ウィンドウ・ショッピング
西大陸の北西部のある場所に廃坑を改造して造られた隠れ家がひっそりと存在した。そこにはブラウンの髪色を持つ坊主頭の男がひとりテント生活をしている。歳は二十も半ばといったところであろうか。この廃坑は内海からは離れているとはいえ重機を入れるにはその痕跡がはっきりと残る恐れのある土地であり、男は必要な装備をトラックにコンパクトに纏めていた。
「UHSによる干渉が強くなってるな。たぶんこれがセイルって奴か……」
男は膝の上の使い古したタブレットPCのディスプレイに表示される簡素なサインカーブとテキスト出力を眺めながらそう呟く。その端末には小型の無線装置が無造作に接続されており、それは男がUHSと呼ぶ未知の信号を送受信していた。
「もしセイルがハイエンドの対訳辞書を積んでいるとするなら、お前にリンクしてくるのも時間の問題だな」
セイルはアンタッチャブルのモンスターが発する音声や電波などといったコミュニケーション情報とその相互通信手段を脳内にイメージ化する能力を有する。このモンスター言語対訳辞書は個別に使いこなすといった類の能力ではなく、特定のモンスターとコンタクトを取ろうと高頻度で傍受を意識するだけで、対訳辞書機能の方がその術をセイルにフィードバックしてくれる。男はUHSと呼ばれるその信号もまたセイルの能力であれば解読可能であると読んでいた。
「未知の力を使うことに躊躇があったようだがそろそろ覚悟を決めたということかな」
そう独り言をつぶやくと男はタブレットPCを閉じ、トラックの助手席にそれを置くとこれまで宿営していたテントの片づけを始める。
「誰の差し金かは知らないけど先代と不仲だったのかあるいは老婆心か……まあいいや、これは先代のしたかったことであって俺のしたいことでもないし、これからお前の面倒はセイルと互助同盟にみてもらおう」
男はテントをぞんざいに荷台に投げ入れカバーで荷台を覆うと、運転席へと乗り込みそのまま廃坑を後にした。
「じゃあなパーフォレイター、お前のペットネームくらい付けてやるべきだったか……まあ今更だよな」
岩肌に擬態したそれは自身から離れていく男に気がつきその体躯を揺らす。しかしやがてそれは気にするのを止め、元の通り静かな眠りについていった。
――ある昼下がり、プライムスの互助同盟オフィスにはタイガの姿があった。この街の互助同盟の責任者であるベルトランに呼び出され、オフィス内の彼女の個室に用があったのだ。ベルトランにとっての呼び出しの理由はセイルの様子を聞くためであったが、タイガに対しては自然動物の生態調査のやり方についての協議という名目で、セイルのことは事のついでのように装った。
「というわけで、おとといに夕食を一緒にしたのを最後に俺たちも連絡は取れていません」
「そう、何も知らないというのであればそれで結構です。大したことではありませんので」
「えっと、逆にセイルと連絡が取れたら俺たちにも連絡を貰えませんか。あいつに何か起きているというなら俺たちも心配ですので」
「ごめんなさい、そういうことは出来ないのよ。そこはあなたのファームのお友達にでも頼んでもらえるかしら」
「……そうですね分かりました。では俺はこれで失礼します」
タイガがベルトランの個室から退室すると黒い隊服に身を包んだ男が廊下を足早に去っていく姿が見える。その足早の見慣れない姿を奇妙に思い、タイガは何の気なしに周囲を観察してみる。この廊下にはベルトランの個室を除けば事務仕事の職員の部屋や給湯室くらいしかなく、廊下の奥は突きあたりとなっている。
(見たことない隊服だけどこんなとこに何の用だったんだ)
――タイガが互助同盟のオフィスの離れた頃、レンはゴールデン・バレット・カンパニーの工房で自分たちのタンクの改造に励んでいた。そこにはゴールデン・バレットのヤコブとチャンの姿もある。社長のヤコブは電動車いすに坐し、全身はギプスと包帯くるまれている。しかし幸いにも無事だった右の利き腕で器用にロボットアームを操り、重い装置の移動などは手伝うことができた。現在彼女らは先日ファームの演習場で町工場群総出でテストした内部爆発制御装置をタイガのタンクに組み込んでいる。
「あんたたちのタンクが意外にもちゃんとしたキメラ・タンクだったおかげでこの装備もすんなり収まったな。まあ砲撃システム周りはまだ手を入れなきゃならないが」
タイガのタンクは上部のフレームがすっかり取り払われ、内部には小型タンクにはやや大掛かりな装置が詰め込まれている。
「しかし内部爆発システムを導入すると後部の砲撃手席が潰れて装填手席はただの空きスペースになってしまいますね」
「残念ながらただの荷物置き場になってしまうね。ただ今後は滅茶苦茶な動きが出来てしまうから、荷物置き場もしっかりとした固定具を取り付けた方がいいんじゃないかな」
「そうですね」
タンクに依然取り付けたウイングブレードは軽量タンクのフレームではフレームへのダメージが大きいとして取り外すことになった。その代わりの装備としてワイヤー付きの小型ハープーンを射出できるようにする。ハープーンの射出は内部爆発制御装置がそのエネルギーをタンクの各装備に回せるのでこれを利用する。
この爆発エネルギーの制御機能の実現には、スプラッシャーのウォーターカッター使用時にその高水圧に耐える、水袋と呼ばれるモンスター素材が使われている。モンスターの皮や筋繊維をタンクの部品として活用することは町工場のトレンドであり、ファームや互助同盟が手を出していない領域である。
「そういえば君たちはこのタンクに独自の名前を付けたりはしないのかい?普通は付けるものなんだが」
「タイガはこのタンクは彼の兄のものだからと付けたがらないですね」
「これだけ改造しちゃってるのに?」
「そこはサプライズということだそうです」
「ふーん、サプライズという枠に収まらない別物にしちゃった気もするけど」
「はははっ……て、ああそういえば」
レンはふとシャシーに取り付けられていた小さなネームプレートを思い出す。
「このシャシーの方にミルメコレオって書かれたプレートがあるんですよね。そんなメーカーどれだけ調べても見つからなかったし、これがタンク名じゃないかって最初に見つけた時に話し合ったことがあります」
「ミルメコレオ?僕もそんなメーカーは知らないけど何かで聞いたことあるな」
チャンは頭を捻るがどうにも出てこない。しかしヤコブの方は覚えがあった。
「ミルメコレオってのはあれだ。空想上のモンスターの名だな」
「へー、何かの神話でそんなのが居たかい?」
「頭は獅子、胴体は蟻なんて姿を持つモンスターだ。獅子は肉を食うが蟻はそれを消化できないから遂には死んでしまうとかいう内容だったはずだ」
「何それ」
「存在できないもの、存在してはいけないものの比喩として使われていたって何かの本で読んだな」
「なんでそんな本読んでるの」
「モンスターという存在に心が騒ぐ連中なら漁って辿りつく類の話さ。それにちょい昔だが望まれずに産まれた子供の末路だとかで風刺のビラをどこぞの宗教が配ってたろ」
「ああそれで僕も名だけは聞いたことはあったのか。でもそんなのがタンクの名前ってちょっと変じゃないか」
「まあそうだな。タイガの兄貴のセンスはズレてるな、ははは」
レンからしてみてもこの話は奇妙である。そのような由来を持つモンスターの名前をわざわざタンクの名前とするとは思えないし、部品メーカーの名前としてもやはりありえないだろう。
(何かの皮肉かしら?そういえばこれでモンスターハントをしても死ぬだけだとか兄弟で会話してたことあったわね)
しばらくしてタイガが工房に顔を出すとレンに対してセイルに何かあったらしいことを説明する。それならホミィを食事に誘って事情を聞こうと二人で工房を後にする。ゴールデン・バレット・カンパニーの工房からファームへは小さめの商業地区を通ってすぐのため、ふたりはウィンドウショッピングをしながらファームへ向かうことにした。
「ミルメコレオってそんな意味だったのか、うっかりそれをタンク名にしてたらクレイジーかと思われるとこだったな」
「もしかしたら部品メーカーかもってブレーキがあってよかったわね」
「色々と不便だったし、もう何か名前を付けてしまうか」
「ミルメコタイガーとか?」
「なんでだよ。てか俺のタイガって名は獣の虎じゃなくて大きな河って意味だからな。レオと対になってるとかではない」
「え、そうだったの?てっきりそうかと思って何の疑問も無かったわ。レンタルタイガーの時は何で言わなかったのよ」
「言葉遊びが入ってるから勘違いしてるとは思わなかったんだよ」
「なるほど」
「でだ、俺と兄貴が東大陸から流れて来たってのは去年あたりに説明したと思うけど、東大陸にある大きな河があって俺はそこで産まれたらしい。元々俺たち家族は東大陸を旅してたそうなんだけど、両親が西大陸に渡ってすぐにベギンタウンで俺たち兄弟を置いていくまでの5年間くらいは東大陸にいたはずなんだけど、俺はその大河のことをよく覚えてないんだよな」
「ここのところずっとふたりで居たってのに、私ってば何も知らなかったわ」
「自分が捨てられた想い出なんて話しても仕方ないしな」
タイガは特に気にするでもなくウィンドウショッピングを楽しんでいる。ブティックの前で薄桃色のイブニングドレスを見つけるとレンに薦めてみるが、レンは大げさに首を振ることでそれが趣味ではないことを伝える。ふたりはジーンズの上下と整備服姿のカップルであり、これでブティックの中へと入っていったら迷惑がられたであろう。レンは元していた会話を続ける。
「ならレオはずっと東大陸を渡り住んでいた少年だったのに、僅かな期間で互助同盟のメカニック認定をパスしてしまったのね」
「すごいよな。レンは英才教育受けて必死だったんだろ、どうやって勉強したんだろうな」
「あなたが工場の皆に勉強を教えてもらってたのは覚えてるけどね。レベルが低くて知恵遅れかと思ってたわ」
「あれで標準なんだよ。お前が恵まれてんの」
「まあ、そうなんだけどね」
そのような会話をしている途中でタイガはとあるカフェの窓に黒い隊服の男が映っているのを見つける。オフィスで見かけた者と同じであるかは顎まですっぽり覆ったマスクのせいで分からない。タイガはすぐに振り向くと丁度その男と目が合い、目の合った男は慌てた様子で街中へと消えていく。
「何だ……付けられてる?」
「どうしたのタイガ?」
「互助同盟らしき奴に付けられているっぽい」
「は?何を言ってるの?」
「見慣れない黒い隊服の奴と互助同盟のオフィスビルですれ違ったんだよ。そいつと同じ服を着た奴がさっきまで俺たちのことを監視していた。もう別の通りへと入っていってしまったが」
「何で互助同盟の人間が私たちを監視するのよ。あなたの勘違いでしょ」
「いや俺と目が合って慌てて逃げていったから間違いはない。ベルトランの部屋から出る時も妙にこそこそしてて気にはなっていたんだ」
「……もしかしてセイルのことに関係しているのかしら」
「とにかくホミィと合流しよう。もしかしたら会ってはくれない可能性もあるが、その時はその時だ」




