コネクト・トゥ
西大陸もそれなりに中央寄りに入った荒野、そこにはセイル、ホミィ、ローレルと護衛のタンクが4台ほどある。互助同盟円環地上ルートからかなり外れたその土地は周囲に様々なモンスターがおり、ホミィが自分の愛用のバギーをプライムスにおいてくる程度には危険な地帯である。
強い風の中、セイルは両手を広げて自然の中に溶け込み意識を集中している。ただし彼が意識としてやっているのは自然との調和などというものではなく、周囲のモンスターとの対話である。セイルは自身の中で電流を流し磁場を創るなどという能力を発現する時はこうして無防備になる必要があった。そうしなければ場合によっては自分が感電する事態に陥り、セイルの幼いころはこの能力のコントロールに苦労していた。
(そういえば昔、互助同盟の研究者はメッセンジャーは子を成せるという意味では普通の人間だと言ってたけど、僕はたぶんそういうのも無理なんだろうなぁ)
音波や電波を自在にコントロールするなどということは、普通の人間どころかセイルと同族の筈のメッセンジャーでさえ出来ないだろう。人体への調整が他の存在とは段違いに異なり、遺伝子的にまだ同族といえるのかはセイルには怪しいものである。そのセイルの奇特さはセイルに自嘲癖を付けさせ、遂には個の使命としてモンスター退治に身を捧げたいという渇望までをも呼び起こさせた。
(タイガがモンスターをハントしたい理由とは大分違うな。タイガは飽くまでハントを楽しみたいのだろうけど、僕はモンスターの全てを殲滅してしまいたいと思っている。タイガはどこぞの町工場でスプラッシャー・タートルの素材に興味津々だったけど、僕はそんなの全然興味ない……ん?)
そんな独り言をつぶやいていると、セイルから少し離れたところの地中から、もぐらのようなモンスターが顔をの姿を表す。そのモンスターはまるで針金のような太く固そうな体毛で覆われている。体長は30センチメートルほどで通常のもぐらと比べるとやや長めといった特徴がある。セイルはそのモンスターを確認すると叫び声をあげる。
「4時方向にケーブルイーターを確認!」
護衛のタンクのうち2台がセイルの叫びに即座に呼応して、ケーブルイーターと呼ばれたモンスターに対して機銃を掃射する。バラララッ、ケーブルイーターはなす術もなく機銃の放つ弾丸の嵐に地上を舞うように撃ち殺される。その様子を見届けるとセイルは両手を降ろし、ふうとため息とつく。
「おお、ちゃんと釣れたねぇ。さすがさすが」
そういいながらホミィがタンクのハッチからセイルの下へと駆け寄る。この日の強い風にホミィは茜色のその長い髪を片手で抑えている。しかし労いの言葉を受けたセイルの表情はあまり浮かない。
「でも今のはモンスターの習性をデータベースが知っていたから出来たことなんだ。あれと会話したという程でもない」
「それはドラゴンタイプを呼ぶのとは関係ないってこと?」
「仮に僕が目的のドラゴンタイプの正体を知っているなら、あるいはこれと同じことができるかもしれない。または奴が送ってくる未知の信号を理解できれば会話によって釣りだすこともできるだろう。でも今の僕ではそのどちらの情報もない」
「しかし、その信号が生物的な何かであるということは分かるのですよね」
ファームの研究系幹部のローレルも遅れてセイルに歩み寄る。彼の白衣は風でばたつくが、彼の髪のセットはこの強風でも微動だにしない。
「生物的な何か、ですか」
「例えば呼吸のようなリズムというか、生命を感じる周期を捕えることはできませんか」
「主観では自信がありませんが、おそらくは出来ているのだと思います。この受容体の触覚反応は音波や電波で感じるそれと同じで、機械的なものと生物的なものに分かれるのですがこれは生物的なものです」
「ではその音波や電波による受容体反応で、機械的なものと生物的なものを分けるものはなんですか」
「感覚でいえば濃淡があるということでしょうか」
「濃淡?つまり波形の傾向としては生物の傾向であると」
「そうですね、何かの方法で図示できればいいのですが」
「それが出来れば私も助かりますが、あなたを解剖するわけにもいきませんしね」
「解剖ですか」
「冗談ですよ」
くくく、と笑うローレル。彼としてはウィットに富んだ冗談のつもりだったが、ローレルが真顔でいうのでセイルにはそれが冗談とは理解できなかった。
「冗談はさておき、これまでの実験で確認できたことで重要なことがひとつ。あなたの能力がモンスターに影響を与えることが出来る距離や範囲は、せいぜいあなたの視界の範囲内という事でしょうか。出力を高めてもせいぜい2,3キロと」
「僕が人として機能していくためにはこれが限度です。仮に能力を酷使したとしても大した効果も得られず、先に僕が死ぬんじゃないでしょうか」
「まあ、いいんじゃないでしょうか。強化人間としての想定の範囲内です」
「強化人間?」
セイルは自分の事を指しているのかと思ったがニュアンスとしては異なるようだ。つまり総称としてそう呼んだのだ。
「あなたは知らないかも知れませんが、かつての文明では人体を強化した兵士なんてのも居たには居たのです」
「そうなんですか」
「発想は違いますがね。かつての強化人間はパワード・スーツと呼ばれる人間の筋力を補助するためのスーツを、強力に使いこなすことを目的に作られていました。人間の反射神経の限界で動けるようにしたりとか、網膜や視神経を弄って現実世界の映像に作戦に必要な情報を合成するといった取り組みでね」
「へぇ、それは何かカッコいいな」
「アンタッチャブルが文明破壊戦争を起こす前までは使われていました。もう400年以上前になります」
「今はその技術は使われていないのですか?」
「残念ながらロストテクノロジーの仲間入りをしてしまいました。まあ資料としてはどこかに残っているでしょうが、設備的な問題でね。ただ倫理的な問題で私はそこまで興味はありません。あなたには面白い話だったようですね」
「ええ、仲間ができたみたいです」
ローレルにその話を聞いてセイルの心は少し和いだ。この世界ではあなたのような存在もさほど珍しくはないと、ローレルはそう勇気づけを行ってくれたのだと、セイルは感じ取った。相変わらずローレルは真顔のままだが、好意的にコミュニケーションしようという意思が感じられる。
「あなたも先ほど言ったのと同様の能力を得ることが出来るかもしれません。ただベースとなるあなたの体に関していえば、あなたの体はとても戦士とはいえませんし、体を壊すだけですので無理はしないよう」
「はい」
自分に近しい存在もかつては居た、それだけで充分である。その時、オオオオォ……、と唐突に強い受容体反応がセイルを襲う。(なんだっ!?)とセイルは驚愕し、その様子を見たホミィもセイルに何かが起きたと気づく。
「どうしたセイル、何かあった?」
ホミィは心配した様子でセイルの顔を伺う。
「ホミィ……ごめん分からない。例のドラゴンタイプだと思うけど」
「謝らなくていいよ。それよりどういう反応だったの?」
「強い地響きのような反応、なんとなく慟哭に近い印象なんだけど」
「慟哭?」
ドラゴンタイプのその『声』は、深い悲しみに泣き叫ぶ様に似ているとセイルは感じた。今まではその『声』が何を意味しているのかをセイルは理解できなかったが、ここに来てそれが実はドラゴンタイプの感情の声そのものなのではとセイルは直感する。
「悲しみを感じるんだ。何に悲しんでいるのかは分からない。何故僕がそう思うのかもわからない」
「それはあんたのモンスター語対訳辞書が何かを解読したということ?」
「おそらくそうだと思う。あるいは怒りなのかも……。僕にはこれが悲しみの声に聞こえるんだ」
「私はその感性を信じるよ。あんたが今この地に居る理由はあなたがモンスターと会話ができるからさ。じゃあこれがもし外れだというのであれば、それはあなたの送り手の設計ミスってこと」
「自分の主観を信じるなら、この『声』の主は少し前に起きて、今は何かを悲しんでいる。そう感じる……」
「起きてから悲しむ?それは『声』の主の環境に何か変化が生じたということ?ネガティブな方向で」
「おそらくは」
モンスターの生の感情が伝わってくるようでセイルは酷く動揺した。先ほどまではモンスターを殺すことはなんとも思わないと思っていたセイルではあるが、この悲しみの『声』はその覚悟を挫くようだ。
(今ここで僕の感情が揺らいだところでやることは変わらないさ。俺はお前を殺すからな、来るならさっさ来たらいい……)
セイルはドラゴンタイプに対して、お前とは決して相いれないという念を送り返した。
――フランジタウンの互助同盟オフィスにあるライバール6等仕官の個室にはジャービス5等仕官の姿があった。ジャービスはエグゼクティブデスクの前で直立しており、ライバールはそれを気にも留めないまま、自身のそのデスクの椅子に腰を下ろし続けている。この構図はふたりは古くからの知り合いであり、ライバールの方がひと回りも年配であることが関係している。
「ありていにいえばお前の失態ということになるのかな。しかし、これまでも互助同盟と密月の関係にある組織に丸投げするということは行われていたわけで、今回の事でお前を非難する者が現れる方が意外というのが殆どのものの意見だろう」
ライバールはセイルを巡る互助同盟内の諍いに対して同情的な態度を見せており、やや弱り気味にみえるジャービスのメンタルを気遣った。
「タイミングを見ればセイルをベギンタウンから送り出した時点で、旧国家派閥はセイルの転居先となるプライムスにスイベルを送り込んだことになります。アンタッチャブルのメッセンジャーの動向は高級士官であれば誰でも確認することができますからね」
「お前は新世界派閥の中では目立って旧国家派閥に対立的だったから、これはそれに対する攻撃の意味もあるのか」
「私に対する敵愾心が関係しているかについてはそれは分かりません。ただ当事者が私でなくとも、セイルのようなアンタッチャブルのメッセンジャーの中でも特異な存在でさえあれば、旧国家派閥はおそらく今回と同様のことを起こすのではないでしょうか」
理由は簡単で旧国家派閥はアンタッチャブルとの融和を決して認めないからだ。程度の差はあれど新世界派閥もアンタッチャブルに友好的な態度を示しているわけではない。セイルという人間はふたつの派閥の意思決定を分ける境界のようなものなのであろう。
「プライムス総帥のアーサーは、敢えて有事にしてしまうことで最悪の事態を回避しようとしているようだが、それについてはお前も同様の見解なのか?」
「個人の心情としては寝耳に水といったところではあります。ただ、よく考えてみるとセイルが持つドラゴンタイプの存在を感知する能力が発現した時点で、ドラゴンタイプに襲撃されるというリスクははっきりとしています」
「リスクがある以上、ファームの意思決定プロセスに異議を唱えるわけにもいかなくなったと」
「私は本来の自分を取り戻したセイルというものをまだ見ていませんのでなんとも言えませんが、報告にあった能力の覚醒が事実であれば、当然それはドラゴンタイプと戦うために必要だから与えられた能力ということになります。互助同盟やファームがその力の代替を持たないのであれば、セイルを担ぐのも必然といえるのでしょう」
「……『でしょう』ではなく『の、でしょう』とは客観的だな。まあ分からんでもないが」
ジャービスの知っているセイルとは内にこもった少年の姿である。そんな彼はファームの中ではアンタッチャブルでも有数のモンスターと戦うための切り札に祭り上げられているという。よほどの理由がない限りセイルに頼るようなことにはなるまいと、そう高をくくっていたジャービスはただ困惑するより他になかった。
「まああれだ、お前は俺に引き留められていたということにでもして、セイルの能力が完全に覚醒するまで準備に集中するといい」
「助かります」
「しかしベギンタウンの方は空にしてよかったのか」
「ベギンタウンはテンプ7等仕官に預けてあります。まだ若いですが7等仕官から作戦立案権がありますので。あとウェットはベギンタウンに残って貰ったので彼を頼れば問題とはならないでしょう」
「いや問題だろう、互助同盟の拠点には必ず6等仕官以上が居なければならない。許されるのは本部からの命令があるか隣の拠点への出張の時くらいだ。現在はまだ有事とは言えないのだぞ」
「残念ながらこれが今の私の最善かと考えます。私がプライムスに向かう姿勢を見せなければ、セイルは即座にスイベルに捕まるか殺されるかするでしょう」
「背に腹は代えられんか。仕方がない、お前が望むなら一旦俺がベギンタウンを預かろう。お前はここを見るという立場でプライムスには出張ということにすれば、この件の範囲では大事には至るまい」
「よろしいのですか?」
「ついでにウェットとかいうファームの幹部だったかそいつも呼び寄せるといい。そのくらいの後方の憂いは取り除いてやる。スイベルにはお前が急に来たからこうなったんだとでも言っておけ」
そんな会話の間際、ライバールの個室の扉にコンコンッとノックをする音が鳴る。どうぞ、とライバールが部下の入室を受け入れると、互助同盟の隊員が速やかに部屋に入り報告を始める。
「さきほどプライムス・ソルジャー・ファームのフランジタウン支部の者が、フランジタウン担当司令官に伝えて欲しいことがあると言伝を頼まれました」
「それで?」
「フランジタウンの一帯からほとんどすべてのモンスターが姿を消したとのことです」
「……増えたではなく、消えた?」
「はい、間違いありません」
この報告にジャービスとライバールは共に怪訝な表情を浮かべる。フランジタウン南西にはセイルが居るため、彼の周囲からモンスターが消えたというなら話は分かる。しかし報告によればフランジタウンの北側、つまり野ざらしビオトープの一帯からもモンスターの姿が消えたのだという。
「これもセイルの能力という奴か?」
「どうでしょう。セイルにそこまで広域に影響を与える能力が備わっているとは、いささか考えづらいものがあります」
周囲からモンスターの姿を消すなどという能力は、ドラゴンタイプ一体を討伐するために送られてきたセイルの持つ能力としては余りに破格である。もしもそれが可能なら、アンタッチャブルが先に送り込んだ、電波やモーター振動などを感知してその都市文明を破壊するシヴ・ストーカータイプのモンスターが意味をなさなくなる。そんなことをこれまで高度な遺伝子操作で凶悪なモンスターを管理し続けてきたアンタッチャブルがするであろうか。
「……おそらくはドラゴンタイプ側の能力かと」




