荒野のメイルシュトローム 2
アーサー率いる連合軍はモンスターの大群との初戦を終え、弾薬の補給作業を進めていた。それまでタイガの所属していたステファン中隊は、補給を済ませるとタイガを置いて前方へと戻っていく。アーサーの指示で後方に残ることになったタイガは、新たな隊長となるケベックのタンクを探す。そこへひとつの無線が入る。
「ケベックだ。鶴翼陣形は一旦横列に戻すことになるから、戻ったらお前は適当に中央後ろ辺りに着け。後は周りが勝手に間隔を開けるだろう」
「どうも、お世話になります」
「……ふん」
ラインバッカー隊はタンクと武装バギーが交互に配置された混成チームであり、陣の前衛と後衛の中間位置に広く布陣し、不意に侵入するモンスターを排除することを役割している。タイガはケベックの言うとおりの位置へとタンクを回すと、周囲は自ずから適度に間隔を開けてくれた。ケベックより無線が入る。
「左のバギーはお前がフォローしろ。味方を撃ちそうな位置取りにならその攻撃はバギーに任せる。お前の担当はそれ以外の状況での攻撃と、バギーの安全の確保だ」
「了解」
ラインバッカー隊は、タイガが新たに参加したことでタイガの居るその場のみタンクが隣合わせになっている。つまりタイガのフォローするバギーは、もう片側のバギーのみで良いということになる。
「ちなみにお前の隣のタンクが俺だ。くれぐれも邪魔するなよ」
「……善処します」
――アーサーの搭乗するタンクは連合軍の中央、ラインバッカー隊よりも後方に存在する。彼のタンクには大口径の大砲がなく、タンク最上面ではレーダー・アンテナが世話しなく回転している。このタンクに搭載されるカメラも望遠鏡のように大きく、アーサーのタンクが情報収集に特化していることが分かる。陣後方の両脇にもアーサーのタンクと同型のものが存在し、これらが連合軍の周囲を警戒している。
アーサーは彼のタンクの副操縦席に坐し、ここで計器を眺めながらオペレーションを行っている。このタンクにはセイルの姿もあり、その表情は思案に暮れている。
「ドラゴンタイプは姿を見せずにセイル、君にモンスターをけしかけてくるとはね」
「装甲の厚いファームのタンクの中にあっても、僕はドラゴンタイプの存在を感じることができます。これと同様の事を相手もできるのかも」
「その理屈だと、君のいうドラゴンタイプの『声』と同種のものが、君からも周囲に伝わっていることになるが?」
「僕に交信できているという自覚はないけど、それ以外に理由も思い当たりません」
「ドラゴンタイプは明らかに他のモンスターを操作しているわけだが、こちらについては?」
「わからない。自身の体に小型のものを住まわせる場合ならともかく、操作となると……」
「そうか。しかしドラゴンタイプはこの能力を共通して持つと考えても良さそうだな。アンタッチャブルによる文明破壊は、人が表に出てこなかったといわれているし、それを可能とした技術の一端といえそうだ」
ふたりの会話の最中、レーダーが敵影を捕えたことが警告音でもってふたりに知らされる。レーダー指示器はその群れが陣の右前方にあることを伝えている。前回とほぼ同じ方角である。
「どうやら来たようだな」
「今回は索敵のタンクも出ていませんが、分かるんですか」
「生物も電波を反射するからね。レーダーの技術はフィルタリングの技術でもあって、AIがパターンを検出できればこのくらいは出来る」
このタンクのレーダー指示器にはいくつかのモード切替機能があり、レーダーの情報解析AIに指定したパターンを持つ影を映し出すことが出来る。アーサーの設定は単純なもので、先ほどの群れを構成していたモンスターらと似た特徴を持つ生物が、セイルの乗るこのタンクに向かっているものを抽出している。
「諸君、アーサーだ。2時の方角に敵影が確認できた。右50度回頭、右翼が先に下がって外側から順に位置取りを合わせろ。ファーム以外のものはファームのタンクの動きを参考にしろ。敵はすぐそこにあるため迅速に。では回頭っ」
アーサーの指示に陣の回頭は速やかに行われる。しかし練度で劣るフリーハンターの武装バギーやトラックは、所々で接触なども起こしていた。連合軍はモンスターの群れの第二波を正面で待ち受ける。やがてモンスターの群れが到来し、迎撃戦は再開される。
「後退射撃、始めっ」
ドガガガガッ、連合軍はモンスターの群れに対して一斉に砲撃する。前回より後退射撃への移行は素早く、モンスターの群れを一旦溜めるという選択はしない。それをするとフリーハンターの心理的負担が大きく、統制が崩壊するリスクがあるためだ。そしてアーサーは連合軍と群れとで相対速度差を詰めると、鶴翼陣形へと移行させるべく無線の回線をつなぐスイッチに手を掛ける。
「……なんだと!?」
アーサーの視線の先はレーダー指示器。指示器の左下には別の群れの影があった。これらは仮に陣形を鶴翼に展開すると左翼の裏を突かれる位置にあり、アーサーは鶴翼への展開を指示できなくなる。しかし横列のままでもいずれ裏を取られることに変わりはなく、既に迫っている群れからは相対速度差なしに逃げており、撃退の効率も落ちていた。
「ケベックだ。どうしたボス、鶴翼には展開しないのか?」
「後方左に別の群れが来ている。鶴翼に展開すると左翼の裏を取られるので思案中だ」
「現在この連合軍は南東へ後退しているから、悠長なことをしているとジャービスとの合流に支障をきたすぞ」
「分かっている」
結局、アーサーは軍をふたつに分割し、それぞれの群れに充てることにした。前衛は後退速度を落としつつ、前衛左半分は反時計回りに回頭、陣全体としてもゆっくりと反時計回りに後退し、北上を目指す。これにはふたつの群れをひとつに纏めつつ、ジャービス軍との合流を図る意図がある。しかし、一連の指示に対して正しく行動できるのはファームの人間程度であり、対応に遅れ孤立する車両が現れ始めた。これはフリーハンターだけではなく、互助同盟のタンクも含まれる。
減速したはいいものの回頭に遅れ、陣から大きく孤立したタンクが1台ある。それは慌てて北側の群れを担当する列に戻ろうとするも、牙付きの猪型に衝突され、履帯を破壊される。足回りに支障をきたして群れに横腹を見せたそれは、そのままモンスターの群れへと飲み込まれていく。群れの埋もれたタンクは複数のシカ型モンスターに横腹を持ち上げられ、横転し、きりもみ状態で群れの中を踊りさまようこととなる。しばらく群れに遊ばれたそれは、ようやく解放されたところで2足歩行の大型モンスターに捕まる。車体を持ち上げられ、タンクは地面へと強く叩きつけられる。その腕の主はグリズリー・ミュータントであった。
他にもフリーハンターの武装バギーや武装トラックが、孤立したところを群れに飲み込まれていく。武装バギーであれば運転手と攻撃手は、群れに蹴り殺されてほとんどが即死。一応の壁に阻まれた武装トラックの運転手も、猪型などにドアを壊され、新たに現れたヒョウ型モンスターに襲われるなどして助かる見込みはなかった。
「セイル、あのヒョウ型は?」
ふたりはタンクの望遠カメラでその光景を目の当たりにしていたが、凄惨な光景にどちらもその表情は冴えない。
「あれもミュータント種かな。クラッシャー・ホースとシカ型以外は全部ミュータント種だと思う」
「では、そのシカ型は何ものなんだ?」
「わからない。ただあれは何かの情報をどこかへと送っている気配がする」
「情報伝達?ドラゴンタイプにか?」
「そうだと思うけど確かなことは……」
「可能性としては十分考えられることだな」
配下のモンスターを使って情報を集め、陣形の弱点を的確について来るとは、モンスター相手では想定し得なかった事である。アーサーは、ドラゴンタイプというものは実はただの人なのではないか、という疑念を抱かずには居られなかった。これではドラゴンタイプとは、動物から派生したモンスターというよりも、人間と同等の思考能力を持つ知性体ではないか。ドラゴンタイプが未だ姿を表さない中でのこの事態に、アーサーは動揺を覚える。
「アーサー、連合軍の陣を解いて、敢えて僕を追わせるというのはどうだろう」
「なんだって?」
「この惨状が僕を守ろうと壁を作ることで起きているなら、いっそ僕を守らずに僕が群れを引っかき回したらいい」
「何を馬鹿な……」
アーサーはセイルの正気を疑うが、セイルの目は真剣そのものである。しかしセイルの焦りの色は尋常ではなく、顔面は蒼白気味である。
「セイル、君がこの事態の責任を感じているなら、その責任を感じる必要はない。君が居なければ、ドラゴンタイプがどこに矛先を向けるか、俺たちは未だに分からなかったんだ。その目標を君に誘導出来ただけでも十分だ」
「責任を感じるなというのは無理です。でも責任なんかで言ってるんじゃない。これが効率的だと思うから言ってるんです」
「しかしだな……」
「タイガならたぶん同じことを言うはずなんだ」
「タイガ?いや彼は……」
互助同盟の内輪もめに巻き込まれないよう、アーサーはセイルに対し、当面の間タイガをと距離を取るよう助言していた。しかし互助同盟のステファンよりタイガの助言がもたらされ、それで連合軍の運用が改善されたことで、セイルは再びタイガに感化されいた。アーサーはその発想こそ間違っていないと思いながらも、互助同盟から身柄を預かった手前、そのようなリスクを負わせることには躊躇があった。
「おいアーサー、あんたが押し付けたガキがうるさいから、あんたが相手してくれ」
無線からケベックの叫び声が聞こえる。今ラインバッカー隊は大量に雪崩れ込むモンスターの群れの対処に忙しい。タイガはケベックに何かを伝えさせようとしていたが、ケベックはたまらずアーサーに直接会話するよう求めたのだ。
「わかった、俺がタイガと話そう」
アーサーはケベックとの無線通信を切るとすぐにタイガが無線を繋いできた。アーサーはその回線に応答する。
「アーサーだ、要件は何だ」
「今すぐ陣形を解いて、モンスターの群れをセイルに誘導してください。セイルが逃げれば群れはセイルを追わなくてはならない。迎え撃つのではなく、セイルを利用して囲い込む。これがこの状況への正しい対応です」
「……それはできない。ファームにとってセイルは互助同盟の要人だ」
「セイルはそんなことを言ってはいない。そんなことはあなたたちが勝手に決めたことだ。セイルはむしろ周囲に自分を活用させたがっている。こんな状況を受け入れている筈がないんだ」
アーサーは驚きとともに少しの感心を覚える。タイガとセイルは出会ってまだひと月かそこらであろうに、無二の親友の様に互いを分かり合っていたのだ。しかしアーサーはそれで決断を変えたりはできない。
「アーサー、僕からも頼みます」
「セイル、分かってくれ。君にもしものことがあっては大変なんだ」
「大変ってファームがですか?今、周りはもっと大変な事態が起きているんです」
「セイル……」
「ファームの人間はフリーのハンター達を見捨てて平気なのかもしれないけど、僕はそうじゃない。今あなたが協力してくれないなら、僕もあなたには協力しませんよ」
「なんだと」
これにはアーサーも頭に血が上るが、しかしすぐに冷静になる。実のところ図星なのだ。自身がフリーハンターたちを軽視しているから、この惨事であってもセイルの安全を優先するのだ。しかし、人として非難されて黙っていられるほど、アーサーも冷徹には成りきれなかった。
「わかった。君には大いに役立ってもらおう」
「はい」
これは後に荒野のメイルシュトロームと云われることになる、奇怪なモンスターハントの幕開けであった。




