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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜


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十章 強欲の宇宙基地と一抹の不安 後編

 次の日、頭が痛むので熱を測ると、三十八度近くあった。

「風邪じゃねぇか?大丈夫かよ?」

「うーん……どうだろう……」

 そう言いながら学校に行く準備を進める。心なしか蓮の顔色もいつもより悪い。

「休んだ方がいいぞ」

「でも、あんまり迷惑かけるのは……」

 ただでさえ迷惑をかけたのだからとヨッシーの制止も聞かず、蓮は学校に行った。

 学校に着くと、長谷が蓮を見て「大丈夫?熱あるんじゃない?」と聞いてきた。そんなに顔色が悪いのだろうか。

 幸い、今日の最初の授業は長谷の教科だったので保健室で休ませてもらい、あとは授業に出た。最初の頃と違って邪険に扱われることはされなかった。

 しかし、いくら少なくなったとはいえ噂はなかなか途切れないもので。

「おい、目をあわせるなよ」

「分かってるって。殴られるかもしれないし」

「ナイフ持ってんだろ?怖いよな」

 その度に蓮は聞き流すが、ヨッシーは辛そうな彼女を見て、もし自分が人間だったら守ってやれるのにと思った。彼女の心はいつもそうしてナイフが刺さり、血を流し、傷つけられる。

 ――こいつはそんな奴じゃねぇよ。

 本当のこいつはとっても優しくって、誰にでも手を差し伸べて、誰よりも強い意志を持って。そんな奴が本当に人を殴ったりすると思うかと、ヨッシーは言ってやりたかった。もし本当にそんなことをしたとしても、それは何か理由があるに違いないだろうと。

 そんな時、良希が傍に来た。そして、蓮の肩を叩く。

「蓮、あんま気にすんなよ。他の奴がお前のこと悪く言っても、俺達がお前を見つけてやる。俺達は仲間なんだからよ」

 そんなことを言われるのは初めてで、蓮はキョトンとする。そして静かに笑い、「ありがとう」と告げた。


 放課後は開原のところに行き、研究の協力をした。その後チャットを見ると良希から入っていたので中庭に行く。

「デザイアは大丈夫なのかよ?」

「言っただろ?順調にいけば二日三日で終わる。……それに今日はちょっと体調が悪くてな」

 正直に言うと、彼は「それを早く言えよ、今日のトレーニングは中止だ」と慌ててトレーニングを中止した。その時、元陸上部の人達が何か言い合っているのが聞こえてきた。良希がそれを止めると、「お前は狛井先生を殴ってすっきりしたと思うけど、おれたちはそうじゃないんだよ」と言われ、彼は黙ってしまった。

「……じゃあ、なんで言い合いなんてしているんですか?」

 蓮が聞くと、彼らは黙りこんだ。

「確かに、良希は耐えられなくなって狛井を殴ってしまったし、あなた達もそれで夢を潰されたのかもしれない。でも、それで仲間割れしている場合ですか?良希は足を壊されて、夢を奪われて、それでも立ち上がろうとしている。あなた達も、そうするべきなんじゃないですか?」

 そう言うと、元陸上部の一人が「……お前に何が分かるってんだよ、犯罪者」と言ってきた。しかし、蓮はそれでも言葉を紡ぐ。

「そうですね。ボクはあなた達のことは知らないし、どんな状況だったかも、どれだけ耐えてきたのかも分からない。でも、やり直しならいくらでもきくと思いますけど?今は協力して、同じ場所に進むべきでしょう?」

 彼女の言葉は正論だった。それに気付かされたのか、彼らは何も言い返せなかった。

「それで、あなた達がどんな結論を出そうがボクには関係ありません。……そうそう、朗報を伝えておきますね。陸上部、また立ち上げるみたいですよ」

 長谷から聞いたことを伝えると彼らは驚いたような表情を浮かべた。良希も驚いているようだった。

「さて、ボクは言うことは言いましたし、もう行きますね。……良希、行こう」

「お、おう……」

 呆然としている良希に声をかけ、蓮はその場から立ち去る。

「さっきの話、本当か?」

 歩いていると、彼が聞いてきた。

「長谷先生から聞いたからね。本当だと思うよ」

 長谷は嘘をつかない。それを信じているからこそ伝えたのだ。これで彼らが立ち上がるきっかけになればいいのだが。

「そうか……よかった……」

 良希は嬉しそうだった。彼も、もしも戻れるのなら陸上部に戻るのだろうか。

 ――彼がそれで幸せなら、ボクは止めないけれど。

 怪盗団はいわば行き場をなくした人達の集まりだ。大人達に反逆心を持っている子供達の集まりと言っても過言ではない。でも、彼が陸上部に戻って、怪盗団から抜けるというのなら蓮は止めない。他の人達も同じだ。ヨッシーみたいに誰にも相談せず突発的に出ていくのはさすがに嫌だが、自分で決めたことなら仕方ないと思っている。

 ――蓮は、皆の幸せを願っているから。

 蓮はある意味「怪盗紳士」だろう。かの有名なアルセーヌ・ルパンのような義賊。華麗にオタカラを盗み、弱き者の味方である、そんな怪盗。

 ――まぁ、戦うことは多々あるけど。

 それでも蓮は、誰も傷つけたくないと思っている。それは確かな本心であり、自分自身の性格なのだ。

 本当にアルセーヌ・ルパンのように誰も血を流さず、オタカラを盗むことが出来たら。

 無意識の内にそう思っていたのだ。デザイアに引きこもって、初めて気付いた。

 だが、現実はそう甘くはない。だから、せめて無理強いはしたくないのだ。

「……なぁ、蓮。俺さ、お前が考えてること、よく分からねぇけど……」

 不意に、良希が口を開いた。蓮が見ると、彼は照れたように告げる。

「俺、お前を裏切ること、ぜってーしねぇから」

 その顔は真っ赤だった。そんな彼に微笑むと、彼は目を逸らした。

「あーくそ。……島田の気持ち、よく分かったぜ」

 一体何の話だろう。確か、修学旅行の時の島田がこんな感じだった気がする。彼との絆が深まった気がする。

「あ、ありがとな。つきあってくれて」

 そう言って彼と別れた。たどたどしかったのは気のせいだろう。多分。


 夜、金井に呼ばれ蓮はミリタリーショップに向かった。

「どうしました?また晃君の護衛?」

「いや、そうじゃなく……」

 彼は言いずらいのか、口ごもった。

「……もしかして」

 あの本物に見えるモデルガンを作れと言われたのだろうか?あの、石野とかいう奴に。

「あぁ、察してるのか。……なら、話は早い。これ以上、俺に関わるな」

 お前にまで危害が及ぶ。だから今のうちに逃げておけと。

 彼はそう言うのか。……確かに蓮は名家の令嬢で、このまま関わっていたら人質にとられる可能性も高いだろう。彼の養子と一緒に。最悪、金井と共に殺されるかもしれない。

 ――なら、そうなる前に手を打てばいい。

「……あの、石野とか言う人のフルネーム、教えてくれませんか?」

 自分には、その力があるのだから。

「は?……石野 けんただが。お前、何する気だ?」

 金井が訝しげに尋ねる。しかし、

「別に、何もしませんよ。ただ気になっただけです」

 そう言って、蓮は不敵に笑った。その笑みの意味が、金井に分かるハズもない。

「……そうか」

 もちろん、察しが悪いわけではないだろう。今だって何かしようとしていることは分かっているだろうし、敷井と同じように気付かれる可能性もある。だが、自分の正体と彼の命、どちらが重いかと問われれば間違いなく後者だ。

 蓮は少し話した後、道具を換金してミリタリーショップを出た。


 時間があったので少しバイトをして、ファートルに戻る。

「今日気分悪いんじゃなかったのかよ」

 カバンから出たヨッシーに言われ、そういえばそうだったと思い出す。

「全く……無理してまた倒れんじゃねぇぞ?」

「分かってるよ、今日は温泉入って寝ます」

「まぁ、そうだな。最近疲れてるだろうし、ゆっくりして来いよ」

 ヨッシーがそう言ったので蓮はヨッシーを洗った後、着替えを持って温泉に行った。

 戻ってくると、ヨッシーがベッドの上で丸くなっていた。

「帰ってきたか」

「寝ててよかったんだぞ」

 隣に座り、蓮はヨッシーを撫でる。最近よく撫でるようになったなとヨッシーは思う。もしかしたら、これが蓮の最大限の甘え方なのかもしれない。

 ――最近、こいつ表情豊かになったよな……。

 そう思うのはヨッシーだけではないハズだ。もちろん普段から無口無表情なのは変わりないが、仲間の中ではだいぶ表情を変えるようになった。

 ――いつもは警戒度百パーセントって顔してるくせにな。

 それも、ジョーカーの顔で。だが今はどうだ。頬を緩め、幸せそうにしている。その姿は年相応の少女だ。

「どうした?ヨッシー」

 蓮が首を傾げる。どうやら無意識の内に彼女の顔をずっと見ていたようだ。

「いや、何でもねぇよ。……ほら、もう寝ようぜ」

 その言葉に頷き、蓮はヨッシーを抱えたまま転がる。

「あ、こら!離せ!」

「いいだろ、たまには」

 そのまま毛布を被る彼女にヨッシーは何を言っても無駄だと悟り、じっとする。

「……なぁ、ヨッシー」

 目を閉じたまま、蓮は尋ねる。

「もし、もしさ。ボクが本当に化け物だったら、お前どうする?」

「前も答えただろ?どんなお前でもワガハイ見捨てねぇよ。お前がワガハイを見捨てなかったようにな」

 ヨッシーの言葉に安心したのか、蓮は微笑みそのまま寝息を立てる。ヨッシーも目を閉じ、眠りの世界に行った。


 悪夢を、見た。

「痛い……痛いよ……」

 幼い自分は、父親に殴られ泣いている。それを見て、父親はお腹に蹴りを入れた。

「うっ、げほ……!」

「泣くな、ガキが!」

 ぽろぽろと、涙が止まらない。助けて、とも言えない。なぜならこの家に味方なんていないと知っていたから。

 なんでボクだけ……?

 なんで自分だけこんな目に遭わされているのだろうか?

 怖いよ。なんで誰も助けてくれないの?

 ――助けて、兄さん……。


「……ん。蓮!」

 誰かに呼ばれ、目を覚ます。近くに『ジョーカー』がいたので、ここがあの牢屋の中なのだと気付く。

「……『ジョーカー』?」

 彼の名前を呼ぶ。彼は返事をせずに蓮の頬に手を添え、流れている雫を拭う。

「大丈夫だ、オレが傍にいる」

 普段は見えなくても、ずっとお前の傍にいた。だから安心しろ。お前は一人じゃない。

 その言葉が嬉しくて、蓮は『ジョーカー』を抱きついていた。そんな彼女を抱き返し、彼は頭を撫でた。

「一人でよく我慢したな。もう大丈夫だから。オレはお前に、お前の父親のような、あんな理不尽な暴力なんて振るわないから」

 だから、存分に泣け。

 それを聞いた途端、蓮の瞳から涙が溢れた。彼の胸に顔を埋め、情けなく泣き続けた。

「お前は情けなくないよ。誰よりも綺麗だ。綺麗すぎて、皆が嫉妬するぐらいに」

 そんな彼女さえも、彼は受け入れてくれる。

 ――あぁ、自分は愛に飢えていたんだ。

 初めて、そのことに気付いた。でも、そんなものもうどうでもいい。ありのままの自分を受け入れてくれる人がいるから。

「泣き疲れたのなら、寝てしまえ」

 やがて彼はそう言って膝枕をしてくれた。彼の言う通り疲れたのか眠気が襲ってくる。

「……蓮、オレはお前を愛してるよ」

 意識を飛ばす直前、彼はいつもの言葉を告げた。


 次の日、目を開くとヨッシーが心配そうに見ていた。

「お前、またうなされていたぞ。大丈夫か?」

「ん……大丈夫。心配かけてごめん」

 蓮はヨッシーの背を撫でる。

「そうか……それならいい」

 おとなしく撫でられているが、時間を見て「準備はいいのか?」と聞いてきた。慌てて起き上がり、準備をする。

「今日はどうするんだ?」

「そうだな……緊急性の高い依頼があるから、アザーワールドリィに入りたい。でも、そろそろデザイアの方もやりたい」

「なるほどな。なら、その緊急性の高い依頼だけやって、デザイアに入るってのは?」

「それだと皆が疲れないか?」

 期限は十月二十一日。まだ時間はある。確かに少し焦っているが、それで皆が倒れるようなことがあってはいけない。

「ワガハイはお前の判断に任せるぞ」

 ヨッシーの言葉に頷き、蓮は学校に行った。

 放課後、皆を集め金井のことを話す。

「お前、あのこえぇおっさんとも関わってるのかよ……」

 良希が言ってきたので、「意外といい人だったぞ」と答えた。

「毎回思うけど、あなたどんな人と関わっているの?」

 ほのかが聞いてくる。蓮は少し考えた後、

「……小学生だったり、女医だったり、担任だったり、占い師だったり、新聞記者だったり?」

「なんだそれ」

「いや、事実なんだ。こいつ、本当にいろんな奴と関わっていてな」

 そんな話をしていると、蓮のスマホが鳴った。見ると、母親からだった。

「……もしもし」

 無視するわけにもいかず、蓮は電話をとる。

『蓮、久しぶりね』

「……はぁ。まぁ、確かに……」

『学校はちゃんと行ってる?体調崩してない?』

「ちょっとだけ体調を崩してるけど、大丈夫です」

『そう。それならいいけど。……あぁ、そうそう。あなたのところに荷物送ったから』

「荷物?なんですか?」

『本とか着替えとか。あなた、あまり持って行ってなかったでしょう?』

「……否定はしませんが」

『あと、文具品も入れておいたから。ちゃんと勉強するのよ?』

「分かってます」

『それじゃあ。悪い友達とは付き合わないでね』

 そう言われ、電話が切れた。

「母親か?」

 裕斗が聞いてきたので頷く。

「あぁ、今度荷物が届くらしい」

「荷物?」

「そう。……はぁ、荷物が増えると困るから少なくしていたのに」

 蓮はため息をついた。確かに、今持っている本は全部読み切ってしまっていたし着替えも同じようなものしか持っていなかったけれど。

「まぁ、文具品はありがたいけどさ」

 丁度持ってきていたものが切れていたので買いに行こうと思っていたところだったのだ。それについては感謝する。

 アザーワールドリィに入り、運転しているとディアナがジョーカーに尋ねてきた。

「ねぇ、ジョーカーは普段どんな文房具使ってるの?」

「どんなって……別に普通だぞ?皆と変わらない」

「そうなんだ。なんか高いもの使ってるイメージだった」

 まぁ、令嬢と言われたらそう思うのも無理はないかもしれない。だが、実際はどこにでも売っているものを使っている。ジョーカーは高いものをあまり使いたくないのだ。

「こいつ頭いいんだよな。ホント、どんな勉強法したらこんなんなんだよ」

 マルスがそんなことを言ってきた。

「……普段から予習復習をしている。最近は怪盗団のことで結構忙しいからあまり時間とれないし、宿題も学校ですることにしているけど」

 そう、最近はジョーカーもほとんど勉強出来ていないのだ。もちろんそれで成績が落ちるような頭はしていないが、そろそろ母親の言う通り勉強はした方がいいかもしれない。

 しかし、ジョーカーにとってはそれどころではないと思っている。「白い男」のこともあるし、何より調べることだらけなのだ。警戒ばかりしている。

「……ジョーカー、気を張るのもいいがちゃんと休めよ」

 テュケーが運転しているジョーカーに告げる。彼には分かってしまっていたようだ。

「……そうだな」

 だが、言うことを聞く気はない。これは皆のためでもあるのだ。それに気付いたのだろう、テュケーは小さくため息をつきながらも何も言わなかった。

 そんな話をしていると、歪んでいるところがあった。そこに石野のフェイクがいるハズだ。

「行くぞ」

 スピードを出し、ジョーカーはその歪みに突っ込む。

 そこにはマフィアと思しき男がいた。間違いない、石野だ。

「貴様、何者だ?」

「あなたですね?金井さんを殺そうとしているのは」

 ジョーカーが告げると、彼は目を吊り上げた。

「金井?あの男の差し金か!」

「まさか。彼はむしろオレを逃がそうとしてくれましたよ?」

 自ら危険に足を踏み入れただけだ。自分の周りで死者なんて出したくない。

「ふーん。あの男がね。あいつも人のこと考えられるようになったもんだ」

「あなたも見習ったらどうですか?大きな取引に失敗したみたいですが、それで彼を利用するなんて。しかも最後には殺そうとするなんてどうかと思いますよ」

「うるせぇ!貴様に何が分かる!」

 叫ぶと同時にエネミーの姿になる。説得はやはり無理なようだ。

 しかし、ジョーカーの指示は確かなものなのですぐに決着がつく。氷呪文が弱点だったので大きな動きで気を引き、そのすきにアポロに呪文を唱えてもらう。

 フェイクに戻ると、石野は潔く自分の失敗を認め、金井にはこれ以上関わらないことを約束する。きっと、彼は無事ではすまなくなるだろうが、それすらも受け入れている。

(……オレの役目は、皆を救うこと……殺すことではない)

 不意に頭の中にそんな言葉が浮かび、ジョーカーは指を鳴らす。その瞳は青くなっていたが、誰も気付かなかった。

 ――これで、彼の運命も変わったハズ……。

 なぜだか、そう思った。どうしてそう思ったのかは分からないが、変わるならいいかと一人考える。

 フェイクが消えると、ジョーカーはオタカラをとりその歪みから出る。

「なんでさっき指鳴らしたの?」

 ウェヌスに聞かれ、ジョーカーは「何となく、そうしないといけない気がしたんだ」と答えた。

 エネミーと戦いながら現実に戻り、今日はどうするか聞く。

「ごめんなさい。ちょっと疲れたの」

 ほのかがそう言ってきたので、蓮は「じゃあ、今日はここで解散しようか」と答えた。

 皆が帰る中、裕斗が蓮に話しかける。

「どうした?」

「明日、時間あるか?ちょっとだけでいい」

「明日はデザイアに入りたいから、本当にちょっとでいいなら……」

「あぁ、構わない」

 だが、急にどうしたのだろう。何かあったのだろうか。

「ありがとう。では、また明日」

 しかし、彼はそれ以上何も言わず帰っていった。


 夜、蓮は水谷のところに向かう。すると水谷はバーの前で誰かと言い合いをしていた。どうしようか悩んだが、話しかけることにした。

「水谷さん、どうしたんですか?」

「……子供?誰?この子」

 どうやら言い合っていたのは女の人のようだ。恋人……といった様子ではないから上司だろうか。

「あ、あぁ、この子は、その……こ、恋人なんです!」

「……はぁ?」

 いきなり何を言い出すのだろうか、この人は。女の人も呆れたようにため息をつく。

「子供に手を出すなんて、犯罪じゃないの?」

 しかし、ここは合わせた方が彼のためだろう。蓮は水谷に近付く。

「いえ、合意の上で、ですよ。彼、私のれっきとした恋人です」

 まさか自分が私と言う日が来るなんて……と思いながら隣に立つ。

「ほら、彼女もこう言っています」

 水谷が蓮の肩に手を回す。背丈が高く大人びている蓮は大学生ぐらいに見られることもある。彼女もそう思ったのだろう、「ふぅん……」と二人を見比べていた。

「あの、これから映画を見に行くんですけど……」

 とっさに嘘をつく。嘘は苦手なのだが、これぐらいなら誤魔化せる。

「……あ、そう。じゃあ、私は行くわ」

 そう言って女の人は去っていった。遠くに行ったのを確かめると、水谷はホッと胸をなでおろした。

「……誰だったんですか?あの人」

 蓮が尋ねると、水谷は彼女を見た。

「あぁ、職場の上司だよ。……それにしても、まさか君が乗ってくれるとは思ってなかったよ」

「空気が読めないわけではないので」

 恋人の真似事をするなんて思っていなかったが、まぁいいだろう。

「もしかして、おにいさんに恋した?」

「そんなわけないでしょう」

 彼の冗談を一蹴する。

「あはは、つれないな、君は。もう少し考えてくれてもいいんじゃないか?」

「答えは同じです。ボクは恋なんてしない」

 恋とか愛とか、今の自分にはどうでもいい。そんなのに惑わされている暇はないのだ。

「うーん、鋭い意見。君らしい」

「……それより、情報提供しなくていいんですか?」

 蓮がジトッと見ると、彼は「あぁ、そうだったね」と笑った。バーに入り、情報提供をする。彼との絆が深まった気がした。

「それじゃあ、また今度」

 彼はそう言って蓮を送り出した。


 目を開くと、『ジョーカー』が笑っていた。

「……どうした?なんか嬉しいことでもあったのか?」

 蓮は起き上がり、ベッドに座る。彼も椅子に座り、「あの新聞記者に言った言葉……「ボクは恋なんてしない」だったか?お前がそんなこと言って嬉しいと思った」と答えた。

「なんでお前が喜ぶんだよ?」

 何が目的だ?と言いたげに睨むが、彼は飄々としている。こんな奴なのだ、『ジョーカー』という人間は。……いや、人間ではなく人格、と言った方が正しいのだろうか?

「いいだろ?別に。……オレはお前だが、同時に別人格でもあるんだから」

 ふぅん……と納得していない声が出る。それだけなら、喜ぶ理由が見当たらない。そんな彼女に気付いたのか、『ジョーカー』は蓮の頬に手を添える。

「蓮、オレはお前を愛してるよ」

 いつもの言葉だ。彼はいつも蓮にそう言ってくる。

「……お前は、なんでいつもそう言ってくるんだ?」

 自分に愛してるだなんて、おかしいだろ

 思わず、蓮は聞いていた。すると彼は怒ることもせず、蓮の髪をすいた。

「そんなことないだろ。オレがお前を愛してやらなきゃ、誰がお前を愛してくれるんだ?」

 自分にも見捨てられた存在なんて、可哀想だろ。

 そう言って、彼は笑う。

「そんなの……どうでもいい、愛とか恋とか」

 ボクにそんなもの、今更必要ない。

 愛に飢えていることに気付いたが、それを与えてくれる人はいなかった。皆、蓮のことを愛してくれたことなんてなかった。最後には裏切られる。仲間達からの好意も、怯えて素直に受け取れない。

「知ってる。お前がそう思っていることも。オレはお前だからな、心の底で愛なんていらないって思ってること、知っているよ」

 お前は今、その「愛」に不信感を持っているからな。

「蓮、今は理解しようとしなくていい。それはお前の傷を抉るようなものだからな。

 ――でも、いつかお前も愛を知る。愛されることを覚えるんだ。その時まで、お前の心が壊れないように、オレがお前に愛を教えてやるよ」

 そう言って、彼は蓮の顎をクイッとあげた。そして、当たり前のように唇をあわせる。

「…………えっ?」

 一瞬の出来事に蓮は理解が追いつかない。

 ――今、何された?

 理解すると、顔がみるみるうちに赤くなる。

「お前、今、何、して……」

 尋ねるが、彼はふっと笑うばかり。……悔しいが、今回は蓮の負けだ。

「言っただろ?愛を教えるって」

「だからって……!」

 普通、いきなりあんなことをしてくるものなのか?わけが分からない。

 ――だが不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、彼とならいくらでもしていいような……?そう思うのは彼が自分自身だからだろうか?

 ――そもそも、彼は本当に「自分自身」なのだろうか?

 そんなことを考えるが、彼に「今日はもう時間だ。そろそろ寝ろ」と言われ仕方なく目を閉じた。


 次の日の放課後、裕斗と合流するため渋谷で待ち合わせをする。

「レン、今日はデザイアに入るんじゃなかったのか?」

「裕斗とちょっとだけつき合う約束しててな」

 カバンから顔を出すヨッシーと話していると、大学生ぐらいの男達が蓮に近付いてくるのが分かった。

「おねえさん、なんで制服なのにズボン着てるの?」

「……学校公認ですから」

 間違ってはいない、ちゃんと許可は得ている。

「へぇ。でももったいないな、おねえさん綺麗だからさ」

「……そりゃどうも」

 受け流していると、腕を掴まれる。こっちに来てからこんなことが多い気がする。

「こんなところで立ち話もなんだしさ、どっかでお茶でもしようよ」

「友達を待っているので」

 早くどこか行ってくれと思いながら答えると、裕斗が来たことに気付いた。別の意味でタイミングがいい。裕斗は蓮に近付き、腕を引いた。

「悪いが、彼女は俺の連れだ。他を当たってくれ」

 裕斗が言うと、男達は顔を見合わせどこかに行った。前も彼に助けてもらった気がする。

「悪いな……いつも」

「いや、大丈夫だ。あの男達が君に話しかけるのも分かる気がするしな」

 だからって、手を出していい理由にはならんが、と裕斗は冷たい目をする。先程の男達を蔑むようなその目が珍しくて思わず魅入ってしまった。

「どうした?」

「いや、お前もそんな目することがあるんだなと思ってな」

「どんな目かはよく分からないが……」

 裕斗は首を傾げる。そこはもう、冷たさは宿していない。ほんの一瞬のことだったのだ。仲間の意外な一面に蓮は笑う。

「何を笑っている?」

「いや、何でも?……それより、早く用事をすませないとデザイアに行けないぞ」

「あぁ、そうだったな」

 リーダーとしてそういったところを見ることが出来たのは嬉しいが、今日はこの後も用事がある。ゆっくりしている暇はない。

 歩き出した彼を追いかけ、着いた場所は前に裕斗と来たあの店。

「ここか……懐かしいな」

 もみじに追いかけられ、まくために使った場所だ。

「それで?何か買うのか?」

「あぁ。ちょっとな」

 今日はちゃんとお金を持ってきているらしい。それならいいと蓮は買い物につき合う。

 どうやら画材が足りなかったようだ。普段は一人で行っているらしいのだが、たまには蓮と息抜きをしようという魂胆らしい。彼らしいと言えばそれまでだ。

「あ、これいいな」

「ん?……可愛いな、そう言えばこういったものが好きだと言っていたな」

 蓮が指差したのは可愛らしいネコのキーホルダー。ヨッシーに似ていて蓮の好みに合っている。

「気に入ったのなら、買えばいいんじゃないか?」

「いや、やめておく。怪盗団の軍資金をこんなところで使うわけにはいかないからな」

 前にも言ったと思うが、蓮は自分の生活費と怪盗団の軍資金を同じにしているのだ。無駄使いするわけにはいかない。

「そうか……なら俺が」

「やめろ。お前はただでさえ金欠なんだから」

 買おうとする彼を止める。いつもきりつめて生活していると聞いているから、彼こそ無駄使いをするべきではない。

「しかし」

「お前が気にする必要はない。……そもそも、欲しいとは一言も言っていない」

 そう、蓮は欲しいとは一切言っていないのだ。好みに合ったというだけで。

「……そうか」

 彼は渋々とだが頷いた。

 ――たまには蓮も甘えればいいのに。

 そう思ったのは内緒だ。

「ユウト、早く買わねぇとデザイアに入る時間がなくなっちまう」

 ヨッシーに促され、裕斗はさっさと買いに行った。


 裕斗と共にファートルに行き、皆を集める。

「さて……今日でデザイア攻略を終わらせたいところだが……」

 何せ今回はロボットがいる。どうなるか分からない。

「大丈夫だって、いつも通りやってやろうぜ」

 良希がそんな風に言ってきた。確かに、考えすぎるのは蓮の悪い癖かもしれない。そう思っていると、

『聞こえるか?』

「!?」

 聞き覚えのある声が頭に響き、蓮は驚く。リーダーの急な行動にもみじが「どうしたの?気分悪い?」と聞いてくる。

「あぁ、うん……そういうわけじゃないんだけど……その……ちょっと時間くれ。十分でいい」

 蓮は皆を部屋に残すと、一度外に出た。

「……『ジョーカー』」

 そして、話しかけてきた張本人に声をかける。

『やぁ、蓮』

「やぁ、じゃない。いきなり話しかけてくるな。いや、そもそも現実で話しかけることが出来るのか?」

『あぁ、やってみたら案外簡単に出来た』

「皆がいる時にやるな。不審に思われただろ」

『ちなみに人格を入れ替わることも出来るぞ』

「話聞け」

『一度入れ替わってみないか』

「話進めるな」

 全くこいつは……と頭を抱えながら彼の言ったことを考えてみる。

 『ジョーカー』と入れ替わる……中身が入れ替わるだけだから、身体が男の姿になることはないだろう。

「……一度だけだぞ」

『楽しかったら何度でもやるが』

「……………………」

 こいつは気まぐれで生きているのか?

 そう思ったが、考えても仕方ないと蓮は目を閉じ精神を集中させた。『ジョーカー』と人格が入れ替わっていることが分かる。

 やがて、それが終わると蓮は意識がふわふわしていることに気付く。『ジョーカー』が蓮の身体を動かしているのだろう、蓮の意思とは関係なく動いている。

「この身体、意外といいな」

『……とりあえず、皆のところに戻ってくれないかな?デザイア攻略したい……いや、今日はやめた方がいいのか?』

「大丈夫だ、オレも戦える」

 まぁ、彼は蓮なのだから大丈夫だろう。むしろ彼の方が強いまである。彼が蓮の姿で不敵に笑うのを感じた。

 皆のところに戻ると、「大丈夫か?」とヨッシーが心配そうに聞いてきた。

「あぁ、大丈夫。早く行こう」

『……入れ替わってるって気付いてないな』

 見た目は変わっていないからだろう。そもそも、皆には『ジョーカー』のことを話していない。

 蓮の姿をした『ジョーカー』はそのままデザイアに向かった。姿は……ちゃんと蓮の怪盗服だ。

『よかった。これで男の姿だったらバレるところだった』

 蓮は胸をなでおろす。『ジョーカー』は小さい声で「当然だろ、今はお前の姿なんだから」と言った。確かにその通りなのだが。

 蓮の心配した通り、ロボット達で固められていた。

『どうするんだ?『ジョーカー』』

 蓮が聞く。彼はまた小さく答えた。

「決まっているだろ、正面突破だ」

『だろうな。それしか方法がない』

 『ジョーカー』は悪人のような笑みを浮かべ、ロボット達に飛び掛かる。こういったところは彼らしい。

「テュケー、ウェヌス、アテナ、ディアナは呪文を、マルス、アポロは物理で攻撃だ」

 彼は皆に指示を出す。蓮はその様子を見ていた。

 敵の中で華麗に舞う『ジョーカー』を見て、蓮は思った。

 ――こんな風になりたい!

 彼女が誰かに憧れを抱くのは、これが初めてだったかもしれない。

「ジョーカー、お前今日かなり調子いいな!」

 ロボット達を倒したテュケーが嬉しそうに飛び上がる。

(これ、ボクじゃないんだよな……)

 少し複雑な心情になる。そんな蓮の心を読み取ったのか、『ジョーカー』は「オレはお前なんだ、いずれ出来るようになる」と声に出さず励ます。

 エネミーやロボットと戦いながら先に進むと、最上階に続く階段を見つけた。この先にオタカラがあるハズだ。

 早速あがると、そこにはオタカラが。これでルートは確保した。

「戻るか?」

「そうだな、これでいいだろう」

 皆は元来た道を戻る。現実に帰ると、裕斗が「まるで別人だったな」と呟いた。

「どうした?」

 『ジョーカー』が尋ねると、彼は答えた。

「君、いつもと雰囲気が違う。誰かと入れ替わったみたいだ」

「そうか?」

 『ジョーカー』はあくまでとぼける。だが、裕斗の洞察力は侮れない。

『……『ジョーカー』。そろそろ戻った方がいいと思う』

「……お前がそう言うなら」

 『ジョーカー』は目を閉じ、蓮と入れ替わる。

「……蓮?」

「どうした?何かおかしいことでもあったか?」

「いや……」

 急に雰囲気が戻ったことに戸惑っているようだ。

「ほら、今日はもう遅い。早く帰った方がいいよ」

 しかし、蓮は有無を言わさず告げる。裕斗は何か言いたそうだったが、時間を見て「そうだな」と頷いた。


 ファートルに戻ると、ヨッシーが「しかし、今回のレンすごかったな」とデザイアのことを思い出しながら告げた。

「急にどうした」

「本当にすごかったぜ。ユウトの言う通り本当に別人だった」

 いつもそんな感じだけど、今日は一段と違ったとヨッシーは言った。

『実際別人だったんだがな』

 『ジョーカー』が笑った。蓮もつられて笑ってしまう。

「レン?どうしたんだ?」

「……本当に別人だった、と言ったらどうする?」

 蓮の言葉にヨッシーはキョトンとする。

「……嘘だろ?」

「いつもは、な。だが、今回は本当に「別人」だったぞ」

 ヨッシーには種明かししていいかと思い、話す。話し終えた頃には、ヨッシーは口をあんぐりとさせていた。

「マジかよ……」

「嘘だと思うなら、もう一度入れ替わるよ?」

 そう言って、蓮は目を閉じる。そして『ジョーカー』と入れ替わる。

「やぁ、ヨッシー」

「お前……本当に『ジョーカー』か?」

 その質問に頷く。

「正確には、蓮の理想とするジョーカーだが。まぁさして変わらない」

「じゃあ、幻想世界で戦っていたのはお前だったのか?」

「まさか。あれは本当に蓮だ。……今回はオレが頼んで入れ替わってもらったが」

 そうして笑う姿はまさに『ジョーカー』だった。

 蓮に戻ると、ヨッシーは驚いたように言葉を発した。

「まさか、お前の中に二つの人格があるなんてな……」

「ボクも気付いたのはつい最近だけど」

「戻ったのか?」

「うん。……まぁ、たまには入れ替わるのもいいかもね」

 そう言って、蓮は微笑む。その笑みはヨッシーが今まで見てきたものとは全部違って、『ジョーカー』という人格に心を開いていることが分かった。

 ――こいつは、「自分自身」だと言っていたけれど……。

 『ジョーカー』はそれだけではないと、ヨッシーは思う。確信はないが、そんな気がする。蓮にとって、彼はとても大切な人なのだろう。

「……でも、皆には言わないでね?困らせたくないから」

 蓮は髪をいじりながらそう言った。ヨッシーとてこんなこと話せない。異常事態ではないから言う必要もないが。

 ――それにしても、こいつも謎になってきたな……。

 ヨッシーとはまた違った方向で謎が深まってきている。二重人格、とは少し違うし夢で見たという「影から生まれた」というのも気になる。

 こいつは、一体何者だ?

 どんな奴でも、それこそ化け物でも味方であり続けるという、その言葉に偽りはない。だが、それでも気になるというものだ。

「ヨッシー?どうした?」

 しかしベッドに転がる蓮を見て、彼は考えるのは今度でもいいかと思った。


 目覚めると、『ジョーカー』がナイフを持っていた。

「……久しぶりに鍛錬か?」

 蓮もそれを見て、ナイフを持つ。『ジョーカー』は不敵に笑うと、最初の頃と同じようにナイフを投げてきた。それを軽々と避ける。これが普通の人間ならナイフが刺さっていることだろう。

「さぁ、始めようか」

 『ジョーカー』の言葉と共に鍛錬が始まる。前よりは体力がついたと思うが、それでも簡単にはつかない。

 息が絶え絶えになった頃、『ジョーカー』はナイフを地面に投げ「今日は終わりだ」と告げる。その場にへたり込む蓮に彼はいつものように膝枕をした。

「大丈夫か?」

「……まぁ、前よりは……」

 そう答えるのが精いっぱいで、しかし『ジョーカー』は笑みを浮かべながらそんな蓮の頭を撫でた。それが心地よくて目を細める。

「……そういえば、探索中皆に気付かれないように調べたが、シャーロックが言っていたあの白い男の手掛かりは掴めなかったぞ」

「そうだろうな。だが、咲中は確実に白い男と関わっている」

 そして、その白い男は咲中にデザイアがあるということも知っているハズ。

 だから、もしかしたら……。

「そうだな。お前が心配するのも分かる。……だが、今はまだ予測の範囲だ」

「うん。もしかしたら杞憂に終わるかもしれない。でも……」

 蓮の顔が曇る。『ジョーカー』はそんな彼女を見る。その目からは何の感情も見られない。

「……オレもお前の意見はあっていると思ってる。今回は……いや、アヌビスの件からは、怪盗団を「罠にはめるため」に作られた舞台……精神崩壊事件の真犯人が作ったと思っていいんじゃないか?」

「そして咲中は、使い捨ての駒ってことか」

 正気の沙汰とは思えない。だが、いわゆる「大量殺人」をしているような人物なのだから、そんなことも出来てしまうのだろう。蓮には理解出来ない。

「オレも、理解出来ないさ。だが世の中には、人の命をなんとも思わずに捨てることが出来る奴がいるということだ」

「……そうだね」

 心が暗くなっていくのが分かる。『ジョーカー』も分かったのだろう、「大丈夫」と蓮に言った。

「ほら、もう寝てしまえ」

 彼の言葉に蓮はウトウトとなる。

 ――待って、まだお前と話したい。

 暗い話をしたまま、眠りたくない。眠気に必死に抗おうとするが、恐ろしい程強い眠気に勝てなかった。

「大丈夫、オレはいつでもお前の傍にいる。蓮、愛してるよ」

 その言葉を最後に、蓮は意識を飛ばした。


 次の日、蓮は風花と買い物に来ていた。

「あ、クレープましまし!食べない?」

「別に構わないけど……おいしいの?」

 蓮はこういったものをあまり食べない。風花におすすめを選んでもらい、それを食べる。

「……おいしい」

「でしょー!」

 コーヒーに合うかな……などと思っているともみじに会った。

「あら、二人共お出かけ?」

「うん。久しぶりに蓮が捕まったから!」

 捕まったって……動物じゃないんだから、と思いながらクレープを食べ進める。

「意外ね、蓮がクレープ食べるなんて」

「あたしのおすすめなの。もみじも食べる?」

「いいの?」

 もみじもあまり食べたことがなかったのだろう、興味を持ったようだ。

 三人で仲良く食べていると、ヨッシーが顔を出してきた。

「ワガハイも食べたい!」

「ん?……ボクの食べかけだけど、これでいい?」

 蓮は自分の持っていたクレープをヨッシーにあげた。彼はそれに満足したらしい、「うまいな、これ!」と言いながら喜んで食べていた。

「それ、あげていいの?」

「ヨッシー、一応ネコよね?」

 風花ともみじが心配そうに聞いてきた。それに蓮は「大丈夫、こいつネコもどきだから」と答えた。

「前カレー食わせたけど、普通に食べてたから」

「そう……それならいいけど」

「てか、ワガハイをネコ扱いするんじゃねぇ!」

 ヨッシーが叫ぶが、それを無視する。

『今度、オレにも食べさせてくれないか?』

 『ジョーカー』がそう言ってきたので心の中で「分かった」と告げた。

 こうして話していると、二人との絆が深まった気がした。


 協力者達と過ごしたり準備をしたりアザーワールドリィの依頼をしている内に十月十四日になった。今日は予告状を出そうと皆を集める。

「明日オタカラを盗む。それでいいか?」

「うん。大丈夫だよ」

 皆の同意を得たのでいつも通り裕斗に予告状を準備してもらうことにして今日は帰ってもらう。

 皆が帰った後、ヨッシーが「明日は『ジョーカー』と入れ替わるのか?」と聞いてきた。

「うーん……さすがにやらないかな?」

『オレは別に構わないんだがな』

 ヨッシーに答えると『ジョーカー』が蓮の中で笑う。『ジョーカー』が現実で話しかけてくることにもすっかり慣れてしまった。

「『ジョーカー』はなんて?」

「別に構わないのに、だってさ」

 でも、これは自分がやらないといけないことだ。誰かにやらせていいものではない。

 ――リーダーはボクなんだ。

 もし仮に失敗しても、責任をとるのは自分じゃないといけない。

『相変わらず、お前は真面目だな』

「悪かったな。……ボクだって、怪盗団が完全な正義だとは思っていない」

 自分の信じる正義を貫く。しかし、それは他の人達には望まれていないのかもしれない。今まで改心されてきた人達も、りゅう以外は勝手に心を盗まれているのだ。それしか方法がなかったとはいえ、批判されても蓮は何も言うことが出来ない。

 ――良希とか島田は怪盗団を完全な正義と思っている節があるけど。

 それは、怪盗団に助けられたからだ。ようは盲信している。皆が皆、怪盗団が真の正義だとは思っていないだろう。

 それが分かっているから、失敗は許されないと思っている。それに、世間は怪盗団の活動をただ楽しんでいるだけだろう。何となくだが、そんな感じがする。

 ――だから怖いんだけどな。

「まぁ、今日は明日に向けて寝ようぜ」

「そうだな、おやすみ。ヨッシー」

 蓮は不安を振り払い、明日に向け寝ることにした。


 『ジョーカー』と対話をして、起きると五時過ぎだった。いつものことだが、最近は物足りなくなってきている。

 ――皆や『ジョーカー』に会ってから、少しずつ変わってきているな。

 それを自覚していた。前まではこんなに楽しいと思わなかったし、何にも感じることがなかった。ただ成雲家のためだけに生きているような感じだった。でも、今はそんなものなくなっている。

 ――裏切りがないとも言い切れないけれど。

 でも、それでもいいと思えるぐらいにはいい生活をしていると思う。そう思いながら今日の準備をする。

 皆をファートルに集め、最後の作戦会議をする。

「いいか?今日はオタカラだけだ」

「だが、戦わないとも限らない。というより確実に戦うことになるだろう」

 ヨッシーと蓮が言うと、「いつも通りやればいいだけだ!」と良希が自信満々に言った。

「準備はいいか?それじゃあ行くぞ」

 武器も新しく調達してきたものを渡したので大丈夫だろう。そう思い、蓮はナビを起動する。

 オタカラのところまで行くと、そこには咲中のフェイクの姿があった。

「ふん、ここまで来たのか」

「オタカラはオレ達がいただく」

 ジョーカーが手袋をはめ直しながら宣言すると、咲中は「出来るならな」と強気に言ってきた。

「来い、社員共!侵入者を倒せ!」

 そう言って出てきたのはあのロボット。今回はこいつらが相手か……と思いながらジョーカーは指示を出す。

「今回は消耗戦になる可能性が高い!十分に考えてから呪文を使え!」

 テュケーやウェヌス、アテナはともかく、マルスとアポロは他の人に比べ気力が少し低い。物理攻撃が主力となるだろう。

 ディアナは後方から状態異常の呪文を唱え、ジョーカーが念力を使う。第一陣はそれで倒せた。

 問題は第二陣からだった。見たことのないロボットが現れたのだ。

(こいつの弱点は……!)

『水だ、蓮!』

 『ジョーカー』がすぐに見破った。ジョーカーはすぐにアテナに指示を出し、この場をやり切る。

 第三陣も見たことのないロボットが現れたが、雷が弱点だということが分かったのでマルスに指示を出す。第四陣は念力が弱点だったのでディアナに指示し、ジョーカーが呪文を唱える。

 そして第五陣は……。

『弱点がないな、これはゆっくりやった方がいいぞ』

 ここで弱点のない巨大ロボットが出てくる。しかし、これで切り札を使い切ったということでもあるだろう。

「こいつには弱点がない!呪文で倒せ!」

 最後の詰めだ、思い切りやってしまえ――。

 そう言うと、皆がそのロボットを囲む。ディアナが最初に状態異常をかけ、そこにジョーカーが念力を当てる。マルスとアポロが物理呪文を唱え、テュケー、ウェヌス、アテナが呪文を唱える。そのロボットが倒れ、残るは咲中のフェイクだけになった。

「チェックメイト、だな」

「くそ、社員共、いないか!?」

 咲中が叫ぶが、誰も出てこなかった。ジョーカーは彼に銃を突き立てる。

「さて……じゃあ、白い男について教えてもらおうか。知っているだろ?」

 これで、何か情報が掴めたら……と思って聞いたことだが、テュケーがオタカラをとった後、デザイアが崩れ始める。

「……ちっ」

 ジョーカーは舌打ちをして、聞き出すのを諦める。車に乗り込み、脱出しようとする。

 車を運転中、ふと気になってバックミラーを覗くと――。

(――――!?)

 咲中が倒れ、誰かがその様子を見ている光景が見えた。

(あれは――?)

 気になるが、今更引き返せない。不安を抱えたまま、ジョーカーはデザイアを出た。


 夜、ヨッシーが「どうしたんだ、レン」と聞いてきた。

「どうしたって?」

「お前、少し様子がおかしいぞ」

 さすがずっと傍にいるだけある。蓮は話すか悩んだが、どうせ知られることだと割り切り話すことにした。

 話し終えると、ヨッシーは「本当か?」と聞いた。

「あぁ、もしかしたら見間違いの可能性もあるけど……」

「でも、それなら気になるな……」

 しかし、もうどうすることも出来ない。様子を見るということで話がまとまり、寝ることにした。


 目を開くと、『ジョーカー』が覗き込んでいた。

「どうした?『ジョーカー』」

「いや、お前が心配しているみたいだからな」

 起き上がり、蓮は彼と向き合う。

「……多分、あいつが例の白い男だろうな」

「そうかもね。だとしたらもったいないことした」

 蓮は残念そうに答える。あのまま引き返していたら、もしかしたら顔ぐらい見えていたかもしれないのに。

「いや、危険だ。デザイアの崩壊に巻き込まれる可能性がある」

 蓮の考えが分かったのだろう、『ジョーカー』が首を振る。

「いやいや、さすがに冗談だよ。あの場で最善の判断をしたと思ってるし」

 そんな彼に蓮は笑う。事実、引き返したら潰されていただろう。さすがにあんなところで死にたくはない。

「分かっているならいい」

 『ジョーカー』は頷き、蓮の目元に手をかざす。

「ほら、今日はもうお目覚めの時間だ」

 その言葉を合図に睡魔が襲ってくる。

「また明日話そう。蓮、愛してるよ――」

 最後にその言葉を聞いて蓮は意識を落とした。

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