えた。

「そう……」

「多分、二月三日にボクのところに来るよ。彼はボク達のしていることは分かっているだろうからね」

 何となく、そんな気がする。

「じゃあ、予告状はあなたに任せればいい?」

「そうだね。ボクが直接渡す」

 そう言うと、風花が「じゃあ、男子達にも言わないとね」と言った。

「それじゃあ、時間もいいしここで解散しようか」

 蓮の言葉に皆が頷き、会計を済ませて外に出た。

「じゃあ、ボクは準備してくるからここで」

 蓮は三人と別れ、金井のところに行った。そこで武器の調達をし、ファートルに戻る。

「おかえり。楽しかった?」

 義明が出迎えてくれた。彼の後ろから光助が来る。

「愛良は?」

「散歩に行ってくるって」

 一緒に二階に上がりながら、話をする。そして荷物を置き、ソファに座った。

「これは?」

「金井さんのところで調達してきた。カスタマイズもしてきたからそれなりに強くなっているハズだよ」

 蓮が答えると義明が申し訳なさそうな表情をした。

「いつもごめんね、任せっきりで」

「いいよ、ボクの方が詳しいし」

 兄と話していると扉が開いた音がした。そして愛良が上がってくる。

「おかえり、愛良」

「蓮、戻ってきてたんだな」

 愛良が隣に座ると、紙袋を渡してきた。

「これは?」

「金曜日の放課後、一緒にデートしよう。その時にこれを来てほしい」

 中を見ると、入っていたのは白いワンピースだった。

「これ、レンカの服装みたいじゃん。いいの?これで」

「これだからいいんだ」

 強く言われ、蓮は言い返せなくなった。何か深い意味があるのだろうか。そう思うと、どうしても断ることが出来ず約束した。


 そして迎えた金曜日。一度ファートルに戻り、渡されたワンピースを着た。靴は違うけれど、これにレイピアを携えたらまさにレンカになっていたが、本当にこれでいいのだろうか。心配になりつつ下に降りる。

「似合ってる、レンカ」

 愛良はそう言って蓮の手を取った。だが、蓮はそれ以上に驚きを隠せなかった。なぜ、今彼は蓮をレンカと呼んだのだろうか?

「いいだろ?たまには本当の名前で呼んだって」

「……ジョーカー」

 蓮も、彼を本当の名で呼ぶ。そして、そのまま外に出た。

 一緒に本屋に立ち寄ったり、映画を見たりして、夜になる。

「もうそろそろ帰らないか?」

 蓮が言うと、愛良は「もう少し」と言った。そして、井の頭公園のベンチに座る。

「愛良、なんか様子がおかしいぞ」

 蓮が言うと、愛良は「そう、かもな」と答えた。自分が何かやっただろうかと心配になる。

「レンカ」

 名前を呼ばれ、蓮はビクッとなる。

「……いや、何でもない」

 しかし、首を振って彼は何も言わなかった。そして「もう帰ろう」と言われたので蓮は静かに従う。結局、何が言いたかったのか分からなかった。


 次の日、皆で集まった。

「今日、開原がファートルに来ると思う。だからボクが直接渡すよ」

 蓮の言葉に裕斗が「じゃあ、この予告状は君に渡す」と開原用に作った予告状を渡した。それを受け取り、蓮は笑う。

「蓮、どうしたんだ?」

「ううん。これで迷いも吹き飛んだと思って」

 蓮の言っている意味が全員分からなかった。ただ一人を除いて。

「これ、調達した武器。受け取って」

 皆に武器を渡し、解散する。そして敷井のところで薬を調達し、準備が整った。


 夜、義明と光助、愛良が眠った後、蓮は下に降りた。それと同時にファートルの扉が開く。そこに立っていたのは開原だった。

「やっぱり、来ましたね」

「最後に君を説得しようと思って」

 蓮は彼をソファに座らせ、コーヒーを淹れる。

「ご丁寧にどうも」

「言っておきますが、あなたの現実を認めたわけではありません」

 そう言うと、彼は動きを止めた。そして、

「君は、自分の身を犠牲にしてまで元の現実に戻そうというのかい?」

 悲しそうな目で見てきた。それでも、蓮の瞳は揺るがない。

「えぇ、そのつもりです。確かに、あなたの言い分は分かります。でも、痛みがなくなれば人間は生きていけない。だからボクは、皆のために戦います。たとえこの身が朽ち果てても」

「そうか。でも僕はそんな君も救いたい。君にだって望みがあるだろう?」

「そうですね。もちろんあります。でもそれは、今まで乗り越えてきたものがあってこそ価値があるものです」

 開原はコーヒーを飲んだ。そして彼女に向き合う。

「やっぱり、君は変わらないね。他人のために何もかも捨てる。でも、それじゃ自分が不幸になると思わない?」

「思いませんね。それに、あなたもそうでしょう?他人のためにはその身を粉にして動く。そう言った意味ではボクとあなたは似ているのでしょうね」

 そして、蓮は彼に予告状を渡す。

「あぁ、そういえばこれがあったね」

 開原はそれを受け取り、立ち上がる。

「明日、最後の意見を聞かせてもらうよ。その時、君の意志が変わっていることを願うよ」

 そう言って、彼はファートルから出た。蓮はソファにもたれかかる。

 ――ボクの意志が変わっていることを願っている、か。

 絶対に、そんなことはない。自分は皆の望む現実を壊したのだ、自分だけ逃げるのは選択肢にない。

 その時、誰かが下に降りてきた。そちらを見ると、降りてきたのは寝ていたハズの愛良だった。

「蓮、開原と会ったのか?」

「うん、今さっき」

 蓮が奥に詰めると、愛良は隣に座った。

「なんて言われた?」

「明日までに君の意志が変わっていることを願ってるって言われたね」

 答えると、愛良は黙り込んだ。そして呟く。

「レンカ」

「何?ジョーカー」

「お前は、消えるつもりなのか?」

 その言葉に蓮は目を見開く。もしかして、さっきの会話を聞かれていたのだろうか。

「いや、最初から気付いていたさ。お前が何を隠しているかなんて。オレ達に気遣って、何も言わないのはお前の癖だからな」

「……そうか。お前にはどんなに隠しても無駄だからな」

 蓮は微笑む。そして「ごめん」と言った。

「でも、現実は戻さないといけないんだ」

「分かってる。お前の選択を責めるつもりはない」

 だから、絶対に戻ってこい。

 そう言って愛良は蓮の肩を抱いた。蓮は逆らわず、頭を乗せる。

「……うん。絶対に戻ってくるよ」

 彼にそう、誓った。彼は満足そうに頷いた。


 次の日、ジョーカー達は開原のデザイアに来た。

「さぁ、行こう。これが最後の戦いだ」

 ジョーカーの言葉に皆が笑った。

 あの長い階段のところまで向かうと、ヘルメスが「その階段をのぼって」と言ったので上がっていく。頂上に着くと、開原が立っていた。

「……来たんだね」

 開原は悲しそうに言ってきた。ジョーカーは「えぇ、あなたのオタカラを奪うために。そして、オレ達の未来を取り戻すために」と告げる。

「やっぱり、力でぶつかり合うしかないのか」

「オレ達の意志は変わりませんから」

 仮面越しからでも分かる、強い意志。しかしそれは開原も同じだった。

「なら、僕も戦うしかない。君達はこの力をこう言ってたね。「アルター」と」

 そう言うと、開原の後ろからアルターが現れる。巨大な男の姿。

「「アダム」、か」

 最初の人間の名前だ。聖書で神に作られたという、罪を犯す前の人間。それだけ、彼が純粋に他人の幸せを思っているということだろう。

 しかし、ジョーカーだって自分の意志を曲げるつもりはない。それはすなわち、自分自身を裏切るということだから。

 ミカエルを召喚し、開原のアルターと衝突する。ジョーカーは開原に向かってレイピアを振りかざした。それを彼は杖で受け止める。

「成雲さん、その身を捨ててはいけない。君はまだ未来があるんだ。仲間達と一緒に生きる道を選ぶんだ」

 懇願するように、彼はジョーカーに言った。しかし、それでもその瞳は揺るがなかった。

「何を言われても、オレは止まらないですよ。だって、オレは皆の望んだ現実を壊したんですから、オレだけ逃れるのは許されない」

 自分は、自分の運命を受け入れるとジョーカーは答えた。カンカンとレイピアと杖がぶつかり合う音が響く。

 クラウンは自分のアルターであるアテンを召喚し、ジョーカーを遠巻きに支援する。他の人達は周りに現れたエネミーを倒していった。

「……こうやって、君と戦うことになるとはね」

「オレも驚いていますよ。まさかあなたにここまでの力があるなんてね」

 どちらかが折れなければ、決して決着はつかぬ戦い。正義と正義の戦いだった。

 ジョーカーは開原の杖を飛ばした。開原はしりもちをつく。ミカエルの方も、同じようになっていた。

「勝負あり、です」

 ジョーカーが言うと彼は「でも、まだあきらめるわけにはいかない」と立ち上がった。すると彼のアルターが開原を持ち上げた。

「君も、同じなんだね」

 さぁ、僕を最大限に使ってくれ。

 開原が言うと、彼のアルターは開原を飲み込んだ。するとアルターに鎧が纏い、どの攻撃も受け付けなくなる。

「どうなってるの!」

 ウェヌスが叫んだ。ジョーカーも、こんなことが出来てしまうのかと驚いていた。

 ――そこまでして、他人を幸せにしたいというのか。

 ここまでくるともう狂気の域だ。もはやジョーカーにも理解出来なかった。

「我は、主の願いを叶える。お前達に、邪魔はさせない」

 アルターが拳を振り下ろす。後ろに飛んで何とか逃れたが、あれに当たったらひとたまりもない。トルースアイを使うが、どこにも弱点は見つからない。

(どうする……?どうすればいい?)

 ジョーカーは考えながら光の弓矢を放った。しかし、それさえも効かない。完全にアルターが暴走してしまっている。このままでは自分達だけでなく、開原の命も危ない。

「ヘルメス!奴の弱点を探ってくれ!」

「了解!」

 ヘルメスに頼み、自分は「アダム」に飛び乗ってレイピアで斬った。しかし、すぐに振り落とされてしまう。そして、再び拳を振り落とされる。ギリギリでそれを避けた。

 ジョーカー自身も、何とか開原を救う方法を考える。

(まずは、アルターの中から開原先生を救い出さないと……!)

「分かったよ!ジョーカー!」

 ヘルメスが叫ぶ。ジョーカーは「どこだ?」と尋ねた。

「頭だよ。しかも、普通の時では効かない。力をためて、拳を振り落とす時なんだ。その時を狙って頭に攻撃しないといけない」

 それじゃあ、どうしろというのだ。そんな咄嗟の判断と素早さが問われる芸当、ジョーカーはやったことがない。

 「アダム」が再び力をため、振り下ろそうとしてくる。今度はジョーカーめがけて。これは避けられないとジョーカーは庇う仕草をした。しかし、衝撃はいつまで経っても来なかった。見ると、皆が必死になってそれを受け止めていた。

「何をしている!早く行け!」

 クラウンが叫ぶ。それに続いて全員がジョーカーに言った。

「俺だって、これぐらいやって見せるぜ!」

「あたしだって、もう言いなりになんかならないって決めたんだから!」

「俺も、君の役に立って見せる!」

「私はもう自分に我慢しないって決めたの!」

「あなたに与えられた恩を、今こそ返す時です!」

「これぐらい出来なくて、何が相棒だ!」

「こんなの、何度だって乗り越えてきたんだ!」

「「「「「「「「さぁ、早く!」」」」」」」」

「今なら狙える!ジョーカー、やっちゃって!」

 皆の意志が伝わり、ジョーカーは拳の上に乗り、そして頭に向かって飛んだ。そして、「アダム」の頭に銃を突きつける。

「チェックメイトだ」

 引き金を引き、頭を貫く。アルターは消え、ジョーカーは開原を抱え着地した。

 オタカラが現れる。トーチだ。それを持つと、地面が崩れ始めた。

「テュケー!何かないか!」

 尋ねると、テュケーは慌ててウエストポーチからヘリコプターを取り出した。運転出来る自信はないが、今の状態だとその方がいいかもしれない。大きくなったヘリコプターに全員が乗り込み、ジョーカーが操縦を始めた。

 空を飛び、崩れていく研究所を見ていると突然ヘリコプターが揺れた。そして下に引きずり下ろそうとしてくる。見ると、触手が掴んでいた。

 ――仕方ないか。

「クラウン、操縦任せた」

 クラウンに任せると、ジョーカーは飛び降りた。

「ジョーカー!」

 誰かが手を伸ばすが、もう届かなかった。

 ジョーカーが着地すると、開原が立っていた。

「強引に引き留めてごめん。せめて、最後に君と話がしたくて」

 デザイアが崩れ去っていく中、ジョーカーもまた足元から透けていっていた。

 ――あぁ、もうこれまでか。

 そう思いながら、ジョーカーは開原に向き合った。

「僕は、皆の望みを叶えてあげたかった。痛みをなくしてあげたかった。でも、それは逃げだったんだろう。僕は君と違って弱いから、そんな考えになっていた。何よりも、誰よりも一番弱かったのは、僕だったんだ」

 そう言って、消えていくジョーカーを見つめた。

「僕は、その瞳が揺らぐのが怖かったんだろう。でも、君は自分が消えていきそうになりながらも決して揺らがなかった。だから、ようやく気付くことが出来たよ。ありがとう」

「どういたしまして。開原先生も、早く逃げた方がいいですよ。まだ、あなたはやり直せるのですから」

 開原が最後に見たのは、ジョーカーの微笑みと涙だった。


 一方、現実に戻った怪盗団達は蓮がいないことに気付く。

「蓮は?」

 皆で周囲を見渡すが、蓮の姿はどこにもなかった。いくら探しても見つからず、心配になりながらファートルに戻る。しかしファートルにも蓮はいなかった。

「しょうへい、蓮は?」

 りゅうが聞くが、藤森は「帰ってきてないぞ。お前達と一緒だったんじゃないのか?」と首を傾げた。

「……実は」

 愛良が蓮のことについて口を開いた。話を聞き終えると、良希が机を叩いた。

「じゃあ、蓮は自分が消えることを知ってて先生を改心させたってのかよ!」

「なんでそのことを言ってくれなかったの?そうすれば私達も考えたのに」

 もみじが言うと、愛良は「あいつは、そのことで皆の意志が揺らぐことを危惧したからだ」と答えた。それに皆俯いてしまう。まさにその通りだったからだ。

「……せっかく、元の日常が戻ってくると思ったのに」

 ほのかが呟いた。この場にいる誰もがそう思っていただろう。まさか、リーダーがいなくなるとは思っていなかった。

「大丈夫、あいつは戻ってくるさ。オレに約束したからな」

 愛良はそう言うが、全員の気分は上がらなかった。そのまま、その日は解散することになった。


 それからずっと蓮を探しているが、見つからないまま二月十三日になった。学校には実家に帰っているということで話を通してあるが、いつまでその嘘が通用するのか。もしかしたら、蓮はもう戻ってこないかもしれないとさえ思ってしまう。

 皆でファートルに集まっていた。毎日探しても蓮が見つからないので一層心配になってきていた。

「本当に、戻ってくるよね?」

 りゅうの心配そうな声に誰も答えられなかった。

 その時、ファートルの扉が開いた。そこにいたのは帽子を被った女性。その人はカウンター席に座り、

「マスター、コーヒーを」

 聞き覚えのある声で藤森にコーヒーを頼んだ。藤森はその人を見てコーヒーカップを落とす。全員も、彼女を見て驚きを隠せなかった。

「……蓮」

 愛良が声を絞り出すと、その人は帽子を外す。そして、皆を見て、

「ただいま。遅くなってごめん」

 と告げた。そこにいるのはまさに成雲 蓮その人だった。皆は蓮の傍に集まってくる。

「よかった。もう会えないかと思った……!」

 風花が涙を流す。そんな彼女に「本当にごめん。もっと早く帰れるかと思ってたんだけど、思ったより時間がかかっちゃって」と困ったように笑った。

「いいの、あなたが無事だったんなら」

「そうだよ。急にいなくなるから驚いて」

 もみじとほのかも蓮を見て泣き始める。するとさらに困ったように「悪かったって。何も言わずに消えちゃったりして」と謝る。

「よく戻ってきてくれた」

 愛良が言うと「お前と約束したからな」と答えた。いつもの蓮で安心する。

 ようやく正気に戻った藤森は蓮にコーヒーを淹れて目の前に置いた。それを飲むと、「この世界に戻ってきて、真っ先にここに来てよかったよ」と言った。

「そういえば、どこに行ってたんだ?」

 裕斗が尋ねると蓮は「幻想世界だよ」と告げた。

「開原先生のデザイアで消えた後、祝福の祭壇で目が覚めてさ。アザーワールドリィでいろいろとやることが多かったからそれを片付けて、こっちに行けるかなって思ってやってみたら行けたから。」

「なんか、簡単に言ってっけど、すげぇ大変だったのか?」

「そうだね。アザーワールドリィであちこち行って、ちゃんと元に戻ってるか見てきたからね。あっちの感覚でもう一年以上かかっちゃった」

 軽く言っているが、すごいことを言っている気がする。

「それに、こっちでも影響がないか見ないといけないからね」

「学校とかは特に変わってなかったよ。元通りになってる」

 ようやく泣き止んだ風花が答えると「それならよかった」とホッとした顔をする。あまりにも歪みが強かったから心配していたそうだ。

 そうやって再会を喜んでいると、良希が不意に言ってきた。

「そういやさ、これ、このタイミングで言っていいのか分かんねぇけど……お前、地元に帰るのか?」

 その言葉に蓮は「あー、そのことだけど」と何か言おうとするが、

「地元、戻っても居心地悪いだけなんじゃねぇの?」

「おーい」

「俺的には、こっちに残った方がいいんじゃないかって思ってるんだけどよ」

 心配そうに見る彼にため息をつき、立ち上がると「ちゃんと話は最後まで聞きなさい」と頭を軽く叩いた。そして、

「ボク、こっちに住もうかと思ってるんだ」

「え?」

「何、その驚いた顔」

 皆して驚いていたので蓮は再びため息をつく。そして髪をいじりながら答えた。

「……もう、ボクの役目は終わったし。皆の言う通りボクも自分の幸せを追おうかなって思ったんだ。そう考えた時、地元だときっと出来ないからさ。今度こそ勘当してもらってこっちに来る。成雲家のお嬢様ではない、ただ一人の人間の「成雲 蓮」として」

 そう言うと、りゅうが「ようやく自分のことを考えるようになったんだね」と笑った。

 そこから皆で話をして、遅くなったので解散する。蓮達は二階に上がり、

「よかった。蓮が戻ってきてくれて」

 義明が蓮を抱きしめる。光助も「姉さんがいなくなったから、どうしようと思った」と言った。

「兄さんも光助も愛良も、ごめんね。心配かけて。もう大丈夫だから」

 もう一度謝ると義明は蓮を放して、「でも、消えるかもしれないんだったら言ってほしかったよ。そしたらもっと考えてたのに」と告げた。

「戻ってきたから許して」

 そう言うと彼は「うん。ちゃんと愛良との約束を守ったから許すよ」と笑ってくれた。

「オレも、明日もう一度出頭するからその前に会えてよかった」

 光助の言葉に「そういえばそうだったね」と悲しそうな顔をする。

「大丈夫だよ、姉さん。そんな顔しないで」

 光助が言うと、「ごめんね」と光助を抱きしめる。

「もう謝らなくていいよ。姉さんは戻ってきたんだから」

 抱きしめ返し、光助は微笑んだ。それを見て蓮は涙を流す。

「本当に、戻ってきてよかった」

 呟くと光助は「泣かないでよ、姉さん」と困った顔をした。蓮も心配だったのだ、本当に戻ってこられるのか。

「皆にもう一度会えてよかったよ」

 その言葉に愛良は「おかえり、蓮」と囁いた。

 あぁ、本当に戻ってきたんだ。

 その喜びに胸が満たされた。これからは皆と過ごせる。皆と笑い合い、泣き合い、ふざけ合って過ごすことが出来るのだ。これ以上の喜びはなかった。

 長く続いた幻想怪盗団の大きな物語は、これで終わる。これからは一歩踏み出し、それぞれの物語が始まるのだ。

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