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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜


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十一章 改心失敗とバレる正体、冬木との取引 後編

 月曜日、学校に行くと怪盗団の評価が変わっていた。

「怪盗団、本当は人殺し集団なのかよ?」

「でも、冬木君は違うって言うし……」

「どっちが本当なんだ?」

 冬木の話題が出て、蓮はピクッとなる。

 冬木が、違うって言っている?

 彼は怪盗団否定派でやり方は間違っていると言っていたハズだ。確かに、今までの怪盗団騒ぎを考えれば殺人なんて犯さないと思っていてもおかしくないけれど……。

 何かの作戦だろうか?まぁなんであろうと蓮には関係ないが。

「あ、蓮……」

「ほのか、大丈夫か?」

 ほのかが蓮に話しかけてきた。顔色は悪い。昨日咲中が死んだというニュースが流れたから精神的に来ているのだろう。

「うん。……ちょっとここで話せないから、屋上に行かない?」

「いいぞ、先に行っててくれ」

 蓮は荷物を教室に置いて、屋上に向かう。

「どうしたんだ?」

「その……咲中さんのお葬式があるから、一時怪盗団の仕事いけないの」

 なんだ、そんなことか。それぐらい、別にチャットで連絡してくれても構わないのに。

「それぐらいなら、別に構わない。……ほのか、もしつらいことがあったりしたらボクを頼ってくれ」

「うん……そうする」

 ほのかは頷いた。頭に「太陽」という言葉が浮かんだ。

「ありがとう。気を遣ってくれて」

 そう言って彼女は教室に戻った。


 昼休み、長谷に勉強を教えてもらっていた。

「成雲さん、ここはこうした方が早いわ」

「なるほど……」

 そうしてやっていると、長谷が「少し休憩しましょう」と言ったのでその通りにする。

「それで?活動の方はどうなってるの?「怪盗」さん?」

 急に言われ、蓮はビクッとなる。彼女のことで改心させた人はいないのに……。

「な、何のことですか?」

「怪盗騒ぎはあなたが来てから起こった。あなたが怪盗だと思うのは当たり前でしょう?」

「……………………」

 それは蓮が懸念していたことだった。しかし、まさか身近に気付く人がいるとは思っていなかった。

「……それで?警察に通報するんですか?」

 今や警察に追われる身だ、彼女は蓮を差し出すことだって出来る。だが、長谷は首を横に振った。

「いいえ。あなたには助けられてるもの、そんなことしないわ」

「そう……」

 それは助かる。ここで捕まったら皆に内緒で立てた計画が台無しになってしまう。

「それに、あなたのおかげで考え方も変わったの」

「そうなんですか?」

「えぇ。……私、今まで本当の意味で生徒と向き合ったことがなかった。でも、あなたと関わってそれじゃいけないって分かったの」

 それならよかった。少しでも変わったのなら。彼女との絆が深まった気がする。

「ありがとう。これからもよろしくね」

 長谷はそう言って笑った。


 放課後、蓮は智樹のところに来た。彼はゲームセンターの外にいた。

「おねえさん!こんにちは」

「今日はゲームしないの?」

 彼がゲームをしていないなんて珍しい。どうしたのだろうか?

「うん。実はさ……お母さんが今日は早い日でね」

「そうだったんだ」

 少し話していると、女の人が智樹に近付いてきた。智樹の母親だろうか?

「智樹、そこの人は?」

「いつもゲームを一緒にしてくれてるおねえさん。いい人だよ」

「ふぅん……それにしては見たことある顔ね」

 蓮は有名だから、テレビで見たのだろう。智樹が知っていたのだから、彼女も知っているハズだ。

「……それじゃあ、あなたが私の智樹にいらぬことを吹き込んだのね?」

「何言ってるんですか?」

 急にどうしたのだろう?蓮を見る目付きが変わった。

「最近この子がおかしいの。前までは私の言うことちゃんと聞いたのに……」

「どういう意味か分かりませんが、彼の人生は彼のものです。あなたの人形じゃない」

 智樹の母親の目が黄色に変わった気がした。それで、この人には歪みがあると気付く。

「この子はまだ小学生なのよ!私が導かなきゃ誰が……!」

「彼、いじめられているんじゃないですか?今まで見てきてそう思ったのですが」

 直接的には聞いていないが、いつも空腹でいるところから何となくおかしいと思っていたのだ。それに、見えないようにしていたのだろうが腕にあざもあることに気付いていた。智樹の反応と今までの母親の言動から虐待はしていないだろう。なら、考えられるのはそれだけだ。

「な、なんでそれを……」

 智樹は驚いているようだった。どうやら図星のようで蓮は納得する。

「あなたは、そんな彼をいつもほったらかしにしていた。それなのに言うことを聞けだなんて身勝手ですね」

「うるさい!この子は私の子!私の言うことを聞くのは当然でしょ!?」

 もはや道具としてしか自分の息子を見られないようだ。ここまで来るといっそ哀れに思える。

「それはあなたのエゴでしかありません。もちろん、彼は小学生であなたの言うことを聞かないといけないところもあるでしょうが、全てあなたが決めてしまえば何も出来なくなりますよ」

「うるさい!警察に通報するわよ!?」

「構いませんよ。それで彼が守られるなら」

 警察は嫌いだし、前科者の話を聞いてくれるか分からないが智樹が無事なら構わない。

「智樹、帰るわよ!」

「あ、やだ!おねえさんと話したい!」

 しかし、彼女はその場で通報することなく智樹の手を無理やり握って去っていった。

 少しすると、智樹が戻ってくる。

「どうした?」

「あ、あの、お願いがあるんだ。お母さんを改心させてほしい」

 小学生の口からこの言葉を聞くことになるとは思っていなかった。だが、あの様子だと確かに改心させた方がいいかもしれない。

「それなら、母親の名前を教えてくれないか?」

「お母さんの名前は、佐藤 ゆき……」

「分かった、怪盗にそう伝えておく」

 ほら、早く戻った方がいいと蓮が言うと智樹は「お願い、怪盗しか頼れないんだ」と言って母親のもとに戻った。

「怪盗団のこと、まだ信じてくれている奴もいるんだな」

 ヨッシーがカバンから顔を出し、告げる。

「あぁ、そうだな。そういう奴のためにも活動をやめるわけにはいかないな」

 蓮は笑う。時計を見るとまだ時間があるが、ほのかが今怪盗団の仕事が出来ないと言っていたことを思い出し、情報共有は今度にした。


 夜、水谷のところに行くと彼は不満げだった。

「どうしたんですか?」

 聞くと、どうやら上司に無理難題を突き付けられたらしい。それは断ったみたいだが。

「俺が怪盗団のことを書くのが気に食わないみたいだ」

「そうなんですね……」

 確かに、今の状況だとそうかもしれない。

「確かに怪盗団は殺人犯だなんて言われてるけどさ。俺はそう思わないんだよね」

「それはまたなんで?」

 少数派の意見に蓮は思わず聞き返す。まさか新聞記者がそんなことを言うとは思っていなかった。

「怪盗団の活動は四月……狛井の時からだろ?世間を騙してたって言われたら何も言えないけど……精神崩壊事件と怪盗団は違うと思ってる」

「根拠は?」

「ないよ。だけど、記者の勘かな?どうしても、今回のことは何か裏があるように思える」

「そうですか。実はボクもそう思ってます。少数派の意見なので誰も聞いてくれないのですが」

 というより、自分達はいつも通りやっただけだ。殺しなんてしていない。あの人影さえ見てなければ、蓮も自分達が何かやらかしてしまったのではないかと疑っていたけれど。

「そうか。君ならそう言うと思ったよ」

「怪盗支持派ですからね」

 正確には、その怪盗だし。

「うんうん。じゃあ、その怪盗の情報を教えてもらおうかな」

「いいですよ」

 蓮は水谷に怪盗の情報を渡す。彼との絆が深まった気がした。

「いい記事が書けそうだよ、楽しみにしててね」

 その言葉を背に、蓮はバーから出た。


 次の日、牛丼屋のバイトをしていると良希が入ってきた。

「よ、蓮」

「良希、どうしたんだ?」

 先輩に許可を取り、休憩がてら良希と話す。

 牛丼が前に置かれると、彼にしては小さい声で話し始めた。

「本当に、咲中は俺達が殺したわけじゃないよな?」

「当たり前だ、ボク達は人殺しなんてしていない」

 良希の言葉に蓮はすぐに否定する。

「だよな、俺達、いつも通りしただけだもんな」

「あぁ」

 いつも明るい彼がここまで暗くなっていると真実を話したくなってしまうが、混乱させたくないと口を閉ざす。

「……確か、今週の土日に学園祭があるだろ?そこで気分転換しよう。怪盗団の活動はそれからだ」

「それもそうだな……」

 彼は頷き、笑う。しかし無理しているように見え、胸が苦しくなった。

 ――ごめん。何も言えなくて。

 謝罪の言葉は喉の奥に封じ込めた。

「そうだな……皆で学園祭を回ろう。皆で回ったら楽しいだろうな。土日なら裕斗も来れるだろうし、誘おうよ」

「あぁ、お前初めてだもんな。俺も楽しみだぜ」

 無理やり明るい話をし、気分をあげる。もちろん、いくら彼でもそれは気付いているだろう。普段は寡黙なリーダーが自分のために話題を振ってくれているのだ。

「……ありがとよ、蓮」

「別に、学園祭が楽しみなのは事実だし」

「お前、実行委員になったもんな」

「それはちょっと気が重いけどね」

 実はもみじに頼まれ、学園祭の実行委員になったのだ。真面目かつ目立たないようにするために頼んだらしい。確かに、前歴もあるし傍から見れば更生の一環として見られるだろう。

「あ、もうすぐ休憩時間が終わるな。ボクはバイトに戻るよ」

「あぁ、すまねぇな、急に来て」

「いいよ、ボクには話を聞くことぐらいしか出来ないから」

 蓮は彼に微笑み、戻った。良希の顔は赤くなっていたが、それに気付かなかった。


 夜、チャットで学園祭のことを話してみると全員賛同したので待ち合わせ場所を決める。

『楽しみだね』

『あぁ、俺は学園祭を本気で楽しんだことがなかったからな』

『ボクもだよ。元の学校でも家のことがあってさ……素直に楽しめなかった』

『そんな二人のためにも、一緒に楽しもうね』

『ほのかちゃんは大丈夫なの?』

『えぇ、その時にはもう落ち着いてる頃だから』

『そういえば、学園祭に冬木君を呼ぶことにしたわ。投票で多くてね』

『それなら仕方ない。覚悟を決めよう』

『えぇ……そうね』

『冬木君、気付いてると思う?』

『可能性はある。あいつの洞察力は侮れない』

『すまねぇ、もう少し簡単に言ってくれ』

『つまり、観察力があってボク達が怪盗だと知られているかも、ということだ。仮にも探偵だからな』

『マジかよ……』

『あくまで可能性の話だ。だが、警戒するに越したことはない』

『リーダーって、なんか頼りがいあるね。何でも分かってるみたいって言うか……』

『そうなの。実行委員の仕事もそつなくこなしてくれているし、怪盗団のことも全部してくれてるの』

『本当に頼れるリーダーだ。何でも出来るしな』

『そんなこと言っても、何も出ないぞ』

『事実を言っているのよ。あなたには本当にお世話になってるわ』

『これからもよろしく頼む』

『……あぁ、分かった。それじゃあ、いい時間だしそろそろやめようか』

『そうだね、おやすみ』

 チャットが終わると、蓮はヨッシーを抱きしめる。

「うわっ!どうしたんだよ、蓮」

「ううん、何でも。……ただ、どうしてもこうしたくて……」

 その声は震えていた。それは何かの恐怖に耐えているようで、ヨッシーは気付く。

 ――こいつは、皆を置いて死ぬのが怖いんだ。

 大丈夫だと嘘をついて、他人に何も言わないで。ただ一人で完結させようとしている。

 ――白い男は、リーダーである蓮を狙っている。彼女はそれを知っているから、皆には心配をかけまいと何も言わないでいる。それがどれだけ不安か、ヨッシーには分からない。

 ヨッシーはただ抱かれているしか出来なかった。


 目を開くと、『ジョーカー』の顔が目の前にあった。

「蓮、大丈夫か?」

「『ジョーカー』……」

 彼の顔を見てしまうと、泣きたくなった。自分が死ぬと、彼まで死んでしまう。そう思うとどうしても悲しくなってしまった。

 ――あぁ、なんで彼まで死なないといけないのだろうか?

 蓮の中の人格であったがゆえに、結果として道連れにしてしまう。

「蓮……いいんだ、オレは自分で望んでお前の一部になった。どんな運命でも、オレはお前と一緒だよ」

「でも、それでも……」

 蓮の瞳から涙が溢れてきた。『ジョーカー』はそんな彼女を抱きしめる。

「オレは、お前が一人で死ぬ方が怖い。そうなるぐらいなら、道連れにされた方がいい」

 その言葉に蓮は声をあげて泣いた。


 次の日、咲中の葬式があったらしい。ほのかは来ていなかった。

「蓮……」

 昼休み、風花が話しかけてきた。今は学園祭の準備中でざわついているので声が聞こえないだろうと判断した蓮は窓際に立ち、話を聞く。

「あの……ほのかちゃん大丈夫かな……」

「……大丈夫ではないだろ。ほのかは咲中に好意を持っていたみたいだからな」

 それは今まで見ていて気付いていた。好きな人が改心によって急に死んだのだ、大丈夫であるわけがない。

「……そうだね」

「大丈夫、ボク達は何もやっていない。だから安心しろ」

 暗くなる風花に蓮はそう言った。蓮には、仲間達の悩みや不安を聞くことしか出来ない。

「ごめん、いつも頼ってばかりで……」

「いいよ、ボクはリーダーだからな」

「蓮っていつもそう言って甘えさせてくれるよね。たまにはあたし達も頼ってね」

「……うん、そうするよ」

 蓮が何をするつもりか気付いていない風花はそう言って笑った。その笑顔が眩しくて、思わず目を逸らす。

 ――ボクがしようとしていることを知ったら、なんて言うだろうか?

 きっと止めるだろう、他に方法があるハズだと言って。皆は優しいから。だが、怪盗団の罪は蓮の罪なのだ。だから、一人で抱える。皆が業人になる必要はない。

 そう思いながら、風花と話していた。


 放課後、裕斗に呼ばれ向かった先は上野にある美術館。どうやらここに彼の作品が飾られたらしい。

「どうだ?蓮」

 ……アザーワールドリィをモデルにしたとは思えない程素晴らしいものになっている。いつの間にこんな作品を生み出したのだろうか。

「これはな、「欲望と希望」という題名だ。この光は君達なんだ」

「ボク達?」

 裕斗の言葉に蓮は聞き返す。この光が自分達とは一体どういうことだろうか?

「あぁ、君達は俺に手を指し伸ばしてくれた。白野の欲望の中でもがいていた俺を助けてくれた。……その時のことを思い出しながら描いたんだ」

「じゃあ、スランプは抜けたのか?」

 蓮が笑うと、彼もつられて笑いながら「あぁ、君のおかげだ」と告げた。

「君がいなかったら、じっくり考えることも出来ずスランプに陥ったままだっただろう。俺と関わるのはさぞ大変だっただろうが、最後まで見捨てないでいてくれたな」

「仲間として当然のことをしたまでだ」

「でも、礼を言わせてくれ。ありがとう」

 裕斗はそう言って蓮を見た。

「今度は俺が、君を助ける番だな。いつでも頼ってくれ、力になろう」

 その言葉に蓮は頷く。彼との絆が深まった気がした。


 夜、水谷のところに行くと顔が沈んでいた。

「大丈夫ですか?何があったんですか?」

 蓮が聞くと、彼は「あぁ、君か」と彼女を見た。

「実はさ、上司にこれ以上精神崩壊事件や怪盗団に関わるなって言われてさ……。これ以上関わると危険な目に遭うって……」

「……その人、何か知っている風ですね」

 普通、そんなこと言うだろうか?新聞記者というのは最近起こったことや新しい話題を見つけて記事にするのが仕事だ。危険だって厭わないという人もいるだろう。それなのに、精神崩壊事件や怪盗団のことを探るなというのはおかしい。裏に誰かがいるに違いない。

「その上司の人の名前、教えてくれませんか?」

「え?城咲 みきだけど……どうするつもり?」

 訝しげに蓮を見るが、彼女は不敵に笑った。その笑みが意味するものは何なのか、彼には分からなかった。

「知っているでしょう?ボクが怪盗支持派だって。怪盗に頼んで改心してもらいましょう。その代わり、条件があります。多分、裏に世間をも動かす誰かが働いている。その人を調べてください」

「……改心、か。確かに、会社の様子とか相棒のためにも、その方がいいかもね。いいよ、その条件のもう」

 お願い出来るかな、と言って彼は小さく笑う。相棒、というのは誰か分からないが、きっと仕事で何かあったのだろう。蓮は詳しく聞こうとはしなかった。彼との絆が深まった気がする。

「それにしても、さすが成雲家の令嬢。すぐに推理するなんてね……裏に誰かいる、か……確かにその通りかもね……」

 帰る時、何か言っている気がしたが聞こえなかった。


 次の日、りゅうが出かけたいと言うので渋谷に向かった。

「りゅう、どうしたんだ?」

 店に来たのはいいが、彼は蓮の後ろにくっついて離れない。それなのに何を買いに来たのだろうか?

「あ、あのね。ノートを買いに来たんだ」

「ノート?」

 それぐらいならわざわざここに来なくても蓮が余っているものを渡すのに。それとも、何か理由があるのだろうか。

「その……お母さんと約束ノートっていうのをやっていてね。その時のノートがほしくて」

「約束ノート?どんなの?」

「一日に一つ、出された課題をやるんだ。それを全部やったら休みの日に遊んでくれるってやつ」

「へぇ……それはいいかもな」

 母親との数少ない思い出だったのだろう。彼の母親は研究員だったと聞いている。かなり忙しい中でも子供のことを心配してそんなことをしたのだろう。微笑ましい光景が頭に浮かぶ。

「それを、今度はボクとやろうっていうこと?」

「うん。でも、一日一つずつは無理だから、いくつか出してそれをこなしていくっていうのがいいな」

「いいよ、それで。じゃあ帰ったら決めていこう」

「うん!……あ、これだよ。お母さんが使っていたもの。まだあったんだ」

 りゅうがとったノートを買い、ファートルに戻る。そして、これからどうしたいかを一緒に考えた。

「とりあえず、最後の目標としてボクと離れて行動出来るようにしよう」

「うん。それから、学校にも行ってみたい」

「じゃあ、それも入れようか」

 次々とやりたいことが出てくる。限られた時間で全て出来るか分からないが、弟分である彼と出来るだけ一緒にいようと思った。彼との絆が深まった気がする。


 次の日、ほのかに呼ばれたので屋上に行く。

「どうした?ほのか」

 尋ねると、彼女は「……あ、あのね」と俯く。

「私、迷ってるの」

「何が?」

「怪盗団、続けるか」

 それは仕方ないことだろう。怪盗団が咲中を殺したかもしれないのだ、そんな団体にいたいとは思えないかもしれない。

「でも、怪盗団が殺したわけじゃないんだよね?」

「あぁ、そうだと思う。……ごめんな、ボクも確信が持てないんだ。いつも通りやっただけだから」

 少しだけ嘘をつく。決して確信が持てないわけじゃない。だが、蓮の計画を知られるわけにはいかない。

「そう……」

「抜けたいって言うなら、ボクは止めない。……ほのかは咲中に好意を持っていたからな。そんな人を殺したかもしれないのに、一緒にいたくないのは分かるからな」

「……うん、でももう少し、考えさせて」

 ほのかは悲しげに言った。彼女との絆が深まった気がする。

「ごめんね、でも……」

 申し訳なさそうに呟く彼女に罪悪感を覚えた。


 夜、冬木から連絡が来たので本を読んで待っているとカランカランとドアの開く音が聞こえた。

「やぁ、いらっしゃい。今コーヒー淹れる」

「ありがとう」

 立ち上がり、コーヒーを淹れていると「キミ、コーヒー淹れるの得意なの?」と聞いてきた。

「得意、というか実家でも自分で淹れてたから。趣味みたいなものだ。こっちに来てからマスターに教えてもらってさらに好きになった」

「へぇ。キミって何でも出来るみたいだよね」

 コーヒーを置くと、彼と話す。

「それでね、最近あった事件で興味深かったのはね……」

「へぇ、そんなことが……」

「キミの意見も聞かせてほしいんだけど……」

「そうだな、これはこうだと思うぞ……」

「なるほどね……」

 世間話をしていると、彼は今思い出したかのように言った。

「あ、そういえばキミの学校の学園祭にゲストで行くことになったんだ」

「あぁ、生徒会長から聞いたよ」

「そこでさ、怪盗団のことも話そうと思うんだ」

 何となくそうなのではないかと思っていたので、そのことに驚かなかった。むしろある意味計画通りだ。

「そうか。楽しみにしてるよ」

 お前の推理と、どう出るかを。

 心の中でそう呟いた。


 次の日、学園祭前日ということで放課後実行委員全員が集まった。

「あの転校生も実行委員かよ……」

「おい、目をあわせるなよ」

「そうそう、何されるか分からないからね」

「ナイフ持ち歩いてるみたいだし」

「あんな美人なのにな……」

「おれ、もし前歴なくってナイフとか持ち歩いてなかったら告白してるわ」

「やめとけ。何かあっても止めらんねぇぞ」

 もみじが来るまで他の実行委員の人達からそんなことが囁かれていた。陸上部の人達は蓮のことを見直したみたいだが、ほとんどの人はそういうわけじゃない。蓮は気にしていない風に窓の外を見ていた。

『いいのか?』

 『ジョーカー』が話しかけてくる。聞いていたのだろう。

「今更だよ。むしろこれでも減ったくらいだ」

 それに蓮は心の中で答える。転校当初からこんな調子なのだ、傷付きはしてももう慣れた。怒ったらさらに恐怖を植え付けるだけだし、こういうのは放っておくのが一番だ。

『それならいいが。……しかしもったいない奴らだ、本当はこんなにいい女なのにな』

「それお前が言うか?」

 彼が言うイコール自分がそう思っているということではないだろうか?それとも別人格だから自分では思っていないのか?どうなのだろう。

『だがそっちの方が、ライバルが少なくて助かるしいいか』

「何のライバルだよ?」

 尋ねるが、彼は笑うだけで何も言わなかった。こうなると蓮と同じで聞いても無駄だから問い詰めようとは思わなかった。


 実行委員の集会が終わった後、開原に呼ばれたので保健室に向かう。

「来てくれたんだね」

「約束ですから」

 別に遅くなっても何も言われないし、夜も出歩いているからこれぐらい別に構わない。

「それで、何の用ですか?」

 蓮が聞くと、「実は、研究が完成しそうなんだ」と嬉しそうに話した。

「そうなんですか?よかったですね」

「これも全部成雲さんのおかげだよ。君が意見を言ってくれなければ完成しなかった。それでさ、君にお礼したいんだ」

 どうやら彼は十一月十日にこの学校から去るらしい。その間に何かお礼がしたいとのこと。

「そうですね……いきなり言われても困りますね……」

「そうだよね……ごめん」

 しゅんとなった彼に蓮は考える。

「あ、それでは最終日に一緒に昼食をとりませんか?ボク、いつも一人なんですよ」

 たまには誰かと一緒に昼食をとっても構わないだろう。そう思って蓮は提案した。

「そうなんだ。じゃあ、その日は僕が何か奢るよ」

「いいんですか?それじゃあ、お言葉に甘えますね」

 自分で弁当を作ろうと思っていたので、その申し出は嬉しかった。

「それにしても、君、風谷君や春鳴さんと一緒に食べないんだね」

「確かに仲良くさせてもらっていますが、一緒にいて何か噂でも流されたら困りますからね」

 前歴者と一緒にいて、二人に悪い噂でも流れたら嫌だ。良希はもう手遅れな気もするが。

「そうか。でも二人共君のことを気にかけてたよ。最近は君の話ばかりしてる」

「そうなんですね」

「秋川さんも、君を一段と気遣ってたよ。何か悩みを一人で抱えていないかって」

「あー、もみじなら確かにそうかも」

「それから君の居候先の喫茶店。ファートル、だっけ?君が修学旅行に行っている時に寄ったんだけど、そこのマスターの息子さんも君を自慢してた」

「りゅうったら……というよりファートルに寄っていたんですね」

「それから桜田さんも、自分のことのように考えてくれて素敵な人だって言ってた」

「桜田……あぁ、ほのかか。そんなこと言っていたんですね」

 どうやら怪盗団全員が蓮のことを話しているようだ。さすがに気恥ずかしくなる。

「本当に君はいい子なのにね……噂が酷すぎるよ」

「仕方ありませんよ。事情が事情ですから」

「潔いね、君は。噂にふてくされず、自分の道を行く。自分の信念を貫く君だからこそ皆ついて行くのかも」

 そう言われ、蓮は笑った。自分はそんな立派な人間ではないと。

「だから、君もたまには周囲を頼ってみたらいいと思うよ」

 確かにその通りなのだ。彼の言葉も分かる。しかし、今回しようとしていることは誰にも言えない。ヨッシーにも言う予定がなかったぐらいなのだ。今回ばかりは、周囲を頼るわけにはいかない。

「……君は、重いものを抱えているんだね。無理に聞き出すことはしないけど」

 そんな蓮に気付いたのだろう。彼は寂しそうな顔をした。

「別に、そんなものではありませんよ」

 だから、蓮は否定する。嘘をつく。誰にも心配はかけたくない。

「そうか……僕ももう少しこの学園にいるから何かあったら頼ってね」

「はい、分かりました」

 彼の言葉に頷き、蓮は保健室から出る。そして帰路についた。


 夜、明日の確認をしてベッドに転がる。その上にヨッシーが乗った。

「どうした?ヨッシー」

 その顔がどこか寂しそうにしていた。気になって尋ねると、彼は言葉を詰まらせた後、

「……お前、死ぬつもりなんだろ?」

 突然聞いてきた。その言葉に格段驚くことはなかった。気付いているだろうと思っていたから。

 静かに撫でていると、ヨッシーの瞳から雫が零れた。

「なんでお前みたいな奴が死ななきゃいけないんだよ……誰よりも優しくて、強い意志と正義感を持っていて、どんな奴にも手を差し伸べるようなそんな奴が、なんでこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないんだよ……!」

 それに何も言うことが出来なかった。ただ、流れる涙を拭うしか、蓮には出来なかった。


 次の日、校門の前でりゅうと待っていると最初にもみじが校舎内から来た。

「ごめんなさい、遅れたわ」

「大丈夫、まだ皆来ていないから」

 頭を下げる彼女に蓮はそう言った。事実、集合時間ギリギリだというのにまだ誰も来ていなかった。

 集合時間から三十分後、ようやく全員集まった。咲中のことを思い出しているのか、少し暗い雰囲気があった。

「お前ら……こういう日ぐらい明るく行こうぜ?こいつだって、かなり自分を責めてるんだし、お前らがそんな感じだとさらに思い詰めるぞ?」

 ヨッシーがカバンの中から顔を出し、そう言った。後半の言葉に「こら、余計なこと言うな」と頭を叩くが、その言葉に皆がハッとなる。

「あ、ごめん……」

「いいよ、別に。……それより、今日は学園祭楽しむんだろ?行くところは決まっているのか?」

 蓮が聞くと、りゅうが「蓮ともみじって実行委員なんだよね?大丈夫なの?」と聞いてきた。

「あぁ、別に大丈夫。実行委員って言ってもこれと言った仕事はないからな」

「そうなの?」

「うん。だから一緒にまわれるよ。……まぁ、急に仕事が入ることもあるだろうけど」

 だが、それ以外では大丈夫だ。決して遊ぶなと言われているわけでもない。

 ここで立ち話もなんだし、と皆で回り始めた。数時間して、喫茶店に向かうと、そこで事件は起こった。

「あ、成雲さん」

 女子生徒が蓮を呼ぶ。鍵は蓮が持っているものもあるのでそれかと思い、ポケットを探ろうとすると、女子生徒が耳打ちをする。それを聞いて、彼女は顔色を変えた。

「……分かりました。そう言うことなら、今すぐ先生を呼んできてください」

 すぐ向かいますから、とその女子生徒に告げ、皆に向き合う。

「ごめん、急用が出来た」

 それだけ言って、蓮はすぐ現場に向かう。

 一方、残されたメンバーは首を傾げた。

「急用……?」

 明らかにおかしい。蓮の今すぐ先生を呼べ、という言葉も不自然だ。絶対に何か危険なことに巻き込まれている。

 りゅうがヨッシーの入っているカバンを抱え、さっきの女子生徒に話を聞くと、どうやら蓮と風花のクラスに酔っ払いが来て、生徒に絡んでいるというのだ。どう考えても生徒が対処出来るようなものではない。

 ふと、周囲の人達の様子を思い出す。いまだに蓮のことを犯罪者だの暴力事件を起こした人間だの悪く言っていた。つまり……。

 ――蓮の方が都合いいってことか……!

 前歴があり、もし仮に何かあっても一番被害が少なそうな人物。女子生徒の性格の悪さがよく分かった。

 蓮も蓮だ。なんで断らなかったのだろうか?……なんて、今まで一緒にいた自分達が彼女のことをよく知っている。

 自分がどんな理不尽な目にあっても、困っている人がいれば助けずにいられない、という正義感の塊のような性格を。

 皆は頷き合い、すぐに向かった。


 現場に向かうと、蓮がスマホを持ちながら被害者であろう女子生徒を庇って前に出ていることが分かった。

 ――なんであいつは男より男らしいんだよ……。

 そんなことを考えながら会話を聞いていた。

「悪いですが、お酒なら学園外で飲んでください」

「あぁ?なんだよ。お前みたいな男に用はねぇんだよ」

「彼女、怖がっていますよ。これ以上近付くようでしたら、すぐにでも警察に通報します」

「んだと?おれたちが誰か分かってないみたいだな」

「迷惑、と言っているんです。あなた達が誰だろうと関係ありません」

 ずいぶん強気だ。しかし、相手は数人。デザイアの中ならいざ知らず、ここは現実。殴って済ませることは出来ない。それは分かっているハズだ。それでも男達を前に蓮は微動だにしなかった。

「こんの……!生意気なガキが!」

 その時、男の一人が蓮を強く殴った。その衝撃でメガネとウィッグが飛ぶ。それに周囲がざわめきだす。

「こいつ、女か?」

「はは……!女ならなおさら、これで逆らう気はなくなるだろ」

 男達はそう言うが、蓮はそんな彼らを睨みつけ、

「……失せろ」

 なおも強気に、そして逆らうことは許さないと言いたげに睨みつけ、一言告げた。頬が腫れ、口の端から血が流れているのが分かった。それでもすごい迫力だ。

「ひっ……」

「お、おい……もう止めようぜ……」

 そんな彼女に男達は悲鳴をあげ、逃げようとするがその前に、

「あなた達ね、迷惑行為をしているという人達は」

 長谷をはじめとする教師達が男達を捕らえた。長谷は蓮を見て、目を見開く。

「あなた……!どうしたの!?その頬の怪我……!」

「あ、えっと……」

 さて、どう誤魔化そうかと思っていると「あの男達に殴られたんだよ」と良希が近付く。それに合わせ、皆が寄ってきた。

「お前ら、見てたのか?」

 蓮が驚いたような声をあげる。まさか来ているとは思わなかっただろう。長谷は納得したようで、

「あぁ、なるほど……成雲さん、あまり無茶はいけないって何度も言ってるでしょ?」

 と言われた。それに蓮は笑うしか出来なかった。

 保健室に行く?いえ、大丈夫です。そんな会話をして、長谷が立ち去ると蓮が庇っていた女子生徒が近付いてきた。

「あ、あの、成雲さん」

「何ですか?」

 蓮が聞くと、彼女は頭を下げた。

「ごめんなさい!私のせいで……!」

「大丈夫ですよ、あれぐらい」

 そう言いながらメガネとウィッグを拾う。

「あ、メガネ壊れてる……!」

「あぁ、あとで直しましょう」

「でも、メガネないと……」

「伊達なので全然大丈夫ですよ」

 穏やかに話す蓮からは先程までの迫力が嘘のように消えていた。そこで初めて、女子生徒は気付く。

 ――あれ?この人ってこんなに話しやすい人なの?

 まるで前歴があるとは思えない程、優しくて気の利く人だ。そして、どこの誰よりもかっこいい。他の人達もそう思ったらしい。

「あいつ……かっこよすぎない?」

「あぁ、おれだったら殴られた時点で何も言えなくなる」

「おれなんて、まず立ち向かうことが出来ねぇよ」

「しかも、女なのに……すげぇ、あんな奴になりたい」

「あいつ、本当はいい奴なんだな」

 蓮の評価があがっていく。それを聞いていた仲間達は心の中で思う。

 ――ようやく彼女のことを理解したか。

 ようやく彼女のことが認められたみたいで嬉しかった。

 そんなことを知らない蓮はウィッグをつけ、

「では、ボクはこれで」

 そう告げ、仲間達のもとに戻った。

「どうした?嬉しそうだが」

 皆の顔を見て、蓮は不思議に思う。なんでそんなに嬉しそうなのか。

「いえ、別に?」

 代表してもみじが答えた。求めていた答えではないが、笑っているし特に悪いことではないだろうと詳しく聞き出さなかった。

 しかし、頬の怪我は見ていて痛々しいのでほのかにガーゼをはってもらう。

「口の中が痛い……鉄の味がする……」

「当たり前だろ、思いっきり殴られてたからな」

 ヨッシーの言葉にぐうの音も出ない。

「それ、しょうへいになんて言うの?」

「あ、それ考えてなかった……」

 藤森になんて言おう……そもそも既に長谷から連絡が行っていそうだ。怒られそうだな……と頭が痛くなる。だが、守ることが出来たから後悔はしていない。

「それで、メガネどうすんだ?」

「うーん……修理は出来るだろうけど……」

 ヨッシーが聞いてきたので蓮は悩む。さっきは直せるとか言ったが……何せ道具がない。

「新しいの買えよ。それかいっそのことメガネ外して過ごすとか」

「それは絶対やだ。ボクはメガネをつけたい」

 素顔を晒したくないと蓮は唇を尖らせる。周囲の様子を見ているともうそんなことしなくても大丈夫そうだが、彼女の心の傷は深そうだ。

 だが、壊れているメガネをつけるわけにもいかないのでその日は素顔を晒さないように俯きながら行動することにした。そんなことをしなくても、もう大丈夫なのに。


 帰る時間になって、蓮はりゅうを連れて皆と別れる。

「大丈夫だったか?」

 蓮が聞くと彼は「うん!楽しかったよ」と嬉しそうに笑った。それにホッとする。

「お前は?ヨッシー。ずっとカバンの中にいたけど」

「ワガハイも楽しめたぞ。お前が殴られた時はヒヤッとしたがな」

「あはは……ごめん。ボクもまさか本当に殴られるとは思ってなかったから」

 それに、避けようと思えば避けられたが後ろの女子生徒に当たったら、と思ってそれはしなかった。殴られるのは慣れているし、蓮は前歴者だからそこまで心配もされないだろうと判断したのだ。

「でも、お前のクラスの出し物が今日一日無駄になったな」

「仕方ないよ。あんなことがあった後じゃ皆平静でいられないだろう。あいつらも前歴者とはいえ生徒に暴力を振るったんだ、今頃警察の世話になってるだろうよ」

 蓮が言うと、ヨッシーはガーゼがはられた頬に手を添えた。

「どうした?ヨッシー」

「いや……お前は楽しめたのかよ?学園祭……あんな危険なこと押し付けられてよ……」

 心配そうに見てくる彼に、蓮は喉を撫でる。

「大丈夫、確かに予想外のこともあったけど、皆といたから楽しめたよ」

 嘘ではなかった。皆が楽しそうで、蓮も嬉しかった。

「それならいいけどよ」

「蓮って、射的上手かったよね!」

 三人で学園祭での出来事を話し始める。蓮が現実でも銃の扱いが上手いということや、不思議な色のジュースを買って飲んだこと、喫茶店で一緒に食べたことなど、高校生としては当たり前のことかもしれないが、三人にとってはそれが幸せだった。

 家のことしか頭になかった蓮にとっては。

 記憶のないヨッシーにとっては。

 引きこもりで誰とも関わることの出来なかったりゅうにとっては。

 怪盗団と出会って、変わっている。それを自覚していた。


 伊達メガネを買い、ファートルに戻ると、藤森が蓮の顔を見て「お前……」と呟いた。

「大丈夫か?酔っ払いに殴られたって聞いたが……」

「大丈夫ですよ、これぐらい」

 やはり連絡が行っていたようだ。頬の腫れは酷いが、ただ口の中を切っただけだ。そんなに酷い怪我じゃない。そう言うと、

「お前な……女なんだからちっとは自分のことも考えろ」

 と呆れられた。呆れられるようなことはしていないハズだと蓮は思っている。

「まぁいい。口の中痛いならカレーは辛いだろ、サンドイッチ作ってやるよ」

 藤森はそう言ってサンドイッチを作り始めた。蓮はコーヒーを淹れる。

 同時に作り終えると、皆で食べる。

「……へぇ、お前、コーヒーの味よくなってるじゃねぇか」

「ありがとうございます」

「蓮のカレーもおいしいんだよ。しょうへいも食べてみてほしいな」

「そうか。それなら今度食べてみるか」

「ヨッシーは魚だぞ」

「お、ありがとう」

 四人で(ただし藤森にはヨッシーの声が聞こえていない)話しながら食事をしていた。思えば初めて四人で食事をしたかもしれない。

「あー、その……最近学校どうだ?」

 不意に藤森が聞いてきた。それに蓮は「いつも通りですよ。成績も落ちてません」と答えた。

「いや、そうじゃなくて……」

「そうじゃない?」

「……噂、平気か?結構酷いんだろ?」

 どうやらそれも聞いていたみたいだ。蓮は苦笑いを浮かべる。

「大丈夫です、あれぐらい」

「でもよ……」

「サンドイッチ、ごちそうさまでした。おいしかったです。片付けはしておきますから」

 これ以上この話をしてほしくなかった。弱音を吐いてしまいそうで。

 しかし、珍しく藤森はひかなかった。

「蓮、本当のことを話せ。いつも傍で見てるネコが寂しそうな声で鳴いてるんだ、本当は辛いんだろ?」

「え……?」

 ヨッシーが寂しそうに鳴いている?どういうことだ?

「ペットの鳴き声も、主人の感情を表すことがある。特にお前のペットは賢いからな、お前に何かあった時はいつも悲しそうだぞ」

「……ヨッシー、そうだったのか……」

 初めて知った。まさかヨッシーがそんな声で鳴いていることがあったなんて……。しかもそれが自分のことでなんて……。

「なぁ、蓮。もういいだろ?これ以上自分を苦しめなくても。ここにはお前を蔑む奴はいないんだ」

 その言葉に、蓮は頬に何かが伝う感覚があった。

「あ、なんで……」

 最近よく泣くようになった気がする。自分には、もうこんな感情なんてないと思っていたのに。怒られたくなくて、否定されたくなくて目をこする。それに気付いたのだろう、特にりゅうとヨッシーには思い当たることがあったようだ。

「大丈夫、誰も怒らねぇよ」

「蓮、ここには蓮を否定する人はいないよ」

「レン、お前はもっと感情を出すべきだ。いつも一人で抱えて我慢してるからな」

 そう言われては、もう我慢出来なかった。

「……こわ、いよ……独りぼっちはもう、嫌だよ……」

 顔を手で隠しながら、そう呟く。今の顔を、見られたくなかった。しかし、それを三人は否定しなかった。

「……そう、それでいいんだ。お前はもう、一人じゃねぇよ。俺達がいる」

「ぼ、僕も。学校には行けないけど味方だよ!皆だってきっと同じ気持ちだよ」

「ワガハイだって、ずっと傍にいるぞ」

 初めて、家族の温かさを感じた蓮は嗚咽をあげる。藤森は優しく頭を撫でた。

「……蓮、そこのネコを連れて今日は家で寝ないか?」

 藤森がそう言ってきた。りゅうも「あ、それいいかも」と笑う。蓮は戸惑ったが、ヨッシーに「たまにはいいんじゃねぇか?」と言われたのでその提案に乗った。

「よし、じゃあ行くか」

 皆でファートルから出る。そして藤森の家に行った。りゅうの時以来だ。

「布団出しておくから、先に風呂入っておけ」

 その言葉に甘え、蓮は先に風呂に入る。ヨッシーも一緒に入るとりゅうが「いいな、ヨッシーは。蓮と一緒に入れて」とふてくされた。りゅうも随分と蓮に甘えるようになったと思う。だが、年頃の男女なのでさすがに……と蓮は申し訳なく思いながら断る。

 蓮があがると、居間に布団が敷かれていた。

「これを使え。古いが、使えないことはないだろ」

「大丈夫です」

 ヨッシーを抱えると、藤森は「お前らは本当に仲いいな」と笑った。藤森からすれば娘とそのペットを見ている気分だ。

 ――まさか、次の日彼女達の正体を知るとは思わずに。


 次の日、冬木が生徒の前で話をしているところを見ていた。

「オレは、怪盗が誰か検討がついてます」

 その言葉に、全員が声をあげる。

「本当に?」

「まさか、この学校?」

「狛井先生の時からだから、ありえる話だよね……」

 次々と声があがる中、不意に冬木のスマホが鳴った。

「あぁ、すみません。仕事関係のことだ」

 そう言うと、司会を務めていたもみじに何か言っていることに気付いた。

『やはり、動いたな』

「計算の内だよ、『ジョーカー』」

 心の中で話していると、もみじが怪盗団のメンバーを呼びに来た。

 全員で向かった先は体育教官室。ここに来るのは狛井の時以来だ。

「それで?冬木、何の用だ?」

 蓮は目の前に立つ男に聞く。もちろん、何と言うかは既に気付いていたが。

「キミ達が、怪盗なんだろ?」

 案の定、彼はそう言って笑った。それに蓮とヨッシー以外の皆が動揺する。

「……証拠は?」

 そんな中、蓮は反論した。すると冬木は「これを見てほしい」と写真を見せた。

「これは……」

 幻想世界から出てくる時の写真だ。まさか、撮られていたなんて……これはさすがに予想外だった。

「それに、オレもあの世界に入ったんだ。そしたら、襲われたんだよ。「白い男」に。その時に力にも目覚めた」

「マジかよ……」

 良希が唖然とする。それは、自分達が怪盗だと証明していて。気付いた時は遅かったが、彼は笑うだけだった。

「だから、オレは怪盗団が殺人を犯していないということを知っている」

「そう……」

 もみじが何かを考えるようなしぐさをした。それに構わず、彼は告げる。

「単刀直入に言おう。怪盗から足を洗ってほしい」

「それは出来ない」

 蓮は即答する。すると冬木は「そう言うと思ったよ」と困ったように笑った。

「じゃあ、取引だ。改心させてほしい人がいる。その人を改心させてほしいんだ」

「そのかわり、怪盗から足を洗えって?」

 ようは最後の仕事を与えるから、怪盗をやめろということだ。蓮は少し考えて、

「……まぁ、いいよ。ただし、お前も怪盗団に入れ」

「え?」

 それは予想外だったらしい、冬木は驚いた声をあげる。

「お前も同じ力使えるんだろ?頼みを聞くんだ、こちらの頼みも聞け」

「……まぁ、いいよ」

「取引成立、だな」

 ヨッシーが言うと、冬木は「ネコがしゃべった!?」と驚いた。蓮が説明をすると彼は納得したようだ。

「じゃあ、詳しい話は明日ファートルでしよう。皆も、それでいいか?」

 蓮が聞くと、全員頷いた。皆が先に出ると、蓮がヨッシーに話しかけた。

「……どう思う?」

「お前の言ったことを考えると、あれは嘘だろうな」

 やはり、そう思うか。蓮の考えがあっているなら、彼は最初からヨッシーの声が聞こえていたハズだ。

 ――最初に打ち上げをしたあの時、「ビリヤード」と言っていたのはヨッシーだけだったから。

 そこで察せない程、蓮は馬鹿ではない。皆を誤魔化せても、蓮は騙せないのだ。

 これ以上遅くなるわけにもいかず、蓮はヨッシーをカバンの中に入れて出た。


 学園祭が終わった後、皆でファートルに戻る。

「んだよ!あの野郎」

「落ち着きなよ、良希」

「今の俺達には、あいつの提案に乗る以外道はないぞ」

「そうよ。でも冬木君も、まさかアルターの力が使えるなんてね……」

「うん……僕も驚いたよ」

「私、冬木君のことよく分からないけど……」

「ワガハイも、あいつが探偵王子ということしか分からないぞ」

 皆好きなようにしゃべっている中、蓮だけが静かだった。

「どうしたんだよ?蓮」

「あ、ううん。何でもない」

 良希に話しかけられ、蓮は首を横に振る。その笑顔はどこか寂しそうなものだったのは気のせいだろうか?

 ファートルに着くと、藤森がカウンター席に座っていた。

「……しょうへい?どうしたの?」

 様子がおかしい藤森にりゅうが聞くと、彼はあるものを突き付けた。

 ――それは、りゅうに送った予告状だった。

「……!」

 蓮は目を見開く。なんで、彼がそれを持っているのだろう?

「……りゅう。お前の部屋を掃除してたらこれが出てきたんだ。お前ら、何か知ってるんだろ?」

「なんで勝手に部屋に入ったの……!」

「それは後でいくらでも謝ってやるよ。今は質問に答えろ」

 有無を言わさない彼の言葉に逆らうことが出来ず、皆席に座る。

「お前ら、なんでりゅうを殺人犯と会わせた?危険だというのは分かってただろ?」

「違うよ!」

 藤森の言葉をりゅうが否定する。

「蓮達は、僕を助けてくれたんだよ……!」

「蓮達?まさか、蓮が怪盗だというのか?」

 藤森に見られ、蓮は俯くが覚悟を決める。

「……はい。今まで黙っててすみませんでした」

「お前……じゃあ、本当に……」

 通報されるかも、と思っていると彼は黙って考えた後、

「……まぁ、何となくそうじゃねぇかと思ってたけどよ」

「え……?」

 急にそんなこと言われ、蓮は思わず腑抜けた声を出した。

「お前なんだろ?りゅうのおじを改心させたのは」

「え、私達やってない……」

 りゅうのおじに関しては皆、心当たりがなかった。

 ただ一人を除いて。

「…………………………」

「……レン?」

 ヨッシーが黙ってしまった蓮に声をかけると、彼女は白状したように告げた。

「……すまない、家族のことだからって思って……ボク一人でやった」

「お前な……リーダーが掟破ってどうすんだよ……」

 良希が呆れた声を出す。本当は言うつもりなどなかったが、こうなっては仕方ない。

「……なんでこうなった?殺人犯なんて言われるようになって……」

「……分からない。ボク達はいつも通りにやっただけです」

 藤森の質問に、蓮はそう返す。嘘をついていることに少し胸が痛くなったが、仲間達に、何より世話になっている彼に心配だけはかけたくなかった。

「まぁ、安心しろ。お前らを警察に突き出すマネはしねぇからよ。それに、方法も分からないんだ、お前達を突き出しても意味ねぇだろうしよ」

 藤森はそう言って笑った。「ここにいる間は安心していい」とも。今まで騙していたというのに、なんて優しいのだろう。

 そしてそんな彼を裏切ってしまうことになるということも、蓮の胸を締め付けるには十分だった。

「だから、やけになるなよ」

 それは、もう出来ない。やけくそにはなっていないが、皆を守るためにはこうするしか出来ないのだ。

 ――ごめんなさい、藤森さん。

 あなたの厚意を裏切ってしまうボクを、どうか許してください。

 心の中でそう思いながら、彼の話を聞いていた。

「さて、一通り説教も終わったし、飯にするか。お前らも食べて帰るだろ?」

 藤森はそう言ってカレーをごちそうしてくれた。


 夜、藤森は先に帰り、皆で話していた。

「まさか、マスターにバレるとは……」

「ごめん。僕が思い出にって取っておいたから……」

 りゅうがしゅんと落ち込む。蓮は「大丈夫だよ、特にボクの方はいろんなところでバレてるから」と言った。

「いろんなところって……」

「それはいいのか?」

「大丈夫、全員言わないでくれるって言ってたから」

 協力者達は全員信用出来る人達ばかりだ。恐らくだが、水谷や智樹に言っても同じ答えが返ってくるだろう。

「それならいいけど……」

「マスターには申し訳ないことしたわね」

 信用を裏切ってしまった。それでも匿ってくれるというのだから本当に優しい人だ。

「明日は裕斗以外休みだけど、どうする?ファートルで待っとくか?」

 冬木も学校だから夕方来ると連絡が入っている。蓮が確認すると、裕斗以外の全員が「じゃあ、朝から来るね」と言った。

「俺は学校が終わったらすぐに来る」

「電車代はあるか?明日は早く来た方がいいからないなら渡すぞ?」

 蓮が聞くと裕斗は「大丈夫だ、電車代はある」と言ったので安心する。

「じゃあ、これ以上遅くなるわけにもいかないし早く帰れ」

「うん。じゃあ、また明日」

 皆が帰り、その場には蓮とヨッシー、そしてりゅうだけが残される。

「りゅうは?帰らなくていいのか?」

 藤森も心配しているハズだ。そう思って聞いたのだが、帰る様子がない。顔を見ると泣きそうだった。

「どうした?りゅう」

 なんで泣きそうなのだろうか?すると彼は口を開いた。

「ねぇ、蓮……死ぬつもりって、本当?」

「え……なんでそれを……」

 蓮はヨッシーにしか話していない。それなのになぜ?答えはすぐに分かった。

「聞いた、んだ。ここも、盗聴してたから……ごめん……」

 ぽろぽろと泣きながら、りゅうは言った。

 ――そういえば、盗聴されてて怪盗だと知られたんだったな……。

 盲点だった。ここでヨッシーに話していることは、りゅうにも筒抜けになっているということだ。

「……ごめん、りゅう。泣かせるつもりはなかったんだ」

「ううん……僕も、聞くつもりはなかったんだ。本当に、ごめん……」

 蓮はりゅうの頭を撫でる。彼は蓮に抱きついた。

「お願い、蓮……一人に、しないで……」

「りゅう……」

 分かった、ともそれは出来ない、とも言えなかった。こうするしか、方法がないから……その場限りの嘘など、蓮につけるハズがなかった。

 りゅうを慰め、蓮は彼を家へ送って行った。


 目が覚めると、『ジョーカー』が目の前にいた。

「蓮、大丈夫か?」

「『ジョーカー』……」

 起き上がり、彼に向き合う。

「……ねぇ、ボクのしようとしてることは正しいのかな……」

 彼の前だと、どうしても弱気になってしまう。彼はそんな彼女を見て、

「……今はお前の信じた通りに進め。オレにはそれしか言えない」

 まるで突き放すような言葉だが、それでよかった。否定されるより、全然いい。

「ありがとう、『ジョーカー』」

「オレはお前だ。いつでも味方でいよう」

 そう言って、彼は肩を引き寄せる。それに何も言わず、蓮は素直に身を寄せた。


 次の日、皆が集まると冬木が話し出した。

「オレはキミ達の協力をする。警察にも通報しない。そのかわり、キミ達はこれを最後に、怪盗団をやめる。それでいい?」

「あぁ。別に構わない」

 蓮が頷くと、彼は満足そうに頷いた。

「よし。じゃあ改心させてほしい人だけど……秋川 花子。秋川さんのおねえさんだ」

「……なんで私のお姉ちゃんを?」

 もみじが聞く。確かに、なぜ彼女の姉を改心させないといけないのだろうか。

「最近警察の動きが酷くってね……彼女のおねえさんはオレの知り合いなんだけど、彼女が警察内を変えてくれるかと思ってね。でも、今の彼女は歪んでいる。だから、改心させたいんだ。彼女自身の正義を思い出してもらいたい」

「……どうする?もみじ」

 仲間の身内の改心だ、これはいつも通り「はい、そうですか」とはいかない。もみじは考えた後、

「……分かったわ。お姉ちゃんの改心、しましょう」

「いいのか?」

 蓮が最後の確認をする。ここで決めてしまえば、途中で取引を破棄しない限りもう変えることは出来ない。

「えぇ。元々、私も改心させたいと思っていたところだったし」

「……そうか」

 それなら、いい。そこまでの覚悟があるのなら。

「決まりだね。じゃあ、期限は十一月二十五日だ」

 冬木がそう言って笑う。

「じゃあ、明日から行動しよう」

 蓮の言葉に皆頷き、その日は帰った。


 夜、ヨッシーが「いいのか?」と聞く。

「何が?」

「冬木だよ。本当に仲間に引き入れるのか?」

 確かに、警戒するなら引き入れない方がいいかもしれない。しかし、

「同じ力を持っているなら、期限付きでも仲間に引き入れる方がいいだろ」

「それはそうだけどよ……」

「それに、もしかしたら動向が分かるかもしれない」

 蓮はヨッシーを撫でながら微笑む。ヨッシーとしては、その笑みがあと数週間後に消えてしまうかもしれないことが怖かった。

 ――ワガハイは、こいつに助けられた。こいつから居場所をもらった。それなのに、こいつは悪魔の手によって殺されそうになっている。ワガハイには……どうすることも出来ない。

 自分の無力さが恨めしかった。この姿が憎かった。もし自分が人間なら、彼女に全てを背負わせなくてよかったのに……。

「……大丈夫、ヨッシー。お前は何も悪くないから」

 蓮の言葉にヨッシーは涙を流した。

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