十二章 嫉妬のカジノとリーダーの逮捕 後編
次の日の朝、時間があったので薬と武器の調達をする。敷井と金井からは最近忙しそうだと言われた。実際そうだ、皆に気付かれずに行動しているし、何より「彼」に知られないようにしないといけないのだから。
(まだ協力者については気付かれてない、ハズ……)
藤森は疑われるだろうが、つい最近まで蓮が怪盗団だと知らなかった。それがどう出るか分からない。匿ったということで逮捕されるかもしれない……そう思うと苦しいが、だからと言って今更蓮がどうこう出来るわけではない。そこは警察の動きによるだろう。
――まぁ、ボクさえ捕まればそんなこともないと思うけど……。
『だが、あいつがどうするか分からないぞ』
「そうだね、だからこそ困っているんだけど」
「彼」は怪盗団を壊滅させようということ以外動きが読めない。もしかしたらということがある。
『どうだ?今日はオレとかわってみないか?』
「いいけど、何する気?」
彼がこういうことを言う時はいつも何かをしでかす時だ。だから今回もそうだろう。
『それは見てからのお楽しみ』
「……どうせあいつのことだろ?まぁ、ボクとしてはお前にかわってもらえるのはありがたいけど」
いい勉強になるし、と蓮は笑った。はたから見たら急に笑っておかしな光景だろうが、蓮を気にする人はいない。
「じゃあ、今のうちにかわっておくか」
『そうだな、皆がいるところでは出来ないし』
蓮は『ジョーカー』とかわると、ファートルに戻った。
「あぁ、蓮。丁度よかった。ちょっと手伝ってくれねぇか?」
藤森に言われ、荷物を置いた後『ジョーカー』は藤森の手伝いをする。蓮と同じように器用にこなしているが、なぜかコーヒーとカレーは作れないのだ。そこはやはり別人、ということだろう。
昼、皆を集めデザイアに入る。前に来たところまで行き、どうするか話す。
「とりあえず、残り三百万はスロットで稼がないといけないな……」
『ジョーカー』が確認すると、クピドが「そうだね。敵は少ないみたいだから前みたいにイカサマ装置を解除した後に稼いだ方がいいかもね」と言った。
『クピドの言う通りだね』
蓮が『ジョーカー』に告げると、彼は頷いた。
「それなら、早く見つけて解除しよう。ついでに探索もした方がいいだろうな」
「おう!そうと決まったら行こうぜ!」
マルスが張り切っている。運が絡んでくるとはいえ、彼にスロットが出来るとは思っていないが。
「……大丈夫なのか?」
『……さぁ』
蓮に聞いてくるあたり、『ジョーカー』も同じことを考えていたのだろう。
それはさておき、皆で装置を探しに行く。ヘルメスは安全だからと『ジョーカー』についてくる。
「ねぇ、ジョーカー」
「どうした?ヘルメス」
「なんか、いつもと雰囲気違うね。どうしたの?」
アポロもそうだったが、やはり気付く人は気付くようだ。『ジョーカー』は不敵に笑い、
「……どうしてだと思う?」
そう尋ねた。ヘルメスは「うーん……」とうなった後、
「……なんか、別人に感じるんだよね」
「そうか。なんでそう思う?」
「いつものジョーカーなら、もっと優しい雰囲気があるんだ。だけど、今のジョーカーはなんて言うか……逞しくて男らしいんだよね」
「だそうだ、蓮」
急に蓮の名前を呼んだので、ヘルメスは驚く。
「え?どうしたの、ジョーカー?」
「お前の洞察力には驚かされたよ。その通りなんだ、オレは『ジョーカー』。蓮とは別人だ」
テュケーには既に話していたがな、と『ジョーカー』は笑った。ヘルメスはキョトンとした後、
「え!?本当に別人なの!?」
「あぁ。何なら今、蓮に戻ろうか?」
『ジョーカー』の言葉を合図に身体が動かせるようになる。どうやら本当に戻ったようだ。
「……やっぱり、気付く人は気付くんだね」
「……蓮?」
ヘルメスが確認するように聞いてくる。
「うん。そうだよ」
「へぇ……確かに雰囲気が戻った。本当にかわってたんだね。二重人格?」
「それが、よく分からないんだよな……」
急に夢に出てきたかと思ったら、こうして現実にも干渉出来るのだ。蓮……いや、ジョーカーも実のところよく分からない。この場合、二重人格ではないと思うけれど……。
二人で話していると、何かの機械があることに気付いた。
「これは?」
「調べてみる」
ヘルメスがそれをいじりだす。
「……うん、これ、イカサマ装置みたいだ」
「そうか。じゃあそれを解除してくれ」
「了解。その間に皆を集めて来てくれる?」
「分かった」
ヘルメスがそれを解除している間、ジョーカーは皆を集める。
「見つかったのか?」
「あぁ、今から案内する」
皆をヘルメスのところに連れてきた時には、既に解除が終わっていた。
「あ、ジョーカー。終わったよ」
「ありがとう、さすがはハッカーだな」
ジョーカーが頭を撫でると、彼は嬉しそうにする。それを見ていたクピドが、
「仲いいんだね。本当の姉弟みたいだね」
と言ってきた。
「まぁ、仲はいいよな」
「うん」
二人が肯定すると、彼は羨望の眼差しを向ける。
「どうした?クピド」
「いや、オレにはきょうだいがいないからね。ちょっとうらやましいと思って」
それにしては少しおかしい気がする。どこか恨めしそうというか……。何でだろうか?
「そういえば、大きなスロットがあったよ。そこに行ってみない?」
しかし、そんな質問をする間もなくそう言われたので、深くは言及出来なかった。
クピドが話していた大きなスロットのところに行く。
「これだったら、三百万なんて早いんじゃない?」
「……そうだな。大当たりなら五百万と書いてある」
つまり、7の絵柄をそろえればいいということだ。運任せになるが……やらないよりはマシだろう。
ジョーカーがやると、運よく大当たりが出た。これでパイレーツフロアに行ける。
受付に行き、パイレーツフロアのカードをもらうとエレベーターに乗り、パイレーツフロアに行く。
「うーん……ちょっと難しそうだな……」
「管理人フロアに行くには千万……ここでさらに稼ぐ必要があるみたいだね」
近くに安全地帯があるのでそこに行く。
「どうする?」
「……とりあえず、どんな内容か見てみる。それから考えたい」
ジョーカーの言葉に反対する者はいなかった。事実、皆まだ気力は残っているのでこのまま進めてもいいと思っているのだ。
外に出て、まずは左の方に行く。そこは暗闇の中を彷徨う、いわば迷路だった。脱出すれば二百万貰えるようだ。右に行くと、そこは闘技場だった。全部勝てば三百万貰えるらしい。
「なるほど……今日中にすませられるか?」
「いや、一日で両方やるのは危険だと思う。何をしかけてくるか分からないからな。今日は迷路の方だけやろう」
アポロの言葉にジョーカーは首を横に振る。エネミーがいるかもしれない、しかも暗闇の中で、となるとそれを見分けられるのはジョーカーしかいなくなるだろう。トルースアイがあるからだが、それを長時間使ったことがない。
暗闇の迷路のところに行くと、本当に真っ暗で何も見えなかった。しかし、トルースアイを使うと道が見えた。
「オレが先頭を歩く。皆はしっかり掴まってくれ」
ジョーカーのその言葉に、誰かが彼女の服を掴んだ。見ると、それはヘルメスだった。テュケーは足元に引っ付いている。
「じゃあ、行くぞ」
皆が掴まっていることを確認したジョーカーは歩き始める。
迷路はかなり長かった。途中、扉が閉まっていて抜け道を見つけたり予想通りエネミーと戦ったりしたのだ。ジョーカーの目も疲れてくる。
目が痛くなるほど酷使した頃、ようやく出口が見えてきた。
「もうすぐだ、頑張れ」
ジョーカーが皆を励ましながら、そこに向かう。実際に暗闇の中を率先して歩いたり一人でエネミーと戦ったりして頑張っているのは彼女なのだが。
出口に着くと、ジョーカーは目を閉じる。光に当たるとさらに痛んだ。
「大丈夫か?ジョーカー」
テュケーが聞いてくる。それにジョーカーは「ちょっとやばいね……かなり目が痛い」と答えた。
「マジかよ、じゃあ今日は早く帰った方がいいな」
「ごめん……長時間使ったことがなかったから」
「そういや暗闇の中でも難なく歩いてたな。それも不思議な能力か?」
「まぁ、そうだな……」
話しながら現実に戻る。
「お前ってホント謎だよな。別にいいけどよ」
良希の言葉に蓮は「悪かったな、普通の人間じゃなくて」と告げた。少し怒りを含んでいて彼も悪いと思ったのだろう、すぐに謝ってきた。
そのまま解散すると、裕斗がファートルに来ると言い始めたので連れて行く。
ファートルに着くと、裕斗はサヤカの見える席に着いた。
「……やはり、サヤカは素晴らしいな」
「そうだね。きれいだ」
息子への愛が伝わってくるようで、蓮もサヤカは好きだった。
自分の両親は、愛してくれなかったから。
だから、羨ましいと思う。こんな絵を遺してもらえて。白野に利用されていたが、結果として彼のもとに戻ってきたのだ。彼の母親もきっと喜んでいることだろう。
そう言う自分は?自分は、皆を傷つけるようなことをしようとしている。これでは両親が自分にしてきたことと同じではないか?やはり、皆に相談した方がいいのか?いや、それでは皆に心配をかけてしまう。せめて最期のその時までは笑っていてほしいのに――。
「蓮、最近どうしたんだ?」
「え?」
裕斗が急に聞いてきたので蓮は思わず驚いた声を出した。それに構わず、彼は続ける。
「君、最近様子がおかしい。何か知ってるんじゃないのか?」
「……何のことだ?ボクは何も知らない」
いつもの調子で話す。裕斗は疑いの目を向けているが、やがて諦めたのだろう。「そうか、それならいい」と言った。それにホッとしていると、帰る直前、
「……俺の目に誤魔化せると思っているのか?」
彼はそう呟いた。慌てて彼の方を見るが、既にファートルから出ていた。
――やはり、芸術家の目は騙せないかもな……。
だが、これは彼のためでもあるのだ。迷っていた心は既に覚悟していた。
次の日、再びデザイアに入る。
「今度は闘技場だっけ?」
「そうだね」
早速向かって話してみると、どうやら一人だけが参加出来るらしい。皆で顔を見合わせていると、
「オレはジョーカーがいいと思う」
クピドがそう言った。ジョーカーなら臨機応変に使い分けることが出来る、そう考えればジョーカーが出ることが望ましいだろう、とのことだった。
「まぁ、そうだな……」
それなら、とジョーカーは頷いた。皆には反対されたが、この方がいいというのは分かっているハズだ。
ジョーカーは申込みすると、闘技場に入った。仲間達は観客席に座っている。
三回勝負で最初に出てきたのは二人。早速ルールを破っているが、そんなのは問題ない。ジョーカーが闇呪文を唱えると、すぐに敵は消えていった。ブーイングが起こるが、こちとら勝たないといけないのだ、気にしていてはいけない。
二回戦目は三人。これもすぐに雷呪文で倒す。三回戦目は五人に増えた。
「勝たせる気ねぇじゃねぇか!」
マルスがツッコむが、これで勝てないほどジョーカーは弱くない。ナイフを振るい、まずは一体倒す。さらに銃でもう一体。後ろから襲ってきた敵をジョーカーはリベリオンを召喚して防ぎ、闇呪文で追い打ちをする。残り二体は蹴りを入れ、怯んだところに呪文を唱える。
「しょ、勝者、ジョーカー……」
そうアナウンスが鳴り、闘技場は閉まる。カードには合計千万がチャージされた。
「すごいよ!ジョーカーって一人でも強いんだね!」
ディアナが興奮気味に言ってきた。そういえば彼女は仲間になって間もない。
管理人フロアに行けるようになったので、エレベーターであがる。天秤のような橋があり、そこを渡る。扉を開くと、そこにはモヤモヤしたものがあった。
「よし、これでルートは確保したな」
「これがオタカラなの?」
クピドが聞いてくる。それにジョーカーは頷いた。
「後は予告状を出して、オタカラを出現させるんだ」
「そうなんだ……予告状を出すのも理由があったんだね」
「いつ出すんだ?今回もジョーカーに任せるのか?」
アポロが聞くと、クピドが「いや、準備も必要だろ?だから二十五日に実行したい」と言った。
「オレは別に構わないぞ」
ジョーカーが有無を言わさず答えると、マルスが「いいのか!?」と叫んだ。
「オレだって、いろいろと準備したいからな。時間がある方が助かる」
それはつまり猶予があるということだ、その申し出はありがたかった。
現実に戻ると、冬木はスマホをポケットに入れ、
「それじゃあ、また何かあったら連絡してね」
そう言って立ち去った。その後ろ姿を見送った後、良希が蓮に詰め寄った。
「いいのかよ!あいつに勝手に決められてよ!」
「いいから頷いたんだろ。さっきも言った通り、ボクにも準備があるし」
「準備ってなんだよ?」
「うーん……ちょっとね」
全く動じない、というよりむしろ笑っている蓮に良希は毒気を抜かれたようだ。「まぁ、お前がそこまで言うならいいけどよ……」と詰め寄るのをやめた。
「でも、本当に何の準備?私達も協力するよ?」
ほのかが申し出てくれるが、それも丁寧に断る。
「あなたがそこまで人の申し出を断るなんて珍しいわね、何かあったの?」
もみじが訝しげに聞いてきたが、それも適当に誤魔化す。
「大丈夫、悪いことはしていないから」
なんて冗談を言うと、「それは信じてるけど……」と風花が言う。どうやら騙せたようだ。
「じゃあ、ボク達も解散しよう」
「あ、うん……」
これ以上聞かれると騙せるものも騙せなくなると思い、蓮はすぐにそう切り出した。皆は納得していないようだったが、そのまま帰っていった。
帰り道、りゅうが聞いてきた。
「ねぇ、皆には言わないの?」
それは蓮を心配してのことだった。そのことを知っている蓮は頭を撫でながら「皆に迷惑をかけるわけにはいかないからな」と笑った。その笑顔は寂しいものだった。
「蓮……」
「大丈夫、協力者達にはお前達を守るように言ってるよ。藤森さんにはまだだけど、最後の日に告げる予定だから」
「やっぱり、その方法しかないのかな……」
りゅうが泣きそうな顔で訴えてくる。だが、仕方ないのだ。今の蓮には、この方法しか思いつかない。
もう少し猶予があれば、もっと考えられただろうけど。
もう時間がないのだ。だから蓮は、自分に出来ることをする。皆を、守る。その方法を考える。
「本当に、なんで蓮が死なないといけないの……?」
今にも泣きだしてしまいそうだ。これを藤森に見られたらまずい。そう思っていると、不意に彼が「公園に行こう」と言い出した。別に構わないが、どうしたのだろう。
公園に行くと、ベンチに座った。
「……僕さ、蓮を姉さんのように思っているんだ」
「……うん」
「蓮は僕を外に出してくれた。真実に気付かせてくれた。……そんな人を、失いたくない」
「…………」
「でも、蓮も怪盗団のために頑張ってるんだよね。蓮が一番怖いハズなのに、それを表に出さないでいつも誰かのために一生懸命で……だから僕も、蓮のために何かやりたい。それって、迷惑かな……?」
まさかりゅうがそんなことを考えているとは思っていなかった。彼も随分大人になったものだ。蓮は感動した。
「……ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ。ボクは、いい弟を持ったね」
蓮は彼に向かって微笑んだ。弟、と言ってもらえたことがうれしかったらしい。りゅうは身を寄せてきた。彼との絆が深まった気がする。
それからほのかに勉強を教えたり、もみじと出かけたり、風花と買い物に行ったり、りゅうにつき合ったりしていて時間が過ぎていった。
いよいよ開原と別れの日になった。昼休み、保健室に呼ばれた蓮は天丼をごちそうになった。
「お嬢様の君には安物かもしれないけど、これでも結構高かったんだ」
「いえ、こういうのも食べてみたかったので別に構いませんよ」
食べながらゆっくり話していた。
「そういえば夏木君、彼、いい人だね」
「裕斗ですか?確かに多少変人ですが、いい奴ですよ」
「白野さんの元弟子で自分も大変だろうに、君の心配をしていたんだ」
「そうなんですね……」
そういえば、学園祭の時話していたことを思い出す。
そうやって話していると時間になった。
「時が経つのは早いね」
「そうですね。開原先生、今まで本当にありがとうございました」
蓮が頭を下げると、彼は「僕は仕事をしただけだよ」と笑った。確かにそうかもしれないが、自分や仲間達がお世話になったのだ。お礼を言うのは当然だろう。
「また、どこかで会えたらその時はよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
彼ともう叶うハズのない約束をした。それに少し罪悪感を抱いたが、同時に少しだけ希望も持てた気がする。
放課後、ファートルに戻るとりゅうが「ねぇ、学校に行きたい」と言い出した。
「分かった、今から行こうか」
今ならもみじもまだいるハズだ。そう思い、蓮は許可した。藤森は驚いたようだったが、息子の成長に感動していた。
学校に戻ってくると、丁度いいところにもみじが通った。
「あら?二人共、どうしたの?」
「りゅうが学校に行きたいと言ったんだ。せっかくの機会だから案内してもいいか?」
もみじに聞くと、彼女は「それなら、私が案内しましょうか?」と申し出てくれた。
「それはありがたいが……いいのか?仕事があるだろ?」
「もう終わったから大丈夫よ。それに、りゅうに学校を見せるいい機会だもの」
「それなら言葉に甘えてもいいか?」
「えぇ、これぐらい任せて」
こうしてもみじに学校を案内してもらった。蓮が知らない場所も教えてもらい、有意義な時間になった。
「どうだ?りゅう、もし入学するとして、やっていけそうか?」
帰り道、りゅうに聞いてみると「分かんない……人が多すぎて……」と不安そうに答えた。
「まぁ、そうかもな。それならもう少し他人が大丈夫になるようにしないとな」
彼は頭がいいのだ、あとは対人関係がどうにかなれば高校に入学出来るだろう。
「うん。頑張る」
りゅうは笑った。つられて蓮も微笑む。彼との絆が深まった気がした。
それからさらに一週間が経った。金曜日の昼休み、ほのかに勉強を教えていた。
「いつもありがとう、蓮」
「いいよ、ボクに出来ることなら何でもさせてほしい」
これは本心だった。もうすぐいなくなってしまうだろうから、その前に頼ってほしかった。
「でも、本当に何でも出来るんだね」
「まぁね。ただ、他人と関わるのは苦手かな?皆は大丈夫なんだけど」
「もしかして、今日も朝から告白された?」
「あぁ……こっちは迷惑してるよ」
いちいち断るのも面倒だ。行かなかったら失礼だからと毎回行っているのだが。
「蓮っていい人だからね」
「本当に皆手のひら返すからな……それに、なんで急に好かれるようになったのかも分からない」
ため息をつくこの先輩はいまだに分かっていないようだ。鈍感な彼女らしいとほのかは笑う。
「いいんじゃない?嫌われるよりは」
「まぁ、そうだけどね」
だが、ここまで来ると逆に困りものだと蓮は思う。
「それで、ここなんだけど……」
ほのかに勉強を教えていると、絆が深まった気がする。
「ありがとう、分かりやすかったよ」
昼休みも終わったので、今日の勉強はここまでにした。
放課後、風花ともみじに誘われ渋谷に来ていた。
「どうしたんだ?二人共」
「あたしは新しい化粧品が出たから買いに来たの」
「私は風花に誘われて」
なるほど。確かにそういったことを調べるのもいいかもしれない。年頃の女子がどんな化粧をしているか知るいい機会だろう。
「ちなみに、もみじは化粧をしたことがあるのか?」
試しに聞いてみる。するともみじは「いや、ないのよね……だから風花に教えてもらおうと思って」と申し訳なさそうに言った。別に責めているわけではないのだが。
「蓮はどうなの?」
「ボクもないよ。そもそも男装なのにしてるハズないだろ?」
そう答えると風花は「もったいないよ、二人共」と告げた。
化粧品の種類を教えてもらっていると、二人の絆が深まった気がした。
「つき合ってくれてありがとう!また一緒に行こうね!」
「私も、もう少し女の子らしくしてみようかしら?」
二人の言葉に蓮は笑った。
予告状を出す前日の木曜日、りゅうが電気屋に行きたいと言ったので一緒に秋葉原に行く。
「僕、ゲームを見てくるね」
「ついて行かなくていいのか?」
蓮が尋ねると、彼は「うん。これ、蓮と離れて行動するっていう課題だから」と答えた。それならと蓮は待っておく。
一時間くらい経った時、もうそろそろ探しに行くべきかと悩んでいるとりゅうが袋を持って出てきた。
「すごいな、本当に一人で行けるようになった」
「うん。まだ怖いけど、一人で行けたよ」
嬉しそうに彼は言った。それに蓮も満足する。
「全部出来たら、ご褒美をあげないといけないんだったな。何がいい?」
そんな話があったハズだ。聞いてみると彼は「そうだね……」と悩み始めた。
「なんでもいいぞ」
「それなら、蓮と一緒に食事に行きたい」
可愛らしいお願いに分かったと頷くと、蓮はファミレスに連れて行く。
「……いよいよ、明後日だね」
「そうだな。……りゅう、頼みがある」
蓮が真剣な顔をしたからか、りゅうも同じようにする。
「ボクの予想が正しければ明後日、デザイアの中に警察が入ってくるだろう。その時は……皆を安全に逃がしてほしい。その間にボクが引き付けるから」
「分かった。それなら任せて」
明後日の話をしている内に料理が来たので、それを食べる。彼との絆が深まった気がした。
次の日、皆を集める。
「明日が決行日だ。皆、大丈夫だな?」
蓮が聞くと全員が頷いたので話を進める。
「ボクの方も準備は終わっている。これが最後の仕事だ。裕斗、予告状は大丈夫だよな?」
「もちろんだ」
それなら、あとはどうやって渡すかだ。
「私が直接渡すわ」
「いいのか?もみじ」
「えぇ、郵便受けに入っていたって言うから」
「分かった、頼む」
蓮は頷き、もみじに予告状を渡す。これでいいだろう。
「じゃあ、明日裁判所前で」
そう言ってこの日は解散した。
夜、他に残すものはないか確認をした。
「よし、あとは藤森さんに伝えるだけだな」
そう言ってベッドに転がる。ヨッシーはその隣に丸くなった。
「緊張するな」
「そうだね」
彼も眠れないのだろうか。なら、少し話してもいいかと蓮は向き合う。
「……ヨッシー」
「なんだ?」
「今まで、本当にありがとう。お前と出会えてよかったよ」
「なんだよ、急に」
「最期になると思って。だから先にお礼を言っておいた方がいいかなって」
何を縁起でもないことを、と思うがヨッシーは口を開けなかった。
「……でも、わがままを言うならもう少しだけ、皆と一緒に生きたかったよ」
「レン……」
「ごめんね、こんなこと言って。自分で決めたことなのに」
蓮はヨッシーの頭を撫でながら、寂しそうに呟く。後悔しているわけではない。だが、もし叶うなら……そう思っているのだろう。
この時が永遠に続いてしまえばいいのに。
ヨッシーはそう思わずにはいられなかった。
次の日、蓮は出かける前に藤森にこう言った。
「藤森さん。ボクに何かあったら皆を守ってください」
「何言ってるんだ?お前……」
藤森が戸惑いの声をあげたが、蓮は気にせず外に出た。そして、皆と合流する。
ジョーカー達はデザイアに入った。オタカラのところに行くと、そこには秋川のフェイクが立っていた。
「来たわね、怪盗団」
「オタカラはいただく。覚悟しろ」
ジョーカーが宣言すると、秋川は高笑いをあげた。
「いいわよ、かかってきなさい!」
そう言うと同時に姿が変わった。それを見て、アテナは「お姉ちゃん……」と呟く。
「しっかりしろ。救い出すんだろ?」
ジョーカーが叱責すると、彼女は「うん。そうよね」と頷いた。
戦いが始まる。ジョーカーは闇呪文を唱え、次に繋げる。マルスが物理呪文で攻撃し、テュケーが風呪文で追い打ち、さらにウェヌスが炎呪文を唱える。アポロは刀で斬り込み、アテナが水呪文で追撃、ディアナは弓で応戦する。クピドは万能呪文を唱え、身動きをとれないようにした。ヘルメスは皆の支援に徹している。
秋川も負けていない。ジョーカーに巨大な刃物を振り下ろす。それを避けたが、衝撃で地面が揺れた。
「うおっ!あぶねぇ!」
男子はそれに何とか耐えたが、ジョーカー以外の女子はしりもちをついてしまう。そこに秋川は刃物を振り下ろそうとするが、それに気付いたヘルメスがアルターの力で防御する。
「大丈夫!?」
「えぇ、ありがとう、ヘルメス」
アテナが立ち上がり、反撃する。しかし、秋川は動じなかった。
「もみじ、あなたは私に逆らうの?」
その言葉に、アテナは一瞬たじろいだ。そのすきを逃さず、秋川は銃弾を放った。
「危ない!」
しかし、ジョーカーが壁を作ってそれを防ぐ。
「しっかりしろ、アテナ!助け出すんじゃなかったのか!?」
その言葉に彼女は今度こそ覚悟を決めた。
ジョーカーは秋川との距離を詰める。そして、ナイフで斬り込む。突然のことに秋川はよろけた。
「アテナ、今だ!」
そう叫ぶと、アテナはアルターを召喚し、呪文を唱えた。それに続いて他の人達も呪文を放った。
秋川が元の姿に戻る。アテナは彼女に近付いた。
「マルス、アポロ。お前達はオタカラを取ってきてほしい」
ジョーカーが二人に指示を出す。二人は頷き、すぐにオタカラを取りに行った。
二人が戻ってくると、ヘルメスが異変に気付く。
「やばい!外に敵がたくさん……!」
「嘘!なんで!?」
皆が慌てる中、ジョーカーは考えるそぶりを見せ、
「……皆、オレが囮になる。その間に逃げ出してほしい」
そう言った。皆は慌てて「それは危ないよ!」とジョーカーを止めるが、彼女は首を振った。
「オレなら大丈夫、だから早く皆は逃げろ」
優しく、しかし強い言葉に全員が逆らえなかった。ヘルメスに導かれ去っていく皆の後ろ姿を見送った後、ジョーカーは大胆な行動をして敵の目を引きつけた。
エネミーと戦い、ステンドグラスを体当たりで割り、外に出る。そこには警察が大勢いた。そこから逃げるが、捕まってしまう。
「容疑者確保!」
「まさか怪盗がこんな子供だとはな」
地面に押し付けられ、身動きが取れなくなってしまう。手首に手錠をかけられ、無理やり立たされる。
それからどれぐらい経ったのか分からない。恐らく日はまたいでいるだろう。尋問室に入れられた蓮は拷問に近い仕打ちを受けた。
「起きろ」
水をかけられ、無理やり起こされる。殴られ蹴られ、全身があざだらけでもうどこが痛いのかさえ分からない。
「ほら、早く話せ。それともお注射もう一本いくか?」
男は注射を取り出し、蓮に突き刺す。その細い腕には注射痕がたくさんあり、たくさん自白剤を打たれたことが分かる。それでも、蓮は話そうとしない。そもそも、なぜ自分はここにいるのか分からない。
その時、外が騒がしくなった。
「ちっ……」
男が外に出ると、かわりに女性が入ってきた。見たことがあるが、どこで彼女を見たのだろうか?
「まさかあなたが怪盗団だったとはね。成雲 蓮さん」
その女性が蓮に話しかける。何のことか分からないが、少なくとも人間扱いはされそうだと思った。
「私の声が聞こえる?」
その質問に蓮は頷く。
「なら、私の質問に答えて。時間があまりないの」
彼女はそう言って資料を取り出した。頭に「審判」という言葉が浮かぶ。これは、何だっただろうか。
しかし、彼女と話している間に少しずつ思い出してきた。
狛井、白野、城幹、アヌビス、咲中、そして目の前の彼女、秋川 花子。
そう、聞かれているのは怪盗団のターゲットのことだった。自分は怪盗団のリーダーで、皆を守るためにこうしてここにいるんだった。
「……あなたの言っていることは全てつじつまが合うわ。嘘を言っているようには見えない。じゃあ、あなたの言う通り、別に悪人がいるというの……?」
秋川は戸惑っているようだった。信じられないだろう、怪盗団ではなく、他に真犯人がいるなんて。
時間になった。蓮は彼女に最期のお願いをする。
「秋川さん。もしボクを信じてくれるというのなら……どうか、ファートルに行って、皆に伝えてくれませんか?真犯人は確かにいる。引き出しに入っている手紙を読んでほしい、と。それから、皆には生きていてほしいと」
「……分かったわ。それじゃあね」
そう言って彼女は尋問室から出る。それと入れ替わりで入ってきたのは――「白い男」。
――あぁ、やはりお前が「白い男」だったのか。
「キミのやったことはずいぶん愚かだ。反吐が出る。これがくだらない、正義の果てだ」
彼がそう言ったと同時に、頭に銃弾が貫く。それが、蓮の最期だった――。
その頃、皆はファートルにいた。
「蓮、大丈夫かな……?」
風花が呟いたその時、怪盗団のリーダー――蓮が死んだことがニュースになった。
「えっ……!」
「なんで……」
「どういうことだよ!?」
「嘘だろう……」
「そんな……」
事情を知らない皆はそれぞれ信じられないといった反応をした。りゅうは下を向き、ヨッシーは何を言うか悩んでいるようだった。
足音が聞こえてくる。そちらを見ると、藤森がいた。
「おい、お前達。どういうことだ?」
その質問に答えたのはりゅうだった。
「ごめんなさい。その……蓮は、こうなることを知ってたんだ……」
「え……」
「咲中を殺した犯人、白い男のことも、自分が死ぬだろうってことも、全部知っていたんだよ……」
俯き、泣きそうになる彼の背をもみじが優しくさする。しかし、聞いたことが信じられない。
蓮は、知っていた?全てを?
なぜ自分達に相談しなかったのかとか、そんなに頼りなかったのかとか、そんなことが頭に浮かぶ。
下から誰かが来た音が聞こえた。藤森が下に降りると、何かを話しているようだった。
「じゃあ、お前さんが蓮の最期の姿を見た……」
「えぇ。それと、怪盗団に彼女からの伝言があって……」
また階段から足音が聞こえてきた。そして藤森と女性が姿を見せる。女性の姿を見たもみじが驚いた声をあげた。
「お姉ちゃん!?」
そう、秋川だ。彼女はもみじの姿を見て、「やっぱり、あなたも怪盗団の一人だったのね」と困ったように笑った。
「ごめんなさい、黙ってて」
「いいえ。こちらこそごめんなさい。成雲さんを助けられたのは、私だけだったかもしれないのに……」
秋川は皆に頭を下げる。そこからは、歪んだ心は見えない。改心された証だろう。
「ううん、いいの。それより、なんでここに?」
「成雲さんから伝言……いえ、遺言、かしら。それを受け取ったから、あなた達に伝えに来たの」
「蓮から……?」
秋川は頷き、蓮が言ったことをそのまま伝えた。皆には生きていてほしい。その言葉を聞いた途端、りゅうは泣き出した。
「やっぱり、蓮は……!」
「りゅう……」
ほのかがりゅうを慰めている間、良希が引き出しを開けた。そこには確かに手紙が入っていた。それから、怪盗団を続けるにあたり必要な情報と資金も。
「これ……」
ある意味の遺書、だろうか。皆でそれを見る。
もしもの時のためにこの手紙を遺しておく。皆がこれを読んでいるということは、ボクはここにはいないだろう。
皆には謝らないといけないことがある。ボクは「白い男」について知っているし、咲中が誰に殺されたのかも分かっていた。それを言わなかったのは皆を混乱させたくなかったからだ。本当にすまない。
その白い男というのは「冬木 なぎと」……探偵王子と呼ばれている彼だ。彼が精神崩壊事件を起こし、咲中を殺し、果てには怪盗団を潰そうとしている。信じられないかもしれないが、最初から彼はヨッシーの声が聞こえていた。良希や風花は覚えているか?最初の打ち上げの後、冬木に会ったよな?あの時、「ビリヤード」って言ったのはヨッシーだけだったんだよ。だからボクは怪しいと思って経歴を調べたんだ。そしたら、精神崩壊事件が起こった時とほぼ同時に探偵として名をあげた。つまり自分が起こした事件を解決していただけだったんだ。
彼は必ず怪盗団を裏切る。そして、リーダーであるボクを殺しに来るだろう。だから、ある人の改心を任せる。「冬木 昭人」……恐らく、冬木を裏で操っている奴の名前だ。彼さえ改心させれば怪盗団の無実は証明出来るハズだ。だから、よろしく頼む。
ボクはこの決断に後悔はしていない。皆には迷惑をかけてしまうけど、こうしないと敵は怪盗団の首を確実に狙ってくる。そうなる前に行動しなければいけなかった。ヨッシーにリーダーは任せているから、怪盗団の今後の活動も大丈夫だと思う。協力者達の連絡先も書いているから、困った時は頼ってほしい。彼女達にはちゃんと話してある。
皆に会えて、本当に楽しかった。ありがとう。皆が無事に生きて、生き延びて、幸せになることを祈っているよ。
その手紙に、全員が絶句した。中には泣き出す者もいた。
「冬木君が……?」
信じられない人物が実行犯だったなんて。秋川も「そんな……」と呟いている。
「でも、確かにあの警察は冬木君が裏切らないと来なかったよね……」
だとすれば、蓮のこの遺書は事実ということになる。良希と風花は最初の打ち上げの後、冬木に会ったことを思い出した。
「……そういえば、確かにヨッシーしか言ってなかったかも……」
今思い出しても、もう後の祭りだ。蓮は戻ってこない。もう、二度と――。




