パルチザン
ある早朝、西大陸のある荒野に地鳴りが鳴り響く。その地鳴りは、その地のありとあらゆるモンスターの群れの足音から生み出されている。その群れを構成するモンスターの数は数千と言ったところでであろうか。それらのペースは、それらが例えば馬であれば馬なりと呼ばれたような、やや余力を残した足取りである。そのモンスターの大群のやや後方には、それを統率する一体のモンスターの姿がある。それは鱗を持ち、その鱗は樹木の葉のような形で、緑と土とでまだらになったような迷彩色をしていた。
――同刻、現在プライムスとフランジタウンでは、戦闘車両のほとんどが街の外へと出されつつあった。西大陸中央に不穏な動き有りと、現フランジタウン臨時担当指令のジャービスから連絡があり、ジャービスによる西大陸北部の非常事態宣言を発令する旨が伝えられたのだ。つまり『有事』の宣言である。
プライムスの街の鋼鉄の外壁の外では、ファームと互助同盟のタンク、武装バギー、武装トラック、投射機やミサイル発射機などの車両が配備を急いでいる。その準備の中でファームの総帥アーサーと、互助同盟プライムス担当司令官ベルトラン5等仕官がすり合わせ作業を進めていた。
「互助同盟が現在出せる車両類はタンク10台、武装バギー30台、ミサイル発射機2台、その他の特殊車両もあるだけ出しています。どの拠点もタンクの数はこんなものね」
「ミサイル発射機まで出して頂けるのはありがたい限りです」
「これまでは新兵に見せるだけの張りぼてのような存在でしたからね。使えるならどうぞ使ってください。ただしうちはミサイル発射機の専門家は常駐しておりませんので、乗員はそちらで用意してください」
ベルトランは既に実戦から退いており、今は訓練教官として若手の指導にあたる立場である。新世界派閥に属するプライムスは、ミサイル発射機こそ置いていたが拠点攻撃を行うわけでもなく、それはさながら博物館のオブジェクトのようなものだった。
「ガン・ドローンの貸与は許可していただけますか?」
「ドローンの管制トレーラーはプライムスには3台あり、トレーラー1台に付き50台のガン・ドローンが積まれています。ですが、ガン・ドローンの火器は、人間装備と同等かあるいはそれより威力で劣るため、おそらく今回の遠征には不向きでしょう」
「トレーラーは1台をお借りしたい。ガン・ドローンに直接の攻撃力に期待出来なくとも、一瞬でもモンスターの注意をひければよいのです。これは我々であれば通常戦闘犬などで行うのですが、今回は多くの戦闘車両とモンスターとが入り乱れる可能性がありますので、空のスペースを活用したいのです」
「では許可しましょう。そちらにドローンの管制官は居ない筈ですので、一時的にそちらにうちの子らの指揮権を移します」
「何から何までありがとうございます」
「既に現役ではない私よりは、あなた方の方が上手に使うでしょう。申し訳ないけど作戦の指揮の方は、何から何までお任せします」
ベルトランは卑下するが、これには指揮系統を統一するという意図も存在する。船頭多くして船山に登るという諺があるように、命令の流れが上から下へ適切に降りるよう円滑化を図る必要があった。
――互助同盟はファームの傭兵以外にも、フリーのハンターチームの動員を集めていた。ここプライムスは隣にフリーハンターの集まるフランジタウンがあることから、武装バギーや武装トラックであればそれなりに数を揃えることができた。その数は車両の総数にして100台ほどである。
ゴールデン・バレット・カンパニーの存在するプライムスの町工場街では、武装バギーや武装トラックを駆るハンターのために、車両の整備が急ピッチで進められていた。タイガとレンの姿もそこにある。特にレンは、彼らが独自に手を入いれた既に保証外の火器でも、容易に整備してみせるほどの腕があり、ゴールデン・バレットから未保証な火器の整備の一切を任されていた。
「指示された機材はこれで全部か」
タイガはレンに支持された機材をしこたま台車に載せてレンの作業場に運んでくる。
「そうね、足りなかったら後は自分で用意するわ。整備車両の受け入れ分もすべて終える目処が付いたから、タイガは自分のタンクを見てなさい」
「いいのか?」
「他の連中の車両整備で自分のタンクの整備が疎かになっては本末転倒というものよ」
「そうだな、なら新しく仕込んだオートリローダー周りのテストでもするか」
「やあ、おふたりさん」
ふたりの会話の区切りに男が声が割って入る。声の主は白髪に白衣の男、ファームの主任メカニックのトレインである。タイガはトレインを快く迎える。
「トレイン博士、おひさしぶりです」
「ふむ、こっちに来ているならわしにも声を掛けてくれればよかったのに」
「博士はウェットの部隊に所属されているのでは?」
「いや違うよ。うちは特殊車両を見れるメカニックが不足していてね、儂がときおりファームの支部を見て周っているだけさ。ウェットの奴は今もベギンタウンかな」
「そうですか、あのミッションではお世話になりました」
「噂ではあれからまたずいぶんと改造したそうじゃの」
「あの時は電気系が貧弱と言われましたが、今のを見たらきっと驚かれるかと思います」
「それは興味があるが、それはまた別の機会としようか。今の儂はシフトの休憩中でね、お前さんがここに来てると聞いたから顔を出したまでじゃ」
「わざわざありがとうございます」
「そうそう、お前さんがここに来とると教えてくれた奴から、お前さんにと頼まれとったの……」
トレインは白衣のポケットから封筒をひとつ取り出すとタイガへと渡す。
「これは?」
「差出人は中に書いてある。遠征が始まる前に読んで欲しいと言っておった」
――その日の正午、プライムスではアーサーを指揮とする互助同盟の連合部隊がプライムスを出立した。会戦は翌日の早朝を想定しており、明るい内に戦えるよう索敵を駆使して防波堤のラインを築く算段である。またジャービスを指揮とするフランジタウンからの連合軍は、プライムスのそれよりも先に出立しているが、合流地点への距離的な問題で合流に半日ほど遅れる見込みである。
プライムス側から作戦に参加する戦闘車両は、互助同盟のものが50台で内タンクが10台、ファームのものが150台で内タンクが40台、フリーハンターのもので100台である。フリーハンターからタンクでの参加は3台で、町工場連合として2台が供出されており、その操縦はファームの傭兵が行う。残りの1台はタイガのものである。またこの一団の後方には、戦闘車両の総乗員数と同数程度の交代要員が大量のトレーラーに乗せられている。
フランジタウン側からの参加車両は、互助同盟が60台で内タンクが10台、ファームが20台で内タンクが10台、フリーハンターが300台である。こちらは交代要員を載せるトレーラーが少ないとあって環境は劣悪である。元よりフリーハンターには公正を期す関係から強行軍をして貰わなければならない。
「ジャービスだ。我々はプライムスのようには万全の遠征環境は整えてやれない。合流を急ぐためペースはかなり速くしているが、合流地点手前で早々に野営することにしている。仮にプライムスの部隊が既に戦闘を始めていようと、我々は最低限の休息は取る予定なので、フリーハンター達もそのつもりで居てくれていい」
ジャービスより無線を通じての連合軍への通達である。そのような理由があり、フランジタウンからは足の遅い特殊車両は参加できていないなどの制約も存在した。
――その頃、プライムス互助同盟オフィスの使われない会議室には、10名ほどのスイベルの隊員が陣取っていた。彼らはスイベルの黒い隊服に身を包んではいるが、決して規律正しいとは言えず、銃を整備する者や漫画本を読む者など、各々がだらけた様子で自由にしている。そんな会議室に黒髪に長髪の男が入ってくる。彼はスイベルの隊長で名をバルドルという。
「皆そのままで聞け。残念ながらジャービスの発動した非常事態宣言のせいで、セイルは互助同盟の戦力として前線に出て行ってしまった。これは互助同盟のみならず人類史上においても由々しき問題であり……」
「ようよう、前置きはいいっすよバルドル」
隊員のひとりが茶々を入れる。バルドルは男をにらみつけるが、その者は漫画を読み続けており、へらへらと笑ってバルドルの顔を見ようともしない。バルドルはその者の規律を正すことを諦め、本題に入ることにした。
「我々の作戦はこうだ。奴らの作戦の成否が如何なるものであろうと、セイルが街に戻り次第これを始末する。その方法は問わない」
「奴らの遠征が成功して、そのセイルというのが凱旋したとしてもですか」
その質問は、机に脚を掛けながらパイプ椅子に腰を下ろす別の男から挙がる。その男はハンドガンを弄っている。
「そうだ。そもそもセイルがモンスターをこの地に呼び寄せたのだ。正義は我々にあるのだから、奴らが何を騒ごうと必ずセイルだけは確実に殺せ」
「奴の仲間が抵抗してきたら?」
「構わず殺せ。俺からの通達は以上だ」
バルドルはそういうと会議室を後にする。
(所詮は私兵か、あれでは傭兵の方がマシだな……)
自分の部下に嫌悪感を覚えつつ、バルドルはひとり廊下を歩いていく。
――翌早朝、それは真っ暗闇に微かに光が差し込んできたあたりの朝日の昇らんとする頃合い。プライムスから発った一団は、アーサーの指示により面攻撃のための横列陣形を組んでいた。
「フリーハンターの諸君、私は互助同盟プライムス支部のステファンだ。現在は横隊の配置も終わり、ファームのタンクが2台一組で5チームが索敵に出ている。彼らはモンスターを発見次第、横隊に対して斜めにぶつかるように誘導してくれる手筈だが、予測ではそれまでにしばらく時間がかかる。今のうちに可能な限り体調を整えておいてくれ」
ステファンはこの連合軍においてフリーハンターの車両100台のうちの30台ほどを預かっている。タイガが今回所属するのがこのステファン中隊である。ただステファンこそ中隊長の役に坐しているが、フリーハンターたちに小隊長などという役は用意されていない。統制は簡単なもので、横列陣形を組む間は砲撃のみ、散開するにしてもステファンがおおまかに位置取りする程度となる。これはフリーハンターを扱う場合は、このくらいの方がかえってトラブルが少ないとされているためだ。
「タイガ、これ15分間隔で振動するようセットしてあるから、良かったら使って」
タイガのタンクの中。レンのいうそれは振動で起こすタイプの腕巻きの目覚まし時計であり、以前はレンがカッソの村で使っていたものだ。
「お前はいいのか、レン」
「私はここに来るまでにお先に寝かせて貰ったから構わないわ。あとはカフェインの飴も用意したから、休憩が終わったらかみ砕きなさい」
「ああ、助かる」
タイガはレンについでにと渡されたアイマスクを付けて、座席に座ったまま休憩に入った。
「ジャービスのやつも非常事態宣言とは思い切ったことをしたな」
「居るだろうというモンスターの大群は、確認も出来てないというのにね」
「俺たちはセイルの存在を知っているから、あいつの存在が伏せられていてもそれなりに理解できるが、他の奴はどうなんだろうな」
「現実感はないでしょうね。フリーハンターだけじゃなく、互助同盟やファームだって」
そのセイルが現在連合軍のどこに居るか、タイガらは知らない。ただセイルの役割はモンスターの注意を散らすことであり、おそらく今回投入されているというガン・ドローンの管制車両のあたりに居るのだろうと推測していた。
「セイルには遂には会えずじまいだったな」
「所属が分かれてしまえばこんなものよ。それで例の手紙に合ったスイベルというのは、今回の遠征には付いてきていないのよね」
「ああ、一緒に来たスクラムズとかいう新兵部隊はファーム内で見かけたが、俺が研修に行くときもスイベルはファームには見なかったな」
「さすがにお客さんでもない連中を自由に出入りはさせないでしょう」
結局のところ、タイガらが前回ファームに行ったときには、セイルもホミィも不在といわれ面会は出来なかった。そのためタイガとレンはトレインから預かった手紙の内容でしかセイルの現状を知らない。手紙にはセイルにもしもの事があれば守ってやって欲しいといったことが書いてあった。
「そういやそのタンク研修ってどこまでやったの」
「俺が取ったのは1時間半の研修を14回のコースだが、その内の10を終えたところだ」
「何かずいぶんとペースが早いわね、1日2回のペース?」
「最初は座学ばかりだったがな。シミュレーターが触れるようになったのは、あの後で昨日からだ。ただ昨日は研修の後でケベックというファームの幹部に捕まって、そのシミュレーターで何時間もぼこぼこにされたな」
「それはサービスがいいわね」
「部下を見物人に俺を晒し者にしてたみたいだが、そういわれるとサービスがいいとも云えるな」
「何あなたそいつに嫌われたの?あなたが敵を作るなんて珍しい」
「何だったんだろうな、最後に一本取ったらようやく解放されたが」
「ふーん」
タイガがケベックに絡まれた理由は、タイガが最初にシミュレータに触った際、自分のタンクと勝手が違うと口にしたことを、ケベックの部下であった兼任講師に聞かれたためなのだが、それをタイガは知る由もない。ケベックらには言い訳に聞こえたようだが、しかし全周旋回するのが大砲か機銃かなど、対タンク仕様と対モンスター仕様とでは、実際に勝手が異なることも事実であった。
それからしばしの時が過ぎ、ステファンからある無線が入る。
「ステファンだ。哨戒が一組、モンスター・トレインに成功したらしい。迎撃の準備をしてくれ。20分後に襲来する予定だ」




