十章 強欲の宇宙基地と一抹の不安 前編
泣き明かしていたら、疲れて寝てしまっていた。目が覚めると、ヨッシーが隣で丸くなっている。窓を見ると、外は明るくなっていた。
(久しぶりによく眠れた気がする……)
昨日はいろいろあって疲れたからかもしれない。制服に着替え、学校に行く準備をする。
「ふぁあ~……」
「あ、おはよう。ヨッシー」
ヨッシーがあくびしたので、蓮は撫でながら挨拶する。彼も「あぁ、おはよう。レン」と言った。
「大丈夫なのか?」
「うん。まだ完全ではないから今日はデザイアに入る予定はないけど……」
そう言って時間を見ると、既に学校に行く時間だった。ヨッシーをカバンに入れ、下に降りると藤森が「おはよう、学校行けるか?」と聞いてきた。それに頷くと「気をつけて行って来いよ」と言われた。
駅に着くと、裕斗が傍に来た。
「おはよう、蓮。今日はデザイアに入るのか?」
「いや、その予定はないけど」
「そうか。慌てても仕方ないしな」
話していると、電車が来たので二人してそれに乗った。
学校に着くと風花が「大丈夫だった?」と聞いた。蓮は「大丈夫だ、心配かけてごめん」と小さく笑った。少し話していると、島田が「一時学校に来なかったけど、どうしたの?」と話しかけてきたので適当に誤魔化しておいた。
放課後、蓮は皆を前のアジトである連絡通路に集めた。
「どうしたんだ?今日はデザイアに入らないんだろ?」
「まぁ、いいからついてこい」
そう言って蓮が連れて行ったのはいかにも高級そうなレストランだった。皆が戸惑っていると「今日はボクのおごりだから好きなのを頼んでいい」とメニュー表を渡した。それを見ると、なんととても高く、とてもじゃないが高校生に払えるとは思えなかった。
――ただし、蓮が普通の高校生であれば、の話だが。
「本当に払えるの?こんな金額……」
「大丈夫、一応お嬢様だからね。これぐらいなら払えるよ」
「これぐらいって……」
お嬢様の基準が分からない。だが、大丈夫ならいいのだろう。そう割り切り、皆思い思いに注文し、来るのを待つ。
「こんなところ、よく知ってたね」
「昔お母様と来たことがあったんだ。つぶれてなくてよかったよ」
そこまで話して、蓮は黙りこんでしまう。料理が来ると、ようやく口を開いた。
「……昨日は本当に迷惑かけた。大変な時期に……」
申し訳なさそうに言う蓮に皆は「あれは蓮のせいじゃないよ」と言った。
「どっちかって言うと、あたし達が蓮を追い詰めたって言うか……」
「蓮って優しいから、何も言わないでしょ?だから私達も気付かなかった。謝るのはむしろ私達の方」
「でも、出来れば俺達のことも頼ってほしい。またあそこに籠られたら困るからな」
「あ、あはは……」
反省してます……と蓮は苦笑いを浮かべた。すると見覚えのある白い髪が見えた。
「あれ?冬木。こんなところでどうしたんだ?」
「あ、成雲さん。奇遇だね。オレは仕事の打ち合わせ。まだ時間あるんだけどね。キミは?」
「ボクは昨日いろいろあってさ……そのお詫びってところかな?」
そう言うと、彼は笑った。
「そういえばキミ、成雲家のお嬢様だったね。それじゃあ、オレも一緒にいていいかな?」
「いいけど……」
冬木が蓮の隣に座ると、なぜか殺気を感じた。
「くっ……!この美男美女め……!」
「どこまでお似合いなのよ……!」
良希と風花の呟きにはてなマークを浮かべながら、蓮は冬木と話をする。
「これはこう思っているんだけど……」
「なるほど……だが、こうとも考えられないか?」
「そうか、やっぱりキミと話すといろいろ気付かされるよ」
「それはどうも」
小難しい話をしていると、裕斗が蓮と冬木を交互に見ていることに気付いた。
「どうした?裕斗」
「いや……君達、かなり似ているな」
「え?何が?」
「顔が、だ。まるできょうだいみたいだ」
蓮と冬木は顔を見合わせる。……確かに、似ている気がする。それも、かなり。
「そうか?俺は違うように見えっけど」
良希にはどうやらそう見えないようだ。しかし、他の人達は裕斗に同意する。
皆が食べ終わり、会計に行こうとすると人が寄ってきた。
「やっぱり……蓮様だ!」
「……やば」
蓮のファンが彼女を見つけたようだ。しかも冬木のファンも来て、その場は歓声で響き渡る。
「え、えっと……今はプライベートなので……」
「お、オレも仕事で来ていて……」
「そんなこと言わずに握手してください!」
「冬木君のサイン欲しいんです!」
「蓮様のサインも!」
蓮と冬木が断っているが、おさまりそうにない。仕方なく財布をもみじに渡し、先に会計してもらう。その間に冬木と共にその場をやり過ごす。
店を出るころにはへとへとになっていた。
「お前、相変わらず人気だな……」
「最近テレビ出てないのにな……」
あの暇人どもめ……!と心の中で悪態をつく。ファンに対してこんなこと思ってはいけないのだろうが、こちとら好きでやっているわけではないのだ。
「でも、なんか分かるかも。蓮っていろいろな人にモテそうだよね」
「よく言われる」
ほのかの言葉に蓮は頷く。主に仲間達にそう言われている。モテても意味ないと思っている蓮としては迷惑以外の何物でもないが。
「蓮は難易度高そう。だってお嬢様でしょ?その上美人でスタイルいいし、頭もいいし、お人好しだし、もう完璧じゃん。それこそ、冬木君とかが釣り合ってるって感じ」
風花がそう言うが、蓮は考えた後、
「冬木か……あいつは嫌だな……」
いろいろあって。いや、喧嘩したとかそんなものではないのだが。むしろ話は合うのだが。
「え、なんで?だってイケメン探偵だよ?お似合いだって!」
「怪盗と探偵なのにか?なしだろ、そんなの」
「えー。探偵に恋する怪盗とかよさそうなのに」
「……怪盗は遊びじゃないんだぞ?」
はぁ……とため息をつく。そんなのにうつつを抜かすぐらいならまだ勉強をしていた方がマシだ。
「なんか、複雑そうだな。何かあったのか?」
ヨッシーがカバンの中から顔を出して聞いた。
――こいつら、すっかり忘れてるな……。
冬木がしでかした失態を。裕斗以降は知らなくても当然だが。
――でも、今それを言って不安にさせるのも違うよな……。
それに、確信はないのだ。余計なことは言わない方がいいだろう。そう思って蓮は「何でもないよ」と笑った。
「そうか?それならいいけどよ……なんかあるなら、話してた方がいいぜ?」
「大丈夫。本当に何でもないから」
頭を撫でると、彼は「にゃー」と幸せそうに鳴いた。
――一瞬だけ異世界が見えた気がするのは気のせいだろう。
夜、金井のところに行くと彼は「晃とファミレスで待機してくれねぇか」と言われたのでファミレスに行く。
晃のところに行くと、彼は既に座っていた。
「あ、確か……」
「あぁ、ボク、成雲 蓮と言います。晃君、でいいんですよね?」
「あ、はい。えっと、成雲ってもしかして……成雲神社の?」
「はい。知ってたんですね」
まさか知っているとは思っていなかった。成雲家は有名な名家、としか認識されていないことが多い。しかし元は成雲神社の神主なのだ。父も、神主をやりながら別の仕事をしている。
「お父さんはどんな人?」
蓮が話を振ると、彼は「いい人だよ。見た目は怖いけどね」と笑いながら言った。確かに、と蓮も頷く。ああ見えてかなりの人情家だ。
「でも、最近なんか険しい顔をしていることが多いんだ」
「険しい?」
「うん。でも、聞いても教えてくれないんだ」
きっとマフィアのことだと蓮は思ったが、知らないふりをする。
「そうだったんですね……」
「危険なことに巻き込まれてなければいいんだけど」
危険なことに巻き込まれてるんだよな……。
そう思いながら話をしていると、金井が来た。
「悪かったな。何の話してたんだ?」
「あぁ、女の話ですよ」
からかった口調で言うと、晃は「そ、そんなこと話してない!」と慌てて訂正した。
(なんていうか……からかいたくなるなぁ……)
そんな彼を見ていると、そう思ってしまう。それで仲が悪くなったら嫌なのでこれ以上はしないが。
「女か。お前も女だろ?」
「あ、そんな趣味はないので」
先に言っておくが、蓮に同性愛の趣味はない。否定するつもりはないが、自分がそうなったら全力で断る。
「え、蓮さんって女の人だったの?」
「お前、気付かなかったのか?分かりやすいだろ」
お前、立ってみろと金井に言われ、蓮は立ち上がる。
「男にしては線が細いし、声も無理に低くしているが僅かに高い。男というにはちょっぴり不自然だろ?」
……そう言われると、自分って男じゃないんだなと思う。確かに良希は男性にしては声が高い方だがそれでも蓮よりは低いし、裕斗に至っては本当に(性格は置いておいて)男らしい。ヨッシーは分からないが。
「な、なるほど?」
晃は納得していないようだ。しかし、蓮を見て確かに男性だというには違和感を覚えたのだろう。
「その、女性ならなおさら、なんでお父さんの手伝いを?」
と聞いてきた。それに適当に答えていると、
「あぁそうだ。シゴト終わったから大丈夫だぞ」
金井がそう言って晃の隣に座った。そして、三人で食事をした。彼との絆が深まった気がする。
「じゃあな」
「蓮さん、また話そうね」
二人と別れ、蓮はファートルに戻った。
――咲中が死ぬ夢を見た。
スマホで会見を見ていると、罪を自白するその直前に白目をむき、血を吐いて苦しみながら倒れた。蓮にはすぐに分かった。あぁ、あれは死ぬと。
あれが、世間で言われている「廃人化」だろうか?
パニックになっているハズなのに、どこか冷静な頭でそう思った。
――自分達が、やったのだろうか?
それとも――。
ガバッと跳ね起きる。息が乱れ、顔から血の気が引くのが分かった。
「どうした?レン」
異変に気付いたヨッシーが目を開き、彼女に聞いた。あれが夢だったことに安堵する。
「おま、顔色悪いぞ?気分悪いのか?」
ヨッシーは蓮の顔を見て慌てる。ネコだから夜目がきくのだろう。ここ数週間蓮の調子が良くないことは他でもない彼がよく知っている。
「いや……」
しかし、蓮は顔を横に振るとヨッシーを抱きしめた。
「わっ!本当にどうした?レン」
「……悪夢を見た……」
驚いたような声を出すヨッシーに蓮は呟いた。
「……悪夢?」
確かにいつもうなされているが、と思いながら耳を傾ける。
「咲中が、死ぬ夢だ。しかも、妙な死に方で……」
あれが、廃人化なのかと思った……と力なく告げた。よく見ると、その肩は小さく震えていた。ヨッシーは手を伸ばし、頭を撫でながら「大丈夫」と言うしか出来なかった。
学校で授業を受けた後、ファートルに皆を集めるも蓮からデザイア攻略に行こうという言葉はなかった。
「どうしたの?」
心配になったりゅうが聞くと、蓮は一瞬だけ黙った後、
「……なぁ、咲中のデザイアの件なんだが……やめにしないか?」
と言ったのだ。
「急にどうしたんだよ?」
良希が尋ねるが、理由は話さない。かわりにヨッシーが答える。
「咲中が死ぬ夢を見たらしい。それからずっとこの調子だ」
「そうなのか?だが、夢なのだろう?」
裕斗が言うが、それにも答えない。ただ顔を真っ青にしているだけだ。
「こいつなりに何かあるんだろ。成雲家ってのはいろいろな能力が使えるらしいからな」
「そうか……まぁ、こいつが嫌って言うなら無理にやる必要はないと思うけどよ」
「でも、このままじゃ社員の人達が使い潰されちゃう」
ほのかの言葉に蓮もその通りだと思うのだが、どうしてもやる気が起きない。今日せっかく集まってもらったのに……と申し訳なく思っていると、
「じゃあさ、今日は仲を深めようよ」
風花がそんな提案をしてきた。
「仲を深める?」
「そうそう。いつも一緒にいるって言っても、前みたいに知らなかったことだってたくさんあるでしょ?それに、ほのかちゃんも怪盗団に入ってからそこまで経っていないからさ」
「なるほど。確かにいい案ね」
もみじもそれに乗る。確かに、この機会に理解を深めるのもいいかもしれない。
「じゃあ、まずはリーダーから……って言いたいけどあんまり話したくなさそうだよね」
「そこは言い出しっぺからだろ」
「じゃあ、あたしから」
そう言って、風花から自分のことを話し出した。続けて良希、もみじ、裕斗、りゅう、ほのか、そしてヨッシーと来て蓮の番になった。
「ボクは何を話せばいいんだ?」
特に話すことなどないと思うのだが。
「いろいろあるでしょ?好きなものとか、どんな人が好みとか!」
「そんなものない」
腕と足を組む蓮に風花は「そんなこと言わずにさ!」と肩を叩いた。と言われても、本当にないから何とも言えないのだが。
「うーん……本当に何を話せばいいんだろ……」
「お前が嫌なこと話せばいいんじゃないか?ワガハイも聞いたことないしよ」
ヨッシーの言葉に反応したのは良希だった。
「え?こいつにも嫌なこととかあんの?」
「なさそうで悪かったな」
「そんな反応するということはあるんだな?」
(しまった!)
裕斗に言われ、墓穴を掘ったと後悔する。しかしもう後の祭りだ。皆が皆興味ありげに見つめている。これは後に引けない。
「……分かったよ。ボクの嫌なことは……そうだね、裏切られること、かな?」
「裏切られること?」
「そう。だからあの時も、本当はショックだった。助けたのに、自分が悪いみたいにされて……でも、何もかもを考えないようにしたら今度は自分が歪んでいくみたいで……だからデザイアが出来たんだと思う」
「蓮……」
「あ、でも今は大丈夫だよ。だからそんな顔しないで」
皆が暗い顔をしたので慌ててもう平気だと言った。何もそんな顔をさせるためにこんなことを言ったわけではないのだ。
「デザイアでも言ったと思うけど、ボクはボクの信じた道を行く。だから大丈夫」
「やっぱり、蓮は強いね。だからデザイアもあんなに綺麗だったんだ」
りゅうがその時のことを思い出したのだろう。広く優しく包み込む大きな心だった。だからこそサポートエネミーも協力してくれるのだと思う。
「そんな……ボクはそこまで強くないよ」
蓮は否定するが、彼女だからこそ皆ついて行くのだろう。
「あ、いい時間だね。それじゃあ今日は解散しようか」
風花の言葉に皆頷き、帰っていった。
ヨッシーと二人きりになった時、彼に聞かれた。
「なぁ、本当に咲中のデザイア攻略やめるのか?」
「……どうしよう。皆やる気だったからな……ここで止めるのもなんだかな……」
自分の都合と皆のやる気、どちらが大事かと聞かれたら蓮は迷いなく皆のやる気と答える。しかし、それでも不安なものは不安なのだ。
「まぁ、怪盗団は全会一致だからな。お前が本当に嫌ならやめてもいいと思うぞ」
お前にはそれを決める権利、あるだろとヨッシーは言う。だが、ここで止めてしまっていいものなのだろうか?
「……明日まで考えるよ。どうしてもって時はやめる」
「そうしろ。お前の決定に誰も責めはしないさ」
どうしたらいいか分からないので、明日にまわすことにした。無責任かもしれないが、今日考えるよりいい判断が出来るだろう。
ヨッシーを抱えると、蓮はベッドに転がった。
「ん……お前、最近甘えるようになったな」
「悪いか?嫌なら離すけど」
「いや、別に構わねぇよ。こういったこともネコの姿の特権だしな」
そう言ってヨッシーが寄り添ってきた。
「やっぱり、お前コーヒーの匂いがするな」
「いつもかかってるからね」
ヨッシーと話していると眠気が襲ってきたので、そのまま従う。
目が覚めると、そこは牢獄世界だった。
(久しぶりに見たな……)
そう思いながら立ち上がると、ユリナが「やっと起きたか、囚人!」と牢屋を蹴った。相変わらず乱暴な子だ。
「お前は迷っているようだな」
「…………」
恐らく咲中のことについてだろう。何も言わないでいると、シャーロックは「だが、お前は彼を改心させなければいけない」と当然のように言ってきた。
「改心させないと、いけない……」
「彼は精神崩壊事件に関わっている」
その言葉に蓮は目を見開く。つまり、彼がその事件の協力者である可能性が高いということか……。
――異世界を悪用する奴の罪は暴かなければいけない。
なぜかそう思う。なぜそう思ったのかは自分でも分からないが、自分の思う正義とかけ離れているから、ということにしておく。
「これを聞いてどうするかはお前次第だ。だが、これも更生の一環……それだけは覚えておくように」
そう言われると、目の前が歪んだ。
次の日、シャーロックに言われたことを思い出していた。
――彼は精神崩壊事件に関わっている。
もしその言葉が本当だとしたら、それこそ殺してでも止めないといけない。
――だが、確かアルター使いにデザイアは生まれない……。
蓮の時が特殊だっただけで、本来は出来ないのだ。なら、首謀者と実行犯は別にいるということだろうか?だとしたら、咲中は一味というだけ?
テレビを聞いていると、政治家が怪盗団について非難しているところだった。
(この、声……)
どこかで聞いたことがある。しかし、確かめるのが怖くて顔を上げることが出来なかった。
気晴らしにとゲームセンターに行ってみると、ある噂を耳にした。
「秋葉原のゲームセンターにすげぇ小学生がいるんだって」
「あ、知ってる!確かキングって言われてるんだっけ?負け知らずのゲーマー君」
ゲーマーか……。銃の腕前をあげるために弟子入りしてもいいかもしれない。きっと役に立つだろう。
早速秋葉原のゲームセンターに行ってみると、キングと呼ばれているであろう小学生がいた。
「どうしたの?おにいさん」
その小学生が話しかけてきたので、怪盗団ということは伏せつつゲームが上手くなりたいと話すと、
「ふぅん……小学生にそれを頼むんだ?」
「まぁ、いろいろ事情があってな……どうしても上手くなりたいんだ」
そう言うと、彼は少し考えた後、
「あのさ、ぼく、怪盗団のファンなんだけど、怪盗と会わせてくれたらいいよ?」
と言った。これは困ったことになった。正体を明かすわけにはいかないし……。
「怪盗か……怪盗と会ったっていう証明でもいい?」
代案を出すと、彼は頷いた。
「まぁ、怪盗は姿を現さないからね。いいよ、それでも」
「じゃあ、ちょっと待って」
そう言って蓮はりゅうに連絡する。
『今、時間ある?』
『うん。あるよ。どうしたの?』
『銃の腕をあげたいからキングと呼ばれている小学生に弟子入りしようと思うんだけど、そのために怪盗と会ったっていう証明が必要なんだ。協力してくれないか?』
『いいよ、じゃあ、有名なゲーム会社のホームページをハッキングするから、それを見せて』
『ありがとう、ヘルメス』
『大丈夫だよ』
連絡が終わると、彼が不思議そうに見ていた。
「今、誰と連絡してたの?」
「ん?怪盗団の一人と」
答えると、彼は「え?知り合い!?」と驚いていた。知り合いも何も、蓮が怪盗団のリーダーなのだが。
有名なゲーム会社のホームページを開き、見せると怪盗団のマークが大きく描かれていた。そしてすぐに戻る。
「うわ、すごい!本当に怪盗と知り合いなんだ!」
「あ、ここだけの秘密だよ?」
蓮が口に人差し指を持ってくると、彼は「うん」と頷いた。
「約束だからね、今から教えてあげるよ」
そう言って、彼は蓮にゲームで銃の使い方を教えてくれた。「星」という言葉が浮かび、彼も協力者の一人だと気付いた。
「ねぇ、連絡先交換しようよ」
一通りゲームをした後、彼からそんな提案をされる。それに反対する理由もないので蓮は頷き、スマホを取り出す。
「あ、そういえば名前、言ってなかったね。ぼく、佐藤 智樹」
「ボクは成雲 蓮」
そう名乗ると、彼は再び驚いた顔をした。
「え、成雲 蓮って、あの成雲 蓮!?」
「あ、知ってたんだ」
まさか、こんな若い子まで知っているなんて。蓮も随分有名になったものだ。
「え、じゃあ、おねえさんなの!?ぼく、おにいさんって言っちゃったよ!?」
「大丈夫、こんな格好だから気にしてない」
むしろ、協力者のほとんどがよく女性と見破ったと思う。普通、彼と同じ反応をするハズなのだ。
「へぇ、怪盗の知り合いがあの成雲家の人なんて……ぼく、かなりの幸運だよ」
「喜んでくれたみたいでよかった。さっきも言ったけど、ここだけの秘密でね?」
成雲家のお嬢様がゲームセンターに出入りしていると知られたら困る。何しろファンに見つかると厄介なのだ。
すると、ぐぅ……と音が聞こえた。
「あ、お腹空いてる?」
「うん、ちょっとね」
恥ずかしそうに答え、目を逸らす。そんな彼に蓮は微笑み、
「じゃあ、お礼に何か食べに行こうか。お母さんに連絡しなくていい?」
と、食事に誘った。
「大丈夫、家に帰ってもお母さんいないから」
なんか、ここの家族も複雑そうだ。そう思いながら蓮は智樹を連れて、レストランに行った。……彼の腕のあざが気になる。だが、虐待されているようには見えないし……。
「ありがとう、おねえさん」
レストランでご飯を食べた後、智樹と別れた。
夜、早坂のところに行くと男性と言い合いになっているところだった。
「……何しているんですか?」
このままではいけないと思った蓮はすぐに止める。するとその男が「巫女様に用か?」と聞いてきた。
「巫女様?」
「なんだ?知らないのか?」
「……とにかく、彼女に用があるので去ってくれませんか?」
そう言って冷たく睨みつけると、彼は「ちっ……」と舌打ちをしてどこかに行った。
「どうしたんですか?知り合いの人?」
早坂に聞くと、彼女は「知り合いって言うか……協会の会長です」と答えた。会長……それにしては胡散臭そうな人だったが。
「……あの、聞いてくれませんか?」
その言葉に頷き、人気の少ないところに向かう。
どうやら早坂には蓮と同じく不思議な力があるようだ。それは先の未来を確実に見通すもの。そのせいで、地元では化け物扱いされていたらしい。しかし、この力を使って占い師になれば、そう思われないと。そう考えてやり始めたが、あの男に目をつけられたらしい。無理やり協会に入れられたようだ。
「なるほど……」
これは一大事だと蓮は思った。
「……あの男の名前は?」
「え、えっと……広瀬 まさとですが……なんで急に名前を?」
戸惑ったような声を出す彼女に蓮は「あぁ、気にしないでください。興味があっただけです」と答えた。
――ターゲットの名前は分かった。今日はもう遅いので明日以降に皆と共有しようと思いながら帰った。
次の日、開原の研究につき合った後、皆を集める。
「結局どうするんだ?」
ヨッシーが蓮に聞く。蓮は既に覚悟を決めていた。
「あぁ、やろう。咲中の改心」
不安じゃないわけじゃない。だが、シャーロックにあんなことを言われて、やらない理由がない。もしかしたら、精神崩壊事件について何か分かるチャンスかもしれないのだ。
「よし、じゃあ今日からやろうじゃないか」
ヨッシーの言葉もあり、今日から本格的にやり始めることにした。
「あぁ、でもちょっと待ってくれ。アザーワールドリィにもターゲットがいるんだ」
蓮は昨日の早坂とのやり取りを話す。すると「そんな奴、放っておけないね」と皆改心に賛成した。
「今日はどっち行く?」
良希に聞かれ、蓮は「デザイアに行こう。遅れを取り戻したい」と言った。
「決まりだな」
「じゃあ、早速行こう」
皆立ち上がり、デザイアに入る。
先に進むと、ロボットと遭遇した。
「シンニュウシャ、ハッケン」
「ちっ……!面倒な」
すぐに戦う体勢に入る。相手が先制攻撃をしてきたので、それをナイフで受け止める。前みたいに壁を作ればいいのではないかと思ったが、それをさせてくれそうな相手ではない。
しかし、戦力差はこちらが上だ。油断しなければ勝てる相手である。
「ディアナ、お前は状態異常の呪文をかけてくれ。テュケーとウェヌスは呪文だ。マルスとアポロは物理呪文を、アテナはディアナをサポートしてくれ。ヘルメスは皆の支援を」
ジョーカーがすぐに指示を出す。ディアナのアルターはシリアスというらしい。
「テラ!」
ディアナが唱えると、ロボット達は恐怖状態になった。そこにジョーカーが「ナイトメア」と唱えると、いつもは眠るハズなのに今回はなぜか攻撃になった。
(なるほど……ナイトメアは状態異常状態だと念力になるのか……)
いい勉強になった、これは使えそうだ。
「ヴァン!」
さらに呪文を唱えると、今度は風が巻き起こった。どうやらリベリオンは闇属性だが、いろいろな属性の呪文を覚えるらしい。
そうして戦い、倒したら地図を落としたのでそれを拾う。
「ふーん……この先は工場になっているのか……」
地図を見ると、宇宙基地なのに工場になっていることが分かった。やはり、会社だからだろうか?
とにかく、オタカラのある場所は最上階であることは何となく分かった。体力や気力に余裕がありそうなのでもう少し進む。
工場内に入ると安全地帯があったので、そこで一度休憩する。
「今回は広いのか?」
マルスが聞いてきたので再び地図を見て、「……言うほど広くはない」と答えた。
「ヘルメスと同じぐらい?」
「いや、それより広い」
あんなに狭かったら困らない。
「そうか……どれぐらいかかりそう?」
「順調にいけば、二日三日で終わる」
見た感じ、エレベーターは動きそうだった。さすがに最上階までは無理だろうが、ある程度は行けるだろう。
もう行くか?と聞くとテュケーがいや、お前大丈夫かよ?と聞いてきた。
「お前、疲れてないのか?」
「大丈夫だ、前も言ったがオレは割と鍛えてる方だぞ?」
「そう言って倒れたのどこのどいつだよ」
「悪かったな」
確かに自分だけれども。
話し合いの末、結局もう少し休もうということになり、ジョーカーはソファに座った。隣にはテュケー。
「あ、そうだテュケー。明日お台場に行かないか?」
「お台場?またなんで」
「お台場に競技場が作られるみたいなんだ。それに父親が投資したみたいでさ、どんなのか気になって見てみたいんだ」
「なるほどな。別に構わないぞ」
最近は随分気を許すようになったと思う。それと同時に自分が本当にリーダーでいいのかとも考えるようになった。
――オレは短い時間で人を完全に信用出来るわけじゃない。それどころか疑ってしまう。
皆はそれを受け入れてくれたが、本当はリーダーとしてあるまじきことだろう。リーダーとしてはまだまだ力不足だし、不完全だ。
(このままではいけない……そう思うが)
変わるのはそう簡単なことではない。不安な気持ちもあるし、でも皆の中心にならないといけないという気持ちもある。だが、それを皆に言うのは出来ない。だから、自分の中でどうにかするしかない。
「そろそろ行こうか」
そんなことを考えているなどと思わせないように振る舞う。皆も思い思いに休んだことだろう、「分かった、すぐ行く」と声が聞こえてきた。
「テュケーも行こう」
「あぁ」
ジョーカーがドアの前に立つと、テュケーが後ろからついてくる。
(こいつの本当の姿もそろそろ本格的に探さないとな……)
彼は人間、そう信じているジョーカーはそんなことも考えながら安全地帯を出た。
工場内にはエネミーもいた。影に隠れ、様子をうかがう。エネミーが背を向けた途端、ジョーカーは飛び掛かり、エネミーの仮面を外す。
出てきたのは淫魔のような蛇を連れた女性だった。
(弱点は雷……闇は、効かなさそうだな。オニの時と同じ……とはいかなさそうだ)
トルースアイで見えた情報を元に指示を出す。すると、弱らせたところで命乞いをしてきたのでジョーカーは「力を貸してくれ」と言うとそのエネミーは頷き、ジョーカーの仮面の中に入っていった。このエネミーの名はリリスというらしい。
「今のは……?」
ヘルメスとディアナが不思議そうにジョーカーを見る。それに説明すると「なるほど……だから「ジョーカー」なんだね」と納得したようだった。
そのまま先に進み、エレベーターで二階にあがる。出ると、どうやらロボット達が働いているようだった。
「疲れている感じだな……」
見ている間でも十体以上のロボット達が倒れた。過労、だろうか?まさにブラック企業だ。
「早く改心させよう」
ディアナがそう言うが、少し疲れているように見えた。
「今日は安全地帯をもう一つ見つけてから帰ろう。期限は決めているから焦る必要はない」
ジョーカーが言うと、「あなたがそう言うなら……」と少し不安げに頷いた。慌てる気持ちも分かるが、それで何かあったら大変だ。ここは一度引く方が賢明だろう。
ロボットやエネミーと戦っていると、安全地帯を見つけたのでそこを確保しておく。
「ここまで来たら、あとは三階と最上階だ。切り上げるには丁度いいだろう」
近くに階段があったのでそこをのぼればいいだろう。最上階だが、これは思った以上にかかるかもしれない。だが、今ここで考えていても意味がない。ジョーカー達は元来た道を戻り、ナビを止めた。
「次はあそこからだな」
「だが、今回はそう簡単にいかないと思うぞ。何せロボットがいるからな」
確かに、裕斗の言う通りでエネミーは倒したらいなくなるがロボットはどうなるか分からない。あんなにいるのだ、警戒されて固められるかもしれない。
だが、その時はその時だ。どうにかするしかない。とにかく今日は帰ろうと蓮は皆に告げた。
りゅうと一緒にファートルに戻ると藤森が「お、帰ってきたか」と二人を見て言った。
「りゅう、帰るぞ」
「あ、うん」
二人が家に帰り、蓮は戸締りして二階に戻った。
「今日は疲れただろ、もう寝ようぜ」
「そうだね」
シャワーを浴び、寝間着に着替えると蓮は横になった。ヨッシーも横で丸くなる。
(あれ……なんか……)
今日はいつも以上に眠気が酷い。いつもと同じように開原の研究につき合い、デザイアに入っただけで、他には特に何もしていない。それなのになぜ――?そう思いながら、逆らえず眠りについた。
「おい、起きろ」
その言葉と共に、お腹を蹴られる。突然のことに驚き、床に手をつく。そう、ベッドではなく床に。
あれはヨッシーの蹴りではない。明らかに人の足だった。痛むお腹を押さえ、立ち上がる。さっきの蹴りで完全に目が覚めてしまった。
そこはかなり広い牢屋だった。まるで広場のような広さだが、ちゃんとベッドと椅子、それからトイレがあった。だから牢屋だと分かったのだが。
目の前には、黒いロングコートにドミノマスクをつけた人物――異世界で「ジョーカー」と呼ばれている自分の姿があった。自分と違うところといえばそう、目の前の人物は男性であるということぐらいだ。
「……『ジョーカー』?」
本当は誰だと聞くところだっただろうが、蓮は真っ先にその名前が思い浮かんだ。すると彼は「あぁ、そうだ」と頷いた。では、自分は普段着なのかと思い、手を見ると黒い手袋をつけていた。つまり、自分も目の前の男と同じ姿をしているということだ。
「オレもそうだが、お前もジョーカーなんだから、その姿でもおかしくないだろう。オレはお前の中の、「ジョーカーとはこうあるべき」という理想の姿。
――オレは『お前』だ、成雲 蓮」
目の前の男はそう言って笑った。言っていることは分かるが、理解が追いつかない。しかし、相手は完全な理解を求めていなかったのだろう。ナイフを蓮の首元に突き立ててきた。
「どうすればリーダーにふさわしくなれるかだって?今更、随分くだらないことで悩んでいるな」
それは、蓮が抱いていた心情だった。確かに、今更ではあるという自覚はある。だが、それでも心配なものは心配なのだ。
だが、『ジョーカー』は容赦なく告げる。
「そんなことで悩んでいるより、まずは身体を動かせ」
その言葉と共に彼はバク転し、ナイフを蓮に投げつけてきた。
「――――っ!」
とっさにそれを避けると、彼は「そうだ、それでいい」と悪い笑みを浮かべた。そして、
「かかってこい、返り討ちにしてやる」
ちょいちょいと指で蓮を挑発した。
――ここは夢の世界なのだ。
なら、自由にさせてもらおうと蓮は素直にその挑発に乗った。
殴ると倍以上に殴り返され、蹴られ、ほぼ一方的にやられていたのだが、不思議と怒りは湧かなかった。
「……今日は終了だ」
不意に相手がそう言ってナイフを地面に投げた。それが訓練の終了の合図だと気付くと、蓮はその場にへたり込んだ。
疲れた。
しかし、久々にこんなにすっきりした。いや、初めてかもしれない。ここまで清々しい気分になるのは。
『ジョーカー』は蓮の隣に来ると、急に膝枕をしてくれた。
「……何してるの?男の膝枕なんて嬉しくないんだけど」
少し文句を言うが、まんざらでもなかった。彼もそれが分かっているのか、やめることはしなかった。
自分ではないもう一つの鼓動音に安心してウトウトしていると、『ジョーカー』は「眠いのなら、寝てしまえ」と優しく言った。夢の中でも眠れるのかと思ったが、その声に従い、蓮は目を閉じる。
「蓮、オレはお前を一番に愛してるよ――」
意識が落ちる直前、『ジョーカー』はそんなことを言っていた気がした。
「おい、レン!」
ヨッシーの声で蓮は目が覚めた。珍しく蓮より先にヨッシーが起きていたので今何時だろうと思い、スマホを見ると六時半だった。
「珍しいな、お前がこんな時間まで寝てるなんて」
ヨッシーが嬉しそうに告げた。普段あまり寝ない彼女がちゃんと寝たから喜んでいるのだろう。
身体の痛みはなかった。夢だから当然なのだが、『ジョーカー』と過ごしたあの時間は現実のように思えた。あそこはきっと牢獄世界と同じように夢でも現実でもない場所なのだろう。
制服に着替え、下に降りると藤森とりゅうがいた。
「おはよう、蓮」
「起きたか、カレー食べていけ」
カウンターにカレーを置かれ、蓮はそこに座る。食べ終えると、既に出る時間だったので片付けは任せ、そのまま学校に向かう。
放課後、昨日言っていたようにお台場に行った。建設されている競技場の前で少し話していると、歪んだ感覚がした。
「え……?」
覚えのあるその感覚に嫌な予感がし、蓮は競技場を見る。そこにはデザイアがあった。
「なんだ、ここ……!?」
ヨッシーも驚いているようだ。偶然とはいえ、デザイアをもう一つ見つけてしまった。ここは誰のデザイアだろう?
しかし、スマホを見てもよく分からなかった。こんなこと今までなかったというのに。
「……少し、進んでみるか?」
ヨッシーの提案に蓮は頷く。
中に入り、階段をのぼると扉があった。目の前まで来ると、エネミーが現れた。
「誰だ……?」
エネミーが問いかけてくる。
「どうする?逃げるか?」
すぐに戦おうとしない今なら逃げられるぞ、とヨッシーに言うと、彼は「そうだな、ここで消耗させたくない」と答えたのですぐに走って元来た道を戻った。
「何だったんだろうな、あのデザイア」
「さぁ……?見当もつかないな」
すぐに脱出した二人は息を切らしながら話す。なんだか研究所に見えたが……。
「ここ、どうする?」
「うーん……今は皆には黙っておこう。混乱させたくない」
「そうだな……」
競技場を見に来ただけのつもりが思わぬハプニングだ。誰もこんなところにデザイアがあるなどと思わないだろう。
今日はそのままファートルに戻ることにした。
敷井に呼ばれたので行くと、彼女は満足そうにしていた。
「どうしたんですか?」
気になって聞いてみると、「新薬が出来たの」と答えた。
「よかったですね」
「あの子に投薬してもらったんだけど、回復に向かっているみたい」
それは本当によかった。身をもって治験したかいがあった。
「ところで、私の方も役に立ってる?「怪盗」ちゃん?」
突然言われた言葉に蓮は驚く。まさか怪盗とバレるなんて……。
「気付くわよ、だって急に自白したなんておかしいじゃない。しかも、あなたに話したすぐ後に。確信はないけど、改心とやらがされたに決まってる。誰がやったかなんてすぐに分かるわ」
……確かにすぐ改心させたが。まさかそれだけでバレるとは思わなかった。
「安心して、警察には言わないわ。助けてもらったんだもの、これからもあなたに協力する」
そう言ってもらえるとありがたい。バレてしまったものは仕方ないと開き直ることにした。彼女との絆が深まった気がする。
「ありがとう、最後まで私を見捨てないでいてくれて」
帰る前、敷井にそう言われた。
夜、寝るとまた『ジョーカー』に会った。
「やぁ、蓮」
今日も始めるか、と蓮の同意も得ずに再び鍛錬を始めた。蓮はそれに必死について行く。しかし、いくら鍛えているとはいえ元々普通の人より少し体力がないということもあり、すぐに息が切れる。それでも終わらないので限界まで動かす。
そうして数時間身体を動かしていると、『ジョーカー』は「今日は終わりだ」と言って昨日と同じようにナイフを地面に投げた。それを見て、蓮はみじめにもへたり込む。すると『ジョーカー』は蓮に近付いて、今度は肩を寄せて、自分にもたれかからせてくれた。
「大丈夫か?」
そう言って心配してくれる。その目は限界まで動かした蓮を労わっているようだった。そんな目で見られるのは初めてで、蓮は思わず視線を逸らす。
「何を恥ずかしがる必要がある?」
オレはお前だ、お前を労わって何が悪い?と彼は言ってきた。自分の心の一部なら、蓮の思っていることなんてすぐに分かるのだろう。シャーロックも似たような感じなので特に驚きはしなかった。
「昨日より筋がよくなってたな、さすが天性の秀才だ。すぐに教えを取り入れることが出来る」
滅多に褒められないのでさらに恥ずかしくなって蓮は頬を染める。
「お前は褒められることに慣れていないな。当たり前か、お前にとってそれが当然だったから」
やはり、この男は何もかも分かっている。蓮自身だから当然かもしれないが。
「……お前には、何も知らずに生きてほしい」
己の正体も役目も、何にも縛られずに自由に。
彼はそう言って蓮の頭を撫でる。
「……お前は、ボクの正体を知っているのか?」
「あぁ、だがそれを教えることは出来ない。それはお前が自分で見つけてこそ意味がある」
自分で、見つけてこそ……。ボクは、何かを忘れているのか?
不意に何かを思い出した。白髪の女の人――蓮と同じぐらいの年齢だろうか――が「何か」と戦っている姿。双子と思しき子供達と遊んでいる姿。この記憶は、誰の……?
「蓮、疲れただろ?もう寝たらいい」
何かを思い出しかけたが、『ジョーカー』の言葉と共に急激に眠気が襲ってきた。目を閉じ、意識を飛ばす直前、彼は「愛してるよ、蓮」と蓮に告げた。
起きると、五時過ぎだった。今日は早めに起こしてくれたのか、と思いながら制服に着替える。
テレビを見ていると、また事故があったらしくニュースになっていた。最近やけに事故が多い気がするし、やはりどこか故意的に感じる。これも誰かの陰謀だろうか?
――考えすぎかな……。
しかし、不安は募るばかり。まるで誰かの手の上で踊らされているような、そんな感覚がする。
――今度、りゅうに前のこと調べてもらおうかな。
思えば、ハッカー集団アヌビスの挑戦状も突然だった。怪盗団人気に乗じて名をとどろかせようとしたのか、それとも別の目的があったのか。それは定かではないが、知るには調べてみるしかない。それでもしかしたら何か情報が入るかもしれない。そして例のことが分かったら……。
――もしかしたら、咲中は……。
そう思いながらテレビを消すと、ヨッシーが起きた。
「なんだ……?レン、ニュースでも見てたか?」
「あぁ。……なぁ、ヨッシー」
蓮は自分が考えていることをヨッシーに告げた。
「おいおい……さすがに飛躍しすぎじゃないか?」
「そうかもね。でも、やっぱりこの状況はおかしいって思うんだ。最近の怪盗ブームも、どこか怖くて……」
ヨッシーも思い当たることがあるのだろう、黙り込んでしまった。
「……お前は、「白い男」が誰か、思い当たる奴がいるのか?」
不意に、ヨッシーが口を開いた。蓮は困ったような笑みを浮かべ答える。
「……そうだね、本当に憶測に過ぎないけど……」
蓮は時間がある時に「彼」の情報を仕入れ、自分なりに「彼」の経歴をまとめていたのだ。それで、確信はないが「彼」が例の白い男だろう、と思っている。
「誰だよ?」
「……お前にだけは、教えるよ。ただし、誰にも言うなよ?」
不安にさせたくなかったが、言ってしまったのだから仕方ない。蓮はある出来事を話し、それが誰だかヨッシーに話した。
「そんな……まさか」
「まだ憶測に過ぎない。もしかしたら違う可能性だってある」
「彼」がどう出るか分からないし、蓮が間違っている可能性もまだ捨てきれないのだ。確定ではない。
「あ、学校に行く時間だ。早くカバンの中に入れ」
「お、おう」
ヨッシーは冷静そうに見える彼女を見て、少し心配になった。
放課後、今日はアザーワールドリィに入ろうということになったので鍛える意味も込めてターゲットを確認した。
幻想世界に入ると地下に行った。線路があるので車では走りづらいが、歩くと時間がかかる上に疲れるので車を走らせるしかない。
「えっと……ジョーカーって免許持ってるの?」
「高校二年だけど?」
「だよね……じゃあなんてそんなにうまいの?」
ヘルメスに聞かれ、ジョーカーはマルスに答えた時と全く同じ答えを告げる。
「すごいね!それで出来るようになるなんて」
「いや、おかしいから普通」
ゲームと現実じゃ違うからな、とマルスは言った。
「だってやったり読んだりしただけで出来るようになるなんてまるでゲームみたい!」
「ヘルメスは本当にゲームが好きだな」
それが微笑ましいのだが。
「今度一緒にしようよ、ジョーカー」
「構わないぞ」
彼に頼まれては断れない。その今度がいつになるかは分からないが。
「そういえば、ジョーカー前より動きよくなっている気がするんだけど……」
ディアナが不思議そうにそう言った。多分、『ジョーカー』との訓練の成果だろう。
「そうか?別に普通なんだが……」
しかし、それを言うことは出来ないので変わっていないと答えた。
しばらく進むと、歪んだところがあったのでそこに入る。そこには前に早坂と言い合っていた男性――広瀬 まさとがいた。
「お前は、巫女様といた……」
「あら、覚えていてくださったんですね?」
ジョーカーは悪人のような笑みを浮かべる。
「早坂さん、嫌がっていたじゃないですか?なんで無理やり協会にいれたんです?」
尋ねると、彼は「だってあの力、利用しないと損だろ」と笑った。本人の意思などまるで無視だ。
「そう……それなら改心させた方がいいですね。彼女のためにも」
彼女は「化け物」と言われたくなくて占い師を始めたのだ。その気持ちを、ジョーカーはよく分かっている。それを利用しようとするなら改心させた方が早坂のためだろう。
「くくく……お前も成雲家の令嬢だろ?その力でおれのために働いてくれよ!」
そう言って広瀬はエネミーの姿になった。こんな男のために働くなんてごめんだ。
攻撃してこようとしたので、ジョーカーは壁を作る。一瞬のことだったので、広瀬のエネミーはその壁にぶつかる。
「くっ……!」
「今のうちに攻撃するぞ」
ヘルメスのサポートもあり、すぐに決着がつく。広瀬のフェイクは俯きながら「協会にはあいつのような力が必要だったんだ……」と告げた。
「だからって無理やり入れたら駄目だろ、彼女の意思も尊重しないと」
そう言うと、彼は「そうだな……あいつのことはあいつに決めさせることにするよ」と消えていった。改心したことだろう、これ以上ここにいる必要はないとジョーカー達はそこから出る。
アザーワールドリィでターゲットを全員倒し、少しエネミーと戦った後に現実に戻った。
夜、早速早坂のところに行くと「聞いてください、成雲さん!」と興奮したように話しかけてきた。
「実は、会長が謝ってきたんです!利用していて悪かったって」
「そうですか、よかったですね」
蓮が言うと、「でも、なんでだろう……占いではトリックスターが私を助けてくれるって出ていたけど……」と呟いていた。
「運命って、本当に変えられるんですね……」
しかし、嬉しそうなのでよしとする。検証につき合ったことで、彼女との絆が深まった気がした。
「ありがとうございます」
早坂の礼に少し笑い、蓮はファートルに戻った。
目が覚めると、『ジョーカー』が椅子に座っていた。
「今日は対話をしよう」
そう言われたので蓮はベッドに座り、向き合った。
会話は昼の出来事が多かった。だが、これだけでも十分に意味があった。普段から仲間内以外では多くを話さない蓮は会話があまり得意ではない。だからこうして誰かと話すだけでも有意義なものと言えるだろう。
そして、会話の最後に彼は蓮の名前を呼ぶ。
「オレはお前を愛しているよ」
誰よりも一番、お前のことを。
そう言って、彼は笑った。なんで彼がそんなことを言うのか、蓮には分からなかった。




