荒野のメイルシュトローム 1
索敵に出たファームのタンクの報告によるとモンスターの群れは連合軍の横列陣形の右側前方から襲来するのだという。その報告の直後、ファームの投射機が後衛より何かを投げ入れる。横列陣形からやや離れた左前方でそれは破裂し、ゲル状の液体をあたりに撒き散らした。この投射機は中世の投石器を応用して設計されており、射程をトレードオフに様々な特殊兵器を文字通り投入するものである。ファームにおいてこの投射機は、戦場のコンディションを整えるためにしばしば用いられる。
投射機からゲルが撒かれた後、後方に配置されていた互助同盟のトラックが、横列陣形を左に迂回してゲルの方へと移動する。トラックからは工作兵ら飛び出し、彼らはしおれた布状のものを取り出すと、その中に火のついた棒を突っ込み、爆発を起こす。この爆発により、しおれた布状のものは立方体のブロックに整形される。工作兵らはそれを手早く、50センチメートルほどのアンカーボルトでそれを地上へと固定し、ものの10分足らずで200メートルばかしはあるバリケードを築いてみせた。結果、ゲル状の液体は横列陣形の左前方で、横列陣形とバルーンのブロックとに緩やかに囲まれる形となる。
「ステファン、あれは?」
先ほどの作業をタンクのカメラで眺めていたレンは、ステファンへと無線で確認を取る。なお、ステファン中隊は中央と左端の中ほどに配置されいる。
「あれは遅効性硬化ゲルで、早い話がとりもちだ。横隊の左に漏れるモンスターが、陣形の後ろに周らないようにあれで行動を抑制する」
「あの立方体ブロックの方は、見ていたところ張りぼてのようでしたが、あれでは簡単に破られませんか」
「町工場から差し出されたものを試験的に使ってみるとのことなので、俺も詳細は知らない。しかしまあ、開けた場所でわざわざ障害物に衝突したりもしないだろうし、一応の壁にはなるんじゃないか」
「確かにそうかも知れません」
その会話の最中、タンクのハッチからは外へ用を足しに行ったタイガが戻ってきた。
「あなた後もう数分でモンスターの大群が来るってのにずいぶんと呑気ね……」
「おかしいか?体調を万全にしろって言われたからそうしただけだが」
「緊張されるよりはいいけどね」
レンはカフェインドロップをひとつ取り出すとタイガへと差し出す。タイガは手で受け取るでもなく口でその飴を受け取り、これを噛み砕いて水筒の水で押し流す。タイガが操縦席へ腰を下ろすと同時にステファンから無線が入る。
「ステファンだ。二時の方向、そろそろモンスターの第一陣が突っ込んでくるぞ。迎撃態勢、用意っ」
しばしの静寂の後、右前方よりモンスターの大群が連合軍へと向かって突っ込んでくる。群れを構成するのはクラッシャー・ホースの他、鋼のような色の毛を持つ大型の猪やエゾシカのようなモンスターなどである。タイガの知らないモンスターの方が多いようだが、近くにセイルも居ないため特徴を確認することも出来そうにない。
「てえっ!」
ドガガガガッ、ステファンの号令と同時かそれより先か、連合軍の大砲、グレネードランチャー、ガトリング砲などが一斉に火を噴く。正体の知れないモンスターであっても構いなしに、それは連合軍の前におびただしい数の死骸の山となっていく。モンスターの群れの右寄りのモンスターは仲間が盾となる形で、陣形の左側を抜けそうになるが、それは予め用意したとりもちトラップなどで行動が抑制され、行き場を失い一所に密集し始める。
「よし、やれ」
そこへトレインの指揮する投射機より小型コンテナが投げ入れられ、それは空中のある点で突如爆発する。ズドアァッ、指向性を持ったその爆発は、死骸とともにその場に留まったモンスター達を一度に吹き飛ばす。そして辺りは黒煙と砂煙とで覆われ、視界が不良となっていく。
「全軍はゆっくりと後退射撃に移る。ペースはファームのタンクに合わせるように」
そのようなアーサーの指示も早々に、黒煙の中からモンスターの群れが陣の中へと突っ込んでくる。連合軍は懸命にこれを迎撃するが、その中で猪型のモンスターは他と比べて背が低く、仲間のモンスターの影に紛れやすいこともあり、いくつかが撃ち漏らされる。そのうちのひとつが更なる迎撃をもすり抜け、武装トラックの荷台へと突撃すると、グレネードランチャーに次の弾を装填せんとする攻撃手を突き飛ばす。この攻撃手は猪型と運転席との間に挟まれる形でそのまま絶命に至る。猪型はそのままトラックの頭を飛び越え、陣の後方へと侵入していく。
「ラインバッカーッ!」
アーサーの無線による後衛に向けた怒声である。ラインバッカーとはこの陣形において、前衛を抜けたモンスターを仕留める役を負った護衛役である。この名はとあるスポーツのポジションにちなんでおり、アーサーによって命名された。
猪型はラインバッカー隊のガトリングの銃撃を受けるがこれをものともせず、一台のトレーラーに突撃して足を止める。トレーラーのその車体は緩やかなくの字を作っている。そこへ武装バギーの1台が接近し、攻撃手がバギーから飛び降り、素早くトレーラーとの水平位置へと回り込むと、ロケット式のグレネードランチャーでもってこれを吹き飛ばした。
「猪型を確実に仕留めろっ、あれは機銃では止まらんぞ!」
アーサーの怒声が全体に向けて送り込まれる。それでも猪型は執拗に横列陣形の中へと突撃し、無防備な武装バギーや武装トラックの攻撃手を次々と押しつぶし、または蹴り殺し、そのまま後衛へと迫っていく。
「あれを通すのは被害が大きいな」
「グレネードランチャーの作る黒煙や砂煙が酷くて、ピンポイントで狙うのは難しいんじゃない?」
「確かに後退速度が遅いのもあって、飛び出しに間に合う気はしないな。ただどうも中央に向かって侵入しているようだし、もう少し中央のスペースが開けていれば……」
「中央ってもしかしてセイルかしら」
「たぶんな」
レンにそう応えつつ、タイガはステファンへと無線を入れる。
「ステファン、横隊を鶴翼の形に再編成できないか?あの猪型はどうもセイルに向かっている気がする。中央後方に居るんだろ」
「何故お前がセイルについて知っている!?」
「その友人だよ。それでどうなんだ、その方が猪型は止めやすいと思うが」
「……待ってくれ、アーサーに聞いてみる」
しばらくしてアーサーより無線による全体通達が入る。ステファン中隊を含む中央寄りの部隊は後退速度を速め、横列陣形は次第に線から椀、椀から鶴翼へと形を変えていく。このおかげで連合軍は猪型を狙いやすくなり、後衛に侵入されることも無くなる。
群れを囲い込む形となったことで視界もいくらか改善され、ここへきてガン・ドローンによるモンスターへの妨害も有効になってくる。ガン・ドローンのライフルでモンスターの顔を狙い撃つと、バランスを崩したそのモンスターやそれにぶつかったモンスターが群れの流れを乱し始める。その足が遅くなったのを、タンクの大砲や武装バギーやトラックのグレネードランチャーが狙い撃つといった具合で、迎撃にリズムが生まれた。結果として無駄弾を抑えるという副作用も生まれる。
「タイガ、お前は一体何者だ?」
陣に一応の統制が戻った頃合いにステファンからタイガに無線が入る。
「藪から棒に言われても……俺はただのフリーハンターで、セイルともただの友人ですよ」
「友人……ね」
「ステファンはセイルのことをどこまで聞かされてるんです?」
「いや余り……今回の作戦の重要人物であるといった程度だ。彼は何者なんだ」
「んん……モンスターの誘導に長けたファームの研究員、みたいなものです」
「なるほど、そんな人物が居たのか」
ステファンは特に疑問も持たずにこの説明で納得してくれた。セイルが研究者であるというのは、カッソ村でも実績のある便利な方便である。実態があやふやでも、その響きは根拠めいたものを人に与えるようだ。これにタイガはひとり自慢気になる。
(ならステファンあたりよりは、むしろ俺の方が今の状況が理解できてるのか?)
タイガが猪型に狙いを絞って迎撃していると、突如後方より大きな影が差し込む。それは上空より投げ入れられた巨大なゴムの風船ようなもので、それは連合軍の陣形を素通りし、その奥のモンスターの群れの中へと落ちる。ドパアッ、それは先ほどと同じようなゲル状の液体であり、それに足を取られた群れは次々転倒を繰り返す。群れの後続も転倒したモンスターにぶつかり、玉突き事故を起こすと、群れはひと所に渋滞を引き起こした。そこへ矢継ぎ早に投下されるは先ほどの指向性爆弾である。ズドアァッ、モンスターの群れは再び薙ぎ払われる。
「あれはたぶんトレインの投射機からだよな?」
「凄い威力ね」
「あんなことも出来るならサテン村でもやってくれればよかったのに」
「そんなことしたら果樹園が吹き飛ぶでしょ」
度重なる爆風と轟音に恐れおののいたのか、モンスターの群れは次第に勢いを失っていく。これ幸いと連合軍はその群れを狙い撃ちにするが、しばらくすると群れは突如として連合軍への追走を止め、纏まりを失い、やがて散り散りと逃げて行った。
「全体止まれっ、そのまま隊長機のタンクに列を合わせろ!」
連合軍は後退を止めるとその場に留まり、次第に銃撃の音も止む。
「よく分からんが、モンスターが冷静になったのか」
「引き撃ちできないとなると撃退の効率が落ちそうね」
「まあ補給がしたいし、こちらとしても助かった」
「どれくらいのモンスターが撃退されたのかしら」
「500から700といったところじゃないか。俺達で12、3体程度」
「結構な数ね」
「とにかく補給を急ごう」
連合軍は補給のための再編成を急ぐ。鶴翼陣形の中央が一旦押し上げられ、代わりに弾薬の消費が特に激しかった両翼の中ほどの隊から、優先的に弾薬の補給が行われた。これにはステファン中隊も含まれる。連合軍で大きな被害を受けたのは武装トラックとバギーで、特に前衛に配備されたフリーハンターらには既に多数の死傷者が出ていた。当然この補給の間に離脱していくものも現れ始め、互助同盟は士気の低下を抑えるために作戦の報酬を上乗せするなどの苦肉の策を迫られた。
タイガのタンクが互助同盟のトレーラーより弾薬の補給を受けていると、そこへアーサーからの無線通信が入る。
「こちらは連合軍指令のアーサーだ。タイガ、補給中の所にすまないが、ちょっといいか」
「えっと……手紙ではどうも。よろしいですよ」
「手紙の件は一旦置いておいてくれ。あまり君と接触するのは君のためにも良くない」
「はあ……」
タイガはよく分からないといった表情でこれを聞く。
「先ほどの助言は助かった。君は動きのある状況を俯瞰して見る能力に長けているようだな」
「他人と比べてどこまで出来ているかは知りませんが……あなたのところのサテン村のミッションで、グリズリーミュータントに追いかけ回されてるうちに、何となく意識するようにはなりましたね」
「それは何より」
「それでご用件は?」
「君は後方に下がってラインバッカ―隊に入って欲しい」
「あの護衛の隊ですか。ではそこでセイルを守れと?」
「いや違う。君は既にステファンに話してしまったようだが、君とセイルの交友関係は余り公にはしたくないんだ。それが公になり君たちがそれを当たり前のようにしていると、今度は君たちまでもがスイベルに付け狙われることになる」
「俺たちが?」
そう説明されてもタイガはいまいち要領を得ない。特別な何かに属しているという自覚のないタイガには、そんなことで自分が危うくなるとは露にも思わなかった。先日は確かにそのスイベルの者に付けられたようだが、それから今日までは特にその様子はなかった。
「ところで、君はステファンにはセイルのことをどのように説明した?」
「モンスター誘導の研究を行っているファームの研究員と」
「なるほど、ミラにも合わせるように言っておこうか」
「ミラ?」
「いや、こっちの話だ。うちの幹部で、セイルの世話係みたいなものさ」
「はぁ」
タイガにはどうにも事情が分からないことだらけである。
「ともかく君はラインバッカー隊へ異動だ。隊長はケベックが務めている」
「分かりました……ん、ケベック?」




