十二章 嫉妬のカジノとリーダーの逮捕 前編
次の日、ファートルに皆を集めアザーワールドリィのターゲットの情報を共有する。
「へぇ……アザーワールドリィ……そんなところもあるんだ」
どうやら冬木は本当に知らなかったようだ。まぁ、当然かもしれない。蓮達もヨッシーがいなければアザーワールドリィなんて知らなかっただろう。
「どうする?まずはデザイアのキーワードを探すか?」
「あぁ、その方がいいだろ。思い当たるところはあるか?」
昨日、名前を入力したら反応したのでデザイアがあることは分かっている。後は場所とそこをどう思っているかだ。
「裁判所だと思う」
冬木が言うと、ナビが反応した。
「合ってるみたいだな。後はなんと思っているかだが……実際に行ってみた方がいいかもな」
蓮が言うと、全員が賛成したので実際に行ってみる。
裁判所前に行き、蓮はもみじに尋ねた。
「もみじ、思い当たることはないか?」
もみじは考え込んだ後、
「……カジノだと思う」
そう言うとナビが反応した。どうやら合っているみたいだ。
「……行ってみよう」
その言葉に頷き、ナビを起動する。
デザイアの中は裁判所がカジノになっているだけで周囲の建物はそのままだった。
「なるほど……どうやら裁判所以外は何とも思っていないみたいだな」
ジョーカーが言うと冬木が「そうだね……」と同意する。歪みは強いが、城幹ほど酷いわけじゃないようだ。ちなみに、冬木の怪盗服は王子のような服に白い手袋、それからジョーカーと同じ形の仮面。探偵王子にふさわしい服装だ。
「そういや、冬木のコードネームどうするよ?」
マルスが聞いてきた。そういえばそうだった。
「冬木、何がいい?ちなみにオレ以外は全員神話の神から取っている」
「じゃあ……クピド、がいいかな?」
「愛の神か……いいかもな」
ジョーカーはそう言って笑う。男女問わず魅了するその笑顔に冬木――クピドも顔を赤くする。
「どうした?クピド」
「い、いや。何でもない……」
クピドの様子にテュケーが「ジョーカーの笑顔は皆を魅了するからな……兵器だぜ、もう」と呟いた。それは本人達に届いていないが。
ここでなんだかんだと話している暇はないとジョーカーは先に進む。しかし、正面にはフェイクがたくさんいて入れそうになかった。なので、別ルートから入ることにする。
屋根を登り、開いている窓があったのでそこに入る。トルースアイを使い、抜け穴を見つけそこを抜けるとホールに出た。すると、
「怪盗団ね。下に降りなさい」
と、そんな声が聞こえてきたので下を見るとそこにはいかにもギャンブラーの見た目をしている女性が立っていた。彼女がアテナの姉、秋川 花子のフェイクだろう。ジョーカーは皆を見て、頷き合い、下に降りる。
「ようこそ、私のカジノへ」
「あなたが秋川さん……なんでオレ達を?」
今までの主は怪盗団をこうして呼ばず、始末しようとしてきた。異例といえば異例の事態だ。秋川のフェイクはジョーカーの質問に嗤う。
「私は真正面から正々堂々戦いたいの」
「ふぅん……」
それが嘘だとすぐに分かった。ギャンブラーが正々堂々戦いたいなんて笑える。だが、攻撃してこないだけまだマシだということも事実だ。
「条件があるんでしょう?」
クピドが秋川に告げる。すると彼女は「えぇ、もちろん」と頷いた。
「管理人フロアまで上がってこれたらね。待ってるわ」
そう言って消えたかと思うと、中央にあったエレベーターに乗って上にあがっていった。ジョーカー達もそれに乗ってあがるが、管理人フロアまで行けなかった。
「ここはカジノだから……お金とかコインを稼ぐのか?」
ジョーカーはそう推測した。事実メンバーズフロアまでしか登れなかったのだ、ありえる話だろう。
受付があったので話を聞くと、どうやらカードに残高がチャージされるらしい。管理人フロアの前、パイレーツフロアには五百万稼げば行けるようだ。二千入ったカードを一枚もらい、まず左の扉を開く。
そこはダイスをしているところだった。正直、ジョーカーはよく分からないが、とりあえずイカサマされているだろうということだけは分かった。
「一回やってみっか?」
マルスが聞いてきたので、ジョーカーは「いや、やめておいた方がいい。イカサマされてる可能性が高いからまずはそれを止めないと」と答えた。
抜け道を見つけ、そこに入ると裏方だった。少し暗いが、目を凝らせば見えるだろう。トルースアイを使うまでもない。
探索していると、エネミーが守っている機械があった。
「どうする?ジョーカー」
アポロが聞く。ジョーカーは隙をうかがい、後ろを向いたところで奇襲を仕掛けた。
エネミーを倒すと、ヘルメスが機械を見る。
「これ、ダイスを管理するやつだ」
「そうか。やっぱりイカサマがされていたな」
それをヘルメスが操作し、立ち去ろうとするとクピドが「逆にこっちがイカサマしてやれないかな?」と言ってきた。確かに、その方が効率的かもしれない。こちとら怪盗なのだ、使えるものは使うべきだろう。
「じゃあ、ヘルメス。頼めるか?」
「うん、大丈夫。任せて」
ヘルメスが再び操作をしている間、クピドがジョーカーに話しかける。
「そういえば、ジョーカーって女性だったんだね」
「言ってなかったか?」
「うん。だっていつも男性の格好してるから……でも、キミは成雲家の令嬢だから、そりゃあ女性だよね」
「オレはどんなふうに見られても気にしてなかったからな」
「さっきから気になってたんだけど、こっちに来てから自分のこと「オレ」って言ってない?いつも「ボク」だよね?」
「こっちに来るとどうしてもそっちの方がしっくりくるんだよな」
「ジョーカー、終わったよ」
ヘルメスに声をかけられ、二人は彼を見る。
「あぁ、ありがとう。ヘルメス」
ジョーカーが笑うとヘルメスは照れくさそうにした。
そのまま元の抜け道から出て、クピドがダイスをしてくれる。ジョーカーはこういったことには向いていないので助かった。
そのまま二百万まで稼ぎ、今度は右の扉に入る。そこはスロットのようだ。これならジョーカーも何となく分かる。
扉を入った先にはエネミーが立っていた。どうやら怪盗団を倒すために待っていたらしい。
「やるぞ!」
ジョーカーの掛け声と共に、全員が戦闘態勢に入る。
「レスキュー!」
クピドがアルターを召喚する。どうやら彼のアルターは万能属性らしい。
「スターリット!」
彼が呪文を唱えると、それが敵に命中した。万能呪文はどんな耐性を持っていても攻撃を与えることが出来るらしい。そのかわり、怯みにくいようだ。
「コンフュジオン!」
アテナがさらに呪文を唱える。どうやら状態異常の呪文でエネミーが混乱状態になった。そこにジョーカーが追撃する。
「やるね、ジョーカー!」
クピドが誉め言葉をかけながら攻撃する。
エネミーを倒し、安全地帯があることに気付く。
「今回はここまでにするか」
そこを確保しておき、ジョーカー達はデザイアから出る。
「どうだ?冬木、やっていけそうか?」
蓮が聞くと、彼は「うん、何とかね」と言った。
――へぇ、楽しそうじゃん。
探偵王子なんて言われているから怪盗なんて嫌だろうと思っていたのだが、杞憂に終わりそうだ。
いっそ怪盗団に入ってしまえばいいのに。そう思ったが、怪盗団は解散すると約束しているのだ、彼が裏切らない限り、蓮も約束を守るつもりだ。
――そう、裏切らない限り。
りゅうが悲しそうな目で見ていることに気付いた。肩に乗っているヨッシーも同じような目をしている。蓮がやろうとしていることを知っているからだろう。もしくは真実を知っているからか。
「今日はここで解散するか。りゅう、一緒に帰ろう」
蓮が言うと、皆「お疲れ」と言ってその場で解散した。
「……大丈夫か?りゅう」
帰る途中、蓮はりゅうに話しかける。彼は「……分からない」と首を振った。複雑な気持ちなのだろう。
「……そうか」
りゅうの気持ちも分かる。本当は冬木の加入も反対だったハズだ。しかし何も言わないところからして彼も蓮の決定には従うようだ。
「たまには意見を言ってもいいんだからな?」
蓮がリーダーだからって遠慮はしなくてもいい。むしろこういう時だからこそ我慢しなくていいのだ。
「大丈夫、蓮も何か目的があってやってるって分かるから」
「それならいいけど。何かあったらすぐに言えよ?」
「うん。ありがとう」
話しているとファートルに着いた。中に入ると藤森が渋い顔をしている。
「どうしたんですか?」
蓮が聞くと、彼は「あぁ、帰ってきたか」と安心したような顔をする。
「その……俺が言えた義理じゃないが……あんま無理はすんなよ?」
「大丈夫です」
怪盗だと知られてから、彼は蓮達の心配をするようになった。多分、いずれいなくなったらどうしようと思っているのだろう。保証出来ないのがもどかしい。
――せめてりゅうだけでも無事で帰さないと。
期限は十一月二十五日。きっと、そこで彼らは仕掛けてくる。少なくとも、蓮は無事ではすまない。なぜなら彼らはリーダーである蓮を狙っているから。
もっと精密な計画を立てないと。
皆が生き残るために、この身がなくなってでも。
それか、いっそ出て行ってしまうか?藤森にこれ以上迷惑をかけないように……。
そんなことを考えていると知らない藤森は「今から時間あるか?」と聞いてきた。
「はい、ありますけど」
「じゃあ、準備して来い。今から行きたいところがある」
この時間に一体どこに行くというのだろう?疑問に思いながら蓮は服を着替えてくる。
藤森が連れてきた場所は教会だった。
「なんでここに?」
尋ねると、彼は「たまにはあいつに挨拶でもと思ってよ」と言った。りゅうは自由に行動している。
「……ありがとな、蓮」
「どうしたんですか?急に」
いきなりお礼を言われ、戸惑う。彼は「お前がいなきゃりゅうも引きこもったままだったからな」と笑った。
「これからはちゃんと向き合わねぇといけないな。りゅうと……それからお前な」
「ボクはいいですよ」
「そういうわけにもいかねぇよ。お前も家族なんだから」
藤森から「家族」と言われ、蓮は顔を赤くする。嬉しかった。怪盗団という形で裏切ったというのに、それでもまだ家族と言ってくれることに。
「……ありがとう」
また裏切ることになるボクにそう言ってくれて。
後半の言葉は飲み込んだ。言うべきではないと分かっていたから。
「……あぁ。これからもお前のことを守ってやるからな。いつでも頼れよ」
「しょうへい、蓮。何話してるの?」
りゅうが近付いてきて、聞いてくる。藤森は「何でもねぇよ」と笑いながらりゅうの頭を撫でた。彼との絆が深まった気がする。
ファートルに戻ると、藤森とりゅうは家に帰っていった。
「……なぁ、レン。今からでも遅くない、考え直さないか?」
ヨッシーが蓮に言った。それに彼女は首を横に振る。
「それは出来ない」
「なんでだよ?」
「それだとお前達を守れない」
そうだ、こいつは自分より他人を守ることに尽力する奴だった。ヨッシーはため息をつく。
「お前はまず自分を守ることに専念しろよ。お前だけだぜ?懸賞金かけられてるの」
ニュースで出ていたことだ。怪盗団のリーダー、つまり蓮を通報すれば懸賞金百万円が与えられるという。協力者達はそれを知っていて通報しないのだから本当に優しい。
「だから好都合なんだろ。皆は狙われていないという証拠だ、少なくとも今は」
「そうだけどよ……」
それと同じぐらい、もしかしたらそれ以上にこの少女も優しかった。自分が狙われている中、自ら陽動になると言っているのだから。
「いいか?ヨッシー。あいつらはボクを仕留めたら今度はお前達にターゲットを向けるだろう。もしそうなってもお前達が生きていけるように、いろいろな人に協力を要請するから無事に生き延びてくれ」
その上、逃げ道も作ってくれるという。りゅうの泣いている声が聞こえてきそうだ。恐らくこの会話も聞いていることだろう。
「なんでそこまでしてくれるんだよ?」
別に、今の状況で彼女が逃げても誰も怒らないだろう。そうしないのはなぜか。どうしても今、聞きたかった。
「ボクは、怪盗団を悪のまま終わらせたくないんだ。怪盗団皆が死んでしまえば、嘘が真実になってしまう。それだけはどうしても嫌なんだ」
それに気付いたのか、蓮はそう答えた。笑っているが目は本気で、本当にそう思っているのだと分かった。それだけで、自分は命をかけることが出来るのだと、そう告げていた。怪盗団に価値を見出してくれているのだ、この少女は。どんなに吹き荒れる逆風でも、そこに意味を見出し守ろうとする。
――怪盗団は、殺人なんて犯していない。
そう思うのなら、逃げないで立ち向かう。それが出来るのが蓮という人間だった。
「……分かった。そこまで言うならワガハイ、もう何も言わねぇよ。でも……怖くなったらいつでもワガハイを頼れよ」
「分かってる。いつもありがとう、ヨッシー」
ヨッシーとの絆が深まっていくのが分かった。
――本当に、こいつは優しいんだから。
死ぬなと、お前も一緒に生き延びろよと、その想いが伝わってくる。もちろん、蓮だって死ぬのは怖い。怖いが……やるしかないのだ。弱音を吐いている暇はない。
でも、少しだけなら……罰は当たらないだろう。ヨッシーを抱き上げ、顔を埋める。ヨッシーも、それを止めなかった。
次の日、学校に行くと靴箱が大変なことになっていた。
「うおっ!なんだこれ?」
ヨッシーが声をあげる。なんと、靴箱の中に手紙が何通も入っていたのだ。噂に飽き足らず、とうとういじめでも始まったか……?と思い読んでみると、
「何々……?実はずっと前から好きでした、付き合ってください……?」
「こっちも似たような文章だ」
それはいわゆるラブレターというものだ。しかも男女問わず来ている。しかしそれに気付いていない蓮は風花に相談する。
「なぁ、こんなのが入っていたんだけど……どうしたらいいと思う?」
この少女、真顔でそれをつまみ上げて聞いてきた。風花は頭を抱え、
「それ、ラブレターでしょ?蓮、結構好かれてるじゃん」
と呟いた。ラブレター……?と蓮は考え込む。
「……ボク、この学園ではかなり嫌われてたよな?」
「そうだね」
嫌われていたというよりは恐れられていたと言った方が正しいが。
「今更こんなのが来るのはおかしいと思うんだ」
「何かきっかけがあったんじゃないの?」
「きっかけ……?そんなものないと思うけど」
風花とヨッシーは思い当たる節があったが、当の本人は気付いていないようだ。
――学園祭で結構かっこいいところとか、優しいところとか見せてたからね。
だが、本人が自覚していないなら無理に自覚させる必要もないだろうと風花は思った。
「まぁ、勝手にさせたら?」
「そうだな。関わって面倒なことになっても困るし」
蓮はそう言って納得した。
放課後、りゅうに頼まれ一緒に買い物に来ていた。
「何を買いに来たんだ?りゅう」
「マウスが壊れて……」
「なるほど」
相変わらず彼は蓮の背中に隠れている。人混みにはだいぶ慣れたのではないかと思っていたのだが、まだ駄目らしい。まぁ、引きこもっていたから仕方ないだろう。
「ほら、マウスのところだよ」
「ありがとう、蓮」
りゅうがどのマウスがいいか悩んでいると、チャットが入った。冬木からだ。
『こんにちは、蓮。急で悪いけど今日の夜空いてる?』
『大丈夫だぞ。開けておく』
『ありがとう、それだけだから』
『分かった』
チャットを終え、りゅうの方を見る。まだ悩んでいるようだ。
選び終える頃には夜になっていた。
「ごめん、蓮……」
「大丈夫だよ」
りゅうが謝る必要はない。買い物で悩んでしまうのは仕方ないことなのだから。
「家まで送って行った方がいいか?」
「ううん、大丈夫」
蓮の申し出にりゅうは首を横に振り、帰っていった。彼との絆が深まった気がする。
ファートルに戻り、しばらくすると冬木が来た。
「やぁ、蓮」
「いらっしゃい、冬木」
蓮はいつも通りコーヒーを淹れ、冬木に出す。冬木はいつもの場所に座った。
「何しに来たんだ?」
今日は特に何もなかったハズだ。それなのに何の用だろう。
「今日はキミに聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「うん。なんでキミは怪盗なんてやってるのかなって。名家の令嬢なら何が正しいかすぐに分かることだろ?本当に怪盗が正義だと思ってるの?」
まさか彼からその言葉を聞くとは思っていなかった。一瞬だけ驚き、すぐに元通りになる。
「……まさか。ボクだって、怪盗団が完全な正義とは思っていない。だが、ボク達が信じた正義で確かに救われた人もいるんだ」
「それは結果論だよね。それに、キミ達が振りかざした正義で不幸になった人もいる」
「うん、そうだね。咲中がいい例だ。ボクも、このまま進めたらどうなるか分かっていながら進めてしまった節がある。……でも、どんな結果になっても、結局は自分の信念を曲げない限り、正義はそこにあるんだよ」
「……そんなものなのかな?」
「そうだよ。もし自分の信念を曲げて、どうでもよくなってしまったらそこにはもう正義なんてない。少なくとも、ボクはそう思ってる」
冬木は納得していないようだった。蓮とて、納得してもらおうとも思っていなかった。
「それより、帰りはいいのか?」
「あ、そうだね。それじゃあまた明日」
彼からしたら納得したかったのだろうが、時間がなかった。冬木はそのまま帰っていく。その後ろ姿を見送った後、蓮は片付けをしながらヨッシーに話しかける。
「なぁ、さっきの冬木、どう思う?」
「うーん……。あれは素だと思うぞ」
「だよな……」
あいつも、何か悩んでいるのか?
そう思ったが、二人には何も分からなかった。
次の日も靴箱にラブレターが入っていた。その上中庭に呼ばれたかと思うと告白もされた。思わず「罰ゲームですか?」と聞いてしまったぐらいだ。
放課後、アジトに集まる頃にはすっかり疲れてしまった。
「大丈夫か?蓮」
裕斗が聞いてくる。それに蓮は「あー、うん……大丈夫。学校内でいろいろあっただけ」と答える。
「今日だけで何回も呼ばれてたよね」
「あぁ……全く皆暇人だな、こちとら怪盗団で使うものを作っていたり勉強してたりしてるというのに」
これは本心だった。こっちはかなり忙しくていろんな場所に動き回っているというのに。
「勉強はいいけど、潜入道具も作ってるの?」
もみじが不思議そうに言ってきた。それに頷く。
「うん。そうしないと間に合わない……」
はぁ……とため息をつく。実際、授業中も皆に隠れて潜入道具を作っていることがある。夜にしか会えない協力者もいるし、時間もないし仕方ないことだとそこは割り切っている。
「寝不足には気をつけてね。倒れたら大変だし」
「分かってる。ありがとう、ほのか」
しかし、今のうちに出来ることはやっておかないと自分がいなくなった時にどうなるか心配だ。だからこそやっているのだが。
「でも、そんなに作っても今回でやめるんだから意味ないんじゃない?」
「まぁな。お前が裏切らない限りそうするつもりだ」
「裏切らない限りって……」
「取引なんだ。何かあったら破棄するに決まってるだろ」
バチバチと音が鳴っているような音が聞こえてきそうだ。お互いに見極めようとしているような目をしている。
「ほら、やめろよお前ら。今日はアザーワールドリィに入るんだろ?」
ヨッシーに止められ、蓮は皆の方を向いた。
「ターゲットは共有してたよな?じゃあ行くぞ」
外に出て、ナビを起動する。
ジョーカーが運転していると、身体中が痛くなってきた。いつもより酷い痛みだ。だが、我慢出来ない程ではない。
「……ジョーカー?どうした?」
テュケーが彼女の異変に気付いたようだ、聞いてくる。
「あぁ……大丈夫、何でもない」
ジョーカーは首を振り、誤魔化す。しかしずっと見つめてくる彼にジョーカーはたまらず目を逸らした。
「……ちょっと、身体がきついです」
「はぁ……そんなことだろうと思ったぜ」
「で、でも、我慢出来ない程ではないぞ?」
「駄目だ。おいアテナ、運転かわってくれ。ジョーカーはちょっと体調不良らしい」
テュケーがそういうものだから皆が心配しだした。
「分かったわ。ジョーカー、ちゃんと休んで」
「え?大丈夫?」
「先に言えよ。そしたら今度にしたんだからよ」
「膝枕してやろうか?」
「アポロ、それはおかしいよ。でも、きついんだったらそうした方がいいのかな……?」
「ほら、ここに座って。ゆっくりしてていいから」
「飲み物ある?飲んだ方がいいよ」
なんか大事になっている気がする。別にそこまでされなくてもいいのだが。
だが、アテナはかわる気満々なので仕方なくかわった。日頃からの疲労だろうか、運転していないと眠くなってきた。
「眠そうだな、今のうちに寝ておけよ」
「大丈夫……いや、やっぱり無理、眠い」
「お前、普段から働きすぎてるからな。移動中ぐらい寝てても誰も文句言わねえよ」
「……分かった、ちょっと寝る。何かあったら起こしてくれ」
そう言って、ジョーカーは目を閉じた。
しばらく経って目を開くと「おはよう」とテュケーが声をかけてきた。
「……今どういう状況だ?」
「依頼は全部終わらせたぞ」
「……オレ、何かあったら起こせって言ったよな?」
「いや、気持ちよさそうに寝てたから起こすのも悪いと思って……」
少し怒っていることが分かったのだろう、テュケーは冷や汗を流している。しかしジョーカーはため息をつき、
「……まぁいいけどさ。アテナ、運転交代するぞ?」
アテナにそう申し出た。だが、彼女はそれを断る。
「大丈夫よ、言うほど疲れてないわ」
「それならいいけど……」
申し訳ない気持ちになっていると、
「それにしても……ジョーカーがすごいって改めて思ったわね」
と言われた。一体どういう意味だろうか?するとウェヌスが答えた。
「ジョーカーって、いつもどのタイミングでどんなことをすればいいかって的確に教えてくれるじゃん?その指示がなくって、自分達で考えないといけなかったから大変だったんだ。ジョーカーにどれだけ頼っているかよく分かったよ」
「弱点も見極めてくれるしね。僕もナビ役として頑張ったんだけど、ジョーカーには敵わなかったよ」
「それは……どうも」
そこまで言われると困る。照れるという意味で。
――オレも怪盗団に貢献出来てたんだな……。
それを思い知らされた。ジョーカーは特別な力をたくさん持っているからそれを活用させてもらっているだけなのだが、それでも嬉しかった。
だからこそ、自分がいなくなったらどうなるのか分からなかった。皆強いし、どうにでもなるだろうが……それでも心配だった。
――だからこそ協力者達に助けを求めるんだが。
まだ皆のところに行けていない。最近は自分がいなくなった時の準備ばかりしていて時間がなさすぎる。睡眠不足にもなるものだ。
「今日はもう帰るだけだ、もう少し寝てろよ」
「そうするよ。着いたら教えてくれ」
テュケーに言われ、ジョーカーは再び目を閉じた。
テュケーはそんな彼女を見ながら、最近の行動を思い出す。
――最近は本当に自分のことをしなくなったよな。
必要最低限のことはしているが、机に向かっていることが多くなった。それこそ、寝る間を惜しんで潜入道具を作ったり皆が困らないように潜入道具やコーヒーなどの作り方を紙に書いたり。その疲れが身体の痛みにも影響したのだろう。皆のことを心配するのはいいが、加減はした方がいい。
――いつもワガハイが隣で見てたんだからな。
そういったところを頼れと言っているのに、全く聞かない。だからこそ今のうちに休ませようとしているのだ。
最初のところまで戻り、ジョーカーを起こす。
「ジョーカー、着いたぞ」
「ん……ありがとう」
車から降り、現実に戻る。
「蓮、お前最近疲れてんのか?」
良希が聞いてくる。蓮は「大丈夫だ、心配するな」と答えた。
「そうは言うけどよ……。あ、そうだ。ラーメン食いに行かねぇ?」
「皆で?」
蓮が尋ねると裕斗が反応した。
「何?ラーメンを食べに行くのか?」
「お前には言ってねぇよ……二人でだよ」
「りゅうもいいか?」
りゅうを一人で帰らせるのは心配だ。
「あー、そうか、りゅうも来んのか……」
良希は少し考えた後、
「まぁいいや。こうなりゃ皆で行こうぜ」
そう言った。蓮は断ろうとしたが、
「蓮、最近勉強もしてないでしょ?怪盗団のことばかり考えてないで、たまには息抜きも必要だって!」
風花に言われ、さらにはヨッシーにも「ファートルでもほとんど休んでないだろ?たまには休めよ」と告げられたので渋々行くことにした。ラーメンを食べに行ったことで皆との絆が深まった気がする。
夜、水谷のところに行くと「ねぇ、やばいよ」と言ってきた。
「どうしたんですか?」
「君が裏に誰かいるって言ってたけど、そいつが本当にやばいんだ」
「ということは、やっぱり誰かが操っていたんですね?」
そいつ、とは誰だろう?彼は顔を青くしながら言った。
「冬木 昭人……国会議員だよ。こいつ、本当にやばい」
「冬木 昭人……分かりました」
蓮が満足そうに頷くと、
「……まさか、彼に喧嘩を吹っ掛ける気?やめた方がいい。彼は君達が今まで相手にしてきた悪人よりも大変だ」
全て知っているように言われた。
「……ボクが怪盗だって、分かったんですね?」
「あぁ。君の経歴を勝手ながら調べさせてもらったよ。そしたら、怪盗団騒ぎが起こった時期とぴったりにこっちに来てる。だから分かったよ」
「……上司は改心しましたか?」
「あぁ。おかげで相棒のことも分かった。ありがとう」
そういえばそんなことも言っていたな。
「……その相棒も、あいつにやられたみたいなんだ。多分、何か知られたら困る情報を手に入れてしまったのかもしれない。相棒は今、精神病棟にいる。……廃人になってたよ」
「そんな……」
その国会議員はかなり危険人物らしい。そのことを手紙で書いておくべきだろう。怪盗団の次のターゲットになるだろうから。
「……あの、頼みがあるんです」
「うん?どうしたの?」
彼が首を傾げる。蓮は意を決して告げた。
「ボクに何かあったら……仲間達を守ってあげてくれませんか?」
「怪盗団を?」
「はい。……敵は確実にボクの首を狙っている。多分、無事ではすまされない。だから……お願いします」
その頼みに水谷は考え、
「いいよ。他でもない君の頼みだ」
了承してくれた。それに安堵する。
「ありがとうございます」
「それにしても、君が怪盗だったなんてね……驚いたよ。俺でも見抜けなかった」
「隠すのは得意ですから」
そう言って笑った。彼との絆が深まった気がする。
「ありがとう、真実に気付かせてくれて」
帰る前、そう言われた。
次の日の昼休み、ほのかに呼ばれる。
「どうした?」
「……あの、勉強教えてほしいの」
そう頼み込まれた。どうやら父親の役に立ちたいらしい。それならと蓮は了承する。
勉強を教えていると、彼女との絆が深まった気がした。
「ありがとう、忙しいのにごめんね」
「謝ることはない。いつでも頼ってくれ」
いつまでも見ることは出来ないが、学びたいというのなら勉強のための教材は買っておくことにした。
放課後、智樹に会う前に長谷、金井、敷井にもそれぞれ水谷と同じように匿ってくれるように頼んだ。答えは分かったとのこと。それに安心しながら蓮は智樹のところに向かう。
「あ、おねえさん!」
ゲームセンターに行くと、智樹が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あのね、昨日お母さんが謝ってきたんだ!これって改心だよね?」
「あぁ、そうだ」
「やっぱり、怪盗団はかっこいいね。なんて言われても、こうして改心してくれるんだもん」
「……そりゃどうも」
蓮が笑うと、彼はキョトンとした後に、
「やっぱり、おねえさんが怪盗だったんだ。ぼく、ずっと応援してるね」
そしていつか、怪盗団に入りたいなぁ。
そう言って笑ってくれた。彼との絆が深まった気がする。
「いつでも教えてあげるからね!」
別れる前、彼にそう言われた。
さて、藤森にはいつ言うか……。
蓮はそれに困っていた。あの優しい保護司のことだ、蓮の頼みも聞いてくれるだろうが絶対に事情を聞いてくるだろう。「死ぬかもしれないので皆をお願いします」なんて言ったら閉じ込めてでも怪盗をやめさせられる可能性がある。
――やっぱり、直前に言った方がいいよな……。
そっちの方があまり心配をかけずに出ることが出来るだろうし、何より決心が揺らがずにすむだろう。
ファートルに戻ると、藤森が安心した顔をした。
「今日はあいつらと集まらなかったんだな……」
「休む日もあるので」
そう言って二階にあがろうとするとりゅうが入ってきた。
「あ、蓮もいる」
「やぁ、りゅう」
どうしたのだろう、この時間に。
「ねぇ、蓮。一緒にカレー作らない?」
「カレー?」
カレーなら藤森の方が得意だろう。なぜ蓮に頼んだのだろうか。
「ほら、前に一緒に作ってくれたでしょ?今度はカレーを作ってみたいなって」
「あぁ、そういうことか。いいぞ」
「へぇ、お前ら一緒に料理も作ってたのか。それなら俺にも食べさせてくれよ」
そうして三人でカレーを作った。仲良く食べていると、
「お前ら、隠していることはないか?」
急に藤森が言ってきた。りゅうは何も言えなかったが、蓮は「大丈夫です」と答えた。
「……そうか」
藤森も、それ以上は聞かなかった。
片付けもし、もう寝ようといったところでチャットが入る。
『ごめん、こんな夜中に』
『どうした?もみじ』
『その……本当にお姉ちゃんを改心させるんだよね?やっぱりちょっと不安で……』
『そうなる気持ちも分かる。身内だからな』
『躊躇している場合じゃないのに……』
『気にするな、仕方ないだろ。また殺してしまったら……なんて考えたら、普通改心なんて決断は出来ない』
『うん……』
『ゆっくり考えればいい。断るなら今の内だ』
『ありがとう。やっぱりあなたは優しいのね』
『ボクは何もしていない』
『ごめんね、私の方が年上なのに』
『リーダーはボクだ、年齢も関係ない』
『そうだけど、たまには頼ってね』
『うん。ありがとう』
チャットを終えると、ベッドに身を投げた。しかし目がさえて眠れない。
「大丈夫か?レン」
「大丈夫だよ、ちょっと緊張しててね。……ねぇ、ヨッシー」
「なんだ?」
「今度、一緒にどこか行こうな」
「……あぁ」
ヨッシーを抱きしめ、出かける約束をする。そうすると緊張が取れていいのだ。
――後何回、この約束が出来るだろうか?
後何日で、この命が途切れるだろうか。
覚悟はしているが、どうしてもそのことばかり考えてしまう。それが分かっているのだろう、ヨッシーは何も言わず寄り添ってくれる。
「……ごめんね、ヨッシー。辛い役目を背負わせて」
「それはお前だろ。お前みたいに優しい奴が犠牲にならなくていいのに……」
言葉の応酬をしていると、ようやく眠気が襲ってくる。それに逆らってしまうと眠れなくなってしまうのは分かっていたので従った。
目覚めると、『ジョーカー』が目の前にいた。
「蓮。今日は対話をしよう」
そう言われ、蓮は座る。彼も椅子に座り、会話をした。
「それにしても、最近お前、学校でもモテモテになったな」
「あれには迷惑してるよ。こっちは忙しいんだから……」
「でもよかったじゃないか。悪口、あんまり聞かなくなったし」
「まぁ、ね」
彼に言われると、まぁいいかと思うようになってしまう。これもやはり、彼が自分自身だからだろうか。
「それより、今はあいつのことか」
『ジョーカー』が話を切り出す。
「うん……彼はクロだ。そしてボクを嫌っている」
「あぁ。だがなぜそう思う?」
「だてに令嬢じゃない。他人の好意くらい雰囲気で分かるよ。……だけど、分からないな。なんであいつはあそこまでボクを嫌うのか」
自分は彼に何もしていないハズだ。そもそも、気付かない内に何かしたところで彼なら言ってくるだろう。
「複雑な事情があるんだろ」
「まぁ、筋違いに恨まれることはあったからな」
それは令嬢に生まれた者の宿命だ。だから彼もそうだろうと思う。
しかし、『ジョーカー』は首を横に振った。
「いや、あいつはお前に明確な恨みがある」
「なぜ?」
「あいつが嫉妬で誰かを恨むことはない。……それは傍で見ていたお前が一番知っているだろ?」
……確かに、彼が誰かを恨むなんて考えられない。感情が読み取れないと言ってもいい。だが、蓮を前にした時だけ誰にも気付かれないが、明確な「殺意」を見せるのだ。
何か関係がある……?
しかし、彼とはこっちに来るまで会ったことがないハズだ。それなのになぜ……?
「……そうだな。確かにお前の「記憶の中」では会ったことないよ」
「意味深な言い方だな。それも自分で思い出せって?」
「あぁ、その通りだ」
『ジョーカー』は笑う。挑戦的な笑みだ。それに蓮もつられる。
「じゃあ、生きてる間に思い出せたらいいな」
そう言った途端、頭にモヤモヤしたものが浮かんだ。何か思い出せそうだが、無理だ。
「どうだろうな?それなりに時間がかかると思うが」
「……そうみたいだな。今は何も思い出せない」
悔しいが、事実だ。絶対に生きている間に思い出せそうにない。時々白い髪の女性のことを思い浮かべるが、それも蓮と関係あるかは分からない。
「……あぁ、もう時間だな。また現実でも話そう」
「うん、おやすみ」
急激な眠気に逆らわず、蓮は目を閉じた。いつもの言葉を聞きながら――。




